185 ソル・エクセクトル
死者の都に戻って、上空から確認する。廃墟の宮殿にあるはずの高い塔はやはり見えない。空間魔法でも使っているのだろう。でなければ、あんな高い塔が、建物の内部にあるはずがない。
そして、俺と十二刃を地球送りにしたシャドウストームは消えていた。
一旦バンダースナッチへ戻ろう。とりあえず俺は転移した。
「ひゃっ!?」
マイアが驚いた声を上げる。転移先はブリーフィングルームで、彼女はいままさにお食事中だったのだ。
「あ、ごめんごめん。みんな操縦室にいる?」
「はい。無事だと思ってましたっ、ソータさん!」
「てことは、さっきの見えてたのか?」
「ええもう……。あのボロ屋敷から噴き上がった赤い竜巻ですよね? ハッキリ見えてました。あのあとソータさんと魔導通信が繋がらなくなって、みんな心配してたんですよ?」
「ごめんな。あれなあ、地球に転移して宇宙に放り出されるって、悪質な罠だったよ。本来はそう言うものじゃ無さそうなんだけど。……とりあえず操縦室へ行こう」
「はい!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
操縦室に全員揃ったところで、詳しい状況説明を行なった。みな難しい顔をしている。そして、少しばかり混乱している。目的が短期間で変わっていくことに。
俺は最初、ルイーズ・アン・ヴィスコンティから依頼を受けた。内容はリリス・アップルビーの討伐。対価はエリス・バークワースの居場所を教えてもらうこと。
大将軍、ルキウス・アントニウス・スカエウォラからの依頼も、リリス・アップルビーの討伐だった。
だが、リリス・アップルビーはもうここにはいない。奴は地球人を連れてガレイア連合国へ向かった。
本来であれば追わなければならない。
しかし俺たちは追うのをやめた。今は、帝都ドミティラの住民を、バンパイアの脅威から救おうとしている。
最終的に、リリス・アップルビーを討つことに変わりはない。パーティーの仲間はそう思っていた。
そこで今回、俺が話した内容は、実はリリスがイイ奴かもしれない説。
そりゃ混乱するだろうね。俺もいまいちリリスがイイ奴だとは思えないし。ただ、シビル・ゴードンの話は、聞き流せない。だからリリスの情報は、共有しておくべきだと思ったのだ。
話し終えると、ファーギは真っ先に質問してきた。気になっていたのだろう。
「状況は分かった。しかしその抗体カクテル治療薬はどうやって作るんだ?」
「魔導バッグがあるでしょ? 俺がそこに抗体カクテル治療薬を山盛り入れていく。ヒュギエイアの水と一緒に使えば、バンパイア化を治せるからさ」
「あれに少し手を加えれば使えそうだな?」
「ああ、いけると思うよ」
あれとは、暗黒晶石を混ぜて作った神威神柱のことだ。これは奥の手として準備していたやつで、バンパイアを滅ぼすことに特化した兵器だ。ヒュギエイアの水も含ませておけば、前回防御された赤い障壁も破れるだろう。
形は神威神柱と同じだが、粉末にした暗黒晶石を混ぜ込んでいるので、灰色の竹の棒に見える。
形が竹なので、中の空洞に抗体カクテル治療薬を詰めることができる。それだけの手間だ。しかしうまくいけば、大勢のバンパイアを強制的にニンゲンに戻すことができる。
それはバンパイアにとって、余計なお世話かもしれない。
しかし、王都ハイラムのような事態が起これば、バンパイアは滅ぼさねばならない。犠牲者を出さないためにも、バンパイアはニンゲンに戻した方がいいだろう。
ファーギはこれからすぐに取りかかると言って格納庫へ向かった。ミッシーたちも手伝うそうで、仲間たち総出で抗体カクテル治療薬の注入を行なうことになった。
「俺は先行して屋敷に突入する」
