178 したたかな大将軍
帝都ドミティラに到着した俺は、真っ先に冒険者ギルドへ向かっている。この街には活気が満ち溢れ、とても魅力的だ。
歴史ある石造りの建物や教会、豪華な宮殿が美しく調和し、大河が静かに流れる。街の中心には、時計塔や彫刻が飾る庁舎がそびえたち、毎正時には人形劇が催される。馬と馬型ゴーレムが同じくらいの比率で走っているので、ドワーフの人口も多そうだ。
そんな街を歩けば、カフェやレストラン、本屋や雑貨屋などが軒を連ね、花や果物が色とりどりに売られている。寄り道したい誘惑に駆られるが、我慢して冒険者ギルドへ向かった。
冒険者ギルドは、だいたいどこも同じだ。建物の大きさが違うだけで、カウンターや居酒屋の位置は変わらない。ここでファーギたちと合流する予定だが、見当たらない。受付嬢に尋ねてみるとしよう。
「すみません、待ち合わせなんですけど、Sランク冒険者のファーギとミッシーは来てませんか?」
「えっと、お客様のお名前と、冒険者証の提示をお願いします」
冒険者証を見せながら名乗ると、受付嬢はファーギたちの居場所を教えてくれた。身元確認するのは、この冒険者ギルドがしっかりとしている証だろう。
ファーギたちはどうやら居酒屋の個室にいるらしく、奥から現れた店員さんが俺を案内していく。壁には様々な魔法陣が刻まれており、防音対策も施されていた。
「おつかれさま」
個室に入ると、パーティーの仲間が揃っていた。皆怪我もなく無事で安堵する。リアムとメリルは、上空のバンダースナッチにいるので、ここにはいない。
「早かったな。夜までかかると思ってたぞ。まあいいや、とりあえず座ってくれ」
ファーギが隣の席を空けてくれた。テーブルには料理が山盛りで、テーマーズの三人ががつがつと食べていた。
俺が到着する前に、バンパイアと一戦交えたと聞いている。だから、お腹が空いているのだろう。ミッシーとマイアも料理を無心で頬張っていた。
「作戦は上手くいった?」
謎肉の唐揚げをつまみながら、隣でモグモグするミッシーに聞いてみる。
「おおむねはね。しかし、バンパイアの幹部たちが争い始め、その内のひとりが殺されてしまった」
ミッシーたちが行った作戦は、バンパイアたちをかく乱することだ。そうすればリリス・アップルビーは、俺たちの存在に気づき、何らかの反応を見せるはず。つまり、陽動作戦というわけだ。
パーティーのメンバーが食事を終えてから、詳しい話を聞いてみると、興味深いことが分かった。闇の血しぶきと思われる魔法で、灰になったバンパイアが蘇ったそうだ。さらには、神威神柱も、障壁のようなもので防がれてしまったという。
リリスの存在は確認できなかったものの、貴重なデータが取れた。結果は上々だ。
今後どうやってリリス・アップルビーをおびき出そうかと作戦を練っていると、ドアがノックされ、居酒屋の店員さんが顔を出した。
「えっと、失礼いたします……。大将軍がお越しになっています」
伏し目がちな店員さんは申し訳なさそうに言った。
「は……?」
かろうじて声が出たのは俺だ。ミッシーたちは、唖然としている。何故なら、俺たちがここにいると、冒険者ギルドが漏らしたことになるからだ。
大将軍が何者なのか分からないけれど。
「ルキウス・アントニウス・スカエウォラだ。頼みたいことがあって参った。失礼する」
店員さんが下がり、姿を見せたのは赤毛で緑眼の男。軍服を着たヒト族で、彼がルーベス帝国の軍人だと分かる。
ドアが閉じると、防音魔方陣が静寂を作り出した。ルキウスは立ったまま、重々しい口調で話し始めた。
「君たちは、デレノア王国でバンパイアと戦った英雄だと聞いている。この国でも、バンパイアが人々の命を奪っているのは知っているかね? そこでだ、私は君たちに指名依頼を出す。リリス・アップルビーという、バンパイアクイーンを討伐してほしい」
