201 みちすじ
俺がバンパイアの暗躍について報告し終えると、女帝フラウィアは涙を流した。多くの帝国民が犠牲になったのだから。だが、彼女は国民を想う心を決して失ってはいなかった。女帝フラウィアは、涙に濡れた頬を拭いながら、力強く宣言した。
「ソータ・イタガキ!! バンパイアを一匹残らず討て!!」
「――それは依頼、ということですか?」
彼女はちょくちょく俺を部下のように扱う。「ちがうよ。俺は冒険者だよ」そう思い出させるように、女帝フラウィアを見据えた。それに、家臣のように命令されるのも気に入らない。彼女がいかに仁君であろうとも、俺は日本人だ。ルーベス帝国の国民ではない。
「……申し訳ない。今のは撤回しよう。では、依頼達成ということで、冒険者ギルドから報酬を……、あっ!? そう言えば冒険者ギルドのマスター、タルクスはどうなったのだ?」
女帝フラウィアが報酬の話を切り出した途端、視線が大将軍ルキウスに移った。わざとらしすぎる。思わず苦笑してしまう。
タルクスはバンパイア化してヴェネノルンの血を飲んでしまった。もう人間に戻ることはできない。この野郎、野郎じゃないけど、女帝フラウィア、あんた報酬を払わないつもりか? いや待てよ。これはあれだ。よくやられる腹芸だ。マジでやってらんねえわ。国のトップはこんなことばかりやってんのか? このまま口論になっても仕方ないから、早く話をまとめよう。
「フラウィア陛下。俺に何をしてほしいんですか?」
尋ねると、女帝フラウィアは向日葵のように明るく笑った。さっきの涙も嘘っぽく感じるほどの笑顔だ。
「よくぞ申した! ソータ・イタガキ! しかし余も言い過ぎた。バンパイアを全滅させるなんて無理だろう。だから今回は、子爵のエミリア・スターダストを討ってもらおう」
へえ……? それって俺がこれからやるつもりだったことじゃないか。まあいいや、心配する必要はなかったみたいだ。
「……承知しました」
でも、ここで安心した顔をするにはまだ早い。こういう貴族どもはいざとなると隙があろうがなかろうが、ごり押しで詰め寄ってくるからな。だから俺は、不機嫌そうな顔を作って頷いた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
女帝フラウィアに化けていた、始祖エレナ・ヴァレンタイン。大将軍ルキウスに化けたままの、騎士エル・メア。大司祭ルキアに化けたままの、始祖セレスティア・ムーン。
こいつらは、動かないままにして欲しいと言われている。
教師たちが、この三人のバンパイアを別の牢に保管しているそうだ。大司祭ルキアがふたり居るという事態に困惑した教師は、神威結晶を握りしめている方を本物だと判断したようだ。
ドミティラ・アウグスタ城の地下牢。近くの海から潮騒が聞こえてくる、なんともミスマッチな場所だった。ここに来たのは、ギルマスのタクルスと、大司祭ルキアの時間停止を解除するためだ。
時間が止まったままでも、万が一に備えてふたりとも牢に入れられている。バンパイアだから仕方がないけれど。ここまで連れてきた大将軍ルキウスが、心配そうな顔で聞いてきた。
「ソータ、大丈夫か?」
彼の他にも教師の部隊が来ている。
「平気ですよ。何かあったら、また動けなくします」
そう言うと、皆さん牢から離れて、何があっても対処できるよう武器を構えた。
時間停止魔法陣を使っているとは、口が裂けても言えない。そんな魔法陣があるのなら教えてくれと、有象無象が押し寄せてくるのは目に見えている。だから俺は、彼らをスキルで動けなくしていると偽っていた。
隣り合った牢に入っているタクルスと大司祭ルキア。ふたりの時間停止を解除した。
「……はあ?」
オークのタクルスは目をぱちくり。とがった耳をピクピク動かしている。
「えっ……?」
大司祭ルキアは驚いて、言葉を失う。何が起こったのかと周囲を見わたしている。
ふたりとも、時間が飛んだような感覚と、急に視界が変わって驚いているのだ。
「おい、ソータ!? 何だここは? 俺はいつの間に牢に入れられたんだ? あれ……? 酒でも飲んだか?」
オークのタクルスは、鉄格子を掴んで問いただしてきた。まだ混乱しているようなので、落ち着くまで待とう。彼の記憶は冒険者ギルドの中で止まっているはず。飲酒で記憶を失ったのかと、自問自答を始めた。
大司祭ルキアのほうは、呆然とした表情で辺りを見回している。神威結晶を、手が白くなるくらい強く握りしめて。
牢の小窓から差し込む太陽の光。それを浴びても、ふたりとも変化は無い。つまり、序列的に上の方ということだ。
「ギルマス、大司祭ルキアさん……」
このふたりはバンパイアだ。しかしタクルスと冒険者ギルドで話していたとき、別に襲いかかってくる素振りはなかった。そう見せていただけかもしれないが、バンパイアのあの狂ったような血への渇望がない。
大司祭ルキアはそもそもなんだ? 時間停止を解除した途端、牙が引っ込んだ。闇脈も感じなくなった。やはりクロノスの言うとおり、神威結晶が闇脈を隠しているのだろう。
