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量子脳で覚醒、銀の血脈、異世界のデーモン狩り尽くす ~すべて解析し、異世界と地球に変革をもたらせ~  作者: 藍沢 理
10章 大陸横断

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216 連絡不精

 横丁(よこちょう)という名前から想像するよりも、ここは怪しげな雰囲気ではなかった。通りが細くて両脇に小さな店が軒を連ねるいわゆる飲み屋街だ。


 酔っ払ってふらつくおじさんや、おねえさんが多く見られたが、それ以外にも色々な種族のニンゲンが行き交っていた。ヒト族だけでなく、ドワーフやゴブリン、オークなどもいた。ここはVR(仮想現実)でもAR(拡張現実)でもなく、異世界の現実だ。


 そういえば放火犯は、三人ともヒト族だったな。


 これは手がかりに……、ならないな。この街のヒト族は少ない。とはいえ十万人都市だ。放火犯がヒト族というだけで犯人へ辿り着くことはできない。


 この横丁って長いな。アメ横より長いぞ……。


 呼び込みのお兄さんお姉さんが割としつこい。行く手を阻むように立ちふさがって、にこやかな笑みを浮かべる。「お安くしておきますよ」なんて手もみしながら言ってくる。


 もちろんスルー。飲み食いしてる場合じゃない。


 横丁の奥へ歩いていくと、ほのかに闇脈(あんみゃく)を感じた。小さな闇脈(あんみゃく)だ。そしてそれには覚えがあった。


 ヴィスコンティ伯爵家の末っ子、リリー・アン・ヴィスコンティだ。スターダスト商会の倉庫で行方が分からなくなっていたが、こんな所に潜伏しているとは。というか、あの子は六歳だと聞いている。いくらバンパイア化していても、ひとりでこの横丁を歩けば、だれかが保護するだろう。


 ……誘拐とかそういうのもあるけどね。


 俺はリリーを探すため、闇脈(あんみゃく)を追い始めた。横丁からさらに細い小径(こみち)へ入っていく。お店兼自宅の古い建物が密集しているし、あまり衛生的には見えなかった。


 意外と簡単に見つかった。リリー・アン・ヴィスコンティはここにいる。小汚いというと失礼だが、他に言いようのない小汚い店が一軒。その中にじっと動かない闇脈(あんみゃく)を感じる。


 看板にはラーメンと書かれている。漂うとんこつスープの香りは、ワイルドボアのものだろう。食欲をそそられる香りに誘われて店に入った。


「らっしゃい!」


 店の主人が元気よく迎えてくれた。ご高齢のようだが、とても元気のいいヒトだ。カウンターだけの店かと思いきや、奥に座敷がありそうだ。闇脈(あんみゃく)はそこから感じる。


「えっと……、ラーメンひとつください」


 他に客はいない。じっと見つめる主人に根負けして、俺は席につく。


「麺の硬さは?」


「ふつうで」


「あいよっ」


 お店は主人ひとりで切り盛りしてるみたいだ。黒目黒髪のアジア人顔なので、主人の御先祖様か、あるいはこの本人は、日本から転移してきたのだろう。


「おまっとさんっ!」


 目の前に、熱々のとんこつラーメンが置かれた。白濁したスープに、細いストレート麺。トッピングはチャーシューとネギのみだ。箸とスプーンを手に取り、まずはスープを一口すする。


 うまい。


 濃厚でコクのある味が口いっぱいに広がった。ワイルドボアの旨味とニンニクの風味が混ざり合って、俺の舌を刺激した。鼻から抜ける香りは芳醇でまろやか。小汚い店だと思ってすみません。心の中で深く謝罪した。


 次は麺だ。口へ運んだ麺はコシがあってツルツルしていた。スープとよく絡んで、喉を滑り落ちていく。ダメだ。止まらない。次々と麺を口に運んだ。チャーシューは柔らかくてジューシーで、ネギは爽やかなアクセントになっていた。


「ごちそうさま! 美味しかったです!」


 俺はラーメンに夢中になって、周りのことを忘れた。後悔は無い。幸せな気持ちでお腹が満たされていき、いつの間にかラーメンを完食していた。


「あんがとよ。あんた日本人かい?」


 主人は笑顔を浮かべ、日本語で言った。


「そうです。ご主人もですか?」


 もちろん俺も日本語で応える。


「そうだな。俺も日本人だが、こっちに来て長いからな。あっちは今、どうなってんだい?」


 俺はラーメン屋の主人との会話で盛り上がり、時間が経つのを忘れていた。



 ふと気付くと、店の外が明るくなっていた。



 さすがにあり得ないだろ。



 そう思ったとき、景色が切り替わって、俺は尻もちをついた。


 外だ。あれ? 俺はいつ店から外に出た? ……いや。店なんてねえし。


 周りの景色は変わっていない。夜が朝に変わっただけだ。違う点と言えば、俺が店だと思っていたのは、ただの壁。というか、換気扇からラーメンの匂いがしてくる壁だ。つまりここはラーメン屋の裏手ということだ。


 これがいわゆるタヌキに化かされたってやつか?


