197 投獄
「ふふっ……。神威結晶のおかげで、あなたがバンパイアだとバレずに済んでいたのね。滑稽すぎて、笑えないわ」
宙に浮いたままのセレスティアはそう言って、もう一度大司祭ルキアに斬りかかった。彼女は大司祭ルキアを見て、憎悪と妬みと侮蔑が心から溢れ出す。
ルキアは自分と同じバンパイアなのに、女神ルサルカの寵愛を受けている。セレスティアはそれが許せなかった。彼女はルキアを殺して、ルキアに成り代わるのだ。
セレスティアの爪を軽々と避ける大司祭ルキア。
「わたしは女神ルサルカに選ばれた者です! あなたに負けるわけにはいきません!!」
障壁の中で、大司祭ルキアは叫ぶ。その口から、長く伸びた犬歯が見えていた。彼女は自分がリリスの血を引くバンパイアだと知っても、その魅力に惑わされることはなかった。ここでセレスティアに屈するわけにはいかなかった。
「選ばれた者? はあ? もう、ほんとに笑わせないでよ。あなたは女神ルサルカの駒に過ぎないわ。大司祭なんて言ってるけどさ、あんたリリス様の血を引くバンパイアでしょ?」
セレスティアの言葉には、軽蔑と嘲笑が込められていた。
「そう、わたしはリリスの血を引くバンパイアです。お聞きしますが、あなたはどうして、リリスに従ってるのですか? いつも目が笑ってなくて、生きてるのかどうかも分からないバンパイアに」
「もうマジで笑えなくなってきたわ……。あんたはただ、女神ルサルカに洗脳されてるだけよ! 本当の自分を見失ってるだけ。だから私があんたを救ってあげるわ! ――命を刈り取ってねっ!」
そう言ったセレスティアが瞬時に移動し、長い爪を振りかぶった。
障壁に包まれた大司祭ルキアは、浮遊魔法を巧みに使って攻撃を避ける。
セレスティアは、負けじと追いかける。
そんな空中戦を、帝都ドミティラの人びとは見ていた。深夜にもかかわらず、轟音と共に教会が崩れ去ったからでもある。
そして彼らは気付いた。大司祭ルキアがふたり居ることを。
周囲に住んでいる人びとは身の危険を感じ、雨戸を閉めていく。家から脱出している家族まで見受けられた。
ふたりの戦いは、激しさを増していった。
大司祭ルキアとセレスティアは、互いに神威魔法と闇脈魔法をぶつけ合い、教会や周囲の家屋を破壊していく。
炎や雷や氷や風が空中で交錯して爆発。衝撃波と破片が飛び散った。
周りのことなど目に入らない。彼女たちはふたりだけの世界で、一歩も譲らず、決着をつけることを求めていた。
大司祭ルキアは杖を取り出すと、聖なる光が放たれた。
光は空中で刃や矢や竜に変化し、セレスティアに襲いかかる。
刃はセレスティアの肌を切り裂き、矢はセレスティアの胸を貫き、竜はセレスティアの腕を噛みちぎった。
それでもセレスティアは倒れなかった。彼女はルキアの攻撃に耐えながら、反撃する。
セレスティアの手から、ピンク色の光が放たれた。
光は空中で盾や槍や剣に変化し、ルキアの魔法に応戦する。
盾はルキアの光の竜を防ぎ、槍はルキアの光の矢を打ち落とし、剣はルキアの光の刃を受け止めた。
彼女の闇脈魔法は、大司祭ルキアの障壁や魔法を打ち破っていく。血まみれになりながらも。
セレスティアはさらに攻撃を加える。
セレスティアは霧と化してルキアの攻撃をかわし、姿を消した。彼女はルキアに勝利することに確信を持っている。ルキアがニンゲンで自分より弱いことを知っているからだ。そして、長く伸びた爪でルキアの背後から斬りつけようとした。
――――バチン
大司祭ルキアは再度障壁を張り直し、セレスティアの攻撃を防ぐ。彼女はセレスティアの執拗な攻撃に苦しみ、彼女が自分より強いことを感じていた。
その時……、大司祭ルキアとセレスティアの動きが止まった。それどころか、空中戦を繰り広げていたふたりは落下していった。
――――ゴッ
ふたりとも石畳に叩きつけられ、鈍い音が響いた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ゲートから出ると、ものすごい戦闘が繰り広げられていた。見つからないように、コッソリ宮殿の隅っこに出たので、俺の姿は見られていない。周りを見ると、かなりの被害が出ていた。
俺は彼女たちの時間を止めた。石畳の上に落ちたけど、時間停止しているから無傷だ。
うーん……。爪が伸びている方と、杖を持っている方、両方とも牙が生えている。同じ姿だけど、どっちも大司祭ルキアで、どっちもバンパイア。意味が分からん。何だこれ?
