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量子脳で覚醒、銀の血脈、異世界のデーモン狩り尽くす ~すべて解析し、異世界と地球に変革をもたらせ~  作者: 藍沢 理
9章 バンパイアとバンパイア

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183 落伍者

 インスラ地区を模した死者の都(ネクロポリス)は、ほとんどが木造住宅で、全て何処かしら朽ちている。そんな場所で噴き上がった火柱は、周囲の住宅に燃え広がり、大火の様相を見せていた。


 不幸中の幸いと言えばいいのだろうか。死者の都(ネクロポリス)には、ニンゲンが住んでいない。いるのはバンパイアと、俺たち冒険者だけだ。


 燃えさかる火災現場まで、まだ距離がある。転移魔法を使って先に行こうとすると、ファーギから声が掛かる。


「ソータ、あの場でニンゲンもバンパイアも、まとめて大勢死んだのは分かってるよな?」

「ああ。でも全員じゃないよね?」

「そうだ。すぐに火を消せるか?」

「やってみる」


 なるほど。ここには目撃者がいないから、思う存分力を振るってもいいって事か。俺は巨大な水球を作り、回復、治療、解毒、再生、四つの魔法陣を貼り付けて、前方の火柱に向けて飛ばした。


 バンパイアの生き残りがいれば、大ダメージを与えられて一石二鳥だ。


 夜空へ飛んでいく水球は風圧で形が崩れ、バラバラになって小さな水滴へ変わってゆく。そしてそれは、雨となって火災現場に降りそそぐ。


「消えないじゃん?」「しょぼっ」「ほらほらっ、ソータのオッサン、頑張れっ!」


 アイミー、ハスミン、ジェス、三人からツッコミが入る。


 するとマイアとニーナが大声で注意した。


「みんな止まって!」

「デスクローがいる!」


 みんな慌てて立ち止まる。何だろうと思って集中して探ると、火の手が上がる方向に、小さな気配がうじゃうじゃいることに気付く。デスクローって魔物の名前か? よく分からんけど、その魔物が苦しんでいることは分かる。


「デスクローってなに?」


「ああ、あれは厄介な魔物だ。地面から飛び出してくる手で、悪霊が宿っているらしい。一体だけなら踏み潰せばいいんだが、現れるときは数が多い上に致死性の毒持ちだ」


 俺が問いかけると、ミッシーは髪をかき上げながら魔物の正体を教えてくれた。


「デスクローなあ、あれは悪霊が宿るアンデッドだ。火は消えなかったが、ソータの水で大ダメージを食らってる。今のはヒュギエイアの水に変えて飛ばしたんだろ?」


 ファーギはあごひげをなでながら、現状の説明をする。


「そうだ。でもそんな魔物がいるとは思わなかったな。んじゃ、もう一発いっとくわ」


 さっき飛ばしたものより大きな水球を作り出し、前方の大火事に向けて飛ばす。もう一発、さらにもう一発、合わせて四発の巨大水球を飛ばしたところで、火の手が収まり、デスクローの気配が消え去った。


「とりあえず、何があったのか見に行きましょう」


 マイアの声で俺たちは移動を始めた。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 鎮火した現場は屍山血河(しざんけつが)のありさまだった。ついさっきドミティラ・アウグスタ宮殿で見た冒険者たちが、一人残して他は息絶えている。体中の血管が破裂して、苦悶の表情を浮かべていることから、彼らの死は極めて辛いものだったと推測できる。


 デスクローの毒のせいだろう。紫色の血が流れて、濡れた地面に染め上げていた。


 宮殿で見た彼らは、かなりの実力者だった。それなのにこのありさまなのか……。

 毒でぐずぐずになった遺体は、ヒュギエイアの水をかぶっても治らない。


 胸の奥がチクリと痛む。


 ニンゲンならば本来、もっと早く動けばよかったと後悔するはずだ。そうすれば、彼らは助かったかもしれない。その可能性をふいにしたことを悩み、悔やみ、胸が締め付けられるだろう。


 でも俺は、そんな気持ちにならなかった。俺はやっぱり、ヒトとしての心を失いつつあるんだ。


「あちっ!? 何だこの狐っ子は!? ワシだ、ワシワシ、ファーギだあっ!!」


 ファーギのタワシみたいなあごひげから煙が出て、ファイアボールが空に向かって飛んでいく。ファーギが抱き起こした狐獣人が放ったようだ。彼女は確か、ドミティラ・アウグスタ宮殿で見たな。