ふたりとも俺の言葉を待っているので、確認しておく。
「ふたりに単刀直入に聞きます。ニンゲンを襲い、吸血しようと思ってますか?」
「わからん……。だが嫌悪感がある。バンパイアになって日が浅いからなのか、鳥の血で事足りている」
タクルスは自信なさげに答えたが、どうなんだろうか。誰にバンパイア化されたのか、ヴェネノルンの血を摂取していることなど、聞かなければならないことは沢山ある。
「わたしは……。わたしは実は、子どもの頃からバンパイアだったのです」
大司祭ルキアはぽつりと言葉を発した。彼女の過去話は聞いている。情報を小出しにされて、最終的に告白されたけれど、まだ何か隠していたみたいだな。ただ、子どもの頃からバンパイアだというのが本当の話なら、どうやって大司祭という立場まで登り詰めたのかという疑問が湧く。
だけど、俺はここまでだ。生かすも殺すも、あとは大将軍ルキウスや、女帝フラウィアの判断になる。ふたりとも見た感じ、理性的には見える。
クロノスに聞いてみよう。
『どう思う?』
『私の見立てだと、タクルスの上位者が滅んで、血の契約が切れています。彼はいま自由意志で動けるバンパイアですね』
『ほーん。ニンゲンを襲わず自制できるバンパイアにもなれるってことか』
『大司祭ルキアに関しては、彼女の言うことが本当だと前提が必要です。彼女が元からバンパイアだったのなら、これまで通り変わらない生活が送れるはずです』
『彼女がウソをついているようには見えない。俺と話したとき情報を小出しにしてきたのは、自分がバンパイアだとばれることを恐れていたのか』
『そうかもしれません』
推論に推論を重ねた話になってしまった。何も確証が得られないまま立ちすくんでいると、後ろから大将軍ルキウスの声が聞こえてきた。
「ふたりとも意外とまともだな。ソータ、もう一度礼を言わせてもらう。ありがとう……。どうした、そんな顔して」
彼はニカッと笑顔になって、俺の肩に腕を巻く。
「この国は長年バンパイアと戦ってきたんだ。こいつらがニンゲンを襲わないようにして、自由にすることもできる。安心しろ。滅ぼさずとも、これまで通りの生活を送ってもらえる」
「そんなことできるんですか?」
「ああ。女神ルサルカ様にお願いすれば、何とかしてくれるさ」
がははと笑う大将軍ルキウス。耳もとでやかましい。でも、女神ルサルカか。大司祭ルキアは、子どものころに女神ルサルカから、神威結晶をもらったって言ってたな。その時点で女神ルサルカは、子どものルキアに何か処置をしたのだろう。
「わかりました。後はお任せします」
「ああ、任せろ!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ドミティラ・アウグスタ城のエントランスホール。高い天井には金色のシャンデリアが輝き、壁には歴代皇帝の肖像画が厳かに飾られている。床は大理石でできており、足音が響く。皇族専用シェルターとはいえ、ここはもうひとつの世界と言っていい。豪華で荘厳な雰囲気が、俺の気持ちを引き締める。
「頼んだぞ、ソータ」
「はい。では行って参ります」
女帝フラウィアに見送られながら、城の外へ出る。変わらず太陽が輝き、永遠の昼間を続けている。この空間がどんな仕組みなのか分からない。けれど、太陽が動かない世界は、バンパイアを意識してのものだろう。
振り返ると、女帝フラウィア、大将軍ルキウス、ネロ皇子、ユリア王女、教師の皆さん、そして木製ゴーレム、みんな俺を見送ってくれていた。
女帝フラウィアの依頼、それは俺の目先の目標と同じだ。
子爵エミリア・スターダストを滅ぼすこと。彼女の商会が持ち込んだ、魔石電子励起爆薬の入手先を聞き出して滅ぼす。これをやり遂げる。
新たな決意を胸に、俺はゲートを開いた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
帝都ドミティラの路地裏から、表通りに出る。こちらはちゃんと太陽が動いているので、ちょうどお昼の時間にさしかかっていた。
本来なら飲食店が賑わう時間だが、今日は閑古鳥が鳴いていた。そりゃそうだ。スターダスト商会を中心に、大爆発が起きたのだから。通りを歩く人々の表情は陰鬱だ。
この街は広いので、冒険者ギルドは複数ある。そのひとつに入って、現状を確認してみる。
依頼が張り出された掲示板は、隙間なく埋まっている。そのほとんどが行方不明者の捜索だった。爆発で家族や友人を失った人々の切実な願いが、紙切れ一枚に書かれていた。何ともやりきれない気持ちになる。
冒険者ギルド内の居酒屋で噂を聞き、受付嬢にも尋ねてみたが、エミリア・スターダストに関して何も得られなかった。受付嬢が言うには、今はそんな余裕がなく、行方不明者の捜索や瓦礫の撤去など、とにかく街の機能を回復させるためにてんてこ舞いだそうだ。俺は次の行動を考えるため、冒険者ギルドを出ることにした。
通りには軍の六本脚や四本脚の多脚ゴーレムが移動している。彼らも爆発の後始末で忙しいのだろう。
――――四本脚?
