204 心配
せっかく低い高度でバンダースナッチを囮にしていたのに、逃がすわけにはいかない。俺はテイマーズたちの追跡に介入することにした。
「ちょっと行ってくる」
「あっ、メリルとテイマーズに任せるっすよ。あんだけ言われたじゃないっすか。テイマーズの修行だと」
「だからといって、あの逃げたバンパイアを放置できないだろ?」
バンダースナッチを狙ったバンパイアは、俺たちのことを知っている。特に俺はルーベス帝国でバンパイアを滅ぼしまくった。追っ手がかかるのは当然だろう。
逃げているバンパイアは、俺を狙ってきた可能性がある。あいつがルーベス帝国から来たバンパイアなら、スターダスト商会を知っているかもしれない。さっさと、とっ捕まえて情報を吐かせるのが上策だ。
「ダメっす」
「……」
リアムは何でそこまで意固地になるんだ。たしかにみんな俺のことを心配していた。けれど、心身共に正常だぞ、俺は。
「あのバンパイア、もう霧になって消えちゃったっす。ソータさんは、さっさと寝るっす。あとは任せろっす」
すっすすっすうっさいわ!
話してる間に、ほんとに逃げられちゃったし。
「わかったよ。寝るよ寝る寝る」
バンパイアがスキル〝霧散遁甲〟を使うと、探すのは困難極まる。バンダースナッチで追えるかもしれない。だが、リアムはエルミナス城へ向かって降下し始めた。襲撃していたバンパイアは一掃されているので、ミッシーたち迎えに行くつもりだ。
「はよ!」
いつまでも操縦室にいる俺に向かって、リアムがキレた。仕方ない。寝るとしよう。
お風呂に入って、ふかふかのベッドで横になったら、すぐに眠りに落ちてしまった。睡魔に抗うことができず、気持ちよーく熟睡してしまった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
翌朝、歯を磨いていると、格納庫の方で大きな物音が聞こえてきた。何ごとかと思って見に行くと、ちょうど後部ハッチが開いたところだった。バンダースナッチはエルミナス城の内庭に着陸していた。
「おはよう。しっかり休んだみたいだな」
俺を見つけると、ミッシーが安堵の表情で話しかけてきた。作戦会議では、彼女が俺に休むように強く主張したからなあ。
朝日に照らされたミッシーは、光の精霊のごとく輝いていた。金色に煌めく緑色の髪と、水晶のごとく透き通った緑色の瞳。……いかんいかん。見とれてる場合じゃない。
「よく休めたよ。ありがとう。それで、あれは何?」
後部ハッチにいるのはミッシーだけではない。ファーギやマイアやニーナも一緒だったし、それに勇者の佐々木と中村もついてきていた。彼らの足元には一辺一メートルほどの白い立方体がある。
佐々木がニッコリ笑って挨拶してきた。
「板垣くんひさしぶり」
中村が笑みを浮かべて、立方体が何か教えてくれた。
「元気そうで何より。これは僕が時空間魔法量子空間で閉じ込めたヨシミ先生だよ?」
いやいや、そういうことじゃないんだけど。魔法の名前が分かったのはいいけど、ヨシミを連れてきてどうするつもりなの? 昨晩は、ヨシミを奪われないように守る。ルイーズの捕獲。それに、俺を狙ってきたバンパイアの捕獲。この三つだったはず。
ルイーズは岡田たち勇者が追い、子爵ジュリアン・シャドウハートは、メリルとテイマーズが追っている。バンパイアは撃退できたのに、どうしてヨシミが?
はてなマークいっぱいの俺を見て、ファーギが提案してきた。
「まっ、とりあえず情報の共有といこう。ブリーフィングルームに行こうか」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
格納庫にヨシミが閉じ込められた量子空間を安置して、みんなでブリーフィングルームに移動した。もちろん勇者のふたりも一緒に。
ずっとミッシーがピリついてファーギは話しにくそうだった。何かあったのだろうか。しかしそれでも、だいたいの事情が分かった。
今回ではなく前回、王都ハイラムのバンパイア騒動のとき、俺はフェイル・レックス・デレノアを、サンルカル王国の第一王子、テッド・サンルカルの元へ送り届けた。彼の命を救ったという貸しがあったとしても、冒険者の俺たちがエルミナス城の中で勝手に暴れるわけにもいかない。
例えそれが、バンパイアの群れに攻め込まれていようとも。
なので、ミッシーたちが許可をもらいにいった。
エルフの族長、ドワーフの有名人、修道騎士団クインテット。
各国に太いパイプがある人物が行くことで、新国王は邪険にできないはず。そんなもくろみだった。
だからいちおう、俺たちが介入したことはお咎め無しだ。しかし、ヨシミを連れてくる予定ではなかった。
だらだら汗を流しながらファーギが言うには、新国王フェイル・レックス・デレノアの厚意だそうだ。
ヨシミが犯した罪は多すぎるし重すぎる。時間をかけてしっかり罪を証明するのかと思っていたけど、簡単に渡すとは……。
「さてと、せっかくだから、ヨシミが何を知っているのか尋問しよう。あいつはリリス一派なのに、マリア・フリーマンの配下ルイーズ・アン・ヴィスコンティ伯爵夫人が奪いに来た。そこらを明らかにしようか」
ルイーズというのは偽名で、本当の名前はユハ・トルバネンだと判明したけど、混乱するからルイーズと呼ぶことにしよう。
「あ、それとさ。ヨシミはリリスが噛んだバンパイアだから始祖でしょ。そう簡単に情報漏らさないと思うから、ちょっと試したいことがあるんだ――――」
俺の話が終わると、リアムは操縦室に戻り、あとは全員格納庫へ移動した。
目の前に、白い磨りガラス状の立方体がある。
さてどうしようか。なんて考えていると、中村が口を開いた。
「では解除します。さん、にー、いち、ぜろ――――。のタイミングでいきますね。板垣くんはすぐにヨシミ先生を動けなくしてください」
「うおいっ!!」
思わずツッコんでしまった。いまのは紛らわしい言い方の定番で、俺は慌てて時間停止魔法陣を使いそうになった。
そんなやり取りを見て、ミッシーたちが吹き出す。それを見た中村は、ニッコリ微笑んだ。
なるほど。ピリピリしていたミッシーたちを和ませるためにやったのか。勇者中村、おどおどして頼り無さげだけど、なかなかやるなっ!
