205 エスペリア港
俺たちはエスペリア港に向かって、すぐさま飛び立った。操縦室には全員が座っているが、佐々木と中村は、岡田と合流したがってついてきた。岡田はエスペリア港にいるはずだから、それは問題ない。
しかし……、うーむ。
バンダースナッチがまた改造されている。空艇とはいえ、王都ハイラムから、エスペリア港へ向かう挙動がおかしすぎる。
新たに装備された五点式のシートベルトで、俺たちはシートにぎゅっと固定された。バンダースナッチはそのあと、ロケットのように上昇し成層圏へ到達。簡単に最大動圧点を突破したのだ。
そして急降下。自由落下ではなく、加速している。音速突破による衝撃波対策で、こんな急角度にしているのだろうけど、やりすぎだろう。だって加速度をほとんど感じないのだから、どんな改造したんだって話だ。
「……」
呆れた顔で俺はじっとファーギを見つめる。
「……な、なんだ」
俺の視線に気付いたファーギは、すぐさま挙動不審になった。
「……」
俺はそれでも見つめる。
「ワシは反対したんだ!」
お、共犯者がいるな。
「……ほう」
先を促す。
「……そ、そいつだ! そいつが真犯人だ!!」
ファーギはリアムを指さした。
「げっ!? クソファーギ!! オレになすり付けるなんて酷いっす! やれば出来るってファーギが言ったっすよ! それで一緒に改造したんじゃないっすか!」
おっと、醜い争いが起きた。こんな改造やるなんて、ファーギとリアムくらいしか考えられない。音速突破による騒音被害を減らすため、こんな奇抜な結論に到ったのだろうけれど。
真っ逆さまに落ちているバンダースナッチは、神威障壁を張っている。この点から、動力源が魔石から神威結晶へ変わったことが示唆される。
ファーギに神威結晶を渡したのは俺だから、あまり強くは言えない。信用できるからこそ信頼している。俺とファーギはそのような間柄だ。
「もうすぐ着地しますよ」
青ざめたマイアが声を上げる。ほかの仲間も同様に青ざめている。
俺とファーギとリアム、三人だけが怖がらずに話していた。
操縦室の窓に緑色の畑がどんどん迫ってくる。あと数秒で地面と衝突。
「言い争ってねえで、さっさと操縦かんを引けえっ!!」
「すまんっす!!」
俺の声で我に返ったリアムは慌てて操作する。その瞬間、バンダースナッチは水平に姿勢を変えて動きが止まった。衝撃も何も感じない。運動エネルギーどこいった……。色々疑問が残るが、俺の知らない魔法陣が使われているのだろう。
「まったくもう、このパーティーは滅茶苦茶だね。でも神威結晶の使い方で、アイデアが浮かんだよ」
佐々木がそんな事を言っている。彼は人工衛星神の目を打ち上げた人物だ。どんな特殊能力があるのか詳しくは知らない。けれど神威結晶を創り出していることは確かだ。
「無事に着陸できてよかったね。ソータくん助かったよ」
中村はふたつの意味で、助かったを使った。早く着いたことと命のことだ。
「あれ? メリルに魔導通信機がつながらないっす!?」
リアムが声を上げた。スマホみたいな基地局無しで、遠距離通信ができるのに、いまここで魔導通信機が繋がらないのはおかしい。
「あれ? こっちも繋がらない」
中村は岡田に連絡しようとしたみたいだ。
魔導通信機が物である以上、壊れることはある。しかし同じタイミングでふたつ壊れるとなると、何かが起こっていると考えざるを得ない。
音が出ないようにしている。魔導通信が途絶された環境にある。本当に壊れた。いくつかの可能性があるが、最悪の事態に備えて速やかに行動しよう。
「じゃあ、分かれて探索しましょう」
マイアは手を叩きながら立ち上がり、率先して指示を出す。
マイアは俺とニーナの三人組で行動、ミッシーとファーギ二人組で行動、リアムはバンダースナッチで待機らしい。普段は仕切ったりしないのに、急にどうしたんだろう?
