206 パーティーの危機
佐々木の人工衛星、神の目が突き刺さり、大きな倉庫が大爆発を起こす。吹き飛ばされて宙を舞う瓦礫の中に、大勢のバンパイアが混じっていた。バンパイアたちは、爆発の影響で大ダメージを受けて灰に変わっていく。
佐々木は足元で息絶えている中村へ目をやり、涙ぐんだ。
「中村くん!!」
佐々木は中村の横に慌ててしゃがみ込み、ポケットから小さな小瓶を取り出して中に入った透明なヒュギエイアの水をかける。冷たい水が中村の顔や胸に染み込んだが、彼はまだ動かない。佐々木は絶望と怒りで震えながら、心臓マッサージを始めた。
反応はない。一切の反応がない。中村が息を吹き返すことはなかった。
「……くそっ!!」
悲しみと怒りが、地面にぶつけられた。佐々木が手加減せずに地面を殴り続けると、大きな轟音と共に小さなクレーターができた。涙がポロポロと地面に落ちていく中、佐々木は素早く魔導銃を構える。
白い閃光は、佐々木の頭を狙って飛んできた短剣を一撃で融解させた。赤い固まりとなった短剣は、勢いを失って地面に落ちた。
短剣を投げたのは、勇者山田奈津子だった。
彼女の姿を確認した佐々木は叫ぶ。
「山田ああああああああっ!!」
佐々木の魔導銃が次々と火を吹く。山田はそれを簡単に避けていたが、あまりの連射速度に追いつけなくなっていった。
神威結晶のエネルギー弾が山田に当たろうとしたそのとき、彼女は霧になった。神威結晶のエネルギー弾は、山田の背後にある倉庫に穴を開けただけだった。
「ふふっ……。あんたが何でそんなに怒るのか理解できないわ。ヨシミ先生を閉じ込めているのは、中村くんだったんでしょ?」
山田はヒトの姿に戻り、佐々木に諭すように言う。その口元からは、隠すことのできない長い犬歯が見えていた。
「断裂空間を解除してもらうよう、中村くんに言えばよかったじゃないか! 山田っ、なんで殺した!!」
「言って解除してくれるなら、ずっと前にヨシミ先生は自由になってるわ。それに、新国王が、あんたたち勇者を使って厳重に警戒してたからさあ」
「くっ! だからと言って……、なにも殺さなくても。いや、その前に山田。お前なんでバンパイアになってるのさ!!」
佐々木は驚きと怒りで声を震わせながら、山田の変わった姿を指摘した。彼らはこの世界に召喚されて、三十年経っている。年齢はすでに四十半ば。ところが佐々木の目の前にいる山田は、中学生時代と変わらないほど若返っていた。
「ルイーズ・アン・ヴィスコンティ伯爵夫人。彼女にお願いしたの。あたしは勇者でありながら子爵になったの」
山田は冷笑しながら返事する。彼女の目からは狂気の光が滲んでいた。
「お前それ、騙されてるよ――――」
佐々木はソータたちから話を聞き、リリス一派のヨシミと、土着バンパイアが敵対していることを知っている。
ルイーズ・アン・ヴィスコンティ伯爵夫人は、土着バンパイア側。魔女マリア・フリーマンの部下である。
ルイーズは、自分が逃げるために勇者をバンパイア化して、互いに争わせている。
佐々木はそう力説したが、中村は聞き入れなかった。
「だから何? あたしたちは始祖のヨシミ先生を解放した。ヨシミ先生に咬んでもらえば、あたしたちはヨシミ先生の子爵になれるわ」
どうだ、と言わんばかりにふんぞり返る山田。佐々木はその言葉を聞き、別のことを考えていた。山田はあたしたち、と言った。となるとルイーズがバンパイア化した勇者は、他にもいることになる。
それに気付いた佐々木は、ハッとしながら振り返る。
そこには牙の生えた勇者ふたりが立っていた。
「橋本直樹、村上千晴。そういえば、きみたちもヨシミ先生を慕ってたね」
「慕ってた? 愛し合ってるんだよ。勘違いすんなボケが」
四十半ばと思えないくらい若返った橋本が牙を剥きながら言った。
「お前らオタクとはちげーんだよ。アホかてめえ」
同じく若返った村上が、長い爪を振りかざす。
「あんたにも死んでもらうわ。目撃者はいないほうがいいし」
背後から聞こえてきた山田の声で、佐々木は決心した。
――――ズッ
佐々木のメガネがキラリと光ると、天から白い光が降ってきた。直視できないほど輝く光線は、橋本と村上に直撃し、一瞬で灰に変えた。それと同時に大爆発が起きた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
俺たちが港に辿り着いたときには、港の要素がなくなっていた。大型小型に限らず船は全て沈み、護岸は融解してガラス化していた。輸出入で使用する倉庫は軒並み吹っ飛び、更地のようになっていた。
中村がいないということは、もうすでに……。
佐々木がひとりでバンパイアと接近戦をしてる。多勢に無勢だから仕方ないかもしれないけど、あんな距離じゃ神の目は使えなさそうだ。魔導銃から神威の刃を出して切り込んでるけど、短すぎるような気がする。周りに巻き込まないように配慮してるのかな?