 一人だけ生き残っていたのは彼女だったのか。弱々しい気配だったけど、ヒュギエイアの水を浴びて元気になっている。


 仲間を亡くした狐獣人の怒りは収まらず、ファーギのゴツい腕の中で暴れはじめた。最初のファイアボールは、ファーギを魔物と間違えて誤射したってところか。あいつのしかめっ面は、寝起きに悪いからな。


 狐獣人はファーギに向かって「何でこんなことになってしまったの」と泣き叫んでいた。


 そこへ近付いたミッシーが声をかける。


「……いったん撤退しよう。状況の整理と立て直しが必要だ」


「そうするか。全員バンダースナッチでいいか? ん? ……ソータ、しょげた顔してどうした?」


 ファーギが近付いて俺の顔を覗き込む。しょげた顔してたのか、俺は。


「何でもない。でもさ、このまま冒険者たちを放置できないだろ。俺は彼らを荼毘に付したあと、バンダースナッチへ向かう。先に行っててくれ」


「だびにふす? 何だそれ?」


「火葬するって事だ。すまん、日本語で分かりにくかったな」


「ほうほう、日本語か。時間があるときに教えてくれ! んじゃワシらは先に行ってるからな!」


 ファーギは俺を気遣っているのだろう。努めて明るい声で話している。


 死体がゴミのように散らばっている場面なんて、そうそう見る機会はない。エルフの里の人々が、デーモンに食われる場面を見たが、それくらいで慣れるものでは無い。


 パーティーの面子が次々と俺の肩を叩き、転移リング(トランスポーター)を使って消えていく。最後まで残っていたファーギと狐っ子が転移すると、俺は一人ぼっちになってしまった。


 焼け焦げた匂いが立ち込める闇の中、心を抉る風が身体を冷やしていく。今のうちに黙祷を捧げよう。

 息を引き取った冒険者たちへ、魂の安らぎを祈る。一度だけ見た、あの世へ続くテーマパークのような門。ここにいる冒険者たちの魂が、無事にその門をくぐれることを願う。


 そして、火の魔法で周囲を焼き尽くそうとしたその時、俺を呼ぶ声が聞こえた。


「ソータ・イタガキ、やっと一人になりましたね。わたくしは三将の二、リリア・ノクスと申します」


 気配は無かったはず。しかし、少し離れた廃屋の屋根に、ピンクのメイド服を着たかわいらしい女性が立っていた。


 その身から溢れ出る闇の血しぶき(シャドウ・サングイン)は、バンパイアの証し。三将の二という事は、三将の一、マルコ・ブラッドペインと同等の力を持つバンパイアという事だ。


 さっきマルコと出遭ったとき、やつは簡単に滅んだように見えた。だが、違っていたようだ。リリア・ノクスの隣に白い霧が集まり、黒いスーツ姿の執事が現われる。


「先程は申し訳ありませんでした。リリス様に対する侮辱で感情が高ぶり、見苦しい態度をとってしまいました」


 マルコ・ブラッドペインだ。どうやって生き返ったのか分からないが、何かの魔法だと思う。ただ、どんな魔法なのか、見当も付かない。


 以前マイアやシスターたちを蘇らせたのは、聖なる素粒子、神威を使った魔法だ。あのあと、アスクレピウスに叱られたけどね。だから、生命力が必要になる闇の血しぶき(シャドウ・サングイン)という素粒子に、生き返らせる魔法があるとは思えない。真逆の性質を持っているからなあ……。


 そういや、……抗体治療薬の中で、アスカニアスは呼吸してなかったな。バンパイア化が治ってから、呼吸してたし。そもそも奴らは生きているのか?


