199 電子励起爆弾
スターダスト商会は歴史ある名門だったが、末娘エミリアが経営するようになって大きく様変わりした。帝都ドミティラだけでなく、国内各地に支店を展開し、安価で良質な商品を販売し始めたのだ。
高級品しか扱わなかったスターダスト商会がどうして大衆向けに方針転換したのか。その裏には恐ろしい秘密が潜んでいた。
スキル〝変貌術〟
名もなき子爵が、エミリア・スターダストに成りすましているのだ。本物のエミリア・スターダストは――――。
そして経営陣も次々と姿を消していった。
帝国民は知らなかった。スターダスト商会がバンパイアの巣窟と化していることを。客の中にはバンパイアにされてしまう者もいた。スターダスト商会は店舗を隠れ蓑にして、バンパイアの勢力を拡大していたのだ。
もちろん、その事実は秘匿された。
帝国民は裏の事情など知るよしもなく、スターダスト商会の商品を喜んで買い求めていた。
そしていま。スターダスト商会の屋上に立つエミリア。
彼女はスキル〝変貌術〟を解除し、本来のバンパイアの姿に戻っていた。不細工という言葉では足りないほど醜悪な姿をしている。青いドレスから露わになった肌は毛深く、顔は狼のように歪んでいた。誰が見ても魔物と呼ぶだろう。
当然ながら、それがエミリア・スターダストと気づく者はいない。
彼女は襲い来る三将の二、リリア・ノクスと、三将の三エドワード・シャドウフレイムを、噴き出す莫大な闇脈で吹き飛ばした。
あなたたちに闇脈魔法なんて使わなくても勝てるわ。そう言わんばかりの圧倒的な力だった。
吹き飛ばされた三将の二、リリア・ノクス。彼女は近くの高層建築物に矢のように叩きつけられ、中の飲食店を破壊した。
飲食店の客は、こう見えていた。「こんな高い階に、外からニンゲンが飛び込んできた」と。信じられない光景に、客はパニックに陥った。
「こんなに強いとは……」
リリアはテーブルを払いのけ、血を吐きながら呟いた。間一髪で障壁を張って、滅ぶことはなかった。しかし、手足から骨が飛び出て、大量に血を流していた。
彼女は始祖の力で傷を癒やし、ふたたびエミリアに向かって再び飛びかかっていく。
そこから遠く離れた道路で、バンパイアが頭から身体の半分が石畳に突き刺さるように埋まっていた。
三将の三、エドワード・シャドウフレイムだ。彼は障壁が間に合わず、全身の骨が折れていた。
だが彼もまた始祖だ。すぐに骨折を治して空中へ飛び立った。
「くっ……、ヴェネノルンの血で、こんなにも力を増すとは」
エドワードは動揺していた。話には聞いていたが、格下の子爵にやり込められてしまっている。彼は歯を食いしばり、悔しさで顔を歪めていた。
スターダスト商会の屋上からさらに上空で、ふたりのバンパイアと一匹の狼バンパイアが、激しい空中戦を始めた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
何やってんだかなあ……。呆れてものが言えないとはこの事か。俺は派手に暴れるバンパイアを見て、そんな感想を持った。
リリス一派のリリアとエドワード。あいつらと知らない狼バンパイアが戦っている。たしかふたりとも始祖だったはず。それを圧倒している狼バンパイアは何者なんだ……?
