207 だれが咬んだのか
メリルやテイマーズ、勇者たちが張り付けになった柱が業火に包まれた。赤い障壁の中で酸素が尽きて消えるのも時間の問題だが、その障壁はかなり大きかった。
炎は衰えることなく、張り付けられた者たちを焼いていく。しかしそれでも彼らは目を覚まそうとしない。
ファーギは怒りを抑えて冷静に判断し、素早く行動した。彼は魔導ショットガンを構え、迷わず引き金を引く。
――――ドン
ファーギの魔導ショットガンから放たれたのは、神威のエネルギー弾だ。この弾には能封殺魔法陣と魔封殺魔法陣、ふたつの魔法陣の効力が込められている。
赤い障壁など簡単に破れるはずだ。そう思っていたファーギは、思わず声を上げた。
「は?」
神威のエネルギー弾は途中でかき消えた。
ルイーズはそれを見て微笑んだ。ただし、ヴィスコンティ伯爵家で見せていた笑顔とは異なり、かわいらしい口元からのぞく鋭い牙がバンパイアの本性をあらわにしていた。
「おほほほっ! 早くしないと、仲間が死んでしまいますよ?」
ファーギはいまの現象に心当たりがあった。ソータから教えてもらった能封殺魔法陣と魔封殺魔法陣。ファーギはソータから、これらの魔法陣と同じ効果のスキルがあると聞いていた。
ルイーズはスキル〝魔封殺〟で、神威のエネルギー弾を消し去ったのだ。
「くそっ……」
吹き抜けの上で佇むルイーズに睨みをきかせ、ファーギはもう一度魔導ショットガンを撃つ。
しかし結果は同じ。赤い障壁へ届く前に、神威のエネルギー弾は消えてしまう。
ファーギが次の策を考えていると、赤い障壁に矢が刺さった。
ミッシーが放った矢だ。彼女はスキル〝同化〟で姿を消して、ルイーズのいるフロアまで上がっていたのだ。
ルイーズのスキル〝魔封殺〟〝能封殺〟は、その対象を認識して使用しなければ効果を発揮しない。
そろりと動いたミッシーは、再び姿を消す。
それに気づいたルイーズは、不快そうな笑みを浮かべる。
「厄介なエルフですわね。ここはやはり、あなたたちに構わずお出かけしましょうか」
スキル〝霧散遁甲〟で霧に変化したルイーズ。それに向けて、ファーギが魔導ショットガンを撃つ。
「ぎゃあああああっ!?」
ルイーズは逃げる方へ気持ちが傾き、油断したのだろう。霧はルイーズの姿に戻り、吹き飛ばされる。神威の散弾は、彼女の至る所に命中していた。
しかし彼女は滅ばなかった。壁に叩きつけられたルイーズは、血だらけになりながらも、脱兎のごとく走り出す。目指す先は、部屋の出口だ。
そのときルイーズが叫び声を上げた。
――――来い
ニンゲンの可聴領域を超えた超音波は、バンパイア化させられた城の兵士たちを呼び寄せるものだ。ルイーズはその声を残して、あっという間に逃げ去った。
「ファーギ、急ごう!!」
「ああ、分かってる!!」
ミッシーとファーギは、逃げたルイーズに目もくれず、赤い障壁へ攻撃を始める。中ではまだ炎が燃えさかり、張り付けられた仲間たちが燃えている。
メリルとテイマーズ、勇者たち、全員が炎に包まれていた。
ミッシーは祓魔弓ルーグで、スキル〝フレシェット〟を放つ。光の矢は障壁を破壊。彼女はすぐに水魔法を使って炎を消し去った。
それを見たファーギは、魔導バッグからヒュギエイアの水が入った小瓶を取りだし、黒焦げになった仲間たちにかけていく。
「死んでなければ大丈夫……」
ファーギはうわごとのように呟く。ヒュギエイアの水をかけ終わると、焼けた肌がボロボロと落ちて新しい肌が見えてきた。意識を取り戻した仲間たちは、完全に回復した。
ミッシーとファーギは、張り付けになった彼らを解放していく。
メリル、テイマーズの三人、勇者たち、彼らの服や装備が燃えていないのは、それぞれに魔法陣が縫い付けられて強化されているからだ。
「助かったよ。ありがとう」
意識を取り戻した勇者岡田が、ファーギに礼を言う。そして彼は続けて言った。
「こうなってしまって腑甲斐ないと思う」
苦笑いを見せる岡田。彼の口元には、鋭い牙が見えていた。
そこにミッシーの叫び声が聞こえてきた。
「ファーギ!! メリルもテイマーズもバンパイア化してる!!」
彼女とファーギは、仲間だったバンパイアたちから距離を取り、警戒しながら腰を落とす。いつ攻撃されてもいいように。