それなら、ちょっとは余裕ありそうだ。けど……。
「佐々木の加勢に行くぞ」
「ソータさん待ってください!」
「わたしたちふたりに任せてください!」
マイアとニーナが強めに言ってきた。さっきの件があるから少し心配だけど、ここでやる気を削ぐのも気が引ける。
「わかった。……死ぬなよ」
ヤバそうならこっそり加勢するけどね。
ふたりとも元気よく返事して走り去る。
お……? めちゃくちゃ動きが速いな。あと力も強くなっている。ふたりとも新たにスキルを手に入れたか。
あと、なんだあれ……? バンパイアが頭を抱えたと思ったら、ぶっ倒れて灰に変わっている。手も触れずにバンパイアを滅ぼしてるってこと?
『スキル〝超加速〟スキル〝剛力〟を確認しました。これはもうソータは使えますよね。ニーナが使ったスキルは〝超念話〟です。スクー・グスローの念話攻撃とは効果は違いますが、念話の強化版で、相手の脳をおぼろ豆腐のようにします。最適化が完了しました。いつでも使えます』
脳がおぼろ豆腐……。こっわ。念話って一方的に送りつけられるから、防ぎようがないのでは……?
スキル〝超念話〟を使っているのは、ニーナだ。彼女は確か言語魔法が使えるので、その辺りも影響しているのかもしれない。
なんて考えていると、バンパイアたちは全滅してしまった。
マイアとニーナ、佐々木もみんな無事だ。
バンパイアが蘇る前に、ヒュギエイアの水をぶちまけておこう。
辺りはまだ煙がくすぶっている。丁度いいので消火する振りをしてヒュギエイアの水をまいていく。しばらくすると、マイアとニーナ、それに佐々木が駆け寄ってきた。
「ソータくん、助かったよ!」
佐々木は肩で息をしながら礼を言ってくる。
「でもね……。ルイーズ伯爵夫人が、ヨシミ先生の仲間たちをバンパイア化しちゃってるんだ。山田奈津子もそのひとり。あいつは量子空間を解除するために、……中村くんを殺した」
「残念です……。それと、冒険者ギルドから、ヨシミが逃走したって連絡がありました」
俺の言葉で佐々木はがっくりと肩を落とす。中村の死亡を再確認したからだ。でもちゃんと言っておくべきだろう。
中村の蘇生は間に合わないと確定した。ヒュギエイアの水をまきながらコッソリ探してたんだけど。神の目で灰も残さず焼かれていた。欠片でも残っていれば、蘇生できるかもしれないと思ってたんだけど。
『ダメですよ』
クロノスからふと話しかけられる。
『そっちの蘇生じゃない。心肺蘇生のほうだよ』
『ほんとにー?』
『……ほんとほんと』
佐々木はかなり参っている。中村はただの仲間ではなく、三十年来の親友だったのだ。彼をこのまま現場に出してはおけない。
俺はバンダースナッチにゲートを繋ぎ、佐々木をそこに押し込んだ。色々喋るよりひとりにしておこう。
「……なに?」
ゲートを閉じるとマイアとニーナが俺をじっと見つめていた。
「みんな気を使って聞かないですけど、ソータさんのその力は何なんですか? 魔力が無さそうなのに、驚くほどの魔法を使ったり、いまみたいに無詠唱でゲート魔法を使ったり、色々と凄すぎるんですよね。あたしたちを弟子にして訓練してください!!」
そう言いながら、マイアがぐっと顔を寄せてくる。今そんな場合じゃないんだけどなあ。
「わたしたちふたり、テッド・サンルカル第二王子殿下の強さを目標にしていたんですけど、いまは違います! ソータさんみたいに強くなりたいです! 弟子にしてください!!」
ニーナはそう言って、両手を合わせた。
さて、このポーズは異世界でのお願いに当たるのだろうか。いやいや、現実逃避しちゃいけない。彼女たちは真面目に言っているのだ。俺も真剣に返事しなければ。
