192 壊滅
完全に俺を敵認定してんなあ。マジで勘弁してほしい。
ネロ皇子は鉄格子を掴み、うなり声を上げた。ユリア皇女は変貌した彼の姿を見て、後ろで泣き崩れている。その泣き声がネロ皇子の怒りを加速させた。彼の黄色い瞳から、理性が失われていく。
ネロ皇子は人外の力で、鉄格子をガタガタと揺さぶり始めた。俺に攻撃するため、牢から出るつもりだ。
拙いな……。今の叫び声が聞こえたっぽい。入り口のほうにバンパイアの気配が集まってきた。
この二人から聞き取りをしようと考えていたが、仕方がない。
俺はネロ皇子とユリア皇女に時間停止魔法陣を貼り付けた。二人の動きが止まったことを確認し、念動力で鉄格子を引っ剥がした。
「おい、何をやっている!!」
引っ剥がした鉄格子をバンパイアに投げ付ける。
――――ドン
鉄格子は入り口のドア付近にめり込んだ。中に入ってきたバンパイアは、慌てて外へ逃げ出していた。
今しかない。時間の止まった皇子と皇女を抱きかかえて、ゲートを開く。行き先はさっきと同じく、ドミティラ・アウグスタ城だ。
「皇子と皇女だ。よろしく!」
ゲートの先には再び木製ゴーレムが集まっていたので、二人を投げ込んだ。ふとよぎる。不敬罪にならないよね。
ゲートを閉じたところで、入り口の鉄格子が吹き飛んでバンパイアが雪崩れ込んできた。
「貴様! 何者だっ!」
先頭のバンパイアは牙を剥きだして、俺を睨み付けてきた。白い肌に茶色の瞳、黒い髪の毛をショートにしている。スレンダーで可愛らしい体型に、黒いワンピースが映えていた。
こいつらはみんな美形だ。でも、病的に白い肌が不自然なんだよな。人間だったころは健康的な美貌を持っていたのだろうに。
なんて考えていると、俺の髪の毛を揺らすほどの闇脈を吹き付けられた。そしてその中には、微かに混ざった聖なる気配を感じた。
どういうことだ? ……バンパイアなのに何で?
「何者だと聞いている!」
「冒険者だよ」
「……ほう。ナイトメア・タワーへ乗り込んできたヒト族がどうなるのか知らないようだ。おとなしくしていれば痛みは与えない。感謝しろ」
「もしかして人体実験するつもり?」
身体が変化して獣になったネロ皇子を見たばっかりだ。そこで視線を動かしたのがいけなかった。牢の中にネロ皇子とユリア皇女がいないとバレてしまった。
「皇子と皇女はどこだ?」
「さあ?」
「貴様っ!!」
「この状況で、素直に言うと思ってんの? 長生きしてそうなのに、それくらい分からないのかな?」
「殺すっ!!」
バンパイアから闇脈がさらに吹き出し、突風のように吹き付けてくる。煽り耐性よわっ!