そのあとは滞りなく進み、赤い障壁の中で量子空間が解除された。
「へえ……。あなたたち、勇者と組んだのね」
ヨシミは俺たちを見回し、見下して言った。余裕の表情は、いま置かれている状況が分かっていないのだろう。
しばらくすると闇脈の赤い障壁内にいることに気付き、ヨシミは豹変した。
「ちょっと!! 闇脈魔法が使えるって誰よ!! あれはバンパイアにしか使えないはず。あんたたちの中に裏切り者がいるわよ!?」
中村と佐々木が、俺をチラ見したことで、ヨシミは気付いた。
「あ、あんたねっ!! あんたいったい何者なの!! その出鱈目すぎる力はいったい……」
「そう言われましても……」
俺はしゅんとした表情で、とぼけた返事をする。
さてここからだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ヨシミの自白というか、勝手に喋りだしたことを聞き終え、俺たちはバンダースナッチの食堂へ移動した。朝ごはんがまだだったからだ。
呼んでないのについて来た中村と佐々木からリクエストがあった。それは日本の定番だったので、俺が作ることとなった。
トーストに目玉焼き、それとレタスとプチトマトのサラダ。簡単なものを作って出すと、喜んで食べてくれた。
ただ、ミッシーやファーギ、俺の仲間たちが、すごく意外そうな目で俺を見ていた。
おいこら。一人暮しをなめんな?
とは口に出さず、全員でペロリと食べ終わった。後片付けを済ませて、ヨシミからの話を整理する。
ヨシミは自分のことを非常に高く評価しており、他人のことは見下している。彼女は自分の知識や経験を誇示することで、相手に対する優越感を得ていた。
俺たちはヨシミから情報を引き出すために、それを利用した。
障壁の中で騒ぎ立てるヨシミの話に、俺たちは質問して感心する。ヨシミはこれに乗せられて、ますます自分の話を続ける。
しばらくしてから、俺たちはヨシミを放置した。彼女の話に反応しないし、目も合わせない。ヨシミはこれに気づいて、怒り始めた。
ヨシミは俺たちの気を引くために、さらに自分の話を盛り上げようとした。彼女は自分が知っている重要な情報や秘密を話し始める。
それでも、俺たちは変わらず無視を続けた。
ヨシミは俺たちの無関心に耐えられなくなり、自分が持っている最も重要な情報を口走ってしまった。それは俺が欲しかった情報だった。
リリス・アップルビーはバンパイアの真祖だ。
彼女は死者の都の神、アダム・ハーディングを討つことを目指しているそうだ。
新たな情報だった。しかし、その理由は不明だった。リリスはヨシミに話さなかったらしい。
それでもヨシミは、お隣ルーベス帝国の事情に詳しかった。
アダム・ハーディングは死者の都の神として、地球からやってきた人類の新天地を奪う目的でこの地の土着バンパイアを利用していたのだ。
ルーベス帝国の帝都ドミティラに住む地球人に対し、土着バンパイアからの嫌がらせが続いている。この嫌がらせは、バンパイアの国を作るためという偽りの理由で正当化されていた。
しかし、これはアダムが吹き込んだ嘘であり、土着バンパイアたちが夢見ていたリリス・アップルビーの国を作る計画も彼の策略の一部であった。
リリス自身は、自分の国を作る意志など一ミリも持っていないという。
そしてアダムは、リリス・アップルビーの創造主でもあった。
ヨシミはリリスから直接聞いた話で、間違いないという。
あー、クソやってらんねえ。
「どうしたソータ。まだ寝たりないか?」
ミッシーの言葉で我に返る。リリスうんぬんは今は後回し。やらなきゃいけないことは、確定した。
「大丈夫。ちょっと考え事してた。続けよう……」
ヨシミが自慢気に話していたことはあまり重要ではない。ヨシミを含むリリス一派に対抗していた土着バンパイアたち。彼らの情報が非常に有益なものだった。
まず、スターダスト商会。この大店は、各国との貿易が盛んで、様々な商品を取り扱っている。これを隠れ蓑にして土着バンパイアが勢力を広げているところまでは分かっていた。
ヨシミはそれを補強する情報を持っていた。
ヴェネノルンの血の入手先は、ベナマオ大森林だった。だがこれも後回しだ。