色々知っているよと、さらりと言い放ったルキウス。しかし、王都ハイラムと帝都ドミティラは遠く離れている。噂が数日で届くなんて、あり得ないな。魔導通信機で密偵が報告しているんだろうね。
「あの、条件と報酬はどうなりますか?」
ミッシーとファーギの視線を感じて、俺が交渉役を務める。
「君たちには、国内を自由に動く許可を与える。そして、バンパイア討伐で出た被害は、ルーベス帝国が持つことにする。以上だ」
「……え?」
「察しが悪いな、ソータ・イタガキ。君たちがリリス・アップルビーを追っていることは承知している。故に、こちらから依頼料を支払うのではなく、この国で自由に動くことを許可すると言っているのだ」
ルキウスは冷ややかに言った。ミッシーとファーギの視線が、俺に突き刺さる。依頼料無しとは、どういう事だと。
はあ~、この世界の偉い人たちはどうしてこう、相手を利用しようとするのか。……いや、それは地球でも同じ事なのだろう。俺は研究ばっかりやっていたから、社会経験がほとんど無いからなあ。
「分かりました……」
「では明日の早朝、ドミティラ・アウグスタ宮殿へ来るように。そこで説明がある」
素っ気なく言ったルキウスは、俺たちの顔を確認した後、個室から出て行った。静まり返るお食事の場。しばらくの沈黙は、アイミーが破った。
「交渉できないリーダーは失格!!」
彼女はモグモグしながら立ち上がって、俺を指差す。
いやいや、交渉が始まる前に終わったんだけど? ぐぬぬと唸っていると、ミッシーが口を開いた。
「落ち着け、アイミー。今回の件は元々、ルイーズ・アン・ヴィスコンティからの依頼で、もとから報酬は無い。リリス・アップルビー討伐の対価として、エリス・バークワースの居場所が分かるだけだ。それに、この世界をバンパイアに征服されないよう、無償でもやり遂げなければならない」
ミッシーがいい事言った!
「口約束とはいえ、自由に動ける免罪符が与えられたんだ。前向きに行こう」
ファーギの言葉で、アイミーはしぶしぶながらも納得したようだ。お金はかなり稼いでいるから、そこまで欲張らなくてもいいし。とはいえ、そんな考えだと、いつか稼げなくなるかもしれない。やっぱり俺も腹芸を身につけるように努力しなきゃ。
「そろそろ宿屋に行きませんか?」
一息つくと、いいタイミングでマイアが口を開いた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
翌朝、俺たちのパーティーは、ドミティラ・アウグスタ宮殿の広場に立っていた。ここには、フラウィア・ドミティラ・ネロという、この国を治める女帝が住んでいる。
広場は、宮殿の正面に位置しており、門と本殿の間にある。かなり広いな。石畳が敷き詰められており、中央には大きな円形の噴水があった。高く吹き上がった水は、朝日を受けて虹色に輝いていた。
そんな高貴な場所に、国外の俺たちを招き入れるなんて、ちょっと脇が甘いのでは? なんて思っていたけど、俺たち以外にもたくさんの冒険者が呼ばれていた。
「結構多いな」
「百人くらいだが、過剰な戦力だ」
俺の呟きをミッシーが拾う。
「この国の軍部も動いているみたいだ。それなのに、ここまでの冒険者を集めるか?」
ファーギが疑問を呈する。
「と言うと? 冒険者の人数が多すぎるってことかな?」
「そうだな、ソータ。ここに来ている冒険者たちは、一騎当千の強者ばかり。ワシの知っている顔もたくさんいる。ほれ、あそこの狐っ子なんて、二十やそこらでSランク冒険者になったやつだぞ」
狐っ子……? ああ、小柄で可愛らしい狐獣人がいるな。ピリピリしてなくて、ふんわりした空気をまとっているけど、その所作に隙がない。Sランク冒険者と言われても、疑う余地はないな。
「というか、この前も思ったけどさ、ファーギって冒険者に詳しいよな」
「まあ色々と冒険してるからなあ。しかしこの面子を見ると、ルーベス帝国は、本気でバンパイア討伐をするつもりだな」
