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量子脳で覚醒、銀の血脈、異世界のデーモン狩り尽くす ~すべて解析し、異世界と地球に変革をもたらせ~  作者: 藍沢 理
9章 バンパイアとバンパイア

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190 ドミティラ・アウグスタ城

 教会から本殿に向かう途中、大司祭ルキアとの会話が脳裏によみがえる。彼女の言葉の端々に隠された意図が、今になって鮮明に浮かび上がってくる。協力を装いながら、実は俺を巧みに利用しようとしていたのだ。その策略に気づかなかった自分に、少しばかり悔しさを覚える。


 彼女は宰相ユリウスがバンパイア化した事実を知りながら、恐れをなして何の行動も起こさなかった。女神ルサルカから授かったという特別な力を持ちながら、その気になればバンパイアを感知し、討伐することさえできたはずだ。その優柔不断さに、俺は歯がゆさを感じずにはいられない。


 大司祭ルキアの幼少期の話が頭をよぎる。夢の中で女神ルサルカと邂逅し、神威結晶を授かったという。それ以来、神威魔法を操る力を得て、アンジェルス教の巫女としての地位を築いてきたのだと。俺自身も神々と対面した経験があるだけに、彼女の話が荒唐無稽とは思えない。むしろ、神の介入がこの世界でいかに重要な意味を持つかを、改めて実感させられる。


 そんな生い立ちゆえか、彼女はバンパイアを悪の権化と断じ、その撲滅を熱心に説いていた。その信念のもと、ルーベス帝国の教師(レクトール)という武装組織を駆使し、様々な情報網を張り巡らせていたという。


 俺は彼女の語る情報の数々に聞き入り、気がつけば正午を過ぎていた。その内容は、この地に蔓延るバンパイアの残虐性を如実に物語るものだった。


 この地のバンパイアは、人間を単なる食料としか見做していない。小さな村落を一夜にして壊滅させることさえあるという。リリスたちとは違い、自らの種を増やし続けているらしい。バンパイアハンターが討伐に励んでも、その数は減る気配がない。正確な数は把握できていないとのことだ。


 そして、今回の騒動に直結する重要な情報も得られた。

 ルーベス帝国とバンパイアが長きに渡って争ってきた理由は、皇帝の血筋に秘められた特殊な性質にあった。皇族は代々、バンパイアウイルスに対する抗体を保持していたのだ。


 皇帝はバンパイアに噛まれても人間性を保ち続けることができる。それゆえに、国家の頂点に君臨し続けてこられたのだという。この情報だけでも、極めて貴重な収穫だ。


 つまり、皇子と皇女は抗体を持つがゆえに、バンパイア化することはあり得ない。先ほど目にした皇子と皇女は、明らかに偽者だ。どのような手段で変装を遂げたのかは不明だが、周囲の人々を欺くほどに巧妙な偽装であることは間違いない。


 本物の皇子と皇女の生死は……? その疑問が頭をもたげ、不吉な予感が背筋を走る。


 一瞬、偽皇子に抗体カクテル治療薬をぶちまけてやろうかという衝動に駆られたが、すぐに思いとどまった。大騒動は免れないし、最悪の場合、牢獄行きになりかねない。それに、昨日の出来事が蘇る。宰相ユリウスが目の前で抗体カクテル治療薬を飲んだにもかかわらず、まったく効果を示さなかったのだ。彼はバンパイアのままだった。


 つまり、抗体カクテル治療薬が効く保証はどこにもない。ぶっかけ作戦は断念せざるを得ない。


 そんな思考を巡らせながら本殿に到着すると、エントランスホールは朝とは打って変わって人々で溢れかえっていた。吹き抜けの高い天井が、人々のざわめきを反響させている。両側に優雅に伸びる曲線の階段は、二階と三階へと人々を導いていた。


 二階の手すりに立ち、群衆を見下ろすように演説しているのは――ネロ皇子その人だった。この人だかりは間違いなく、彼の存在が引き起こしたものだろう。


「我々は、仲間のバンパイアハンターたちと共に、バンパイアの本拠地を襲撃した。激戦の末、全てのバンパイアを討伐するに至った。これにより、もはやバンパイア討伐に全精力を注ぐ必要はなくなったのだ」


 彼の声は勝利と自信に満ち溢れ、その言葉一つ一つが、まるで重みを持つかのように群衆の心に響いていく。一階のホールで耳を傾ける貴族や軍人たちの表情は、感動と陶酔の入り混じったものだった。