佐々木と中村は二人組で行動するみたいだ。
「とりあえず急ごう。メリルとテイマーズ、岡田さんたち勇者、ふた組を手分けして探そう」
俺の声で、みんな手際よく準備を始めた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
デレノア王国のエスペリア港。ここからマラフ共和国のアトレイア港まで、海峡を挟んで約百キロメートル離れている。俺の視界には、青い海と青い空が広がっていた。
レモンやオレンジの木が甘い香りを放ち、太陽の光が町を暖かく照らす、穏やかな気候だ。
町はオレンジ色の屋根とカラフルな壁で彩られている。中心部にはアンジェルス教の大きな教会や城などの歴史的な建造物が立ち並び、古風な雰囲気を醸し出していた。
だけど……、歩いているニンゲンがいない。町の住人が消え去ったわけではなく、家の窓を閉じて中に引きこもっているのだ。まるで何かから怯え隠れるように。
「ソータさん、あたしは……」
三人で歩いていると、神妙な顔でマイアが話しかけてきた。話すのを途中でためらうくらい、何か思い悩んでいる様子だ。
「どした?」
気になって話を聞こうとすると、反対側を歩くニーナから声が掛かった。
「わたしたち、パーティーの足引っぱってませんか?」
「そんなの気にしないでいい。足引っぱってないし」
「……」
「……」
ふたりとも黙ってしまった。だいぶん思い詰めてそうだ。
「本気で足引っぱってると感じてるのなら、そりゃ勘違いだ。ふたりともすごく成長してるでしょ。マイアは収束魔導剣で敵を一刀両断し、オブスタクルでみんなを守ってくれる。ニーナはシヴで、敵の隙を見逃さずに仕留める。ふたりがパーティーに加わってくれて、俺は本当に心強いんだ。周りと比べる必要なんてない。自分のペースで進んでいい。それでも楽しくないのなら、苦しいと感じるなら、逃げ出したいと思ったら、そのときは俺に言ってくれ。俺は君たちふたりを止めたりしない。サンルカル王国に帰って休むのもひとつの手だ」
俺みたいなチート野郎が励ましても伝わらないかもしれない。だけど頑張って励ましてみた。
彼女たちは、まだ十八歳。ふたりとも王都パラメダのスラム街出身という生い立ちで、そこから修道騎士団クインテットの序列四位と五位に成り上がった傑物である。
そこに到るまで数多の困難を乗り越えてきたと、容易に想像できるからなあ。
それに、マイアもニーナも、テッドの指示でついてきている。サンルカル王国に帰れ、みたいな言い方は悪かったかもしれないけど、ちゃんと帰る場所があるんだ。無理に引き留めてもよくないだろう。
「……や、やります」
「が……、頑張ります」
「……無理はするなよ」
ふたりとも思い留まったようだ。歯切れが悪いのはまだ迷っていると言ったところか。ふたりにこっそり回復魔法をかけて俺は歩き始めた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
佐々木と中村は、港に隣接する倉庫街を探していた。こちらもヒトの気配はあるものの人影は見えない。倉庫の大きなドアは固く閉じられていた。
「佐々木くん、あそこ」
中村が指さした方に、崩れ落ちた倉庫があった。護岸は黒焦げになって、ヒビが入っている。明らかに誰か激しく戦った跡が残っていた。
「急ごう」
それを見て佐々木が走り出す。あわてて中村も走り出した。
勇者のふたりはとんでもない速さで駆け抜け、あっという間に崩れた倉庫に辿り着いた。
「かなり大人数で戦ってるね」
佐々木は周囲を見わたしながら、現場の状況を推測した。
「ほら、これ見て」
中村は足元の灰を踏みつける。バンパイアが滅んだあとだ。他にもバンパイアの灰がたくさん落ちている。
「灰が飛ばされてないってことは、まだそんなに時間が経ってない。僕が岡田くんと話したのは三十分くらい前だから、そのあとこれだけの戦闘があった」
「そうだね。でも勇者はやられてない。岡田くん、誰と来てるんだっけ?」
昨晩の戦いで、ソータのパーティーと岡田たち勇者は共同戦線を張っていた。岡田は逃げるだろうと踏んだルイーズを追う役目を担った。ただし、ひとりで追うことは不可能だったので、他の勇者にも声をかけた。
