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量子脳で覚醒、銀の血脈、異世界のデーモン狩り尽くす ~すべて解析し、異世界と地球に変革をもたらせ~  作者: 藍沢 理
10章 大陸横断

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203/341

203 働き過ぎ

 雲ひとつない月夜に、ポツポツと雨が降り出した。やがてそれは土砂降りへと変わっていった。


「むっ……」


 ルイーズはその雨がヒュギエイアの水だと気づくと、霧と化して消え去った。


 佐々木は間一髪だった。夜空には雲影ひとつないのに不思議な雨が降る。その雨が誰の仕業なのかを察して、ほっとした表情を浮かべる。


 そしてふと気付いた。


「あっ、中村くん大丈夫?」


 意識を失ったまま佐々木の腕に抱かれている中村。彼の声と顔に落ちる雨粒によって、中村の意識が呼び覚まされた。


「うわー、おっさん同士でこんな格好、絶対に見られたくないね」


 目覚めて早々、失礼なことを口にする中村。傍目には、そのような構図に映るのだろう。


「とりあえずこの雨、ヒュギエイアの水みたいだよ。こんなことができるのは、ひとりしか思い浮かばない」


「ああ、それで僕、元気になったのか。佐々木くんも活力に満ちているじゃない?」


「そうだね。元気いっぱい。……だけど」


 佐々木は城の中庭で繰り広げられる戦闘に目を細めた。ルイーズは立ち去ったが、他のバンパイアはまだ残っており、勇者たちと激しく戦っていた。


 本来ならば聖なる雨によって灰と化すはずのバンパイアたちが、何の影響も受けていない。


 佐々木と中村は立ち上がり、どうしたものかと思案する。


 ――――バシーン


「は?」

「えっ?」


 二人の目の前に、水まんじゅう――スライム――が落下してきた。彼らは飛び散る水しぶきによって、顔を背けた。


 ――――バシーン

 ――――バシュ

 ――――ビターン


 城の中庭に、まるで雨のようにスライムが降り注ぎ始めた。


 そのスライムたちは、中庭のバンパイアに襲いかかっていく。一体のスライムではバンパイアの俊敏さには到底及ばない。しかし、空から降ってきたスライムの数は尋常ではなかった。


「ちょっ!?」


 驚く佐々木。


「と、とりあえず逃げよう」


 中村が言う。


 その頃には、足の踏み場もないほどのスライムであふれかえっていた。スライムはニンゲンを襲わず、バンパイアだけに攻撃を仕掛け、数の暴力で圧倒していく。


 霧となって逃げようとしたバンパイアに、重なり合って壁のように立ちはだかるスライムが倒れかかる。バンパイアの多種多様な闇脈(あんみゃく)魔法に対し、スライムは神威(かむい)魔法で対抗していた。


 佐々木と中村が城の入り口にたどり着く頃には、バンパイアは全滅を遂げていた。


「さすがにこれは、板垣くんの仕業じゃないよね?」


 佐々木の疑問に中村が答える。


「彼ならやりそうな気もするけど、どうだろうねー」


 二人とも城の扉の前で振り返り、中庭を見渡す。するとそこにドワーフの四人組が空から舞い降りてきた。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 ミゼルファート帝国の諜報部、密蜂(みつばち)のメリル・レンドールは安堵の表情を浮かべた。エルミナス城へ攻め込んでいたバンパイアを一掃できたのだ。


「あなたたち、本当に、でたらめに強くなったわね!」


 スライムの雨を降らせたのは彼女ではなく、アイミー、ハスミン、ジェス、三人のドワーフだ。魔物使い(モンスターテイマー)の三人は、スライムの指輪を使用して大量のスライムを召喚している。にしても、その数が多すぎる。