 バンパイアの演技力も侮れないものだな、と内心で苦笑する。偽物とは思えないほどの存在感だ。


 しかし、俺の耳に入った噂話では、皇子と皇女のバンパイア討伐は失敗に終わったはずだ。同行したバンパイアハンターたちも全滅したと聞いている。


 それなのに、朝の話とは打って変わって、バンパイアを全滅させたという勝利宣言。この矛盾に誰も疑問を呈さないのは、いささか奇妙ではないか。


 周囲の人々をより注意深く観察すると、微かではあるが違和感を覚える。というのも、偽皇子の演説には尋常ではない説得力がある。


「今こそ、我々の前には歴史的な決断が求められている。この国の未来、そして人々の命運は我々の手に委ねられているのだ。我々が進むべき道は明確だ。他国との戦争に全力を注ぐことこそが、我々に課せられた使命なのだ! 我々の思いを一つに結集し、全ての兵士たちを主戦場へと投入する時が来た。これは単なる膠着状態の打開ではない。我が国の未来を切り開き、我が国の勢力を拡大し、真の平和と繁栄をもたらす契機なのだ。諸君は勇者だ! 勇者たちよ、闘志を燃やし、国のために立ち上がろう! 決断の時は今だ。我々は一線を越え、国のため、人々のため、そして何よりも明日のために戦うのだ!」


 彼の言葉は力強く、聴衆の心を掴んで離さない。その目は野心と情熱に燃え、エントランスホールの人々に期待と信頼を抱かせていた。


 あまりにも巧みな煽動だ、と舌を巻く。


 彼の佇まいは威厳に満ち、黒と金で統一された服装が高貴さを際立たせている。


 傍らには、ユリア皇女と宰相ユリウスの姿。この三人のバンパイアが描く青写真が、俺には掴めない。だが、ネロ皇子の演説が現実のものとなれば、この国の戦力は外へと向かってしまう。


 バンパイアが完全に討伐されていないのは明白だ。戦力を失った国の中枢から、バンパイアたちが攻め入る可能性は十分にある。しかし、不確定要素が多すぎて、先を読むのは至難の業だ。


 少しでも情報を得ようと、熱心に耳を傾けていると、ふと、ネロ皇子と目が合った。


『スキル〝魂の鎖(ソウル・ジャック)〟を感知しました。解析を開始します。……改良と改善が完了しました。これはいわゆる暗示ですが、その効果は驚くほど強力です。今後はソータにも使用可能となりました』


『おお、あんがとな。……かなり強力、というのは具体的にどの程度なの? 血の契約(ブラッド・コンタクト)と似たようなものか?』


『似てはいますが、本質的に異なります。魂の鎖(ソウル・ジャック)は忠誠を誓わせるのではなく、対象を完全に意のままに操る力を持ちます。自害を命じることさえ可能です。催眠術とは全く異なる次元の力ですので、取り扱いには細心の注意が必要です』


 催眠術で人を完全に支配することはできない。催眠状態は、本人の意志で脱することが可能であり、その効果は心や体に暗示をかけ、変化を促すものに過ぎない。催眠療法と呼ばれる技術がその好例だ。

 しかし、スキル〝魂の鎖(ソウル・ジャック)〟は、ニンゲンの意思を完全に無視して、思いのままに操ることができるというのだ。


 ため息が漏れる。バンパイアの従属スキルの多様さには驚かされる。絶対服従(ドミネーション)に続いて、これだ。岡田のスキル〝魅了(カリスマ)〟など、比較にならないほどの威力だ。


 そして、ネロ皇子の執拗さに辟易とする。何度も俺に視線を向け、〝魂の鎖(ソウル・ジャック)〟を仕掛けてくる。だが、精神系のスキルは俺には効かないはずだ。内心で笑みを浮かべる。