しかし、佐々木と中村は連絡や確認が十分でなく、岡田が誰と行動していたのか知らなかった。
「まさか……」
佐々木がハッとして中村を見る。
「いやいや、ないない。ヨシミ先生の一派は、もうおとなしくなってるよ」
彼ら勇者は、岡田の派閥、ヨシミの派閥と、ザックリふたつに分けられる。もちろんどこにも属さないアキラのような存在もいるが。
だが、ヨシミは多くの罪を犯した。王都ハイラムのバンパイア襲撃、王族や貴族のバンパイア化、軍を勝手に動かして他国へ侵攻、他にも両手で数え切れない罪を犯していた。
そして、ヨシミ一派は彼女を見限った。
はずだった。
「中村くん、これ見て……」
佐々木が拾って見せたのは、山田奈津子が愛用している短剣だった。その近くには、岡田の短槍が血にまみれて落ちている。
「……どうかな。これだけで山田さんが裏切ったという証拠にはならない。同行していたということになるけどね」
海風がバンパイアの灰を舞い上げてゆく。佐々木と中村の顔には、不安と怒りが入り混じった表情が浮かんでいた。
「中村くん、他にも壊れた倉庫があるから、探してみようか」
「そうだね。とにかく岡田くんと合流しよう。二手に分かれようか」
「あはははっ! こういうのってほら、分かれて探してやられちゃうって、定番だからね。一緒に行動して前後をしっかり警戒しながら行こう」
「佐々木くん、相変わらず心配性だね。わかった。ふたりで探そう――――」
中村は最後まで言葉を紡げなかった。右のこめかみに短剣が刺さり、中村は白目を剥いて即死した。
力なく崩れ落ちる中村を見て、佐々木は何が起こったのか一瞬理解できなかった。そして気付いた。中村のこめかみに刺さった短剣が山田奈津子の物であると。
「どこにいるっ!! 何で中村くんを殺した!!」
佐々木の言葉に返事する者はいない。彼はメガネを操作して、人影のない周囲を探る。
「そこっ!!」
ドアの閉まった大きな倉庫。その屋根に、天から降ってきた白い光――神の目が突き刺さった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
アンジェルス教の教会にやってきたミッシーとファーギ。歴史を感じさせる古い建物でありながら、中はきれいに掃除されていた。
奥の方で大勢の人びとが集まっている。その中に司祭と思しき人物がいた。
「冒険者のファーギだ。こっちはミッシー」
「……失礼ですが、救助に来られたのでしょうか」
「……いや、いま着いたばかりで、町の様子を探っていたところだ。あんたが司祭か?」
ファーギは司祭服を着た若いヒト族の男性に、敬意も尊敬も払わないで話しかけた。
「はい。こちらの教会で司祭をやっております。先ほど勇者同士の戦いが起きて、町の者たちは避難しております。冒険者ギルドに救援を依頼したので、来てくれたのかと思っていました」
救助に来たのではないと分かり、司祭はファーギの不遜な態度はスルーしてガッカリする。
「勇者同士の戦い? 避難? 何があった」
ファーギは司祭から詳細を聞こうとすると、避難している人びとの中から冒険者の男が立ちあがった。
「俺が知ってる情報なら話せるぜ。ちーっと代金は張るが――」
「さっさと話せ」
ファーギは冒険者に金貨の入った袋を投げ付ける。
「おほっ! 言ってみるもんだぜ! まあ、聞きな。よーく聞いときな――――」
王都ハイラムからきた勇者たちとドワーフの冒険者たち。彼らは昨晩からずっと、この町でバンパイアの捜索を行なっていた。夜が明けても続く捜索には、この町の冒険者も手伝っていた。もちろん勇者たちから依頼が出ていたからだ。
捜索対象のバンパイアは見つからず、日が昇ってしまった。それでも諦めずに捜索を続けていると、港近くの倉庫にバンパイアが隠れていると分かった。
勇者とドワーフは冒険者たちを呼び集め、倉庫を襲撃。激しい戦いのあと、バンパイアを全滅させた。
「――――で、勇者もドワーフも王都に帰っちまった」
「ほう……。で?」
「い、いや、だからもう帰ってしまったんだって。勇者もドワーフも」
「ワシとまともに話す気はないみたいだな。ニンゲンの振りをしたバンパイアよ」
ファーギの言葉で、冒険者が豹変した。その姿が瞬時に変わり、べつの人物に変わったのだ。