彼女の爪が長く伸びて、十本の細い剣のように変わった。彼女は地を蹴り、俺に斬りかかってきた。
彼女から感じる聖なる気配は、おそらくヴェネノルンの血を飲んでいるからだろう。リリス・アップルビーの闇脈と比べるとまるで違う。
首を刈り取りに来た爪を、板状の障壁ではじき飛ばす。
反応できない早さではない。
たたらを踏んだバンパイアに追撃を掛けようとしたところ、別のバンパイアから声が掛かった。
「ローザ、やめなさい」
その姿はまるで夜会に出かけるような装いだ。黒いドレスにローブをまとっており、黒髪が白い肌を際立たせている。ただし、黄色い瞳が不気味な輝きを放っていた。
「はい、カテリーナ様」
爪を引っ込めたローザは、カテリーナの元へ下がっていった。素直すぎてビックリだ。その盲信ぶりは、ヨシミ・イソエを彷彿とさせた。たぶんこの二人は、バンパイアでいう親子の関係なのだろう。
「あなたがソータ・イタガキですね?」
「いや違うよ?」
「……ウソをつかないでください。情報はもう入っていますので」
バンパイアの情報網も侮れないな。カテリーナは自信に満ちた表情で俺を見据えている。
「仮にそうだったとして、どうするつもり? やっぱり錬金術施設で人体実験?」
「いえいえ。あなたは苦しみ抜いて死ぬ運命です」
「はっ、笑わせんな」
「その余裕がいつまで続きますでしょうか……」
カテリーナの声で、ストンと落ちる感覚がした。
風景はそんなに変わらないけど、牢の鉄格子は錆びまくってボロボロになり、数百年経ったように朽ちた。
あー、またか。……ここは死者の都だ。
「その顔……。死者の都を知っているようですね」
「いや、知らない」
「……まともに会話する気は無いようですね」
カテリーナの眉がピクリと動いた。だけどそれだけだった。意外だな。煽っても冷静さを保てるみたいだ。
「で、いつまでくっちゃべるつも――――うおっ!?」
上下が逆転した。いや、俺の身体が一瞬で回転した。
障壁と浮遊魔法を併用しなければ、頭かち割られてたな。
「興味深いですね、その力」
カテリーナから闇脈は動かなかった。つまり今のはスキルか。クロノスが反応しないってことは、解析がうまくいってないみたいだ。
『すみません。少し時間がかかっています』
『いやいや、気にしないで』
今度は壁に叩きつけられた。もちろん障壁と浮遊魔法のおかげでダメージはない。
「帝都ドミティラからの情報では、あなたが異様な力を操ると聞いています。その力の根源は何でしょうか?」
床、天井、壁、あらゆる場所に叩きつけられる。
「魔法だよ」
「本当に会話する気が無さそうですね。一般的なニンゲンは多少なりとも魔力を持っていますが、あなたからは一切それを感じ取れません。それはいったい何のスキルですか?」
狼少年になってしまった……。どうでもいいけど。
「何でそんなこと気にするんだ?」
カテリーナのスキルは力を増し、俺は高速で上下左右にぶつけられている。壁や天井にひびがはいるくらい強烈なものへ変わっていた。
浮遊魔法をうまく使って、衝撃が来ないようにしているので、ダメージは特にない。
「我らは力の探求者。リリス様の世界を造るため、無限の力が欲しいのです。あなたの力の根源を知りたい」
「あんたらはそれで、ヴェネノルンの血を飲んだってことか」
「冒険者風情が、何故そのことを!! ならば知るがいい。ヴェネノルンの血を飲んだ子爵の力を!!」
俺のひと言は、カテリーナの逆鱗に触れた。
ふっと景色が変わった。月に照らされた山肌が不気味に輝いている。この場所は岩山の中腹で、ナイトメア・タワーのすぐそばだった。
カテリーナ率いるバンパイアたちも同じように転移している。
集団で転移させられるとは……。俺がやると爆散する未来しか見えない。
『解析が終了しました。カテリーナのスキルは、ソータの念動力とほぼ同じです。集団転移魔法は最適化が完了。これ以降ソータにも使用可能です』
『おお、ありがと! 移動が楽になりそう』