セレスティア・ムーンって始祖は、ナイトメア・タワーで大司祭ルキアに変貌した。その瞬間を見てたので間違いない。だから片方がそいつで、もう片方が俺と話した本物のはず。どうやって見分ければ……。
あ、これかな?
杖を持った方は、神威結晶を握りしめている。大司祭ルキアの胸元に下がっていたものと同じだ。つまりこっちが本物……、いや、奪われた可能性もあるか。
うむー。困ったな。どっちが本物なのか判別できない。
ここって一応、ドミティラ・アウグスタ宮殿の敷地内だ。だからインスラ地区ほどの被害は出ていないけれど、宮殿の外の家屋は被害を受けている。
宮殿内の兵士たちは、彼女たちの戦いに手を出せず、遠くから見守っていた。何のために宮殿にいるのだろう。本殿も少し壊されているのに傍観だなんて、存在意義がないし……。
ああ、いかんいかん。ニンゲンは簡単に死んでしまうんだった。
俺はアイテール化して、ニンゲンをやめた。感覚がズレないようにしなければ。
そうこうしていると、クロノスが話しかけてきた。
『そこに転がっている大司祭ルキア。彼女の手にある神威結晶が、闇脈を打ち消していると推測します』
『何でそう思った?』
『神威結晶を持っているバンパイアをよく見て下さい。時間が止まっているのに、少しだけ聖なる気配を感じませんか?』
そう言われて、地面に転がっている大司祭ルキアをよく観察してみる。
時間停止魔法陣は貼り付けたままなので、魔力も神威も闇脈もなにも感じない。ただのオブジェクトと化している。だけど、神威結晶を持っている方から、ほんの少しだけ神のような気配を感じる。
どういうことだ? 女神アスクレピウスの気配と似ている。
あー、分かったぞ。皇帝エグバート・バン・スミスや、佐山弘樹、このふたりには大地の精霊と炎の精霊が付いていた。大司祭ルキアにも、何かの精霊が付いていると考えるとしっくりくるな。
いや、いまはどうでもいい。バンパイアが神の気配を放てるわけがない。つまり、こっちが本物という事になる。
ふと気付く。辺りが静まり返っていることに。風もやんでいた。
瓦礫と化した教会に、崩れた宮殿の壁。ただ月の明かりが辺りを照らしていた。
とくに変化は無い。しかし、……何かがおかしい。
「こんな夜更けに、何をやっている!! ソータ・イタガキ、状況を説明しろ!!」
凛として澄み渡る彼女の声が、この場を支配した。
あれ? 女帝フラウィア……? 何でここに?
