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量子脳で覚醒、銀の血脈、異世界のデーモン狩り尽くす ~すべて解析し、異世界と地球に変革をもたらせ~  作者: 藍沢 理
9章 バンパイアとバンパイア

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180 死者の都

 大通りを進んでいると、突然、景色が一変した。まだ早朝なのに、月のない夜のように暗くなったのだ。それだけではない。周囲の建物は百年前のものと見紛うほどに老朽化し、多くが廃墟と化した。


 仮にこれが今起きた出来事ならば、建物が崩れる音が聞こえるはずだ。しかしそんな音は全く聞こえなかった。


 ふと頭に浮かんだのは、冥界へ落ちた可能性だ。そうだとすれば、バンパイアとデーモンに何かの繋がりがあるのかもしれない。


 けれども、冥界であれば、邪悪な気配に満ちているはず。ここはそうではない。濃い闇の血しぶき(シャドウ・サングイン)を感じるのだ。つまり、冥界ではない可能性が高い。


 俺を含めたパーティーの面々は、警戒して腰を落とし、何が起ころうとも対処できるように構えた。


「ハスミン、ジェス!!」


 声を上げたのはアイミーだ。その声と共に、アイミーとハスミンとジェスが新たにアメジストスライムを召喚した。紫色のスライムは三体で、各個体がテイマーズの三人を護衛するように寄り添った。


 テイマーズの三人がそんな行動を取ったのには理由がある。景色が変わって、夜のように暗くなった途端、前方で朧げだった気配がものすごい速さでこちらに向かい始めたのだ。


 そしてその気配が実体化し、黒いスーツ姿の執事に変わった。


「おはようございます。……あ、こちらはとこしえの夜でしたね。死者の都(ネクロポリス)へようこそ。私はマルコ・ブラッドベイン。リリス様の部下で、三将の一と呼ばれております。短いお付き合いになると思いますが、何卒よろしくお願いします」


 流れるような所作で、マルコがお辞儀をする。その動きだけで見蕩れてしまいそうなほど洗練されているが、ひとつだけ違和感がある。


 マルコの足は地面についていない。数センチほど宙に浮いているのだ。浮遊魔法を使っているようだが、魔力ではなく闇の血しぶき(シャドウ・サングイン)を使った浮遊魔法だ。


『ソータ、あいつが仲間のバンパイアを食い殺したやつだ』


 ミッシーから念話が届く。


『おう、さんきゅ。リリスの部下って言ったから、相当な実力者のはず。みんな油断すんなよ。こいつからは闇の血しぶき(シャドウ・サングイン)が溢れ出てっからさ』


 俺たちのパーティーは、全員念話ができるようになっている。あまり離れると届かなくなるけれどね。


「こちらから挨拶したのですが、ソータ様、あなたを含め、礼儀がなっていませんね。黙ってないで、何か言ったらどうです?」


 余裕の笑みを浮かべながら語りかけるマルコ。長い黒髪は後ろで結んで、すっきりした顔立ちだが、リムレスメガネの奥に、真紅の瞳が冷ややかな光を放っている。


「あんた、俺の名前を知ってるみてーだな……。リリスから聞いたのか?」


「下等種族の分際で、何と愚かしい口の利き方でしょう。リリス様と呼びなさい!!」


 俺の言葉にマルコが激高した。目尻を釣り上げ牙を剥き、闇の血しぶき(シャドウ・サングイン)が渦巻いた。何かの魔法を使うつもりだろう。


 しかし、最初に動いたのは、スライムたちだ。マルコを素早く取り囲み、全方位から飛びかかった。聖なるスライムたちは、バンパイアに対して無類の強さを発揮する。


 マルコがいた場所に、スライムの塊ができ上がった。ぎゅうぎゅうに押し固まっているが、圧殺するわけではなさそうだ。


 地面に広がっていく水たまりは、聖なるヒュギエイアの水だ。スライムは自身の水分をしみ出させて、バンパイアのマルコに攻撃を仕掛けているのだ。



『ソータさん、あの執事が言った死者の都(ネクロポリス)って、バンパイアの世界です。ここには他に、ゾンビやグールなどがいて、不死者の世界として恐れられている別世界ですね』