『えへへ。もっと褒めていいんですよ?』
『うんうん。ほんとにすごいと思う! ほんでさ、そろそろ正体明かしてくんないかな?』
『……な、なんのことでしょう?』
いやいや。太陽の中心部に放り込まれて生還するとかあり得ないでしょ。デストロイモードがどれだけのものか知らないけど。
『ほ、ほら! バンパイアの攻撃が来ますよ!!』
それもそうだ。クロノスとくっちゃべってる場合じゃねえ。
カテリーナはすっと後ろに下がっていった。俺に攻撃するのは、ローザたちのようだ。
「ここにいるバンパイアは、全員ヴェネノルンの血を飲んでいるのか?」
そう言うと、ローザが真っ先に突っ込んでくる。
「そうだよっ!!」
長い爪を振りかぶって斬りつけてきた。
板状障壁ではじき飛ばし、後ろへ飛び退く。
十メートルは後ろに下がったつもりだが、ローザとの距離は離れなかった。
カテリーナの子なら、ローザは騎士のはずだ。
能力は高くないと思っていたけど、見誤っていたか。
ローザの動きは速く、闇脈魔法の使い方もうまい。
彼女から脅威を感じてしまうくらいに。
ヴェネノルンの血が、バンパイアの力を向上させているのは明らかだ。
そんなこと考えている間で、十回以上の攻撃があった。爪の斬撃や闇脈の風魔法だ。
「無駄よ、そんな水」
ヒュギエイアの水と抗体カクテル治療薬の雨を降らせてみたけど効果無し。ローザを含めたバンパイアたちは、ニンゲンに戻ることはなかった。
何処からともなく黒い羽が飛んできた。
矢のように速いそれは、弾こうとした板状障壁に次々と刺さっていく。
これもスキルか。
「むおっ!?」
黒い羽が俺の周囲三百六十度、隙間なく現われた。
次の瞬間、黒い羽は弾丸のような速さで、俺の命を奪いに来た。
この数はさすがに捌ききれないので、周囲に神威障壁を張る。
「貴様っ、神威結晶持ちか!!」
「持ってないって」
いつまでも終わらなさそうなので、衝撃波で吹っ飛ばしておく。
「ぐほっ!」
ローザは血反吐を吐きながら、崖の下に落ちていった。
「ローザだけではありませんよ?」
奴らが包囲していたことは知っている。カテリーナの声と共に、他のバンパイアたちが一斉に闇脈魔法を放った。土火風水、様々な属性攻撃が神威障壁に当たっていく。
けれど、彼らの攻撃は、俺の神威障壁を破ることはできなかった。
バンパイアをひとりずつ衝撃波で吹っ飛ばす。
カテリーナ以外を崖に落としたところで、俺は彼女と向かい合った。
「ソータ・イタガキ。……あ、あなたはいったい何者なのですか?」
「さあ? 俺のこと調べてるんじゃないの? あとさ、俺からも質問させてくんない?」
「まともに問答できないやつに何を答えろと?」
「まあまあ、そう言わずにさ」
俺はそう言いながらリキッドナノマシンを操作し、魔力の使用効率を下げる。
そうすると、俺の身体から弾けるように魔力、神威、冥導、闇脈の四つが吹き出した。
「ひっ!?」
カテリーナの顔が歪み、信じられないという眼差しに変わった。この状態は目立つので、すぐ魔力の使用効率を戻した。
「あ、あなたは、な、何者ですか?」
「質問するのはこっち」
「……」
カテリーナは一瞬ためらったのち、スキル〝霧散遁甲〟を使った。
そうなるとは思っていた。イチかバチか試しに闇脈の障壁に、彼女を閉じ込めてみる。
「えっ!?」
赤い球体の中から声だけが聞こえてきた。やっぱり闇脈だと、通り抜けることができないみたいだな。
「あんたたちがヴェネノルンの血を飲んで力を増していることは分かった。そこで疑問があるんだ。あんたたちはさ、もうニンゲンには戻れないのか?」
赤い障壁から逃げられないと分かったようだ。姿を現したカテリーナは、観念したように口を開いた。
「……当然でしょう。我らの錬金術を甘く見ないでください。そもそもニンゲンに戻ろうとするバンパイアなどいません」
「そっか。んじゃさ、あんたたちの目的を教えてくれ」
「そんなことも分かりませんか?」
「分からん」
