177 蘇るバンパイア
リアムは操縦席のシートを倒して、うとうとし始める。するとすかさずメリルに叱責され、リアムは飛び起きた。
「ねみいっすね」
「寝るんじゃないわよ!」
今回の目的は、バンパイアの真祖であるリリス・アップルビーを討つことだ。彼女は帝都ドミティラに潜んでおり、ソータたちは彼女の居場所を突き止めるために潜入作戦を敢行した。
帝都ドミティラの上空、一万メートルに浮かぶバンダースナッチ。操縦室にいるのは、リアムとメリルだけ。彼らは地上の様子をモニターで見守り、その状況を随時報告している。相手はもちろんファーギやミッシー、マイアやニーナたちである。
黒い機体のバンダースナッチは、昼間の現時点で、地上から丸見えのはずだ。その上、帝都ドミティラの空艇が何度も近くを通り過ぎている。
それなのにバンダースナッチが見つからないのには理由がある。ソータがメタマテリアルの仕組みをファーギに伝えると、彼は同等以上のものを造り上げた。そのおかげでバンダースナッチはいま、レーダーはおろか肉眼ですら見つからないステルス機となっていた。
「リアム、これ見て?」
「おほー、さすがっすね! これならソータさん来る前に片付いちゃうかもっす!」
モニターに映るのは、マイアとニーナ、ミッシーとファーギ、それにテイマーズの三人が、一方的にバンパイアを滅ぼしている場面だ。船内の二人に楽勝ムードが漂う。
ところが二人は同時に目を見開いて、驚愕の表情となった。モニターを見つめるリアムは、慌てて画像を拡大する。
「……何すかこれ?」
これまでの緩んだ空気は一変し、操縦室内に緊張が満ちてゆく。
「あの赤い輝きは、魔力では無い別の何か……。おそらくソータ様が言ってた闇の血しぶきを使った魔法のようですね」
インスラ地区。そこで起こった異変は、モニター越しに見ても恐ろしかった。地上で赤黒く輝くドームがふくらみ、バチッと音を立てて消え去った。そしてそこには、一度は滅んだバンパイアたちが、平然とした表情で蘇っていた。
「あいつら、さっき灰になったのに……。無茶苦茶っすね、バンパイアって」
リアムは信じられないという表情でモニターを見つめた。メリルも同じくらい驚いていたが、すぐに気を取り直した。
「リアム、何を呆けてるんですか? 早く神威神柱を投下してください!」
神威神柱は、ファーギが開発した神威結晶で作られた対バンパイア兵器。ソータは大量破壊兵器に流用しないという約束で、使用を許可している。
その仕組みは単純で、竹ほどの太さの神威結晶を空から落とすだけだ。地上に落ちると衝撃で砕け散り、神威結晶が細かい粉となって舞い上がる。その粉は聖なる力であらゆる邪悪なものを滅ぼすのだ。
ファーギが誘導魔法陣を刻んでいるので、目標物への命中率も高い。
「了解っす!!」
リアムがパネルを操作すると、バンダースナッチの下部にあるハッチが開いた。そこにはギッシリと積み込まれた|神威神柱が見えている。
「目標の設定が完了。投下まで三、二、一」
リアムのカウントダウンが終わると、神威神柱が落下し始めた。
その様子は、真昼の流星雨。神威神柱が地面に突き刺さると同時に、小さな爆発を起こし、白い光が広がった。光は目が眩むほど強く、モニターも一時的に真っ白になった。
「これでどうだ!」
モニターを見ているメリルは得意げに笑う。リアムもホッとした表情だ。
しかし、光が収まってモニターが元に戻ると、彼らの顔色は一変した。そこに映っていたのは、神威結晶の粉にまみれてもなお、立ち上がろうとするバンパイアたちだった。彼らの体表には赤い膜があり、神威結晶の粉をはじいていた。
「なっ……、何ですか、あれは!?」
モニターを見ながら、驚愕の声を上げるメリル。
「見た感じ、闇の血しぶきを使った障壁っすね。神威の粉塵でも倒せないとなると、……厄介っすね」
復活した地上のバンパイアを拡大し、所見を述べるリアム。その瞳は驚きと恐怖に満ちていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ファーギは眼前のバンパイアに問う。