 メリルは呆れ顔で周囲を見回したが、ソータの降らせたヒュギエイアの水のおかげで負傷者は全員回復していた。


「ファーギのクソジジイ、あたしらの指導を諦めやがった! あははははっ!!」


 ちびっ子アイミーが高笑いをすると、ちびっ子ハスミンが続く。


「ふはははは! ざまあみろ! オレたちを型にはめようなんて、五百年早いわ!!」


 このちびっ子ドワーフのふたりは女子である。まだ十八歳の子どもだが、スラム育ちのせいで乱暴な物言いをするようになっている。


「ほーら、ふたりとも。これも修行だって指示は出てるんだから、じじいは諦めたわけじゃないと思うよ。ちゃんとやらないと、また特訓させられちゃうよ……」


 ふたりの暴走を抑止するのは、ドワーフの男の子ジェス。彼もスラム育ちだが、アイミーとハスミンの手綱を握る役割を担っている。いや、担わざるを得ないのだ。


 彼ら三人合わせてテイマーズ。ソータの冒険に同行している仲間たちだ。


「指示ってなんだっけ?」

「うちのスライムはもう、ひとり残らずバンパイアを飲み込んじゃってるよ。もう終わりじゃ?」


 アイミーとハスミンはジェスの声にキョトンとして答えた。


「はあああ~。本当に忘れてるし」


 ジェスは頭を抱えてため息をつく。テイマーズの良心ジェスは、改めてふたりに向き合い、指示内容を伝える。


「ヨシミ・イソエの確保! 生きたまま確保!! いい? わかった?」


 ヨシミ・イソエ。三十年前の勇者召喚で呼び出された教育実習生磯江(いそえ)良美(よしみ)のことだ。彼女はリリス・アップルビーに取り入ってバンパイア化した始祖(プロジェニタ)である。


 時空間魔法を得意とする中村(なかむら)陽介(ようすけ)によって、白い立方体量子空間(コンフィメント)に封じ込められている。


 メリルをリーダーとする四人のドワーフは、ヨシミ・イソエを無事に確保しに来ていたのだ。


 ジェスの剣幕に押され、しゅんとなったアイミーとハスミン。さて移動しようかとしたそのとき、声が掛かった。


「おーい、ナカムラ(中村)ともう一匹、生け捕りにして来たぞー」


 メリルだ。しかも言い方が悪い。やり方もよくない。中村と佐々木は、両手を縛られた状態で、メリルに引きずられていたのだ。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 エルミナス城の最奥にある謁見の間は、広大で天井も高かった。壁には金の装飾が施され、部屋の中央には赤い絨毯が敷かれていた。