 マイアからの念話は俺だけではなく、パーティーの面子全員に伝わる。彼女がそんなことを知っているのは、修道騎士団だからだろう。マイアの隣にいるニーナも頷いている。


 ファーギに魔道具の作成を頼んでおいて良かった。パーティーの面子は転移リング(トランスポーター)を指にはめているので、危なくなったら転移魔法を発動させて脱出できる。神威結晶を使っているから、冥界や死者の都(ネクロポリス)だろうと、自身の記憶にある場所なら次元を超えて転移できる。


 ただ、ファーギから指輪を渡されるとき、女性陣が微妙な面持ちになっていた。その場面は、ファーギいじりのネタになるとして、男性陣のリアムとジェスが囁き合っていた。それは、この世界でも指輪が特別な意味を持つと分かった瞬間だった。


 とりあえず目の前のバンパイアを倒さねば。


 スライムたちはヒュギエイアの水を出しきったのか、小さく縮んで消えてゆく。力を使い切って、帝都ラビントンの下水道へ戻ったのだ。


 スライムたちが消えていなくなると、傷ひとつないマルコが姿を現した。表面には赤い膜が見えているから、あれが闇の血しぶき(シャドウ・サングイン)を使った障壁だろう。


『……解析が完了しました。闇の血しぶき(シャドウ・サングイン)を用いた障壁の改善と改良に成功しました。これからソータも使用可能となります』


『さんきゅ! それならもう、魔力と同じ使い方で、闇の血しぶき(シャドウ・サングイン)を使えるってことだよね?』


『そうです。通常の魔力と同様に使用可能です』


『んじゃさ、リリスのスキル〝絶対服従(ドミネーション)〟は?』


『あれは魔法ではなくスキルなので、バンパイア化しないと使えません』


『そっか~、残念。あのスキル、リリスの部下を味方にできると思ったんだけどな~』


 闇の血しぶき(シャドウ・サングイン)は、生命力をエネルギーに変換する特異な素粒子であるため、頻繁に使うことに抵抗がある。しかし、強力な障壁を突破するためであれば、仕方ないと言えるだろう。


 ――――ドドドン!


 お、アメジストスライムが闇の血しぶき(シャドウ・サングイン)を用いたファイアボールを放った。

 それらはマルコに直撃し、障壁を軽々と破壊した。マルコは炎に包まれ、そのまま遠くへ吹き飛んでいった。彼が上位のバンパイアであることを考慮すると、決して簡単には倒せないだろうが、かなりのダメージを与えたはずだ。


 数日前、俺はリリス・アップルビーから闇の血しぶき(シャドウ・サングイン)の存在を感じ取った。俺はこの特異な素粒子こそが、リリスたちバンパイアの力の源である可能性が高いと推測している。


 ヴィスコンティ伯爵邸に滞在している間に、俺はファーギとミッシーの助けを借りて、神威結晶と同様の方法で闇の血しぶき(シャドウ・サングイン)を結晶化させることに成功した。しかし、その結晶は単独で存在させると周囲の生命を吸い取り、全ての生物を死に至らせる危険な性質を持っていることが判明した。


 ファーギとミッシーの提案により、同じ大きさの神威結晶を隣に置くことで、結晶化した闇の血しぶき(シャドウ・サングイン)の効果を抑制できた。


 その後、ワシに任せてくれと名乗り出たファーギ。俺は疑うことなく彼に任せた。しばらくすると、ファーギは神威結晶と闇の血しぶき(シャドウ・サングイン)を合わせた新たな物質を作り出した。


 彼はその結晶を、暗黒晶石(ダーククリスタル)と名付けた。真っ黒な水晶っぽいので、ぴったりな名前だ。


 アメジストスライムは、神威結晶と暗黒晶石(ダーククリスタル)を体内に取り込み、聖なる魔法、闇の魔法、どちらでも使用できるようになっている。


 もちろん、パーティーの全員が神威結晶と暗黒晶石(ダーククリスタル)を組み込んだ魔道具を持っているので、そこらのバンパイア程度には楽勝だろう。



 俺は先日、マイアが涙する場面を見た。彼女たちがもっと活躍したいという思いはよく理解できたが、それだけの理由で彼女たちを危険な場所に送り出すのは躊躇ってしまう。


 だから、完全ではないが、神威結晶と暗黒晶石(ダーククリスタル)を用いた魔道具を持つことで、魔力ではなく別の魔素(素粒子)を用いた魔法を使えるようにした。

 正直言って苦肉の策だが、何もないよりはましである。


 しかしてその効果は予想以上に大きかった。


 アメジストスライムから連射されるファイアボールは、吹っ飛んだマルコに次々と命中していく。黒いスーツが焼け、素肌が炭に変わってゆく。マルコは反撃する間もなく、灰と化した。