「あんた、バンパイアの幹部か? いくつか聞きたいことがある。まず、リリス・アップルビーの居場所を教えてもらおう」
エドワードはファーギを見つめて、ニヤリと笑った。
「リリス? あんなクソババア、知ったことではない」
バンパイアには厳格な上下関係が存在する。それは血の契約で本能に刻まれ、決して抗うことはできない。エドワードの物言いは、あり得ない事であった。
その辺りはファーギも知っているのだろう。
「おっ、おまえ、バンパイアなのに、親に逆らうのか……? あり得ない……」
バンパイアの階級には名称がある。リリス・アップルビーを最高位の真祖とし、始祖、子爵、騎士、一般と、順に階級が下がっていく。
その下に、落伍者と呼ばれる者もいるが、バンパイアの出来損ないとして迫害されていた。
エドワードはヨシミと同じ始祖で、リリスに継ぐ力の持ち主である。しかし彼はいま、ロイス・クレイトンのスキル〝奴隷紋〟で血の契約を上書きされている。
ファーギはエドワードから膨れ上がった闇の気配を感じて飛び退いた。整備されていない路に、土埃が舞う。
「それが魔力と似て非なるもの、闇の血しぶきか……。これまで遭ったバンパイアとひと味違うようだなっ!」
ファーギの魔導銃が火を吹くと、エドワードの姿が霧となって消えた。風が吹き、そこには土煙だけが舞っていた。
「……ちっ」
ファーギは周囲を警戒しながら、舌打ちをする。目の前にいたバンパイアの気配が、完全に消えてしまった。
「おーい、ジジイ! やっつけたバンパイアの灰が消えてしまったけど、そんなことあるのー?」
テイマーズの三人が、アイミーの声と共に駆け寄ってきた。
「灰が消えた……? 風に飛ばされたんじゃないのか?」
不審な顔をするファーギに、ハスミンが答える。
「風じゃないよ? 地面に落ちたバンパイアの灰が消えちゃったの」
ファーギはテイマーズが戦っていた場所を確認する。舗装されていない土がむき出しの路だが、住人たちが歩いて踏み固められている。その路上に灰などどこにも見当たらなかった。
テイマーズの三人とファーギが首を傾げていると、随分離れた場所で異変が起きた。それはリアムたちが目撃した、赤黒く輝くドームだ。ファーギはそれを見て察した。
「あれがソータの言ってた、バンパイアの魔法か……」
「なにあれ」
「気持ち悪いね」
「粘っこい魔法だね」
ファーギに続き、アイミー、ハスミン、ジェスが感想を漏らす。するとファーギがハッとする。
「おい、そこにあるバンパイアのアジトは、まだ調べてないよな? 大物がいたと思うんだが、……逃げたか」
ファーギが不審げな顔でテイマーズに聞く。その視線は、テイマーズの後ろに見えている二階建ての戸建て住宅を向いていた。そこはバンパイアたちが出てきた建物だ。
ファーギは、中から感じていた強大な気配が消えている事に気付いたのだ。
テイマーズの三人も気付いたようでハッとする。
次の瞬間、空から白く輝く光の線が落ちてきた。リアムが落とした神威神柱である。それは赤いドーム方面に次々と落ちていった。
ファーギは魔導通信機を取りだした。
「リアム、何が起きてる? 地上の様子を教えてくれ」
『丁度いま、連絡しようとしてたっす! さっき見えた赤いドームに、バンパイアたちが復活してるっす!! あ、ミッシー、マイア、ニーナ! 大変っすよ――』
ファーギとの会話中に、別働隊のミッシーたちからも連絡があったようだ。リアムが状況を伝え終わると、地上部隊は赤いドームができた場所へ向かうことになった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ファーギが、建物の影から顔を出した。彼の視線の先には、さっき倒したバンパイアたちと、強大な気配を放つバンパイア三名がいた。
「ほんとに蘇ってるな……。それで、あの赤い障壁が、神威神柱を防いだのか」