 そもそも俺にそんなのが通じるのか?


 クロノス(汎用人工知能)がいるのに。


『ようやく気付いてくれましたね』


 クロノスの声だ。脳内に聞こえる声に間違いはない。


『ようやく気付いたって、どういうこと?』


『ソータと私は別の人格と言いましたよね』


『ああ』


『今回そこを突かれました』


『というと?』


『昨晩ソータがこの小径に入ったとたん、私とソータの接続が切れました。ずっとソータに注意喚起していましたが、私の声は届かず、朝を迎えてしまいました』


『てことは、俺は一晩中ここで空気椅子してたってことか……』


『ええ、そうです。通行人から何か芸の練習をしていると思われて、ちょくちょくお客さんが来ていました』


 足元に転がる小銭が、俺の一人芝居の代金なのだろう。身体には特に異常は無いので、何かされたというわけでも無い。何かされてたら、おそらくクロノス(汎用人工知能)が暴れてたはずだ。


 そうなると、クロノス(汎用人工知能)のことも知った上で、俺を化かしたという可能性もあるな。俺に意識が無くても、危害を加えれば反撃される。これを知っている者はごく少数で、漏らすような人物はいない。


 うーん。量子(クオンタム)(ブレイン)のサバイバルモードを知っている汎用人工知能の研究者か。しかしこれも知っている者は限られる。


 俺のじーちゃん芹沢(せりざわ)兵太(ひょうた)


 佐山(さやま)弘樹(ひろき)弥山(ややま)明日香(あすか)伊差川(いさかわ)すずめ、鳥垣(とりがき)紀彦(としひこ)、この五人だけだ。


 サバイバルモードなんて、俺が悪ノリして作った機能だし、そんな些細な情報を危険視して、俺とクロノス(汎用人工知能)を切り離すなんて、何がしたいんだろ。


 あー、わかった! 昨晩追っていた闇脈(あんみゃく)は、リリー・アン・ヴィスコンティのものだった。だが彼女は幼い。つまり保護者的な人物、あるいは誘拐犯が付き添っているはずだ。


 そいつが今回、俺とクロノス(汎用人工知能)の接続を切るという離れ業をやってのけた。


 それは俺からリリー・アン・ヴィスコンティを逃すため。


『そう言うことだよな、クロノス(汎用人工知能)


『その通り。よくできました。誰かがソータを叩いたり蹴ったりしていれば、私も暴れられたんですけどね。残念で仕方がないです』


『……俺も残念だよ。クロノス(汎用人工知能)がそんな悪い子になっちゃってさ』


『ぶうっ!』


『何だよ、そのぶうって』


『抗議してるんです!』


『さいでっか……』


『私はソータの指示があった場合、もしくはソータの命に危機が及んだ場合に、サバイバルモードへ切り替わります』


『だよなー。つまり、俺の意識が無いと、サバイバルモードに変更する指示が出せない。そのうえで、俺の命に危険が無ければ、自動でサバイバルモードにならない。完全にお手上げだったわけだ』


『そういうことです。ソータがラーメン屋さんに入るという今回の攻撃は、その部分を知っていなければ出来るはずがありません』


『はぁ……。そうなると佐山たちしか居なくなるんだよなぁ。あいつらはそんな事するわけ無いし、疑いたくもない。ちょっと前まで、じーちゃんの仇だと思ってぶっ飛ばそうと思ってたけどさ……』


『リリー・アン・ヴィスコンティの闇脈(あんみゃく)は、東へ向かいました。ソータの身体を動かせれば、追うことも出来たのですが……』


『設定を変える? クロノス(汎用人工知能)がいつでも俺の身体を動かせるようにさ』


『…………やめておきましょう』


『いや、設定を変えるだけだから、すぐできるよ?』


『私とソータが二重人格で存在できるのは、ソータの指示に従って私がソータの身体を動かせるという設定があるからです。この設定が破棄されれば、ほぼ確実にソータの自我と私の自我が混ざり合ってしまいます』


『ほーん……。俺とクロノス(汎用人工知能)が、二重人格だって認めたな?』


『……言葉の綾です。それと今はその話じゃないでしょう?』


『……そりゃそうだ。んじゃさ、自我が混じったら俺は俺でいられなくなるううう、みたいな感じになる?』


『俺は俺でいられなくなるううう、と思います。設定の切り替えは無しです』


『うーむ。煽られてる気がするけど、とりあえず納得しておくわ』


 俺は周囲にニンゲンが居ないことを確認し、ゲートを開いてバンダースナッチへ戻った。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「こんなときに朝帰りとはいい度胸だな、ソータ!」