「よし!」「行けるね!」「油断は禁物だよ!」


 テイマーズの三人から、嬉しそうな言葉が飛び交う。彼らが笑顔でハイタッチする姿は、気の緩みではなく、バンパイアを倒したことへの純粋な喜びだった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 広大な死者の都(ネクロポリス)は、帝都ドミティラとそっくりな街並みだった。建物や通りは寸分違わず同じだが、何もかもがボロボロに老朽化しており、ひと目見れば帝都ドミティラではないと分かる。

 月夜が永遠に続く街は、バンパイアたち不死者の楽園だった。


 人通りのない街中に、ドミティラ・アウグスタ宮殿と見紛う荘厳な建物がある。ただし、老朽化して崩れ落ちそうな上、ニンゲンの気配はひとつもなかった。


 宮殿の中にある巨大なホールに、三将の二、リリア・ノクスが佇んでいる。


 そこはかつて、華やかな宴会や舞踏会が開かれた場所だったのか。

 今ではその栄光は朽ち果てている。シャンデリアは錆び付き、絵画やタペストリーは破かれていた。絨毯は穴だらけで汚れており、柱は傷だらけでひびが入っている。玉座は破壊され、その破片が床に散らばっていた。ホールには月明かりしか差し込まず、冷たく静まり返っていた。


 このホールは、ルーベス帝国の栄光と没落を物語る場所だった。そうとしか見えなかった。


 床で魔法陣が輝く。まばゆい光が収まると、そこにマルコが現れた。


「ふふっ、みっともないですね」


 魂の叫び(ソウルコール)で蘇ったマルコ・ブラッドベインを見て、リリア・ノクスが花のような笑みを浮かべる。ただし、その花は生気のない作り物。


「笑っている場合ではありません。奴らは我らと同等の魔法を使ってきました。上位のバンパイアしか使えない闇脈(あんみゃく)を使った魔法とあらば、我らの優位性が危うくなります」


 黒いスーツ姿のマルコは、その言葉と裏腹に落ち着き払っている。ピンクのメイド服姿のリリアは、その言葉を聞いても動じず、マルコに応じた。


「リリス様の想定通りですね。彼らは普通の冒険者ではなく、地球から来たソータ・イタガキを中心にまとまった、とてつもない力を持つ者だと確認できました。リリス様の指示通り、次のステップへ移行しましょう」


 そう言いながらリリアの視線は、彼女の傍らに立つ男へ向く。その男は昨日、マルコから殺害されたエドワード・シャドウフレイムだ。


 彼もまた、魂の叫び(ソウルコール)で甦っていたのだ。一度滅んだことで、ロイス・クレイトンのスキル〝奴隷紋〟の効果は無効になり、自由に動けるようになっている。


 リリアと同じくエドワードを見て、マルコが口を開く。


「そうしましょう。では、三将の三、エドワード・シャドウフレイム。あなたは奴隷商のロイス・クレイトン、彼の捕獲を優先してください。確認ですが、その男が六炎影(りくえんえい)を操っているんですよね?」


「は、……はい」


 エドワードには、奴隷紋で操られたときや、マルコから首を噛み千切られたときの記憶が残っている。その恐怖が彼の言葉をたどたどしくさせていた。


 廃墟となった宮殿に集まった三将は、お互いの顔を見て頷き、霧へと姿を変えた。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 昨日、ロイスがエドワードを送り出して、既に半日以上が経っていた。エドワードが戻ってこないことを不審に思い、ロイスがアジトの周りを調べていると、突然視界が暗転した。


 彼はすぐにアジトへ戻り、アレックスを問いただした。どうして月夜になっているのかと。


 アレックスたちはリリスの孫に当たる子爵(ヴィカウント)で、バンパイアの支配階級である。地球出身のバンパイアで、出自も様々である。しかしながら彼らは、当然そこが死者の都(ネクロポリス)だと知っていた。