バンパイアの序列は、強さの序列とも言える。始祖の上は、真祖。つまり、リリス・アップルビーただひとり。
てことは……、あの狼バンパイア、真祖並みに強いってことか。
「あー、クソだりぃ」
思わず発した言葉に、周囲の冒険者たちが振り向いた。ここは冒険者ギルドの前の道で、冒険者たちが大勢集まっているのだ。
「あんたもハンターか?」
老齢のオークに話しかけられた。ツルピカ白髭でムキムキの筋肉。年寄りでもオークという種族は強そうだな。
「俺は冒険者……。いや、最近バンパイアも狩ってるから、バンパイアハンターと言ってもいいのかな?」
「バンパイアハンターはみんな自称だ。そんな資格も制度もねえ。バンパイアを専門に狩ってる奴らが、そう呼ばれてるだけだしな」
がははと笑うオークのじいさん。気のよさそうな雰囲気と、強者の気配をまとっている。
「ハンターや軍は動かないんですか? 怪我人、だいぶん出てるみたいですけど」
「スターダスト商会の上だぞ? あんなクソ高い場所で戦えるハンターはそうそういねえ。もちろん俺も無理だ! 軍はもうすぐ来ると思うぞ?」
オークのじいさんはそう言って、またがははと笑う。浮遊魔法って結構難しいから使い手は少ない。
んー、結構な被害が出てんな。俺があのバンパイア三人とも滅ぼそう。そのあと、フラウィアを探しに行こう。うん、そうしよう。
『ダメです』
『……』
『だーめ』
『はいよっ』
クロノスが止めてきた。分かるよ言いたいことは。いくら姿を隠すことができても、コッソリ滅ぼすことができても、誰がやったんだ、と言う話になる。
ついさっき、教師の連中に力の一端を見られてしまったばかりだ。俺ひとりで数百のバンパイアを全て滅ぼしたのだから、彼ら教師はピンとくるはず。
叙勲されるとか言われているので、もう遅い気はするけど、目立つ行動は控えた方がいいだろう。
「どしたい? ぼんやりして。ワシらは依頼がなきゃ動かねえに決まってるだろ? 軍はほれ、あっち見てみ」
オークのじいさんに突っ込まれた。会話中にクロノスと話すのが癖になっているかも。彼が指さす方向を見ると、六本脚が見えてきた。
「はあ? 街を破壊する気なの?」
列を成して進んでくる多脚ゴーレム。兵士がふたりまたがって、備え付けの魔導銃を構えている。狙っているのは上空のバンパイアだ。それだけではない。空艇の姿も見える。小型で小回りがききそうなやつで、数も多い。
「さあな。お上の考えることにゃ逆らえねえ。だいたいギルマスがいねえから、冒険者ギルドが混乱して依頼が出ねえ。依頼無しでワシらが勝手に動けば、犯罪になる可能性があるからな」
それで冒険者は動けないってことか。どうりで冒険者ギルド前に、暇そうにしてる冒険者が集まっているわけだ。
そういえば、ギルマスは時間が止まったままだ。ドミティラ・アウグスタ城に置き去りにして来ちゃったけど、とりあえず放っておこう。ヴェネノルンの血を飲んでバンパイア化してるし。
「おおーっ!!」
周りで歓声が上がった。
兵士たちが六本脚の魔導銃を一斉に放った。空中を舞うバンパイアに向けて魔力の光線が飛んでいく。四方からの攻撃にバンパイア三人は抵抗する間もなく、次々と貫かれていく。
はるか上空にいる空艇から水が撒かれた。どうやら聖水のようだ。ふたりのバンパイア――リリアとエドワード――が、煙を上げながら落ちていく。あとひとりのバンパイアには聖水が効いていない。それどころか、魔導銃で撃たれた傷も癒えている。
『ズームしてくれて、ありがとな』
『どういたしまして~』
上空の様子が詳細に見えるのは、クロノスのおかげ。何も言わずとも俺の目をいじって、見やすくしてくれているのだ。
どよめきが起こる。
空艇が一機打ち落とされたからだ。名も知らぬ狼のバンパイアによって。
……ふむ? リリアとエドワードは置いといて、あの狼みたいなバンパイア、地上の攻撃を無視して空艇を攻撃した。魔導銃で貫かれたことより、聖水が嫌だったってことか?