ファーギは顔を引っ込めて、後ろにいるミッシーたちに声をかける。
「どう思う?」
「計画が狂ってしまったが、少しでもここで情報を得よう。考えるのはその後だ」
ファーギの問いにミッシーが答えた。彼女の後ろにいるマイアとニーナも頷く。テイマーズの三人は、スライムたちを帰しておとなしくしていた。
そうこうしていると、凛と響く声が聞こえてきた。ファーギたちは顔を見合わせて頷く。どうやら情報を探るために、聞き耳を立てることにしたようだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「エドワード、あなたの六炎影はどこに?」
「リリア、私の六炎影は、他の任務に就かせています」
「他の任務? いまのこの状況より優先することが、他にあるとでも?」
エドワードが話しているのは三将の二、リリア・ノクスである。
彼女は夜の闇に紛れる金色のおさげ髪。青い瞳は無邪気に輝きながらも、鋭い観察力を秘めていた。ピンクのメイド服は可愛らしさと殺傷力を兼ね備えた、リリス直属の暗殺者の証だ。スレンダーな体型は敵を油断させるだけでなく、抱きしめられたら幸せになれそうな魅力まで兼ね備えていた。
「そうだ。とりあえず私のアジトに来て欲しい」
エドワードがリリアの手を引こうとすると、待ったがかかった。
「リリス様の命令をお忘れですか?」
その声は三将の一、マルコ・ブラッドペインである。
彼は黒いスーツに身を包んだ長身の執事。黒髪は後ろで一つに結んでおり、深紅の瞳はリムレス眼鏡の奥から冷徹な光を放つ。血液を操る能力者として恐れられる彼は、自分や仲間の血液を武器や防具に変えて戦うことができる。知的で忠実な性格で、リリスへの忠誠心は異常なほど強く、彼女のためならどんな命令でも実行するのだ。
バンパイアだからなのか、この三人の中でも上下関係が存在するようだ。マルコの一声で、エドワードは凍り付いたように動かなくなった。
それもそのはず。エドワード・シャドウフレイムは、奴隷商人ロイス・クレイトンのスキルで、リリス・アップルビーの呪縛から解き放たれているのだから。
いまのエドワードの主人は、ロイス・クレイトンただひとり。それが仇となったのだろう。エドワードはリリスの部下であることを忘れ、彼女の指令である、インスラ地区の治安維持と防衛をすっかり忘れていた。
エドワードの頬を、一筋の汗が流れていく。
「……いや、こ、これは――――」
彼の声は最後まで紡がれること無く終わった。マルコの鋭い牙が、エドワードの喉を噛み千切ったからだ。エドワードは力なく血の海へ沈み、すぐに灰と化した。
マルコの口は顎まで裂け、茶色い乱雑な歯が無数に見えていた。血まみれになった顔を拭うと、マルコの顔は元の紳士へと戻っていた。
「魂の叫びを使って、眷属を蘇らせなければいけないという緊急事態だというのに、彼の行動は完全に裏切り行為です」
マルコは振り向いて、リリアに笑顔を見せる。
「そうですね。これは仕方がありません。しかし、エドワードが何故裏切ったのか、至急調べる必要があります」
リリアも笑みを浮かべていた。血を見たからだろうか、彼女の口から牙が見えている。周囲にいるバンパイアたちも牙を剥き、血に飢えた獣のようなうなり声を上げた。
「分かりました。エドワード・シャドウフレイムのアジトを探ってください。彼の眷属、六炎影がどうなったのか知る必要がありますので」
「わかりました」
マルコが指示を出すと、リリアは自分の眷属、十二刃を連れて姿を消した。残されたマルコは、自分の眷属である八咬鬼へ向き直った。
「……厄介な事態になりましたね。あの冒険者たちは、私たちを狙っているのは間違いありません。リリス様が仰っていた、ソータ・イタガキの配下でしょう。あなたたち子爵ですら敵わなかったのだから、落伍者を駆り出します。すぐに準備をお願いします」
マルコの指示が出ると、彼の眷属八咬鬼たちは一斉に動き始めた。