いやまて、やっぱり変だぞ。
女帝フラウィアは、シェルターに避難しているはずだ。ドミティラ・アウグスタ城が襲われた直後に、無防備に出てくるとは考えにくい。
護衛の兵士を引き連れているが、大将軍ルキウスや教師の面々、木製ゴーレムの姿は見当たらない。
つまり、あの女はナイトメア・タワーで目にした、エレナ・ヴァレンタインという始祖だ。
「ソータ・イタガキ、何をぼんやりしている! 余の質問に答えよ!」
女帝フラウィアの声と完全に一致している。
でもやっと気づいた。――この女から闇脈が感じられない。
それが違和感の正体。
上位バンパイアは意識していようがしまいが、溢れんばかりの闇脈を発している。隠せないのか、隠そうとしないのかはわからないが、その闇脈さえ見ればバンパイアと判別できるのだ。
それもこれもクロノスが、魔力とかを可視化してくれているからだけど。
「ああ、すみません。騒ぎが起きていたんで、調べてました」
てかさ、こいつが俺の名前を知っているって事は、俺のことが調べられているって事か。
兵士たちが俺を取り囲んでいく。どうやら捕まえるみたいだ。抵抗するのはやめておこう。いまいる女帝フラウィアは、彼ら兵士にとって絶対服従を誓った女帝だ。ここで俺が抵抗しようものなら、あっという間に罪人として扱われるだろう。
「騒ぎを起こしたのは貴様だろう! そいつを捕らえよ!!」
「はっ!」
女帝フラウィアの声で、兵士たちの包囲網が縮まってくる。俺は彼らに抵抗せず、おとなしくお縄になることにした。なんだ、結局罪人かよ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
朝日に照らされた宮殿は、太陽の恵みを受けて暖かく輝いていた。その広大な敷地の森の中に、ひっそりと隠された勾留施設があった。
その施設は、宮殿から遠く離れた森の奥深くにあり、頑丈そうな黒い岩で建てられていた。周囲を高くそびえる壁が取り囲み、外から中の様子を見ることは不可能。まるで刑務所のような施設だった。
施設の入り口には、二人の兵士が警戒して立っていた。兵士たちは、長剣を腰に差し込み、鋭い目つきで周囲を見回している。ここは一応ドミティラ・アウグスタ宮殿の敷地内だ。しかしこういった施設であるが故に、特に人通りはない。
しかし本日は異変が起きていた。本殿から大勢の兵士を従えて、女帝フラウィアが勾留施設へと進んでいた。彼女は金色の馬車に乗り、騎馬隊やゴーレムたちに囲まれている。四本脚ゴーレムも、大型の八本脚ゴーレムも、彼女の護衛として動いていた。まるで戦場へ向かうかのような、圧倒的な兵力だった。
刑務所に戦争でも仕掛けるつもりなのかと、信じられないような光景に、二人の兵士は恐怖と動揺を感じたようだ。彼らは慌てて建物の中へ入り、正装に着替える。そして彼らは冷や汗を流しながら女帝フラウィアの到着を待った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
久しぶりに眠りについた気がする。俺は四畳半ほどの狭い牢に閉じ込められ、一夜を過ごした。ベッドもなければトイレもなく、水も食事も出されなかった。ただひたすら放置されていた。
ここは暗くて湿気が多い。床も壁も黒くて冷たい石でできており、逃げ出さないように魔法陣が施されていた。前に見たスキルも魔法も使えなくなるやつだ。窓すらなくて、光源は小さな魔導ランプひとつだけ。だけど新たな魔法陣を覚えることができた。
能封殺魔法陣は、スキルが使えなくなる。
魔封殺魔法陣は魔法が使えなくなる。
この魔法陣は、ロイス・クレイトンに眠らされたとき、牢の中で見たものだ。あの時はまだクロノスが調子悪かったのだろう。そんなことを考えていると、すねた声が聞こえてきた。
『ぶう!』
『……なに?』
『あの時はまだ最適化が済んでなかったんですっ!』
『わかった。ごめんごめん』
『よろしい』