「リリス様をお迎えするため、バンパイアの国を造ろうとしていました――――」
「でもさ、あんたたち、リリス一派から相手にされてないよね? ヴェネノルンの血っていう禁忌に手を出して、リリスに見限られたんじゃね?」
「くっ……」
やっぱそうか。カテリーナから、慚愧の念が伝わってくる。後悔先に立たずってところか。不可逆の変異を遂げたのなら、彼女たちはもう後戻りできない。
「ところでさ、あんたたちヴェネノルンって魔物の血を飲んでるんだよね?」
「美味しく飲めるよう、錬金術で成分調整していますが」
「それじゃあ、ニンゲンを襲わずに生きることもできるんじゃ?」
「できます。……しかし、ニンゲンの血の魅力に抗えるバンパイアはいません」
「そこは我慢してほしいんだけどな……。バンパイアの国は諦めてくれない?」
「私にそんな権限はありません。諦めるつもりもありません」
カテリーナの表情が一変すると、膨れ上がった闇脈で障壁がはじけ飛んだ。
彼女は苦しみながら膝をつき、身体を丸めた。肌が裂けて血が流れだす。骨は折れて、身体のあらゆる箇所が折れ曲がっていく。顔は歪み、声は意味を成さない咆哮へ変わった。
彼女のドレスを破って、背中から一対の黒い羽が生えた。それは夜空を斬り割くように、大きく広がった。手足は長い爪が伸びていき、尾が生えた。瞳は黄色く輝き、牙はより長く鋭くなった。
すでにバンパイアの面影はない。ゴツゴツした岩のような肌に、長く伸びた鼻骨。カテリーナはまるで狼のような顔立ちへ変化していた。
ただただ純粋な殺戮衝動が伝わってくる。
「何とかニンゲンに戻せないかと考えてたけど、ダメっぽいな」
「よけいなお世話だっ!!」
カテリーナの声は、獣の咆哮だ。だけどクロノスが翻訳したみたい。
彼女は翼を広げて羽ばたく。
「ソータ・イタガキ、お前の情報はすでに伝わっている。私は帝都ドミティラへ向かい、ニンゲンの血をすすることにする。達者でな――――」
「行かせる訳がねえだろ?」
獄舎の炎を使って、カテリーナを一瞬で灰にした。障壁は解除せず、中をヒュギエイアの水で満たして討伐完了。
あとは……。
「貴様っ!! カテリーナ様に何という事を!!」
浮遊魔法で戻ってきた、ローザの声だ。崖には落としたが、滅んでいるとは思っていなかった。だから特に驚くようなことでもない。他のバンパイアたちも浮遊魔法で続々と戻ってきた。
「話し合いはうまく行かなかったってことだ。お前らも逃がさん」
俺を囲むように浮いているバンパイアたちを、全て獄舎の炎で焼き尽くす。こっちもヒュギエイアの水を満たして討伐完了だ。
あとは……。ナイトメア・タワーを壊しておこう。バンパイアの拠点だし。
空を飛んでタワーから離れた。十分に距離を取り、冷静になって考える。ファイアボールで吹っ飛ばそうと考えたが、あれは威力が半端ない。夜中の暗い時間に爆発が起きたら、目立ってしょうがなし、この場所は、遠くからも見えるはずだ。
ファイアボールが爆発しないよう熱で溶かすという手もあるが、これも目立つ。
『ウインドカッターを使う。空気の圧縮を抑えて核融合が起こらないようにできる?』
『もちろんですっ!!』
クロノスのテンションに一抹の不安を覚えながら、ウインドカッターを連続で放つ。空気の刃がナイトメア・タワーを削っていくと、とてつもない量の粉塵が巻き起こり、あっという間に視界が奪われた。俺は慌てて上空へ逃げる。
バンパイアどもは怪しい実験を行なってたな。この粉塵を放置すると環境汚染になりそうだ。なので、ヒュギエイアの水で雨を降らせて、空気中に舞う粉塵を洗い流す。
しばらくすると、ナイトメア・タワーは粉塵と共に消え去っていた。地下の部分まで、きれいさっぱり削りきった。
とりあえず、女帝フラウィアに報告かな。ゲートを開こうとしたところで、魔導通信機の着信音が脳内に鳴り響いた。
『ソータ、すぐ戻ってくれ! 帝都が燃えてるっ!!』
その声はタルクス。冒険者ギルドのマスターからだった。