広場に集まった冒険者たちは、一人残らず強者の風格を漂わせている。剣や斧、槍や弓など、様々な武器を携え、特殊な金属鎧や魔法陣が描かれたローブなど、様々な防具を身につけている。
気の強そうなヒト族の女戦士や、冷静そうな魔法使いのエルフ、どでかい魔導銃を持つ陽気なドワーフや、大きな戦鎚を持つ無口なオークなど、様々な種族がいる。彼らはそれぞれに個性的で、クセの強い者が多い。
彼らは冒険者なので、目的も違えば仲間も違うが、今日は一つの依頼のために集まったのだ。
しばらくすると大勢の近衛兵が足並みを揃え、広場の奥から現れた。列の先頭には、昨日居酒屋に来た大将軍、ルキウス・アントニウス・スカエウォラの姿があった。
近衛兵たちが整列すると、ルキウスが登壇して話し始めた。
「諸君、冒険者ギルドの呼びかけで集まってもらって感謝する。今回の依頼では、目的がはっきりと示されていなかったが、ここで明らかにする。依頼の最終目標は、バンパイアの首魁であるリリス・アップルビーを討つことである!」
おん? 何でざわつく……? 俺たちのパーティーではなく、他の冒険者たちの一部が、バンパイアという言葉に反応したのだ。
「ソータ、私たちはルキウスから直接話を聞いただろう?」
首を傾げていると、隣にいるミッシーが話しかけてきた。
「うん、そうだよね」
「私たちはデレノア王国でバンパイアの存在を知り、ルーベス帝国にリリス・アップルビーが潜伏していると知った。彼らはその情報を知らないという可能性もある。街の雰囲気を見れば、何となくそんな気がしないか?」
「ああ、そう言う事か。バンパイアがうろちょろしているのなら、街の雰囲気はあんなに明るく無いはずだよね」
俺とミッシーの会話を聞くパーティーの仲間も頷いている。
と言うことは、バンパイアの存在を明かし、街の人々に余計な不安や緊張を与えないという、ルーベス帝国の方針なのか。あるいは、バンパイアたちが秘密裏に行動し、その存在が明らかになっていないだけなのか。
「相手がバンパイアだなんて、聞いてねえぞ!!」
ひとりの冒険者が声を上げると、周りに伝播していく。それを壇上から黙って見ていたルキウスは、拡声魔法を使ったのだろう。彼の大声が、広場じゅうに響き渡った。
「黙れ!! バンパイアの件を知らなかった者たちは、全員挙手しろ!!」
騒いだ十名ほどが手を挙げる。彼らはバンパイアの情報を知らなかったことで、冒険者としての能力が低いと判断された。ルキウスはその十名を、今回の依頼から外し、帰らせてしまった。
そういったゴタゴタが落ち着いたところで、ルキウスの説明が再開した。
昨晩のうちからルーベス帝国軍が動き、インスラ地区を包囲しているそうだ。ネズミ一匹通さないほど厳重にしていると言ったところで、ルキウスは言葉を切った。
「こういうのはだいたい、地下の下水道や転移魔法陣を使って逃走されるのがオチだ。そこで今回、強力な助っ人を頼んでいる! ソータ・イタガキ! 壇上に来い!」
広場に集まった冒険者たちが、誰だそれと言いながら、キョロキョロし始めた。
「は? 聞いてねえぞ、そんな話」
思わず愚痴ってしまった。
「ルキウスは、はなからソータを矢面に立たせるつもりだったようだな……」
ミッシーが哀れむ顔で、俺の目を覗き込んだ。ファーギは頭をかきながら、俺の背中を押した。行ってこいという意味だろう。
「バンパイアハンターの諸君! こいつが新進気鋭の冒険者、ソータ・イタガキだ! 彼はサンルカル王国の獣人自治区反乱の鎮圧に多大な貢献をし、宿敵ではあるがデレノア王国のバンパイアを討伐したSランク冒険者だ。……諸君! ソータ・イタガキに負けないよう、バンパイア討伐を頼む。成功報酬は一人あたり一億ゴールドだ!」
バンパイアハンター? 彼らはそういう風に呼ばれているのか。
壇上に立ったルキウスは、あらかじめ決まっていた台本を読むように演説をしていく。紹介の内容に、色々と思うところはある。そこら辺をひっくるめて、俺は精一杯笑顔を浮かべた。