牢は鉄のドアに小さな小窓があるだけで、視界が狭い。周りがどうなっているのか分からないけれど、この区画に人間がいないことは分かる。
探知範囲を広げてみると、警備する者の気配が二人だけだった。
宮殿の敷地内だから、そんなに使われることもないんだろうね。ついでに言うと、逃げ出すことは簡単だ。けれど、それは止めておいた。
俺の名前と顔は既にバレているし、冒険者だってことも知られている。俺がここに居ないと分かれば、騒ぎになって冒険者ギルドに迷惑がかかるだろう。それに、ここを警備している二人の兵士。彼らにも迷惑がかかってしまう。
さて、そろそろかな。
朝方から大勢を引き連れて、女帝フラウィアが到着した。音を立てないように静かに進んできたみたいだけど、丸わかりだ。
でも、寝てるときに大勢の気配を察知して起きるとか、アイテール化してから少し過敏すぎる気もする。
ガチャガチャとカギを開ける音がすると、ドアを開けて二人の兵士が入ってきた。こんな狭いところに、男三人で窮屈だ。
「おとなしくしてたみたいだな」
「もちろんです」
「……とりあえず、拘束具を付けさせてもらう」
暴れるつもりはないけどな。俺に拘束具を付け終わると、警備の兵士たちと入れ替わりに、女帝フラウィアが入ってきた。彼女は牢の外にいる警備兵二人に声を掛ける。
「全員この区画から出ろ。余はこやつと話がある」
「えっ!? 危険すぎます。陛下をおひとりにしたことがバレたら、大将軍ルキウスさまに叱られてしまいます」
警備兵の一人が驚きながら、職務を遂行させて欲しいと訴える。
「余の指示だ。ルキウスなんぞ関係ない。さっさと出ていけ」
「はっ! 失礼致しました!」
そうなるだろうな。本物と見分けが付かないバンパイアだもん。フラウィア陛下に対し、ビシッと敬礼をして去って行く警備の兵士。彼らがこの区画から出ると、俺と女帝フラウィアは、ふたりきりになった。
この狭い牢で向かい合ってみても、ドミティラ・アウグスタ城で見た本物と見分けが付かない。昨晩も思ったけれど、このバンパイアから闇脈が漏れていないことも、見分けがつきにくいひとつの要因だ。
じっと見ている俺の視線に気付いたのか、女帝フラウィアは不機嫌そうな顔で俺を睨む。
「おい」
「はい?」
おいと言われても、意味が分からん。女帝フラウィアの視線は俺からはずれ、床を向いた。
「ひざまずけと言っている」
「お断りします」
臣下の礼を取らせたかったみたいだ。というかこいつ、徹底的に女帝フラウィアの振りをしてんな。これじゃあ、ネロ皇子やユリア皇女が見ても、判別付かないかもしれない。
女帝フラウィアは俺に対し、スキル〝魂の鎖〟をバシバシ使っている。意地でも暗示をかけて従わせたいみたいだが、効くか、そんなもん。
「きさま、余が誰だと思っ――」
「バンパイアだろ? エレナ・ヴァレンタイン。たしか始祖だったよな」
「っ!?」
めちゃくちゃ驚かれた。俺が気付いてないと思っていたみたいだ。 面倒なので、スキル〝能封殺〟で、エレナ・ヴァレンタインのスキル〝変貌術〟を解除した。
「で、何の用だ? 人払いまでしたんだ。話があるんじゃないのか?」
エレナは女帝フラウィアの姿から、元のバンパイアの姿に戻った。服まで替わってしまうのは謎だが。
雪のように白い肌に、深い海を思わせる青い瞳。月光に照らされたような銀の長い髪。繊細で美しい容姿に、白のドレスがよく映える。
うーん。バンパイアの見た目って、まるで美の権化のようだな。
「くっ……。あのふたり、何故動かない」
「さあ? あのふたりって?」
「大司祭ルキア・クラウディア・オクタウィア、始祖セレスティア・ムーン、このふたりのことだ。貴様の仕業じゃないのか!!」
「知らん」
言うかボケ。あのふたりはまだ時間停止魔法陣の効力が続いている。俺が解除しなければ、ずっとあのままだ。
この感じからすると、エレナは時間停止の解除をお願いしに来たのかな?