 白い大理石でできた玉座には、背もたれに金色の竜の頭が彫られている。


 そこに座っていたのは、つい最近即位した国王、フェイル・レックス・デレノア。


 謁見の間の両側には、貴族や騎士、僧侶などが列をなしており、不満げな顔をしている。しかし、新国王に対する忠誠と敬意を示すために、彼らは沈黙を守っていた。


 なぜなら、この非常時に面会に訪れてきた者がいたからだ。


「エリオット姫殿下、今はバンパイアと戦っている最中で、おもてなしはできない。話は手短にしてくれ」


 若くして即位したばかりだったが、落ち着いた態度で声をかける国王。その声は、彼の前でひざまずいているミッシー、ファーギ、マイア、ニーナたち四人に届いた。


 エリオット姫殿下(・・・)と、しっかり届いた。


 ミッシー・デシルバ・エリオット(・・・・・)は目を見開き、玉のような汗が無言の肌を伝っていく。


「……」


 ファーギ、マイア、ニーナの三人は、王の御前にもかかわらず、じっとりした瞳をミッシーに向けた。「ねえねえきみ、もしかして王族だったの?」そんな意味を込めて。


「お戯れを、……デレノア陛下。私は一介の冒険者です。本日はおふざけに来たのではなく、始祖(プロジェニタ)ヨシミ・イソエの引き渡し要求にやって参りました」


 ミッシーはデレノア国王から目を離さず、毅然と言い放った。デレノア国王はミッシーの言葉で、自分がミスをしたと気付いたようだ。


「ああ、……人違いだったようだな。ヨシミ・イソエは、勇者たちが管理している。今宵、バンパイアの襲撃が収まったら、すぐに引き渡すよう手配しておこう」


 その言葉を聞いてホッとするミッシー。ついでにデレノア国王もホッとしている。

 貴族や騎士、僧侶たちは、国王をジト目で見ている。立場を隠している他国の王族の身分を明かすとは何事かと。


 それに、ヨシミ・イソエは大罪人である。彼女の暴走によって、マラフ共和国と軍事的な緊張が高まった上、王都ハイラムはバンパイアに襲われた。


 そんな人物を易々と渡してしまうと約束した国王。諸公たちは「あとで説教だ」などとつぶやき始める始末。


 ファーギ、マイア、ニーナの三人は、そんな状況を目の当たりにして、笑いをこらえていた。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 俺はヒュギエイアの水を降らせたあと、バンダースナッチへ戻っていた。いまは帝都ドミティラの上空二千メートルで、低めの高度を保っている。今夜は月夜だから、地上からも見えるはずなんだけど、メタマテリアルのおかげで、バンダースナッチは完全に透明化していた。


「いやー、地球の技術もすごいっすけど、ファーギはやっぱり別格っすよ。オレも見習わないと!」


「リアムは冒険者志望なの?」


「えっ!? そっすよ?」


「結婚するのに?」


 俺がそう言うと、リアムはスッと目を伏せた。


「……」


 あれ? あ、まてまて。そういえばリアム「オレこの戦争が終わったら結婚するんだ」なんてキリッとした顔で最悪のフラグを立ててたんだ。もう二ヶ月以上前の話だから、どうなってるのかと思って聞いてみたら……。


「ま、まあ、次があるさ」


「けっ、女っ気のないソータさんに言われたくないっす!」


「やかましいわ!」


 てか……そうかな? そうだな。恋愛とかしてないな。考えてる暇もないとも言う。俺も一段落ついたら、かのじ――――。

 危ねえ。言ったそばからフラグ立てそうになったし。


「ところで地上の様子はどう?」


「上手くいってるっすね」


 地上を映し出すモニター画面は全部で二十もある。バンダースナッチだけでなく、ファーギ特製ドローンも飛ばして、色々な場所を観察していた。ファーギは、勇者佐々木のドローン技術に刺激されたようだ。


「さっきヒュギエイアの水を降らせたとき、ルイーズが逃げたよね。追えてる?」


「オカダさんたちが巧みに追跡してます」


「そっか。んじゃ俺はどうすっかな……」


「作戦会議で決まったじゃないですか。リーダー働き過ぎだから、今回はお休みだと。あんま寝てないみたいだから、さっさと寝るっすよ。こっちはオレひとりで大丈夫っすから」


 しっしっ、と聞こえてきそうなくらい邪険に追い払われた。彼女と結婚したのかって聞いたらこの態度だ。以後気を付けよう。いつもの様子からぜんぜん気付かなかったのは、俺が仲間をよく見ていない証拠だし。


 色々考えながら通路を歩く。バンダースナッチの中は、空間魔法で拡張されてるのでわりと広い。


 初めて使う俺の寝室に到着したとき、爆発音と共に機体が大きく傾いた。



 ――――よし、釣れた。



 俺は急ぎ足で操縦室へ向かった。


「リアム無事か!?」


「大丈夫っす。この高度ならバンパイアに見つかって、必ず攻撃されるって言ったのはソータさんっすよ。闇脈(あんみゃく)魔法が当たる前に、バンダースナッチに神威障壁を張ったっすよ」


 いや、リアムが無事かどうか聞いたつもりなんだけど……。彼は自分が無事なのを前提で話した。


「リアムは無事なんだな?」


「えっ!? 全然平気っすよ」


「……まあいいや。攻撃がどこからなのか特定できてる?」


「そのモニターっす」


 リアムが目をやったモニターに、ひとりのバンパイアが映し出されていた。見たことない奴だけど、予想が当たっていれば、何か情報を握っているはず。


「ちょっと行ってくる」


「ダメっす。さっさと寝て下さいっす」


「……」


 これは……、さっきの件で意地になっているのではなく、本当に俺を心配しているのか。最近は魔力切れでふらつくこともない。ニンゲンやめてから、寝てなくてもそんなに疲れた気はしない。自分に回復魔法を使えば、とりあえず元気にはなるし。