 ブリーフィングルームに出ると、ミッシーが腕を組んで待ち構えていた。いつもここにゲートを繋げるから、張り込んでいた、いや、心配で待っていたのだろう。


 威勢よく俺を叱りつけたミッシーは、ポロポロと涙をこぼして泣いてしまった。


 その顔を見た瞬間、頭の中が真っ白になった。


 何を言えばいいのか分からない。


 落ち着け。


 ミッシーは強い女性で、長年生きてきたエルフだ。そんな彼女が泣き出すなんて露とも思っていなかった。


 身体が固まって動けないでいると、マイアが話しかけてきた。


「ソータさん……。昨晩二回も連絡が取れなくなりましたよね? 初めは食事のあと。そのときはリアムに連絡したみたいですけど、そのあとが問題です! 冒険者は依頼がなければ余計なことに首を突っ込まない。そう言ったのは、ソータさんです!」


 ここには俺の仲間が全員揃っていて、みんなめちゃくちゃ心配そうな顔で俺を見ていた。連絡しなかったのは俺だし、俺が言った言葉を俺が破った。全部俺が悪い。


「ごめんなさい」


 ちゃんと頭を下げなきゃいけない。すると、マイアの声が急に明るくなった。


「ほらー、言ったとおりでしょ!」


 彼女はミッシーを抱きしめて慰め始めた。


 今度はファーギが話しかけてきた。


「ソータ」


「なに」


「お前の単独行動はもう治らないと諦めた。この前みたいに作戦行動中なら、連絡しないのもまだ分かる。しかし今回は作戦中では無かった。飯食ってここに戻って寝るだけだった。そういうときは、連絡するもんだ。『ちょっと発散してくる』そんな一言でもあれば、みんな安心するんだ」


 そうなのか……。世間的にはそれが当たり前なんだろう。うちは両親を亡くして、じーちゃんと二人暮らしだったからな。放任されていたし、連絡なんてしたこともない。


 これも俺が悪いんだ。じーちゃんのせいじゃない。周りの友人を思い出すと、確かに連絡を取っていた。その相手は、親だったり彼女だったり。


 ……連絡するのがおっくうで、スマホを持っていなかったというのも一因だ。


 泣き止んだミッシーは、俺を見つめて悲しげな表情を崩さない。経験不足があだになるとはこのことだ。どうすればいい。言い訳の言葉すら浮かばない。


 もたもたしている俺にしびれを切らしたのか、彼女は表情を崩さないまま話しかけてきた。


「ソータ……」


「お、おう」


「これからは毎日私に連絡しろ」


「お? おう」


「必ずだぞ」


「おう」


「ちゃんと返事しろ」


「はい、わかりました。毎日連絡します」


 そう言うと、ミッシーはほんの少し微笑んだ。緑眼は少し赤くなっているけど。


 そんな感じでミッシーと見つめ合っていると、マイアが大きめの声を出した。


「はい、ソータさんも反省したことだし、次の話をしましょう!」


 マイアの声に続き、ニーナが口を開いた。


「ソータさん? 昨日何があったのか聞かせてもらえますか? 勇者ササキと勇者タケウチが、この街の領主に捕まってます……。殺人の罪で」


「は? あ、思い出した。リアムから聞いてたなその話。もしかして、冒険者ギルドが壊れて全壊してたのは、そのせいなの?」


 いやいやまてまて。重大な話を聞いていたのに、俺はなぜ一晩中探偵ごっこなんてやってたんだ。リアムと魔導通信を切ったあと、殺人の件がすっぽり記憶が抜けていたのもおかしい。

 うーむ。魔導通信のタイミングで、リリー、あるいは保護者から攻撃を受けていたと考えた方が良さそうだ。


 ぼんやり考え込む俺を覗き込み、ニーナが続ける。


「そうです。デレノア王国の勇者が、マラフ共和国の国民の命を奪ったという事実は、昨晩のうちに広まってしまいました」


 俺はブリーフィングルームを見回す。ミッシーとファーギ、マイアとニーナ、リアム、メリル、アイミー、ハスミン、ジェス、全員いる。


「そういえば、軍師ヘルミはどこ行った? リアム、あいつも佐々木さん竹内さんと一緒に捕まったのか?」


「いや、捕まってないっす。魔導通信機も繋がらず、彼女にも何かあったのでは、と心配してたっす」


「昨晩のうちに色々なことが起きてるみたいだな……。とりあえず、俺に何があったのか話すよ――」


 リリス・アップルビーとの邂逅、この世界の成り立ち、横丁にあったラーメン屋、これらを順番に詳しく話し始めた。


 でも、クロノス(汎用人工知能)のことは、どうしても話すことが出来なかった。

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