「……大丈夫か?」
操縦室を出て行くみなに声をかけると、心配そうな顔でミッシーが声をかけてきた。
「ああ、大丈夫」
あの屋敷にはまだ、マルコ・ブラッドペインとリリア・ノクスがいる可能性がある。俺は奴らを逃さないよう、早めに動くことにした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
バンダースナッチで一通りの確認が終わり、宮殿の庭に舞い降りる。もう一度周囲に異常がないことを確かめ、荒れ果てた庭から本殿へ向かう。
「うーん」
シビルによると、エリス・バークワースとマリア・フリーマンの二人は、デーモンと組んで何か企んでいるかもしれない、という不確定な情報しか得られなかった。
リリス・アップルビーに関しては行動が謎だ、という結論に達した。
リリスはシビルの指示に従い、真面目に働いているらしい。シビルがそう言う根拠は、欧州連合からリリス一派に対する評価が非常に高いからだそうだ。異世界へ入植した地球人から、その証しとも言える感謝状が届くほどだという。
また欧州連合は、リリスを通じて異世界の国々への橋渡しを依頼し、実在する死神との関係を密にしているらしい。
善悪二元論で、リリスを判断するのは難しい。道徳的価値観の明確化という点では、善悪二元論は優秀だと思う。でも、二つに分けて単純化することで、今回みたいな事象の複雑さや多面性に対応できなくなる。
どちらが善でどちらが悪か、結局これは相対的な概念だ。リリスの行動は、彼女にとっての正義なのだろう。
それはいい。ただし、リリスの目的が何処にあるのか、それによっては結局のところ彼女を討つ必要があるだろう。気を引き締めて慎重にいこう。
色々と考えながら、らせん階段まで辿り着いた。
「おや……? ソータ様、あなたはどうして死んでないのですか?」
また耳元で声がする。さっきと同じく、リリア・ノクスだ。ただ、余裕のあったさっきの声音とは違い、少しだけ驚いているように聞こえた。
どうやら彼女は、シャドウストームで俺を始末できたと思っていたようだ。一般的に考えれば、生身の身体で宇宙空間に放り出されたら命はないだろう。
「割と頑丈なんでね。そろそろお遊びは止めにしないか? 俺は情報を聞くまで、あんたをいつまでも追うぞ?」
「まあっ!? そんなストーカーみたいなことをなさるのですか?」
「あんたがそう言うのなら、ストーカーでも構わない。俺が知りたいのは、リリスの行方だ」
「リリス様を呼び捨てにするのはやめてもらえませんか?」
リリアの声が平坦になり、怒りの気配を一瞬だけ感じることができた。何となくコツが掴めてきたな。バンパイアは親となる存在をイジると、感情の制御ができなくなる。
「リリス・カップ・ルビーがどうしたって?」
「貴様っ!!」
はい激怒。リリアの気配が、俺の真上にあることが分かった。その気配は、らせん階段のずっと上で、ここからは誰がいるのか見えない。ただしその気配は、宮殿よりもずっと高いところにある。
やっぱり空間を拡張しているはずだ。俺は上を見上げ、転移魔法を使った。
「……お? うわあああああああああああっ!!」
『サバイバルモードへ移行します』
転移先は火の海だった。危機的状況だったのだろうか、クロノスの声がする。
何だここ!? 瞬時に障壁を張ったからよかったものの、あまりの高熱で次々と破壊されていく。神威を使って障壁を張り直しても張り直しても、熱でどんどん割れていく。
いやいや、これ割れてんじゃねえな。障壁がプラズマ化している。
つまりここは、空間自体が超高温って事か? 上も下も無く真っ白な空間が広がっている。身体が重く感じるのは、何でだ? これ気圧か!?