「断る」
「ええっ!?」
「なんでっ!?」
ぴしゃりと断る。断じて断る。弟子なんて取って修行つけてる場合じゃねえ。さっさとこの件を片付けて、子爵エミリア・スターダストを滅ぼす。ついでにルイーズと魔術結社実在する死神の動きを探らねばならない。
「その顔ですよ、ソータさん」
「ミッシーがめちゃくちゃ心配してました。『ソータは疲れてる』と言って」
その顔ってなんだ……? 疲れもないけど。
「大丈夫。昨日たくさん寝たし。というかさっきの件な。ヨシミが逃げたって話は、王都ハイラムの勇者たちが何とかするはずだから。それよりミッシーとファーギはどこ行った?」
そう言うとマイアとニーナは、魔導通信機を取りだして操作し始めた。
けれどミッシーとファーギに連絡はつかなかった。俺も脳内で魔導通信機をつかってみたが繋がらず。それならばと、念話も試みたけど同じ結果だった。
「そういえば教会辺りで起きた爆発。あれはミッシーの祓魔弓ルーグの仕業だったな」
「では教会へ!」
「行きましょう!」
強引に話を変えた感もあるけれど、俺の言葉を素直に受け取ってくれた。マイアとニーナは、教会へ向けて走り始めた。
晴れ渡って心地のいい天気なのに、町の中は依然として人影がない。雰囲気が暗すぎる。たしか城もあったので、領主とか城主とかいるはずなんだけどな。衛兵もいなければゴーレムもいない。
教会へ入ると、閑散とした町の理由が何となく分かった。床はバンパイアの灰だらけで、ヒュギエイアの水がぶちまけられている。ミッシーとファーギがバンパイアと戦ったあとだ。
奥へ進むと、主祭壇のうしろに大きな穴が開いていた。中を覗き込むと案の定、隠し通路が見えていた。
「マイア、ニーナ」
振り向いて名前を呼んだ瞬間、言葉をかぶせられた。
「いやです」
「帰りません」
「……この先は結構危険だ。闇脈が吹き出してるの分かる? てかほんとに大丈夫?」
「大丈夫です」
「平気です」
こりゃ帰りそうにない。仕方がない。できるだけサポートしよう。
「んじゃ階段降りるぞ」
「はい!」
「分かりました!」
さて、この腐臭、なんかやな予感しかしないんだけど、行くしかないよな。
ミッシーとファーギがどうなっているのか確かめるため、と言い聞かせながら、重くなった足を前に出した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ファーギ、ここは魔導通信機が使えないみたいだ」
ミッシーが魔導通信機を触りながら声をかけると、ファーギは魔石ランプを持ったまま振り返った。
「なんだと!?」
彼は驚きと不安で叫んだが、すぐに口元に手を当てた。声が響くし敵がいたら気付かれる。
「ああ、すまんすまん。ということは、メリルとテイマーズ、それとオカダたち勇者もここに入っている可能性があるな」
ファーギは先頭を歩きながら答えた。彼らは教会の隠し通路に入ってきてしばらく経っている。
通路は幅約二メートル、高さ約三メートルで、すべて灰色の石で造られていた。直線ではなく曲がりくねっていて、方向感覚を失わせるような造りだ。壁や天井にはカビや苔が生えており、湿気と腐臭が充満していた。
そして懸念材料がひとつ、ここは逃げ場のない一本道だ。ダンジョンではないのでモンスターが出現することはないが、単純な仕掛けひとつで、侵入者を排除できる。
そのためミッシーとファーギは、前後を最大限の警戒をしながら進んでいた。
魔石ランプがぼんやりと終着点を浮かび上がらせる。頑丈そうな木製のドアが見えてきた。