 そう考えると、バンパイアに生命力なんて無いのかもしれない。あるとすれば、奴らが吸った生き血か……。その生命力で、闇の血しぶき(シャドウ・サングイン)が魔法として使えるのだろう。


 俺ももう使えるみたいだから、早めに実験しておこう。とりあえず、バンパイアが生き返るのは、闇の血しぶき(シャドウ・サングイン)の魔法だと仮定しておく。


 屋根の上のバンパイアのことなど忘れ、沈思黙考(ちんしもっこう)にふけっていると、突如として周囲に多数の気配を察知する。


 その気配は、インスラ地区に足を踏み入れた際に感じた、おぼろげな気配と同じだ。まるで目覚めたばかりのような、どこかぼんやりとした気配が、次第にはっきりと形をなしてくる。


 その気配は一挙に覚醒し、荒々しい飢えを露わにした。野犬か何かだろうか?


 警戒しながら周囲を探っていると、マルコの声が耳に届く。


「ソータ様。私どもはリリス様より、あなたについて詳しく聞き及んでおります」


「はあ? 何を聞かされてるんだ?」


「あなたがぬるいということを」


 マルコがそう言うと、周囲の建物の陰から、とんでもない数のバンパイアが姿を現した。そいつらはマルコのようにスーツなど着ておらず、破けた服装にボサボサの髪の毛で、みすぼらしい格好をしている。


 その動きは緩慢で、足取りもおぼつかない。まるで映画で見たゾンビのようである。


 あの気配はこいつらだったのか。彼らから、極限の飢えが伝わってくる。その飢えを満たすため、たった一つの餌である俺に向かって、彼らはのろのろと押し寄せてくる。


 慌てて抗体治療薬の水球を作り、周囲にばら撒く。そのあとすぐに、ヒュギエイアの水を作り出して、同じようにばら撒く。


 これでバンパイア化が治っても、いきなり年を取って死ぬようなことはない。そう思っていた。


「……マジか」


 俺は浮遊魔法で、夜空へ飛び上がる。抗体治療薬とヒュギエイアの水が効いていないのだ。


 バンパイアたちの勢いは止まらず、彼らに捕まるすんでのところで逃げることに成功した。


 リキッドナノマシンのおかげで、俺がバンパイア化することはない。だからと言って、広場一面に溢れ出てきたバンパイアたちに咬まれる趣味もない。


「ふふ……。やはりあなたはぬるいですね」


 耳もとで聞こえた声は、リリア・ノクス。彼女が立っていた屋根を見ると、マルコ共々姿を消していた。また霧になったのだろう。それに地上のバンパイアが多すぎて、奴らの気配がどこへ行ったのかも分からなくなってしまった。


 しかし今の声、まるで念話のように感じた。


「ソータ様? 落伍者(アウトキャスト)は治療できません。彼らは代を重ねて正気を失い、ありとあらゆる生き物の血を吸っています。あなたがどのような薬を作ろうとも、混ざり合って不可逆の性質を持つ数多の血を治すことは不可能です」


 耳もとでマルコの声がした。


「ふふ……、もしかして彼らを治せると思っていますか? 落伍者(アウトキャスト)は焼き殺すしかありませんよ?」


 リリアの声がすると、彼らの気配がふわりと消えてしまう。完全にこの場から離脱したようだ。


 なるほど……。ぬるいとは、俺が落伍者(アウトキャスト)を滅ぼせないと言いたいんだ。


 俺は以前、事故で両親を亡くしている。そのときの喪失感と悲しみは罪悪感へ変わり、コントロールできない感情の濁流となった。あの時はほんとにしんどかった。俺も死んだ方が楽になれると考えるほどに。


 そんな俺を支えてくれたのは、じーちゃんだった。


 そんな経験もあって、俺はできるだけニンゲンを殺めたくない。どんな悪人でも、親兄弟がいるし、子供もいるだろう。


 だから、悪であれば即座に滅する、という考えには一ミリも同意できない。


 ただし、デーモンは除く。


 バンパイアもそうだった。俺は悪だと断定していた。彼らにあるのは、バンパイアの序列だ。親だ子だと言っても、肉親ではない。たちの悪いごっこ遊びに過ぎない。


 そして、ニンゲンを不幸にするだけの害虫のような存在。


 そう思っていた。


 しかし、バンパイア化が治ると分かった今、彼らを滅ぼすことだけが解決方法ではなくなったのだ。


 眼下にいる落伍者(アウトキャスト)と呼ばれたバンパイアたち。彼らも治せることなら治したい、そう思っていた。


 だが、抗体治療薬で治せなかった。

 彼らに色々な生き物の血が混ざっているのなら、その全ての血を調べて、その数と同じ抗体治療薬が必要になる。それに加え、抗体治療薬の比率も考えなければならないし、それは個体別でまた変わってくるだろう。


