187 伏魔殿
俺たち一同、バンダースナッチのブリーフィングルームに集まっていた。ファーギの話では、闇の血しぶきは間違いで、闇脈が正しい名前だそうだ。
中二病的な名付けを行なったことでクロノスが挙動不審になっていた。
「――――リリス・アップルビーは濡れ衣を着せられている可能性がある。つまり、ルイーズ・アン・ヴィスコンティからの個人依頼も、大将軍ルキウス・アントニウス・スカエウォラからの指名依頼も、信用できないかもしれないということだ」
ファーギはそう言って顔をしかめる。ルイーズと大将軍の依頼に疑問を投げかけたのは、バンパイアのリリア・ノクスだからだ。
仲間たちも同じく不満そうだ。やはりバンパイアは邪悪な存在だという先入観が強いのだろう。
「ちょっといいか? 俺からも話がある」
俺はルイーズ・アン・ヴィスコンティが元々地球人で、この世界に転生した人物の可能性があると話した。
すると「そんなことあるかーい」とテイマーズの三人から軽くツッコミが入った。
ついさっき、リリア・ノクスの攻撃で、太陽の中心部に送られたばかりだ。あの時クロノスがデストロイモードになることで、俺の魂を拘束していたと聞いている。それに、マイアが死にそうになった時、俺は確かにあの世への入り口を見た。だから転生もありなんじゃね? と思うんだけどなぁ。
だけど、あまり信じてもらえなかったので、次の話へ移った。
俺と十二刃は、シャドウストームによって地球近くの宇宙空間に放り出された。その後、実在する死神のシビル・ゴードンと情報交換を行なったと話す。
情報の中には意外なものがあった。それはリリス・アップルビーが割と真面目に働いているというもの。それを伝えると、仲間たちがどよめいた。
そりゃそうだ、リリア・ノクスの話に信憑性が出てくるからな。
話の途中で、マイアが不満そうに口を挟んできた。
「ソータさん……、リリス・アップルビーは、自らこの世界を去ったと文献に残ってます。修道騎士団の見解は、この世界に残されたバンパイアと仲違いしたというものですが、どちらもバンパイアに違いありません」
その情報を今ごろ出す? と思ったけれど、マイアの顔は今までにないほど険しいものだった。何か理由があるのだろう。
「つまり、リリス一派と、それに対抗する一派があるって事だな」
俺の問いに頷くマイア。それを見たニーナが口を開いた。
「ソータさん、わたし達は幼い頃、この世界のバンパイアに両親を殺されました。それからずっと、全てのバンパイアを滅ぼすことを目指しています」
食いしばった歯から、ギシリと音が響く。その怒りは深く激しく、全てのバンパイアに向けられていた。俺の顔を睨んでるけどさ。
「マイア、ニーナ。流刑島でテッドと話したとき、二人とも決心したような顔になったのは、その件があったからか……」
腑に落ちたけど、ため息が出そうになるのを堪えながら話す。まだ可能性の段階だが、リリス・アップルビーと別のバンパイアたちが暗躍していると分かった。もちろん、リリア・ノクスのハッタリという可能性もある。
仮にそれが事実だとしても、マイアとリーナは、バンパイアを区別しないだろう。しかしそれじゃ困るという反面、マイアとニーナの親がバンパイアによって殺されたのなら、その怒りは分かる。俺は元々じーちゃんを殺されたと思って、この世界に来たのだから。
「ソータ、マイア、ニーナ、睨み合うのはよせ」
ミッシーが割って入り、そこでようやくブリーフィングルームの空気が緩んだ。
「どっちにしても、調査しなければいかんだろ? 特にルイーズ・アン・ヴィスコンティは、個人依頼だ。何かあったら冒険者ギルドで問題になるからな……」
ファーギがそう言って、チラリと俺を見る。
「……それもあったな。軽々しく引き受けて済まない」
エリス・バークワースの居場所、という餌で釣られ、ルイーズからの個人依頼、つまりリリス・アップルビー討伐を引き受けたのは俺だ。そのせいでパーティーのメンバーが不利益を被るなんて、あってはならない。
冒険者になった時、個人依頼は問題になることも多いと聞いていた。まさに今回のような事例だ。
「気にすんなおっさん、あたしたちはあんたについて行くよ」
アイミーが、いつになく優しげな声をかけてくる。顔を上げると、アイミーに続き、仲間たちが気にするなと言い始めた。
「報酬アップな」
ハスミンがそう言うと、仲間たちみんな頷き始めた。
「おっさんの報酬を削って、みんなで山分けな」
ジェスの声で、俺はとどめを刺された。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
俺たちはすぐに動いた。明るいうちに出来るだけ状況を把握するために。
これから同時進行で、ルーベス帝国とルイーズ・アン・ヴィスコンティの調査だ。