ファーギはドアの先にある気配を探りながら、ミッシーに尋ねる。
「どう思う?」
「この先に気配は感じられない。だが、ここはおそらく教会から少し離れた城の地下あたりだ」
曲がりくねった道でも方向感覚を失っていないミッシーに感心しつつ、ファーギは渋い顔になる。
「だよなあ……。これは本来、城から逃げ出すための通路だ。ワシらは遡ってきたというわけか」
ファーギはそう言いながらドアノブに手をかけた。カギはかかっていない。
慎重にドアを開けると広い部屋が広がっていた。部屋と言っても民家ではなく、石造の重厚な作りだ。ミッシーの予想通り、ここはエスペリアの町にある城の地下室だろう。
部屋の中央には大きな円形の台があった。その上には赤い布が敷かれて、青い布をかけられた何かが横たわっている。
ニンゲンの形をしている。
ミッシーとファーギは顔を見合わせ、音を立てないよう慎重に台へ近付いていく。
胸のふくらみがゆっくり上下している。その中のニンゲンが生きている証だ。
ふたりは、ふと立ち止まる。
何かの気配に気付いたようで、ミッシーとファーギはあっという間に姿を消した。
しばらくすると、コツコツと響く足音が聞こえてきた。
灰色の瞳に白い肌、茶色の髪を短く切り揃えた子爵ジュリアン・シャドウハートだ。彼は小柄で華奢な体つきをしており、黒いスーツに白いシャツ、黒いネクタイという出で立ちで、落ち着いた足取りで円形の台に近寄った。
「ユハ・トルバネン様……。城の制圧は完了しました」
ジュリアンは昨晩、メリルとテイマーズが交戦したバンパイアだ。ジュリアンがあの場で逃走したことは、バンダースナッチの録画画像で確認済み。柱の陰から彼を見つけたミッシーとファーギは、驚きと怒りを隠せなかった。
メリルとテイマーズの姿がないことから、ふたりは焦ってしまったのだろう。
「おいっ! クソバンパイア!!」
いや、焦ったのはファーギだけだった。柱から飛び出し、啖呵を切る。
まったく気付いていなかったジュリアンは飛び上がって驚き、そして霧に変わった。
「それは対策済みだ」
ファーギの魔導銃が火を吹き、神威のエネルギー弾が霧を突き抜けた。本来ならそれだけだ。しかし、胸を貫かれたジュリアンが、霧の中から飛び出してきた。
「ぐはっ!?」
ジュリアンは吹っ飛びながら、何処かにぶつかることもなく灰になって消えてしまった。
こうなったのには訳がある。ファーギは先日の作戦会議のあと、ソータに呼び出された。そのときソータから能封殺魔法陣と、魔封殺魔法陣を教わったのだ。
試作品として、ファーギは自身の銃にふたつの魔法陣を刻み込んだ。今回それが力を発揮した。
バンパイアが得意とするスキル〝霧散遁甲〟は、完全に無効化された。
「あれ?」
丸い台の上で寝ていた、ユハ・トルバネン。彼女の姿はもうそこにはなかった。
ファーギは慌てて周囲を見回した。
「ちっ! 逃げたか!」
ファーギが吹き抜けになった階段を駆け上がろうとしたそのとき、上階から火の手が上がった。
「おほほほっ! あなたも追ってきたのですね。しかし、どうしましょうか。これからわたくしはお出かけします。あなたは、わたくしを追いますか? それとも彼らを見殺しにして……」
手すりに肘をついてルイーズ・アン・ヴィスコンティは、階下のファーギを見下ろす。彼女の高笑いと共に手が振られると、赤い大きな幕が落とされた。
そこは赤い障壁に囲まれていた。その中にはメリルとテイマーズ、それに岡田たち勇者が複数名、全員が柱にくくりつけられて意識が無い状態だった。
それだけならまだしも、ふたたびルイーズが手を振ると、柱が燃え上がった。