――――ドン
バンパイアの頭に矢が刺さって吹き飛んでいく。宙を舞いながら、血を流す暇もなく、冒険者は灰に変わった。
「ミッシー、……もう少し待ってもよかったんじゃないか?」
弓を構えたまま返事をしないミッシー。ファーギは呆れながら、灰にヒュギエイアの水をぶちまけた。
――――ズドン
教会にいた司祭、他の人びと、全てが牙を剥き、バンパイアに変わった。彼らは、スキル〝変貌術〟でニンゲンに化けていたのだ。
数十人いたバンパイアは、ミッシーの矢の前にあっという間に灰へと変わった。
残心を終え祓魔弓ルーグを仕舞ってから、ようやくミッシーは口を開いた。
「ハズレだと思ったが、アタリのようだ」
祭壇の奥に命中した矢が大きな穴を開けている。そこから地下への階段が見えていた。
「え、行くつもりなのか?」
ファーギは少したじろいだ。その穴から吐き気を催す腐臭が溢れ出ていたからだろう。
「当たり前だ。私たちは冒険者だろう。依頼を遂行するためここにいるんだ」
ミッシーの正論パンチで、ぐうの音も出ないファーギ。彼は仕方なく穴の中へと進むミッシーに従った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
あれからマイアとニーナはだいぶ前向きになってきた。やる気がなければ、対処も遅れる。変わらなければ帰らせるつもりだったが、後ろ向きな気持ちをなんとかして前に向かわせようと努力していた。しばらくはふたりに注意して様子を見ておこう。
俺たちはいま、全滅した冒険者ギルドを通り過ぎたところだ。そこには調査済みと書かれた、ミッシーのメモが残っていたので、俺たち三人はだいぶ遅れていることになる。
「今のは?」
「爆音?」
マイアとニーナが立ち止まって耳を澄ました。
「多分ミッシーの弓矢だ。あの教会から聞こえてきた」
町の中心部に大きな鐘塔が見えている。そこから聞こえてきたので間違いない。すると別の方角からも大きな爆発音が聞こえてきた。同時に周囲の家に隠れている人たちが驚きの声を抑える気配を感じた。
ちょっと気配察知が敏感すぎるので、フィルターをかけて欲しいところだ。そう思うと、ざわつく気配がすっと消えた。
『あんがと』
『どういたしましてー』
クロノスがやってくれたみたいだ。雑音が消えて改めて気配に集中する。
「ソータさん、どうしました?」
目を閉じたのがいけなかったかもしれない。立ち止まった俺にマイアが心配そうな顔で話しかけてきた。でも、別の方から聞こえた爆音の場所がだいたい分かった。
「あ、うん。二回目の爆発は、港の方からだ。行ってみよう」
一瞬だけ白い光が見えた。あれは佐々木の人工衛星が発射した神の目だ。
「分かりました!」
「急ぎましょう!」
マイアとニーナも、何か大変なことが起きていると察したようだ。
神の目は一発だけでなく、連続して雨のように降り注ぎ始めていた。
そのとき、俺の脳内で魔導通信機の着信音が鳴った。マイアとニーナも同じく鳴っている。これはバンダースナッチからの一斉通話だ。
『みんな繋がってるっすか? あれ? ミッシーとファーギに繋がってないっすね。あ、それよりソータさん、緊急事態っす! いま王都ハイラムの冒険者ギルドから連絡があって、ヨシミを閉じ込めてる量子空間が消えたそうです!!』
『はあ? 量子空間は勇者中村の時空間魔法だぞ。彼が死なない限りっ……クソッ!! 中村さんがやられたかもしれない。 リアム!! 冒険者ギルドはなんて言ってる?』
『えっとっすね、ヨシミが姿を消したから探してくれ、という依頼が入ってます。フェイル・レックス・デレノア国王陛下から』
『……とりあえずリアムはできるだけ高度をあげて、エスペリア港から離れてくれ。見ての通り、勇者佐々木の神の目が連射されてる。それと、いまはヨシミに構ってられないってことと、エスペリア港の冒険者ギルドが全滅してるって返事しといてくれ』
『げっ!? マジっすか?』
『マジだ。頼むぞ!』
あまり長話はできない。中村はもう息絶えているかもしれないが、蘇生の可能性はまだある。急がねば。
今の通話はマイアとニーナも聞いていた。俺たちはうなずき合って、港へ向かって駆け出した。