ファーギは、かつての仲間であるバンパイアたちを見つめながら、真剣な眼差しで言った。
「バンパイアなのに、ヒュギエイアの水で回復したよな……」
隣にいるミッシーが答える。
「たぶんヴェネノルンの血を摂取させられている」
ミッシーの表情は悔しげだ。ヴェネノルンの血を摂取すれば、もうニンゲンに戻れない。これまで苦楽を共にした仲間は、討たなければならない存在へ変わってしまったのだ。
そんな中、部屋の中にバンパイアが雪崩れ込んできた。ルイーズが逃げるときに呼んだバンパイアだ。十、二十と、その数はどんどん増えていく。
ミッシーとファーギは、どうすることもできないことを悟り、絶望と怒りに満ちた表情で攻撃を始めた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
地下通路から何度か銃声が聞こえてきた。たぶんファーギの魔導ショットガンだ。誰かと戦闘しているのは間違いない。
む……。なんか凄い闇脈を感じたぞ。
俺は地下通路に入ろうとして足を止めた。マイアとニーナも闇脈に気付いたようだ。
「何でしょう、あの闇脈は」
マイアは天井の方を見ている。ニーナも天井を見ながら答えた。
「浮遊魔法で飛んでる? 凄い勢いだけど……、あの気配って」
マイアもニーナもちゃんと状況把握ができている。俺も天井を見て確認した。
「もう隠す気もないみたいだな。ありゃルイーズだ。バンダースナッチを狙ってる可能性があるから、ルイーズを追うぞ。……ついてこれるか?」
自信を無くしていたふたりだが、佐々木と共にバンパイアを滅ぼし、少しは元気になった。あまり無理をして欲しくないので、最後にひと言付け加えたが、逆に彼女たちに火を付けてしまった。
「当たり前です!」
「あんなクソバンパイア、わたしたちが滅ぼします!」
ふたりとも鼻息荒いな。煽るような言い方はこれから控えよう。
地下通路に入らず俺たちは教会の外に出る。眩しい太陽と青い空。何もなければ、バカンスとしゃれ込みたいところだが、それどころじゃない。
「バンダースナッチ狙われてますね」
「高いとこにいろって言われてたのに」
マイアとニーナがそう言うと、魔導通信機が鳴った。俺の脳内でも音がするから一斉通話だ。
『ソータさんっ! 町の真ん中にある城に向かってください! 大至急っす!』
「いやいや、そっちにルイーズが向かってるってば。それと、何で城?」
『ルイーズはこっちで引きつけておきます。上空からモニターで観察してたんですけど、城中にバンパイア多数います。それとメリルもテイマーズもバンパイア化してます!! お願いします!! 助けてください!!』
相当焦ってるし、冗談を言っている風でもない。リアムがいつもの口調を忘れるくらいだから、本当のことなんだろう。
「……ああ、わかった。リアム、死ぬなよ」
『当たり前です! メリルともう一度会うまで死にません!!』
ああ、どうしてこいつはフラグを立てる。こんなヤバそうなフラグは放置しておけない。
「あそこか」
俺は空を見上げて瞬間移動した。
「――――――――っ!?」
おお、驚いてる驚いてる。俺はバンダースナッチへ向かって上昇中のルイーズの目の前に姿を現して、ひと言もの申す。
「よおルイーズ。テメエよくも騙してくれたな――――あれっ?」
俺の姿を確認したルイーズは、瞬時にミイラ化した。カサカサのひょろひょろになって落ちていく。生きているとは思えない。
『スキル〝魂の転移〟を確認しました。解析します……。改良して最適化が完了しました。いつでも――』
『いや、待って。何いまの?』
『スキル〝魂の転移〟で、別の人物に成り代わったようです。ただ、このスキルは、魂の形が似ている人物でなければ発動しません。もちろん、そのような人物は世界中探しても見つかりません。ニンゲンの多様性はすさまじいものです』
『うん? んじゃ使えないんじゃ?』
『同じ魂の形をしたホムンクルスを作れば問題ありません』
『ホムンクルス……』
そういえばナイトメア・タワーでバンパイアどもが造ってたな。あれはルイーズが一枚噛んだ実験だったのか……?