ミッシーとファーギから、ソータはひとりのほうが動きやすいだろう、という指摘もあり、俺はルーベス帝国に残って調査することになった。他の仲間は全員デレノア王国へ向かった。
俺は単身、帝都ドミティラの冒険者ギルドへ向かった。
冒険者が全滅という話をカウンターでするわけにもいかず、重大な案件として個室に通してもらっている。
対応したのはギルマス。
彼はオーク族でタルクス・グラックスという名だ。身長二メートルを超える大柄な体格で筋肉質。鋭い目と鼻、牙が飛び出した口元が特徴的である。黒い頭髪は短く刈り込んでおり、顎にはひげを生やしていた。
年齢は三十半ばだが、バリバリ現役の匂いがする。
「デスクローで全滅か……。そういえば闘技場に送られてきた奴ら、あれは何だ? まったく言葉が通じなくて困っているんだが?」
「あれは異世界人です。バンパイア化してましたが、治療して闘技場へ送りました」
「そうか……、そりゃまあいいとして、冒険者が全滅か……。ソータ、お前は戦闘が苦手だろ? 治療薬作れるし、錬金術師寄りなのか?」
「……そうですね」
俺には強者の覇気も無ければ、強大な魔力が吹き出しているわけでもない。端から見ればただの凡人に見えるはずだ。おかげで見下されることもあるけれど、それはそれで都合がいいのだ。ふははは。
情報交換が終わると、タクルスは腕を組んで考え込んでしまった。
「ソータ」
ふと顔を上げるタクルス。
「はい」
「ちょっと付き合え。これからドミティラ・アウグスタ宮殿にいくぞ」
「え? あ、はい」
断ろうとするとぐっと睨まれて、思わず承諾してしまった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
すでに冒険者ギルドから連絡があったのだろう。馬車に乗った俺とタルクスは、宮殿の門をあっさり通された。今朝と変わらずきれいな庭を通り抜け、死者の都とはまるで違う、美しい入り口が見えてきた。
並んで出迎えてくれたのは、宮殿で働く家事使用人だった。さすが一国の主人が住まう場だと思っていると、タルクスが舌打ちをした。
「大将軍が来てないな」
そう言って不機嫌そうな顔になった。
俺たちはあくまで民間の組織で、大将軍という国の重鎮が出迎えることは無いのでは、とも思うけれど、彼にとっては屈辱のようだ。
馬車が止まると、執事が俺たちを案内していく。今朝と変わりない宮殿内部を通り抜け、作戦会議室に通される。中に入ると今朝と違って、閑散としていた。
「大将軍、お連れ致しました」
声をかけながら、執事がドアを開けた。
だだっ広い部屋の奥で、カウチに座った二人の人物。その片方の大将軍ルキウスが振り向く。
向かいに座っているやつ……、闇脈がダダ漏れだ。
――――つまりあの男はバンパイア。
大将軍とサシで話してるって事は、ルーベス帝国でそれなりの立場にある人物だろう。
「タルクス、ソータ、双方ご苦労。冒険者が全滅したと聞いているが、詳しく聞かせてくれ。それと、彼は宰相のユリウス・アウグストゥス・ネロだ」
二人で歩み寄ると、大将軍ルキウスが立ち上がって紹介してくれた。宰相ユリウスはカウチに座ったままで、軽く会釈をする。
座っていても、彼が高身長だと分かる。しかし痩せ型で力仕事には向いていなさそうだ。青い目は深く鋭く、長い銀髪を後ろで束ねており、額には白い線状の傷跡があった。
着ている服装は正装なのか、かっちりとした雰囲気だ。布地には細かな魔法陣や帝国の紋章が刺繍されていた。
「初めまして、ソータ・イタガキです」
「どうも……」
宰相ユリウスは俺の挨拶にあまり興味が無さそうだ。というか、すごく疲れている雰囲気だ。
俺とタルクスはカウチに座り、大将軍ルキウスが話を促した。
「さて、宰相にも来てもらったし、ソータから詳しい状況を説明してくれるか?」
二度手間になるけど仕方がない。冒険者ギルドで話した内容を伝えていく。大将軍ルキウスとタクルスは横で聞いているだけだ。しかし、宰相ユリウスは違っていた。
ひとり掛けカウチが四人分あり、俺たちはまん中のテーブルを囲んでいる。右隣に座っている宰相ユリウスから、闇脈が動くのを感じる。彼はいま、何かの魔法を使っているはずだ。
それが何の魔法なのか分からないので、気付かない振りをして話を続けていく。一通り話し終わると、大将軍ルキウスが口を開いた。
「ふむ……。ユリウス閣下、どう思う? リリス・アップルビーは不在な上、冒険者が全滅だ」
宰相ユリウスは顎をさすりながら思案する。
「さて、どうしたものでしょうか……。ソータ・イタガキ、君はバンパイア化を治したと言っていたね」
「はい」
「実は……君と今朝会った、財務官のガイウスが事故で死んでしまってね、少し困っているんです」
「……事故?」
それと依頼の件に何か関係あるのかな。共に悲しんでくれって事か? ああ、いかんいかん。意識しないと、共感することもできなくなっている。