そういえば、この四本脚のゴーレム、俺が投獄されていたときに見たやつだ。そのとき感じた強い殺戮衝動。あれは獣人自治区で見たイオナ・ニコラス博士が作ったものと同じだ。塗装されているから色味は違うけど。
あの四本脚は、どこから仕入れた? もしかしてルーベス帝国で生産しているのか? どちらにしても、この件を探れば糸口が見つかるかもしれない。
俺は軍の駐留施設へ移動することにした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
帝都ドミティラには東西南北、四ヶ所に軍事施設があった。
透明化して全て調べたけど、四本脚を作っている様子はない。
兵器の生産工場にも行ってみたが、四本脚は作っていなかった。ただ、工場の中でドワーフの工兵が四本脚を修理するために、足や頭や胴体などの各パーツを取りはずしていた。彼らは真剣な眼差しでゴーレムの内部をチェックし、時々ハンマーやレンチで叩いたり締めたりしている。
四本脚の整備ができるドワーフか……。イオナ・ニコラス博士もドワーフだ。ミゼルファート帝国を裏切って、獣人自治区に与したことで処刑されてしまったが。
あのドワーフの工兵たちは、イオナ・ニコラス博士と関係があるかもしれない。とりあえず聞いてみるか。
生産工場の裏手に、周りから死角になる場所がある。そこにひとりの工兵を連れ込んだ。もちろん他の兵に見つからないように。
「なんじゃお前は?」
「すいません。ちょっと聞きたいことがあって――――」
俺は冒険者証を出して身分を明かしたが、軍人にそんなもの通用しなかった。なので女帝フラウィアと大将軍ルキウスの名前を出して権威を借りた。それでも納得しないので、ファーギとパーティーを組んでいると話した。それでようやく、ドワーフの工兵は口を開いた。
四本脚のゴーレムは、スターダスト商会からの購入だった。
大将軍ルキウスの指示のもと、かなりの数を購入していると分かった。本来なら民間からの購入はやっていないそうだが、デレノア王国の勇者たちに対抗するための特例措置だそうだ。
うむむ。大将軍ルキウスが出した指示っぽいな。この話はおそらく本当だ。
バンパイアの大将軍ルキウスは、ヴェネノルンの血をスターダスト商会から仕入れるのはいいけど、他の商品は危険すぎると言っていたし。
四本脚のゴーレムは特殊な仕様になっているため、彼らドワーフたちが技術者として送り込まれていた。手引きしたのはスターダスト商会。
ブライトン大陸のマラフ共和国から空輸されているらしい。
「ありがとうございました」
「けっ! テメエがファーギの名前出さなきゃ、ぶっ飛ばしてたんだがな!!」
透明化したまま口を塞いで連れてきたからな。めちゃくちゃ不機嫌なまま、ドワーフの工兵は去って行った。
ブライトン大陸のマラフ共和国か。一度じいちゃんに会いに行ったままだ。あれから三ヶ月たってないくらいかな。
じいちゃんのことだから大丈夫だとは思うけど、過激派の七人が付きまとっているから心配だ。ただし、じいちゃんを含めた八人が試作品のクオンタムブレインを移植しており、簡単には手が出せないのだ。
カヴンのトップである、マリア・フリーマン。彼女の名前は聞くが姿は見えない。秘密主義で、ハセさんでさえ見つけられない徹底ぶりだ。
考えが逸れた。さしあたってマラフ共和国に行くのは決定だ。しかし、その前に行くところがある。デレノア王国にいるミッシーたちと合流しなければ。
俺は工場の隅っこに隠れてゲートを開く。その先はルイーズ・アン・ヴィスコンティ伯爵夫人の屋敷だ。
なんか荒れてんなぁ……。
ゲートの先に誰も居ないことを確認し、俺は足を踏み出した。