いや、いまはそれどころじゃない。
俺はマイアとニーナがいる地上へ向けて瞬間移動した。
「ソータさんっ!」
「何があったんですかっ!」
マイアとニーナに詰め寄られる。何も言わずに瞬間移動したから、彼女たちからすれば、とつぜん俺が消えたように見えたはず。
「すまん。説明はあとで」
上空から見えていた城に、俺はゲートを開いて飛び込んだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
港町エスペリアの城は、ルイーズとジュリアンによって、城主や家臣は全てバンパイア化されていた。
――――ズドン
内側からドアが破壊され、そこからミッシーとファーギが飛び出してきた。ふたりとも背後を気にしながら、全力で庭を駆け抜ける。
そのあとから、バンパイアが溢れ出した。城主や家臣、衛兵や庭師、全ての人びとがバンパイアに変貌して、ミッシーとファーギを追いかけていく。
そして、遅れてきたのは、メリル、アイミー、ハスミン、ジェスの四人のドワーフだ。その後ろには、岡田を筆頭にした勇者たちが立ち並び、全員口元から牙が見えていた。
みな飢えているのか、キョロキョロしている。獲物を探しているのだろうか。
「ミッシーもファーギも逃げちゃったね」
ボソリとジェスが呟く。
「あんのクソジジイ! オレたちを見捨てやがったのか!!」
ちびっ子ハスミンは女子だが、相変わらずの口調である。
「何か考えがあるのかもよ?」
落ち着いた口調でメリルが言うと、すぐにアイミーが反論した。
「あたしたちバンパイアになったけどさ、滅ぼしたくなくて逃げたんじゃないの? 血への渇望はあるけど、それがどうしたって感じ!!」
どうやらドワーフの四人は正気を保っているようだ。
「俺たちもあまり変化を感じてない」
岡田が話に加わってきた。勇者たちはそれぞれ話しているが、バンパイアらしくない。まるで普通のニンゲンのようだ。
さんさんと降りそそぐ日の光を浴びながら彼らは考え込む。
すると彼らの前にゲートが開いた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ゲートをくぐると、そこはバンパイアだらけだった。俺はマイアとニーナを背後に守りつつ、メリルと向かい合った。
「よっ!」
「おっさん! ファーギのジジイがあたしたち置いて逃げやがった!!」
メリルではなく、隣のアイミーから返事があった。
――――どういうことだ?
ここにいるドワーフ四人、勇者が複数名、全員闇脈が漏れ出ているので、バンパイア化しているのは確定。だけど、バンパイアでは無いように感じる。
うーむ。聞いてみるか。とりあえずアイミーから。
「ファーギたちは、攻撃してきた?」
「いや? 逃げた。あたしたちを置いて!」
「他は? 誰かファーギたちから攻撃された?」
俺は全員に向けて問うた。しかし攻撃されたというものは誰一人いなかった。
そうなると、ミッシーとファーギは、バンパイア化した彼らに攻撃せず、見逃すことにしたってことだ。
……その根拠は?
遠く離れた場所から爆音が聞こえてきた。足元に響く振動はかなり大きな爆発だと示している。ファーギの魔導ショットガン、あるいはミッシーの祓魔弓ルーグでの攻撃だろう。
「もいっこ質問。ミッシーとファーギは、誰と戦ってんの?」
俺の質問には岡田が答えた。
「ああ、気の毒だが、この城のニンゲンだ。全員バンパイア化されていた」
つまりミッシーとファーギは、バンパイア化した城のニンゲンには攻撃をしている。
――――その差は何だ?