空中で爆発する空艇から、パイロットが脱出している。狼バンパイアはパイロットを無視して、別の空艇に襲いかかっていく。
為す術もなく次々と落ちてゆく、小型空艇。パイロットたちは全員脱出して無事のようだ。
しばらくすると空艇は全滅した。
狼バンパイアは地上を一瞥して、白い霧に変わった。
再び周りの人びとからどよめきが起こる。あんなバンパイア見たことがないと。
バンパイアハンターがいるお国柄だ。その反応は、バンパイアを見慣れている証拠なのだろう。
「一件落着だな」
オークのじいさんは俺の肩を叩いて去って行った。
一件落着? あとは軍に任せろって言いたいのかな? なんか釈然としない。
モヤモヤした気持ちを払拭するため、俺はスターダスト商会へ向かうことにした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
スターダスト商会の入り口は全て軍が封鎖していた。何が起きたのか知りたくて集まってくる人々が、軍の説明を求めている。しかし軍の方もまだ状況が把握できておらず、調査中だと答えていた。
俺は例によって姿を消している。周りに気づかれることはなさそうで、ひと安心。
正面入り口には、バケツで水を撒いたような血痕が残っているが、もう茶色く変色していた。商会の中へ入ると、捜査にあたる衛兵たちがせわしなく動いていた。若い憲兵が青い顔で、嘔吐している。惨状と悪臭に耐えられなかったのだろう。
上の階から振動が伝わってきた。何だ? 床を突き破って何かが落ちてくるみたいだが……?
天井を見上げると、そこを破って狼バンパイアが降ってきた。いや、破って降りてきたと言った方が正しいか。
突然現れた狼バンパイアに驚いて、捜査中の衛兵たちは逃げ出した。彼らは捜査専門の部隊なのだろう。いのちだいじ。正しい判断だ。
一階のフロアは騒然とした後、急に静かになった。捜査員たちは全員避難したらしい。俺はまだその場にいるけど、狼バンパイアに見つかっていない。今回の透明化はうまくいきそうだ。
「はぁ……。雑魚始祖にしては、念入りに殺ってますね」
このフロアの惨状は、どうやらリリス一派の、リリアとエドワードの仕業みたいだ。俺は狼バンパイアの独り言を聞き続ける。
「まあ、あたしの正体はバレてないみたいだから、なんとかしてスターダスト商会を建て直さなきゃね」
そう言った狼バンパイアは、すっと見目麗しい女性へと変わった。いまのは明らかにスキル〝変貌術〟だ。商会を建て直すと言ったのは、建物も経営も含めてのことだろう。
なるほど、こいつはスターダスト商会を乗っ取った偽物か……。そう思ったのは、壁に掛かっている肖像画が、〝変貌術〟を使った狼バンパイアと同じ姿だからだ。本物はもうこの世にいないだろう。
もう少し状況を把握したいけど、さっさと滅ぼそう。こいつからも、闇脈を感じない。さっきは爆発するように闇脈を放っていたが、いまはみじんも感じられない。ヴェネノルンの血を飲んでいるのは明らかだ。
女帝フラウィアや大将軍ルキウスと同じだ。こいつらは俺と同じで、闇脈の使用効率が百パーセントなのだ。
放置はできない。滅ぼそうと思ったそのとき、壁を突き破って女バンパイアが飛び込んできた。穴の空いた壁の外では、人びとが悲鳴をあげて逃げまどっている。
なんなのこいつ。また知らないバンパイアが出てきた。狼バンパイアと同様に、こいつからも闇脈を感じない。
「エミリア・スターダスト様! 無事で何よりです!!」
「あら、ミランダ。心配しなくても大丈夫よ。子爵の私は、ヴェネノルンの血を得たのだから。あんな木っ端始祖など、一瞬で葬れるわ」
殺戮の現場で、花のような笑顔を見せて、クルリとひと回り。彼女はミランダに手を差し出した。それを見たミランダはひざまずき、エミリアの手に口づけをした。
なるほど。
やはりエミリア・スターダストは子爵で、スターダスト商会の経営者かそれに近しい立場。本物のエミリアは、既に始末されている。
ミランダの態度から、彼女は騎士だと推測できる。エミリアの手を握りしめて、恋心を隠せない様子だ。