 このままでは面倒だ。とりあえず錬金術施設へ向かおう。スキルにかかったふりをするのも煩わしい。


 演説を聴くために集まった人々の間を縫うように進み、宮殿の奥へと足を進める。人の気配が薄れていく廊下を歩きながら、ようやく気づく。誰かが俺の後をつけている。


 下手くそだな、と突っ込みたくなるが、大将軍ルキウスの猛獣のような気配は隠しようがない。


「うっ……」


 曲がり角で待ち伏せていると、目の前に大将軍ルキウスが姿を現した。俺が先に進んでいると思い込んでいたらしく、目を見開いて驚いている。


「何かご用でしょうか?」


「い、いやな、貴様はネロ皇子をどう思った?」


「宰相ユリウスと同じく、バンパイアになっていますね。隣にいたユリア皇女もバンパイアでした」


 大将軍ルキウスが期待する答えを返すと、彼の表情がホッとしたものに変わる。昨日、彼が宰相ユリウスをバンパイアと疑い、抗体治療薬を飲ませた経緯を思い出す。


「薬作りで忙しいだろうが、少し付き合ってくれないか?」


 その言葉に頷き、俺は大将軍ルキウスの後に続く。


 しばらく歩を進めると、足元のカーペットから違和感を覚える。どうやらこの廊下には誘導魔法陣が仕掛けられているようだ。ゴブリンの里で目にして以来の、懐かしい感覚だ。


 この魔法陣は、ニンゲンの無意識に働きかけ、進路を狂わせる効果を持つ。イタズラにも使えるが、本来は立ち入り禁止区域を巧妙に守るための仕掛けだ。大将軍ルキウスは、魔法陣の効果に逆らうように歩を進める。


 三階に到達し、廊下の行き止まりで足を止める。周囲に人影はなく、誘導魔法陣が効果を発揮している証だろう。


「ここだ」


 そう言って、大将軍ルキウスが壁の中へ消えていく。ここには隠蔽魔法陣が施されていたのだ。一見しただけでは普通の壁に見え、その奥に空間が広がっているとは想像もつかない。


 俺も続いて壁を通り抜けると、目の前に頑丈そうな鉄のドアが現れた。その重厚さに、この先に何があるのか、俺の中で期待と緊張が高まる。


 大将軍ルキウスがノックすると、小窓が開き、奥から鋭い眼差しで覗き見られる。俺たちの姿を確認して、ようやくドアが開かれた。


「……ここは?」


 声に出さずにはいられない好奇心を、大将軍ルキウスは素っ気なく打ち消す。


「このハシゴを登れば、皇族が避難するためのシェルターがある。さっさと登れ」


 三人が入るのもやっとの狭い部屋だ。息苦しさを感じながら、指示に従ってハシゴを上る。


 頭上の扉を押し開けると、目の前に広がる光景に息を呑む。


 一面に広がる麦畑。黄金色に輝く穂が風に揺れ、まるで海のように波打っている。農作業用のヒト型ゴーレムが黙々と働き、遠くには倉庫らしき建物が見える。用水路は畑を縫うように走り、生命の源を運んでいた。青空には白い雲が浮かび、この上ない晴れ間が広がっていた。


 皇族用の避難シェルター? この光景が?


「大将軍ルキウス様、私はここで」


 一緒に上がってきた男は、下の小部屋へ戻っていった。麦畑の中に不自然に口を開けた穴は、この牧歌的な風景にそぐわない。


 俺と大将軍は広大な麦畑の中に取り残された。周囲の静寂が、さらに状況の非現実性を際立たせる。


 ここは空間魔法で作られた別空間だ。エルフの里を思わせる仕組みが、懐かしさと共に新鮮な驚きをもたらす。


 作業中の農夫――いや、農夫の姿をしたゴーレムが俺たちを発見し、慌てて走り去っていく。その方向を目で追うと、遠くに城の輪郭が見えていた。


 木製のゴーレム。その精巧な造りに、この世界の技術の高さを改めて実感する。


 しばらくすると、馬型ゴーレム二頭が曳く馬車が近づいてきた。御者の姿はなく、自動で動いているようだ。


「ドミティラ・アウグスタ城に向かう。ソータ、早く乗れ」


 大将軍ルキウスの言葉に従い、馬車に乗り込む。広々とした車内は、二人が乗っても余裕がある。高級な内装に触れながら、俺と大将軍が腰を下ろすと、馬車はゆっくりと動き出した。


 シェルターと呼ばれるこの空間の広さに、改めて驚かされる。堂々とした岩山の上にそびえるドミティラ・アウグスタ城に近づくにつれ、遠くに海の輪郭が見えてくる。城門には衛兵の姿をしたゴーレムが立ち、俺たちの馬車が通過する際には厳かに敬礼を捧げた。


「ちょっとここで待っていてくれ」


 馬車から降りると、大将軍ルキウスが城の中へ足早に入っていった。


 俺の髪を風がなびかせる。潮の香りを含んだ風の中に、かすかにスクー・グスローを思わせる気配を感じる。何らかの精霊の存在を示唆しているのだろうか。


 大将軍ルキウスは明言しなかったが、おそらくここには女帝フラウィア・ドミティラ・ネロが避難しているのだろう。周囲を警備するヒト型ゴーレムの数の多さが、それを物語っている。