「アレックス……。出口はどこだ? いい加減にしてほしいんだが」


 いらついた声を発するロイス・クレイトン。そこには死者の都(ネクロポリス)を歩く、七つの人影があった。ロイスと六炎影(りくえんえい)たちである。彼らは昨日から死者の都(ネクロポリス)を脱出すべく、出口を探して彷徨っていた。


「申し訳ありません。出口の場所が変更になっているようです」


 しょげた顔で答えるアレックス。金色の髪の毛は短く切りそろえられ、整った顔立ちに青い瞳が、彼の優しさを際立たせている。痩身で筋肉質な彼は、子爵(ヴィカウント)という位にありながら、一般的な庶民の出で立ちであった。


「散々探し回ったあげく、それか……」


 地べたにへたり込むロイス。死者の都(ネクロポリス)を歩き回っても、廃墟しかなく、人影はない。食べ物も水もなく彷徨って半日、ロイスは体力の限界を感じていた。


 ロイス以外に立っている者は六名。全てバンパイアである。彼らは疲れた様子もなく、主人であるロイスを見守っていた。奴隷紋の効果は非常に強力で、六炎影(りくえんえい)の六名は、完全に支配下に置かれ、その事に疑問すら持っていなかった。


 しばらくの休憩ののち、ロイスが立ち上がって移動をしようとすると、ハッとした顔で立ち止まる。


 ロイスたちの近くで白い霧が発生し、あっという間にエドワードの姿に変わったのだ。


「遅かったな、エドワード。幹部連中はどうなった?」


「……」


 ロイスの問いに答えないエドワード。その瞳は真っ赤に輝き、瞬きもせずロイスを見つめていた。


「おいおい、どうしたってんだ? わしは三将の二人を連れてこいと命令を出したはずだぞ? まさか失敗した訳じゃあるまい」


 ロイスは両手を組んで、頭の後ろに回す。その姿は、目の前にいるエドワードをまったく警戒していないように見えた。


「奴隷商人のロイス……。貴様のスキルはもう解除した。私の名誉を汚した罪、その身を以て償ってもらおう!」


 エドワードはそう言うや否や、目にも留まらぬ速さでロイスの首に噛みついた。


 ロイスの両肩をがっしりと掴み、頸動脈に深々と刺さる牙。その瞬間、ロイスの目から光が消えた。


 ロイスが立ったまま幾度かの痙攣を繰り返すと、瞳が赤く染まってゆく。彼は徐々に恍惚とした表情となり、自然と笑みを浮かべた。その口からは、鋭い牙が生えてくる。彼はこの瞬間、完全にバンパイアへと変化したのだ。


「よし……。お前のスキルは危険だからな。問答無用で配下にさせてもらった。貴様が配下にした私の部下を、元に戻してもらおうか」


 一連の様子を見守っていた、アレックスたち六炎影(りくえんえい)の面々。主人であるロイスを助けようとせず、特に何かするわけでもない。ロイスからの命令が出ていないからだ。


「はい、分かりました」


 ロイスの言葉で、アレックスたちはハッとする。奴隷紋の効果が切れたようだ。


「こ、ここは……? あ、エドワード様っ!」


 いち早く声を発したアレックスが、エドワードに片ひざをつく。他の面々も同じく臣下の礼を取った。


 満足そうに頷くエドワード。しかし彼は、少しだけ違和感を覚えた。


「ロイス・クレイトン。貴様はいつまでそんな格好をしているのだ。私が貴様の主人だぞ!」


 完全にバンパイア化したロイス。だが、彼は首の後ろに両手を回したままであった。


 エドワードはそれが気に食わなかったのだろう。ロイスの手を掴んで、強引に引き離す。その上で、ロイスを投げ飛ばした。


「ぐぇっ」


 決してスリムではない体型のロイスは、信じられないほどの距離を飛ばされ、朽ち果てた家の壁に無慈悲に叩きつけられた。ニンゲンが一瞬で命を落とすほどの衝撃を受けたはずだ。それでもロイスは、立ち上がった。


 赤く燃えるような瞳を煌々と輝かせながら。

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