ヴェネノルンの血を摂取していればニンゲンに戻れない。だから滅ぼすしかないのは分かるんだけど。
あ。
「はい、もいっこ質問。ここにいるドワーフの四人組は、日頃からヒュギエイアの水を飲んでます。あれには、バンパイアウィルスの予防効果があるんですよ。そこで勇者のみなさん、あなたたちはヒュギエイアの水を普段から飲んでましたか?」
「当たり前だろ」
「ですよねー」
岡田に一蹴されてしまった。勇者たちは日頃の仕事で肉体を酷使している。ヒュギエイアの水飲んで、元気回復。なんて使い方をしてたんだろうな。
と言うことは、ここにいる全員、バンパイアにならない可能性が高かったということになる。しかし、それでもバンパイア化した。
「はいはーい、最後の質問。誰に捕まって誰にバンパイア化されましたかー?」
全員ルイーズに捕まったらしい。そのあと、柱に張り付けにされたまま、子爵ジュリアン・シャドウハートから、ヴェネノルンの血を飲まされたという。
なるほどー。
ただ咬まれただけなら、ヒュギエイアの水を普段飲みしているニンゲンはバンパイア化しない。けれど、ヴェネノルンの血を飲んだことでバンパイアに変貌した。それでこんな中途半端な状態になっているみたいだ。
ヒュギエイアの水を飲み続ければ、完全にバンパイア化しない。そうとわかれば、勇者たちが持っているヒュギエイアの水が無くならないようにしておかないと。
「これはいちおう仮説なんだけど――――」
いまの考察を伝え、勇者たちにヒュギエイアの水を作るための装置を渡すことにした。造るのはファーギだけどね。
勇者たちは「バンパイアの力を手に入れた」なんて言って喜んでいる。呑気なもんだ。けど、こんなメンタルだから、この三十年、異世界で生き延びてきたのだろう。
とりあえず、ここは何とかなりそうだ。でもちゃんと言っておかなければ。
「あー、喜んでるところ悪いんですけど。ヨシミ一派の山田奈津子が、中村陽介さんを殺害しました。ここまでは佐々木さんから聞いた話です」
「佐々木から聞いた? 佐々木は王都ハイラムに残ってるんじゃないのか? そういう作戦だったろうが!」
岡田は俺を睨み付けて、怒りを露にする。
「はい。俺が佐々木さんと中村さんをここまで連れてきました」
「ああっ!? テメエのせいで中村が死んだのか!!」
岡田が俺の胸ぐらを掴んで持ち上げる。まだだ。まだちゃんと伝えなければ。
「そうです。責任の一端は俺にあります。けど、中村さんが亡くなったことで、量子空間が解除されました。それでヨシミが脱走したと冒険者ギルドから連絡がありました」
ざわついていた場がピタリと静まる。
ルイーズはマリア・フリーマンの配下。
ヨシミはリリス・アップルビーの子。
本来なら、ルイーズとヨシミは敵対関係にある。
しかし今回、ルイーズはヨシミの配下、山田奈津子をバンパイア化した。それはおそらく、俺たちを混乱させるための策謀だ。
ルイーズめ……。どこまで俺たちをコケにしやがる。
「ヨシミ先生が逃げたんなら、王都ハイラムに残ってる勇者が何とかするはずだ。それよりソータ。山田奈津子はエスペリアの町に来ているのか?」
「佐々木さんと中村さんは、この町の港で山田と戦ったそうです。そのあと山田がどこへ行ったのかまでは……」
魔導通信機が通じなくて、仲間の捜索を優先しちゃったからな。後悔してないけど。
「ヨシミ先生が脱走したって言ったな?」
「はい。冒険者ギルドの話なので、確度は高いと思います」
「それなら、山田は必ずヨシミ先生と合流するはずだ。俺たちはいったん王都ハイラムに戻る」
岡田はそう言って背を向けた。仲間の勇者たちと相談するのだろう。
しばらく様子を見ていると、彼らはゲートを開いて王都ハイラムへ戻ってしまった。
ドワーフの四人、修道騎士団のふたり、俺たち六人は城の庭に取り残されてしまった。
「……」
「ソータさん、大丈夫ですか?」
「胸ぐら掴まれて、ぷらんぷらんしてましたね」
マイアとニーナが心配して声をかけてきた。
「ああ、大丈夫。山田なんとかは、勇者たちに任せる。俺たちはルイーズを追うことにしようか」
そう言うとマイアがさらに心配そうな顔で聞いてきた。
「行く当てはあるんですか?」
「ある。カヴンが、マラフ共和国でホムンクルスを造ってる」
これはじいちゃんに聞いた話だから、そうそう間違ってないだろう。
「カヴンって、古代人の? ホムンクルス? それとルイーズになんか関係が?」
マイアははてなマークでいっぱいになっている。
いったん全員で情報共有しておいた方がいいだろう。バンダースナッチで迎えに来てもらうように、俺はリアムに魔導通信を繋げた。