『クロノス、ここどこ?』
『……解析が終了しました。周囲の温度は約千五百万度もあり、気圧は約二百億です。その影響で超高密度状態となり、空間がゆがんでいるため、座標の特定ができません』
『つまり、転移魔法が使えないってことか……。ここがどこなのか分かる?』
『推測になりますが……』
『それでいい。聞かせてくれ』
『ここはおそらく、太陽の中心部です』
クッソ!! 俺が転移したことで罠にかかったってことか。
太陽の中? そりゃねえぜ……。どう考えたって、やり過ぎだろ。
あ、ヤベえ……。熱すぎて意識が飛び飛びに……。
デストロイモード? 何言ってんだお前……。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「しかし単純な方ですね。リリス様をイジったくらいで、わたくしたちが怒ることはありません。マルコや十二刃を使い、何度か芝居しただけなのに、あっさり始末できました」
その声がすると、らせん階段にリリア・ノクスが現われた。彼女は天井付近を見つめる。そこには裂けたような黒い穴があり、何処かへ繋がっているように見えた。
「リリス様から預かっていた、この短剣、……恐ろしい力ですわ」
リリアは厚手の革手袋をして、煌びやかな短剣を握っていた。
それはソル・エクセクトルと銘が刻まれた、バンパイア討伐の最終兵器と呼ばれる短剣だ。金色に輝く刃には太陽の力が宿り、白銀の柄には鍛冶の神、ヘファイスの紋章があしらわれていた。
この短剣を振るうものは、空間を斬り割くことができる。ただし、その裂け目はゲートであり、中に入ったものは太陽の中心部へ転移する。
短剣を振るった者のみ、その裂け目が見えるので、非常に厄介な武器として恐れられていた。
遠い昔、汎用性の高い最終兵器として、ヘファイスが打ったものだが、この短剣は本来、バンパイア用のものではない。斬った空間に入ってしまえば、バンパイアだろうが何だろうが、全て太陽の中心部へ転移させられるからだ。
その噂を聞いたリリスは恐れ戦き、ヘファイスを襲撃して強奪した。
リリア・ノクスはその短剣をソータに使ったのだ。
ただし、ソル・エクセクトルは、聖なる武器である。ゆえにバンパイアが使うには問題があった。
鍛冶の神ヘファイスが鍛えたため、バンパイアが直に触ると彼らは灰になってしまう。そのためリリアは、そうならないように厚手の手袋をしているというわけだ。
「さて、こちらは片付いたので、マルコを手伝いにいきましょうか」
リリアは金色のおさげを揺らしながらピョンと飛び上がり、霧となって姿を消した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
バンダースナッチから降下してきたミッシーとファーギは、風を切って地面に着地した。浮遊魔法の腕前は、以前よりも格段に上がっている。二人は素早く周囲を見回し、敵の気配を探ってゆく。
月に照らされた小路に人影はなく、ひっそりとしている。そこには、ニンゲンもバンパイアも誰もいなかった。
「ソータが入ったのは、あのボロ宮殿で間違いないな」
ミッシーは遠くに見える建物を指差して言った。
「そうだな。作戦通り、ワシは裏から潜入する」
ファーギはそう言って走り出し、二人は二手に分かれた。
「ソータ……」
ミッシーはその場で動かず、顔をうつむかせる。風になびく緑髪が月光にきらめく。彼女の頬にも月明かりが映るが、その表情は暗いままだった。
彼女は心配でたまらない様子のまま、祓魔弓ルーグを手にした。
ミッシーは辺りの様子を探りつつ、小路を進んでいく。荒廃した宮殿まであと少しの距離だ。彼女はより警戒を強め、崩れ落ちた正門を通り抜ける。
「おはようございます」
中庭へ入ると、突如耳元で声がする。驚いたミッシーは飛び退いて姿を消した。
「……おや? どこへ行ったのでしょうか」
霧が現われて、マルコ・ブラッドベインが姿を現す。彼はミッシーを見失い、辺りを見渡しながら気配を探る。
「むっ!?」
遠く離れた屋根の上で、ミッシーの緑眼が炎のように燃えた。彼女は祓魔弓ルーグを構え、スキル〝斥力〟を放つ。
マルコはそれに気付いたが、反応できなかった。彼は無抵抗のまま、矢の強大な力で吹き飛ばされる。崩れた正門から水平に飛んでいき、本殿の壁を突き破っていく。そこからは何かが崩れたり割れたりする音が鳴り響き、やがて静寂が訪れた。
「上位のバンパイアでも、スキル〝同化〟とスキル〝瞬間移動〟の組み合わせは有効みたいだ」
ふっと正門に姿を現したミッシー。彼女はマルコを追って、本殿の中へ駆け込んでいった。そのとき彼女は気付いていなかった。中庭に隠れているもう一人のバンパイアに。
「ふふっ……。あの子、やっぱり強いわね」
リリア・ノクスは手に持った短剣を見つめて、笑みを浮かべる。その刃はまるで太陽のように光り輝いていた。
「さあ、次はあなたの番よ。ソータ・イタガキと同じように、太陽の中心部へ送ってあげる」
リリアはそう言って、ミッシーを始末するために本殿へと向かう。
「おい、ソータがどうしたって?」
背後から聞こえた声で、リリアは立ち止まる。振り返ってみると、そこには魔導ショットガンを構えたファーギが立っていた。