じゃあ、そろそろ始めようか。俺はまず、このバンパイアふたりを逃さないため、障壁を使った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
スターダスト商会に、突然赤い障壁が張られた。
魔法が使える人間なら、小さな障壁くらいなら作れる。でも、高層建築物を覆い尽くすような巨大な障壁は見たことがない。
衛兵も見物人も急いで逃げていく。
赤い障壁は、バンパイアが使うものだと皆知っているのだ。逆に、待機していた六本脚の部隊は、大急ぎでスターダスト商会を包囲していく。
現場が大騒ぎになっていると、それを叱りつける声が響いた。
「落ち着けええい!!」
その声は大将軍ルキウスから発せられたものだ。彼の後ろには、直属の部下がたくさん控えている。いつでも戦えるように、全員完全武装していた。
街の人びとは、それを見て安心した。彼ならこの事態を収束させてくれると信じて疑わなかった。
大将軍ルキウスの戦歴は無敗。戦であげた功績は数え切れず、叙勲されて与えられた領地は、国内最大のもの。彼は国民から熱烈な支持を得ているのだ。
「準備完了です!」
ひとりの兵士が、大将軍ルキウスに報告する。スターダスト商会に張られた障壁を破壊するために、爆薬を仕掛けたようだ。
「うむ。では指定の位置まで離れよ」
大将軍ルキウスの言葉を、そばにいる副官が拡声魔法で伝える。その声はスターダスト商会の周囲に響き渡った。
指定の位置。
それは、爆破しても安全な距離ということ。
兵士たちは、押し寄せる野次馬を押し戻していく。
「ルキウス卿……。あの……、少しいいですか?」
そんな中、副官はおどおどしながら大将軍ルキウスに訊ねる。
「なんだ!!」
「起爆装置は知っているのですが、魔石電子励起爆薬とはいったい何なのでしょうか? 錬金術師に聞いても分からないと申しておりました」
「軍はスターダスト商会と懇意にしている。貴様も知っているはずだが?」
「……は? いえ、知っております」
「仕入れ先はそこだ。新型の爆薬で、あんな障壁など簡単に破壊できるのだ」
「そ、そうですか……」
ルーベス帝国軍は、民間の商会と取り引きなどしていない。それは帝国軍人であれば誰でも知っている。しかし、副官の前にいる大将軍ルキウスは、民間の商会から仕入れたと言う。
不審に思ったのだろう。怪しいと感じたのだろう。副官は大将軍ルキウスに気づかれないよう、少しずつ離れていき、脱兎のごとく走り去った。
それに気づいていない大将軍ルキウスは、爆破の合図を出す。
「やれっ!」
その声でスターダスト商会を囲むように設置された起爆装置が、爆発する。それ自体は小さなもの。しかしビー玉大の魔石電子励起爆薬に彫られた起爆装置が引き金となって、大爆発を起こした。
その爆発は周囲の建物を一瞬で吹き飛ばし、超高温の熱線を浴びた人びとは炭になって燃えてゆく。瞬時に広がってゆく衝撃波が収まったときには、半径二キロメートルほどが更地になっていた。生きているニンゲンは見当たらない。
近場にあった冒険者ギルドは、影も形もなくなっていた。
爆心地から離れた場所でも、多くの建物が倒壊し、大勢の人びとが死んだ。
大惨事が起きてしまった。
天に昇った真っ黒いキノコ雲は、やがて帝都ドミティラに黒い雨を降らせた。
これは大将軍ルキウスが意図してやったことなのだろうか。彼の姿は見えない。
彼が立っていた場所は、ドロドロの溶岩に変わっており、何者も生きていけない高温状態だ。
しかしそこに、白い霧が集まり、ヒトの形に変わった。
「何だこれは……」
浮遊魔法で浮かび、呆然と呟く大将軍ルキウス。
彼は魔石電子励起爆薬が、ここまでの威力だと思っていなかった。
その目には、傷一つ付いていないスターダスト商会が映っていた。
赤い障壁もそのままで、それが解除される様子もない。
「まずいことになった……。いや、まずはエレナ様に報告せねば!!」
ハッとした大将軍ルキウスは、再びスキル〝霧散遁甲〟を使って姿を消した。