 しばらく経っても大将軍が戻る気配がない。せっかくの機会だ、少し見学してみよう。


 散歩がてら城内を見て回る。警備のゴーレムに咎められることなく進めるのは、俺が敵と認識されていないからだ。


 戦火の傷跡が残る壁や塔が、この場所の歴史を静かに語っている。それらを眺めながら、俺は海の方角へと足を向けた。道は海面すれすれまで下り、そしてまた急勾配で登っていく。足元には見たこともない草花が咲いている。強い魔力を帯びているのが感じ取れる。


 岩山の端に立つと、眼下には断崖絶壁が広がっていた。高さは優に五十メートルを超えるだろう。落ちれば、生還は絶望的だ。強風が吹き荒れ、体ごと吹き飛ばされそうな恐怖を感じる。しかし、その危険を感じながらも、目を離すことができないほどの絶景が広がっていた。


 海は陽光を浴びて輝き、水平線まで一望できる。空は澄み渡り、白い雲が悠々と浮かんでいる。遠くには、他の岩山や島々の姿が霞んで見える。この光景は、ルーベス帝国の自然の神秘と厳しさを如実に物語っているようだ。


「おい」


 絶景に魅入られていると、不意に声がかかった。振り返ると、大将軍ルキウスの姿。そして、その隣には見慣れない人物が立っていた。


 一瞬で察する。これが女帝に違いない。


「ソータ・イタガキです。はじめまして」


 失礼のないよう、先に挨拶をする。


 彼女は金髪の麗人だった。冠のように編み上げられた髪には真珠や宝石が輝き、深い青の瞳は感情豊かで、そこに知恵と冷静さが宿っている。白磁のように滑らかで清浄な肌。スリムでありながら優雅な体つきは、生まれながらの高貴さを物語る。純白のドレスを白いマントで包み、ミスリルの装飾品で飾られていた。


 皇子と皇女は二十歳前後と聞いている。それを考えると、彼女の若々しさは驚くべきものだ。


「フラウィア・ドミティラ・ネロ。ルーベス帝国の女帝である」


 彼女は右手を差し出し、手の甲にキスをするよう促す仕草を見せる。宮廷作法だったか。


「はい」


 手袋越しなら大丈夫だろう。作法に則り、片膝をつき、女帝の手を軽く握る。そして静かに手の甲にキスをした。


「うむ。では情報の擦り合わせと行こうか」


 女帝を先頭に、俺と大将軍がその後に続く。どうやら城の中で詳しく話をするつもりらしい。背後から聞こえる波の音と海鳥の鳴き声を聞きながら、ゆっくりと歩を進めた。


 ドミティラ・アウグスタ城。外観からは、長い歴史を感じさせる古めかしい建物だった。しかし一歩中に足を踏み入れると、その印象は一変する。隅々にまで手入れが行き届き、床も壁も鏡のように磨き上げられている。


 掃除をしているのは、おそらくゴーレムだろう。人の気配がほとんど感じられないにもかかわらず、城内は広大で完璧に整えられている。


 執務室に案内され、俺と大将軍はカウチに腰を下ろす。女帝は威厳に満ちた大きなデスクの向こう側に座った。


「まずそちらの話を聞かせてもらおう。大将軍ルキウスから聞いた話では、インスラ地区へ行った冒険者の生き残りだとか」


「はい。それでは――」


 部屋の中には俺たち三人のみ。情報交換という名の駆け引きが始まる。とはいえ、俺に腹芸は難しい。インスラ地区で起きた出来事を、包み隠さず語っていく。そして、女帝がどこまでの情報を明かすのか、その反応を注意深く観察する。