 でも、仲間から見れば、俺の行動は常軌を逸していると映るのだろう。リアムに心配されるのも無理はないか。


「そんな塩っぱい顔してもダメなもんはダメっす。ファーギたちに任せてください」


「ああ、分かったよ。でもモニターは見させてもらうからな?」


「……了解っす」


 リアムも丁度いい落とし所だと思ったのだろう。俺が操縦室に残ることを許可した。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 子爵(ヴィカウント)ジュリアン・シャドウハートは、自ら放った月光砲撃(ムーンライトキャノン)の威力をみて、茫然とした表情に変わった。


「くそっ!! 姿が見えずとも、排熱のおかげで、そこに空艇(くうてい)があると分かった。しかし、なんだあの障壁はっ!?」


 透明化しているバンダースナッチに闇脈(あんみゃく)魔法が炸裂した。しかし、煙が晴れると、バンダースナッチは無傷で宙に浮いていた。


 その事に納得いかないジュリアンは浮遊魔法で浮かび上がる。どうやら直接バンダースナッチに攻撃を仕掛けるつもりだ。


「ぐほおぉぁぁっ!?」


 ジュリアンの背中に、突き刺さる勢いでスライムが体当たりした。ジュリアンは奇妙な角度に折れ曲がって吹っ飛び、近くの壁に叩きつけられた。


「……いい度胸だ」


 すぐに立ち上がったジュリアンは、スライムを引き連れているテイマーズの三人を見据えながら闇脈(あんみゃく)魔法を使う。


「ぶほあぁぁぁぁぁ!?」


 闇脈(あんみゃく)魔法月光砲撃(ムーンライトキャノン)が発動しようとしたそのとき、ジュリアンの顔面にスライムがぶつかった。彼は縦回転しながらまた壁にぶつかる。


「スライムごときに何で私が。――――っ!?」


 周囲の家屋、路地裏、壁の裏、あらゆる場所から、おびただしい数のスライムが現れた。それを見たジュリアンは息を呑んで驚く。


「バンパイアのおっさん。黙って捕まっといた方が身のためだぞ」


 テイマーズのリーダー、アイミーがドスの利いた声を出す。金髪のかわいらしい女の子なのに。


「めちゃくちゃ働いて、疲れてんだこっちは。手間かけさせんじゃねえ」


 テイマーズの副リーダー、ハスミンがイライラしながら言う。茶髪でちびっ子のかわいらしい女の子なのに。


「ちょっ! 早く捕まえないと」


 テイマーズの世話役、ジェスがふたりに注意する。彼は黒髪ドワーフの男の子。テイマーズ最後の常識人だ。


 そんなやり取りを見て、ジュリアンは笑みを浮かべる。


「なんだ、ドワーフのクソチビか。私は子爵(ヴィカウント)のジュリアン・シャドウハート。ヴェネノルンの血を飲んだ崇高なバンパイアだ!! お前たちの最期に聞く名だ!! 死ねええぇぇぐほおぉぁぁっ!?」


 またスライムに体当たりされて吹き飛んでいくジュリアン。


「ドワーフの子どもだから何?」


「オレたちを舐めてんじゃねえぞ、ごるあ!」


「今のはさすがに、……おいらもイラッとした」


 アイミー、ハスミン、ジェスの三人は顔を見合わせて、そろって言った。

 すると密蜂(みつばち)のメリルが、彼ら三人の背後にどこからともなく現れた。


「ちょっとあんたたち……。油断しすぎじゃないかな?」


 テイマーズがその言葉の意味を理解したとき、彼らの視界からジュリアンの姿は消えていた。


「ほらほらはいはい、追跡するわよ」


 パンパンと手を叩くメリル。メリルを先頭にして、バンパイアの追跡が始まった。

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