「それならば問う。きさまは帝国臣民の命と引き換えてでも、セレスティアとルキアが動かないままにしておくつもりか?」
「いやあ、俺この国のニンゲンじゃないし。知ったこっちゃねえわ」
危ねえ。表情に出そうになった。こいつ、時間停止を解除しなければ、帝都ドミティラの住人を殺すと、脅してきやがった。この場で滅ぼしてやろうと思っていたけれど、この自信満々の態度は、何か隠しているはずだ。
おそらく自分の身に何かあれば、大勢が死んでしまうとか……? 俺はこの国に来て、結構な数のバンパイアを討った。その話はバンパイアの間で共有されているはず。
となると、目の前のエレナは、俺と相対することの危険を知り、何かの保険をかけているという事だ。ハッタリの可能性もあるけど、本当に大勢の命が失われるような事態になる可能性もある。
イチかバチかに賭けるわけにはいかないな。そうやって考えていると、エレナがニヤリと笑って言ってきた。
「どうした? 心変わりでもしたか?」
「いいよ。ふたりとも動くようにしてやる」
「よし。それなら、これから――」
「ただし……。街の住人に何かあったら、どうなるか分かってんよな?」
「ふっ……。さっさとふたりを動くようにしろ。これから宮殿へ向かう」
エレナの自信満々の顔が、何だか気に食わない。よほど自分の計画に確信があるんだろうな。俺も万一のことを考えて、警戒心を持っておかないと。
ニンゲンの兵士たちが近づいてくると、エレナはスキル〝変貌術〟で女帝フラウィアに化けた。何度見ても解せない。服まで変わるなんて、どういう仕組みなんだ?
「こちらへどうぞ」
独居房の入り口に到着したふたりの兵士。さっきの兵士とは違う顔だが、なにかおかしい。
四人で出口へ歩いている途中、ふと疑問が浮かんだ。
俺とエレナの話が終わったと、誰に知らせたんだ? 誰も連絡してないし、魔導通信機も使ってなかった。それなのに、ふたりの兵士が迎えに来たって、どういうことだ?
首を傾げながら歩いていると、勾留施設の外に出た。
こんな森の中に、四本脚が十機、八本脚が七機。ここで戦争するつもりなのか? と突っ込みたくなるほどの戦力だ。騎馬隊の人数まで入れると、二百人は下らないだろう。
しかし四本脚か……。獣人自治区で一度見たきりほかでは見たことがない。あのときは確か、イオナ・ニコラス博士が禁断の実験をした結果が四本脚だった。
あの四本脚からも――激しい殺戮衝動を感じることができる。「さっさと歩け」と、兵士の声には焦りと緊張が滲んでいた。
どうやら俺は、エレナと同じ馬車に乗るらしい。
ここにいる兵士たち……、全員から違和感がする。
「よおっ、ソータ!!」
大型バスくらいの大きさがある八本脚。その上部ハッチから顔を出し、大将軍ルキウスが笑みを浮かべていた。
「どもーっ」
ふむー。大将軍ルキウスはシェルターで、本物の女帝フラウィアと一緒にいるはずだ。なのに、俺の横にいる偽物の女帝フラウィアがバンパイアだと知らないはずがない。
つまり……、こいつもスキル〝変貌術〟を使ったバンパイアか?
確信が持てない。そう思ったのは、大将軍ルキウスから闇脈が感じられないからで、本物の可能性を捨てきれないのだ。
横にいるエレナは、何食わぬ顔で馬車に乗り込んだ。
「どうした? 余と一緒に乗るのは嫌か?」
「ああ、いや、そういうわけじゃなく――」
――――ズドン
激しい衝撃波が空気を震わせ、熱風と共に破片が四散した。
そう言った瞬間、エレナが乗った馬車が大爆発した。
俺は瞬間移動で、その場から飛び去った。
馬車を爆発させたのは、ここを取り囲んでいる教師の連中だ。俺が察知していた気配は、パチモン女帝だけではなかった。五百近い教師も、ここを目指していたのだ。
一気に緊張が走り、正規兵たちは戦闘態勢に入った。しかし彼らはこの状況を想定しておらず、だいぶ油断していたようだった。周囲の森から飛んでくる様々な魔法に、正規兵たちは次々と命を落としていった。
女帝フラウィアは、バンパイアで間違いなかった。けれど彼女が引き連れてきた軍はニンゲンだった。つまり軍と教師の同士討ちが始まったことになる。
大混乱の現場を見て、俺は気配遮断、視覚遮断、音波遮断、魔力隠蔽、四つの魔法陣に加え、体温を周囲の気温と同化させて、完全に姿が見えないようにした。今回は念入りにやったから大丈夫だろう……。でもちょくちょく見つかってるしなあ。
施設の塀の上へ移動し、ふたつの勢力が戦う様子を眺める。大将軍ルキウスや正規兵たちから感じる違和感。これが何か探るため、しばらく様子を見続けることにした。