 一番の問題点は、落伍者(アウトキャスト)に対し、ヒュギエイアの水が何も反応しなかったことだ。闇のバンパイアであれば大ダメージを受けるはずなのに。


 落ち着け。ここは死者の都(ネクロポリス)の空の中。始祖(プロジェニタ)の二人はいなくなり、落伍者(アウトキャスト)が山盛り残った。


 これは俺が彼らを滅ぼせないと分かった上で、意図的にやったことだ。

 しかし何故、始祖(プロジェニタ)の二人は、こんな回りくどいことを?


 ……足止め、つまり時間稼ぎか。


 奴ら二人の気配は無く、既に何処かへ去っている。


 死者の都(ネクロポリス)は惑星規模の広さがある。見失った始祖(プロジェニタ)を探すことは困難を極めるだろう。


『ソータ……?』


 クロノス(汎用人工知能)の声が聞こえてくる。


『さっさとやれって事か?』


『そうです。今日はちょっとおセンチモードですね』


『茶化すな。やることは分かってるよ』


 目下のところやるべきはハッキリしている。地面を埋め尽くす落伍者(アウトキャスト)を、どうにかしなければならない。


 マルコは、血が混ざり合って不可逆なんて言ってたな。


 片腹痛いわ。


 生卵がゆで卵になったら元に戻らないって?


 仮にそうであっても、遺伝子レベル、分子レベル、素粒子レベルで可逆変換すればいいだけだ。


 やるのはクロノス(汎用人工知能)だけどね。


 眼下の落伍者(アウトキャスト)はおよそ千人。俺は彼らを丸ごと神威障壁に閉じ込める。


 さて、ここからだ。


 落伍者(アウトキャスト)全ての足の裏を、神威の針で刺していく。めっちゃ細くしたので、痛みは感じないはず。


 採血は一瞬で終わる。


『……解析が完了しました。改良と改善を行い、神威障壁内にいる落伍者(アウトキャスト)用の、抗体カクテル治療薬が完成しました』


『さんきゅ!』


『どういたしまして!』


 なんかお互いに力が入ってしまったな。簡単に見えて、とんでもないことをやっていると自覚がある。


 俺は神威障壁の中に、抗体カクテル治療薬を散布していく。


 落伍者(アウトキャスト)たちに雨のように降りそそぐ抗体カクテル治療薬は、すぐに効果を現す。さすがクロノス(汎用人工知能)特製のお薬だ。


 獣のようなうなり声が聞こえなくなり、地上で蠢く濁った赤い瞳が消えてゆく。彼らの闇の血しぶき(シャドウ・サングイン)が消え去ったところで、完治と判断する。


 ニンゲンに戻り、正気を取り戻した彼らは、まだ何が起こったのか分かっていない様子だ。


 よし、あとは帝国に任せよう。


 彼らの足元にゲートを開くと、およそ千人のニンゲンが緑の芝生が見える穴に落ちていった。行き先は避難所として指定された闘技場である。


 あとは逃げたバンパイアだが、どこに行ったのかさっぱり分からないな。俺は脳内魔導通信機を使って、上空のバンダースナッチに繋ぐ。


『ミッシー、ファーギ、今の見てた? バンパイアの二人が、どこへ向かったか分かる?』


『見てた……。私たちしか見てないから大丈夫だが……』


『おいこらソータ! 闘技場のほう、大騒ぎになってるぞ?』


 そっちの話じゃ無いんだけどなあ……。


『ああ、ニンゲンに戻った奴らから、俺の姿を見られる前に送ったから大丈夫だと思う』


『そっか。それならいいんだが……。バンパイアの二人は、そこから北にある大きな宮殿に向かったぞ。目立つからすぐ分かると思う。今から向かうつもりなのか? 私も準備して向かおうと思っているんだが』


『助かるよミッシー。んで作戦なんだけど、あいつら俺が一人になるところを狙って姿を見せたっぽいんだよね。だからさ――』


 バンダースナッチにいる仲間と作戦会議を開き、方針を固める。


 とりあえず俺が一人で、件の屋敷に乗り込む。そこで作戦開始だ。

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