「そうだ。君が渡したワクチンと治療薬、あれを作成している最中の事故だ。タンクに入っている薬品が漏れ出してね、そのとき財務官のガイウスを含め、彼が率いる錬金術師たちが大勢死んでしまった」
「……」
何が言いたいんだ? というかこのタイミングで薬が作れなくなるなんて、怪しさ百点満点じゃないか。いや、でも……、ここは様子見といこう。
「そこでだ、ワクチンと抗体治療薬の作成をお願いしたい」
宰相ユリウスはそう言って、ぐっと頭を下げた。その様を見て、大将軍ルキウスとタクルスが目を丸くして驚く。国の偉い人が、そこらの冒険者に頭を下げたのだから、そりゃビックリだろうね。
でもさあ、このユリウスって宰相はバンパイアなんだよね。それなのにワクチンと抗体治療薬を作ってくれときたもんだ。
……ああ、財務官と同じように、事故に見せかけて俺を殺す気なのか? いや、実際には本当の事故かもしれないが、確かなことはわからない。しかし、宰相ユリウスがバンパイアであることを隠している以上、バンパイア化を治す薬の制作を依頼するのは矛盾している。実際には作らせるつもりはないのだろう。
それに、今朝この場所でワクチンと抗体治療薬を渡したのは俺だ。俺だけがその薬を作れると思っているのなら、宰相ユリウスの判断は妥当だ。俺を殺害するための策略ならば。
「ええ、もちろんです」
ニッコリ笑顔で承諾する。
その様子を見た大将軍ルキウスが、胸から小瓶を取りだした。
「さて、二人ともこれを飲んでもらおうか」
「……これは?」
ルキウスの言葉に、タルクスは怪訝な表情で問いかける。
「これは、ソータが作った抗体治療薬だ。いやなに、帝国内部にニンゲンに化けたバンパイアが入り込んでいるという情報があってな。念の為、お前たちがバンパイアでない事を証明してもらうだけだ」
「……それなら」
タクルスは小瓶の抗体治療薬を一息で飲み干した。もちろん俺も続く。それを確認したルキウスは、大きく頷いた。
「貴様たちがバンパイアではないと分かった。ではこちらもバンパイアでは無いと証明しよう」
ルキウスは小瓶を二つ取りだして、テーブルに並べる。
ううむ? これって、宰相ユリウスがバンパイアだとバレるんじゃ? 飲まなきゃ分からないと思うけど、飲まなきゃ彼は自らバンパイアだと言っていることになる。
いやまて、あの小瓶の中身が水だという可能性もあるか?
『あの小瓶の中身は、ソータが創った抗体治療薬と同じものです』
『おう、さんきゅ』
クロノスのお墨付きだ。ということは、大将軍ルキウスは、宰相ユリウスを疑っているのか?
――っ!?
大将軍ルキウスの気配が突然膨れ上がった。攻撃の意思ではなく、威嚇するような気配だ。その矛先は、宰相ユリウス。やっぱ疑ってるみたいだ……。
大将軍ルキウスは、宰相ユリウスを睨み付けながら抗体治療薬を飲み干す。テーブルに小瓶を叩きつけ、宰相ユリウスをもう一度睨み付ける。その視線には、さっさと飲め、という意思が込められていた。
俺は傍観を決め込んでいる。彼がこの場でバンパイアだと露見すれば、リリア・ノクスが言ったことの真偽が明らかになる。すなわち、ルキウスがリリスの敵対勢力である別のバンパイアであると。
「……では」
宰相ユリウスは抗体治療薬を飲んで、空になった小瓶をテーブルに置いた。大将軍ルキウスは、彼の変化を見逃すまいと目を皿にする。
しかし、宰相ユリウスに変化は無かった。身体から流れでる闇脈にも変化が無い。
『どういうこと? 抗体カクテル治療薬じゃないからかな?』
とりあえずクロノスに聞いてみる。
『いえ……、おそらくですが、闇脈魔法で対策をしていたようです』
『あー、それかー』
さっきから何かの魔法を使っていると思っていたけど、こうなることを予想していたってことか。それならヒュギエイアの水ぶっかければ、赤い障壁で防御するから、それでバンパイアだと証明するか?
「これでユリウス閣下もバンパイアでは無いと証明された。タルクス、ソータ、二人とも納得できたか?」
そう言ってくる大将軍ルキウス。俺たちに対して、宰相ユリウスがバンパイアでは無いと証明したような口ぶりだ。一番確かめたがっていたのは、大将軍ルキウスなのに。なんか責任転嫁されているような感じがして気持ち悪い。
あー、やだねー、こういう伏魔殿は。
不機嫌そうなタクルスが、仕事の話へ戻す。
「はい、納得しました。では冒険者ギルドに依頼を出しますか? ソータに薬を作らせるんですよね?」
大将軍ルキウスは、タクルスの話を聞いて視線を動かす。
「ユリウス閣下、このソータに、ワクチンと抗体治療薬の作成を任せたいんだが」
「私に異存はありません。タンクの修理は終わってますので、薬品の製造はすぐにでも始められます」
「そう言う事だ、タクルス。ソータに指名依頼を出すから、冒険者ギルドで手続きを頼む」
こうして俺は、宮殿内部の錬金術施設で、ワクチンと抗体治療薬の作成に従事することとなった。