 三人での情報交換が終わる頃には、窓の外の景色はオレンジ色に染まっていた。


 大司祭ルキア、大将軍ルキウス、女帝フラウィア。この三者の話を総合すると、状況がおぼろげながら見えてきた。


 ルーベス帝国の人々は、リリス・アップルビーと土着のバンパイアを同一視していたようだ。


 女帝フラウィアの夫の殺害も、リリス・アップルビーの仕業だと思い込んでいたらしく、俺の話を何度も確認するように聞き返していた。


 そして、ついに真相が明らかになった。リリス・アップルビーがこの世界を去る際、置き去りにされたバンパイアたちがルーベス帝国に潜伏していたのだと。


 一連の事件は、おそらくそれらのバンパイアの仕業だろう。女帝フラウィアと大将軍ルキウスは口を揃えて言う。バンパイア化した三人の存在が、その証左だと。


 彼らに抗体治療薬が効かないのは、親となるバンパイアが魔物の血を飲んでいるからだという。


「その魔物の名は聖獣ヴェネノルン――」


 女帝フラウィアは、静かに、しかし重みのある声で語り始めた。


 賢者や錬金術師たちが、あらゆる手段を尽くして、ヴェネノルンの血を飲んだバンパイアの治療を試みた。その中には、賢者や錬金術師自身の家族も含まれていたという。彼らの必死の努力が伝わってくる。


 しかし、その努力も虚しく実を結ぶことはなかった。


 ヴェネノルン。古代の伝承に登場する神秘的な生物で、その存在自体がほとんどの人々には知られていない。伝説によれば、ヴェネノルンは月明かりの下でしか姿を現さず、その角から滴る毒は、触れた者の命を一瞬にして奪うという。


 女帝フラウィアと大将軍ルキウス。二人の意見は一致していた。土着のバンパイアは、このヴェネノルンの血を飲んでいるのだと。


「つまり、滅ぼすしかない。そういうことですか?」


 俺の問いかけに、女帝は静かに頷いた。


「そうだ」


 女帝フラウィアの青い瞳が、俺の目をじっと見つめる。その眼差しに、決意と覚悟を感じ取る。


「……」


 言葉を失う俺に、女帝は静かに語りかける。


「ソータ、君はルーベス帝国に協力している冒険者だと聞いている」


「……はあ、俺は冒険者です。依頼を受けただけで、特定の勢力に肩入れはしませんよ?」


 警戒心からか、思わず含みのある言葉を返してしまう。実際には協力するつもりだが、慎重になるのも無理はない。権力者から何度も騙されてきたのだから。


「冒険者ギルドから、正式な指名依頼を出す。ナイトメア・タワーに行って、私の子どもたちを捜してほしい。もしも見つからなくても、遺骨だけでも持ち帰ってほしい……。それからもう一つ、バンパイアたちが何をたくらんでいるのか、帝都ドミティラの状況を調べてほしい」


 女帝フラウィア・ドミティラ・ネロ。その表情は、子を案じる母親そのものだった。その青い瞳に宿る悲しみと希望の入り混じった光に、胸が締め付けられる。


「分かりました」


 そんな表情をされては断る選択肢などない。言葉は短かったが、その中に決意と覚悟を込めた。


 俺の返事を聞いて、女帝フラウィアの表情が柔らかくなる。安堵の色が浮かぶのを見て取れた。軍を動かさないのは、偽物の皇子と皇女の存在ゆえだろう。一国の統治者として、そして一人の母親として、彼女の置かれた立場の難しさが痛いほど伝わってくる。


 話がまとまったところで、大将軍ルキウスが口を開いた。その声には、これまでにない緊張感が漂っていた。


「帝都ドミティラは、軍が対処する。化けている三人のバンパイアも、こちらで何とかしよう」


 そこから、具体的な打ち合わせに入る。俺の行動指針が一つ一つ決まっていく。ナイトメア・タワーの位置、想定される危険、そして帝都ドミティラでの情報収集の方法など、細部にわたる指示が飛び交う。


 窓の外は既に暗く、月明かりだけが部屋を照らしていた。その幽玄な光の中、三人の影が壁に揺らめいている。


「ソータ」女帝が静かに呼びかける。「あなたの力を借りなければならない状況に、心苦しさを感じています。しかし、私たちには他に選択肢がありません」


 その言葉に、俺は深く頷いた。


「分かっています。全力を尽くします」


 大将軍ルキウスが、厳しい表情で付け加えた。


「危険な任務になるぞ。油断するな」


「はい。気をつけます」


 会議が終わり、俺は部屋を出ようとした時、女帝が最後にこう言った。


「ソータ、あなたの無事な帰還を祈っています。そして……私の子どもたちのことを、よろしくお願いします」


 その言葉に、重責を感じつつも、使命感が胸に湧き上がる。


 城を出て、再び広大な麦畑の中に立つ。夜風が頬を撫で、遠くに見える海の暗い輪郭が、これから向かう未知なる世界を象徴しているかのようだった。

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