神威結晶の入手先がマラフ共和国だとわかった。四本脚ゴーレムの輸入先もマラフ共和国なので、スターダスト商会、つまり子爵エミリア・スターダストの逃走先として急浮上した。
そんな話をして一段落したところで、ヨシミをこっちで預かるわけにもいかないと思い、佐々木と中村に持って帰ってくれと頼んだ。すると、ミッシーから声が掛かった。
「とはいっても、マラフ共和国は国土が広い。エミリア・スターダストの逃亡先を特定するにしても、だいぶん手間がかかるぞ?」
「そこはもう、マラフ共和国の冒険者ギルドに依頼しようかなと」
俺がそう言うと、ミッシーはため息をついた。
「私たちも冒険者だぞ?」
ぐっと顔を近づけてくるミッシー。そんなにきれいな顔が目の前に来ると心拍数が上がる。俺の心臓が動いているのか知らんけど。
「おっしゃるとおりで……」
俺とミッシーが話していると、魔導通信機の音がふたつ鳴った。
「はいはい、こちら佐々木。はあ? ……岡田くんどこまで行ってるのさ!?」
「メリルか。おつっすー! そっちはどっすか……、はあ?」
通話が終わると、佐々木とリアムが顔を見合わせる。
ルイーズを追っていた岡田たち、ジュリアンを追っていたメリルたち、ふたりとも同じ港町からの連絡だった。
詳しく話を聞くと、さっき出た仮説が裏付けられる形となった。
デレノア王国とマラフ共和国は、海峡を挟んで港町がある。そこは両国にとって重要な交易拠点だった。
しかし、ヨシミが勝手に軍を動かし、マラフ共和国に侵攻させた。現在は国交が途絶えている状態だ。
デレノア王国側にエスペリア港。
マラフ共和国側にアトレイア港。
多くの人が行き交っていたふたつの港。いまは閑古鳥が鳴いているそうだ。
そんな閑散とした港で、大立ち回りがあった。
メリル率いるテイマーズ。岡田率いる勇者たち。彼らは別々のバンパイアを追い、そして同じエスペリアの町で戦っていた。
だがしかし、ふたりのバンパイアには逃げられてしまったそうだ。
行き先はおそらく、マラフ共和国のアトレイア港だという。
岡田とメリルは協力して、エスペリアの町で情報を探るみたいだ。それに、勇者たちがマラフ共和国へ行けば、絶対に問題になる。だから出来るだけ国内での情報を集めるらしい。
「行き先は決まった。子爵エミリア・スターダストの討伐は、ルーベス帝国の女帝、フラウィア陛下からの指名依頼だ。俺ひとりで――」
「ダメだ。私も行く」
俺の言葉にかぶせてくるミッシー。ファーギもマイアもニーナも、魔導通信機を持ったままのリアムも、強い視線を浴びせてくる。
ああ、またひとりでやろうとしてしまった。俺は仲間がいることを失念しがちだ。
「……すまない。パーティーで動こう」
「ソータ、分かってもらってなによりだが、最近焦ってないか? ワシらを頼ってくれていいんだぞ?」
ファーギが心配そうな顔で声をかけてくる。
「焦ってる? 俺が?」
「そうですよ、ソータさん。あたしたちは仲間ですよ? ひとりで出来ないことは、みんなで力を合わせる。これからもみんな一緒に頑張りましょう」
マイアまで心配してくれている。
「わたしは最初、ソータのことを誤解していた。けれどいまはパーティーのリーダーとして認めてる。地球のヒトたちを移住させるんでしょ? みんなで手伝うから、安心してね」
ニーナも心配している。
「まったくもう。昨日からずっと言ってるっすよね? ちゃんと寝て下さいって。ソータさんは働き過ぎっす!」
リアムは割と強い口調で言ってきた。
昨日久しぶりに会ってから、みんなすごく心配しているんだよな。俺の態度や話し方、行動や考え方、それらが仲間を心配させているのだ。
「わかった。本当にごめんなさい」
あらためて、仲間に頭を下げる。
アイテール化して、人間じゃなくなってからかな。ひとりで何でもやろうとし始めたのは。……いや、俺は異世界に来てすぐ、首を切り飛ばされた。それでも生き延びているのだから、もともと人間じゃないんだろう、俺は。
「お、面構えが変わったな? お前のそういうところ、いいと思うぞ」
ファーギがフワッとしたことを言ってくる。面構えと言われてもなあ。でも、仲間たちはみんな、少しだけホッとしたような表情に変わっていた。
「よーし! じゃあエスペリア港に行くっすよ!」
リアムが操縦室へ駆け込んでいくと、バンダースナッチの浮かび上がる感覚が足元に届いた。




