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量子脳で覚醒、銀の血脈、異世界のデーモン狩り尽くす ~すべて解析し、異世界と地球に変革をもたらせ~  作者: 藍沢 理
9章 バンパイアとバンパイア

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176 インスラ地区

 帝都ドミティラの繁華街を歩む二人の女性。周囲は上流階級の人々で賑わっていた。彼女たちは白の修道服姿で異彩を放っているが、それ以上に目を引くのは二人の美貌だ。通行人は次々と振り返り、彼女たちに見惚れていた。


「イーデン教の修道服って、どうしてこんなに目立つのかしら……」


 見当違いの不満を漏らすマイア。


「そりゃそうよ。この大陸は、アンジェルス教の信者が圧倒的に多いからね」


 この大陸では水と豊穣の女神ルサルカを信仰するアンジェルス教が主流であり、イーデン教の信者は少ない。だから当然だと答えるニーナも、ちょっと的外れである。


 彼女たちはバンダースナッチで移動し、ソータよりも先にルーベス帝国へ潜入していた。ファーギやミッシーたちとは、別行動中である。


 この街は北方にある上、標高が高い。そのため、冬になると極寒な天候となる。しかし今は夏であり、街中には花々が咲き乱れていた。

 石畳の上には数多くの人通りと馬車の往来があり、活気に溢れた街並みであった。


 マイアは街の雰囲気を楽しみながら続ける。


「修羅の大陸とは思えないくらい平和ね」


「ここは主都だからね。でもさ、ほらあそこ」


 ニーナが指差した場所は、スラム街の地区。大きな石造門が見えており、その奥には荒廃した街並みが広がっていた。門には衛兵が立っているが、あまり機能していない。

 インスラ地区を囲うように作られた塀は老朽化し、到るところで崩れ落ちている。


 彼女たちは石造門を大きく回り込んで、崩れた塀を乗り越えてインスラ地区へ入ってゆく。その歩みに迷いはない。何か確たる証拠を握っているような自信が見て取れた。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 荒れた街並みをしばらく進むと、マイアが口を開いた。


「……やっぱりおかしいわ。ファーギとリアムが言ってたのは、本当だったわね」


「うん、ここがバンパイアの巣窟で間違いなさそう」


 マイアとニーナはお互いの顔を見て頷く。この地区は人口密度が高い。本来であれば、多くの人々が暮らしているはずなのに、街中に人影が少ないのだ。メインストリートを歩いても、ほとんどの店は閉まっていた。


「いるね……」


「だね……」


 彼女たちは顔色ひとつ変えず、前方に視線を注いでささやき合う。しばらく進むと、街角から五人の男が現れた。奇妙な風体である。全身を布で覆い隠し、肌の一部も見せない。深く被ったフードの奥からは、包帯で巻かれた顔が垣間見えた。


 道路に点在していた数少ない住人たちは、彼らを見るや否や慌てふためいて逃げ去っていく。その手には、邪気を払う聖水入りの小瓶が握られていた。


 メインストリートから住人たちが消えると、そこにはマイアたちと肌を隠した男たちだけが残された。


「お前たちはどこから来たんだ?」


 男の一人がくぐもった声で問いかける。


「どこかって? でもね、この服装を見れば、何となく察しがつくでしょ?」


 マイアは修道服を見せつけるようにクルリと回転した。それを見た男たちはようやく気づいたようだ。目の前の女性二人が、イーデン教の修道女であることに。


 次の瞬間、男たちはマイアたちから距離を取るために飛び退いた。


 辺りを緊張が支配する。


 静まり返ったメインストリートに一陣の風が吹くと同時に、その場の全員が身構えた。


 マイアが収束魔導剣を構えると、刃が伸びて白く輝きはじめる。その剣は神聖な気配を放ち、強大な存在感を示す。彼女は同時に小盾(オブスタクル)も構えた。

 ニーナは両手に短剣(シヴ)を構える。


 二人とも修道騎士団である。彼女たちは聖職者として、バンパイアの存在を許容しない。


 肌を隠した男たちは紛れもなくバンパイアだ。夜の闇に紛れてニンゲンの血を吸う彼らは、武器を構えたマイアたちを見て嘲笑った。


「おやおや、何がしたいのかな? かわいいお嬢さんたち」


 ひとりが揶揄するような声をかけると、すぐにマイアが反論した。


「黙れ。あなたたちはこの世界に存在してはならない。今すぐ滅ぼしてやる」


「滅ぼす? はっ、それは無理だね。私たちは無限の力を得た。その対価として、生き血が必要なんだ。それに、知ってるかい? 修道騎士団の血は特別美味しいんだ。君たちの絶望の表情から流れる神聖な血を浴びると、私たちはこの上ない充足感に満たされるのさ」


「ふざけるな。あたしたちは、餌になるつもりはない。イーデン教の使者として、バンパイアは必ず滅ぼす」


「それは面白い。では、かかってこい。どれくらいのものか試してやる」


 バンパイアたちは獰猛な獣のように襲い掛かる。彼らは超人的な速さで飛び回り、不規則な動きでマイアたちを翻弄した。


 だが、修道騎士団は一歩も引かない。マイアの剣は爪を叩き落とし、ニーナは短剣で牙を受け止めた。二人は無言の連携で、バンパイアにダメージを与えていく。


 メインストリートは、光と闇の激闘に包まれる。剣と牙、魔法と爪が火花を散らし、血と汗が空中に舞う。嘲笑と裂帛の気合が木霊し、衝撃波が周囲に轟いた。


 マイアの剣が、バンパイアの喉仏を貫いた。ニーナの短剣が、バンパイアの心臓に突き刺さった。それと同時に、二人のバンパイアが赤黒い炭へ変化し、次の瞬間灰に変わった。


 風に吹かれて、空へ舞い上がるバンパイアの灰。それを見た生き残りのバンパイアが、慌てて後退した。


「き、貴様っ!? 何だその武器は!!」


 バンパイアのひとりが驚愕の声を上げる。


「……鈍いわね。三下」


 その後ろに、影のように現われたニーナが、短剣(シヴ)を振るった。


 またひとり、バンパイアが灰になった。彼女たちが持つ、ファーギ特製の武器には、神威結晶が仕込まれている。その聖なる武器は、闇のバンパイアに無類の効果を発揮しているのだ。


「くっ、くそっ!! 引くぞ!!」


 残りの二人はその場から脱兎のごとく逃げ出した。



 風が吹いた。メインストリートは今までの戦いが嘘だったかのように静まり返る。スラム街の住人たちはひっそりと隠れ、マイアたちの戦いを見守っていた。


 彼らはバンパイア化を逃れ、上手く立ち回っている者達である。マイアとニーナは彼らの気配を感じ取り、仲間にできないかと思案する。


「うーん、厳しいかな。今の奴らを追いましょう」


「うん、分かった」


 マイアが出した結論は、逃げたバンパイアを追うことであった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 インスラ地区は荒れ果てたスラム街だ。そこには立派な建物はほとんど見られず、ぼろぼろの家がひしめき合っている。しかし奥深くに入ると、他とは違って綺麗に整備された二階建ての住宅がひとつ目に入った。


 そこはバンパイアたちのアジトのひとつ。彼らは修道騎士団の侵入を察知し、対策を話し合っていた。その中心にいるのは、エドワード・シャドウフレイムだ。彼は地球からやってきたバンパイアで、真祖(オリジン)リリス・アップルビー三番目の忠実な部下である。


 エドワードは鍛え上げられた筋肉質な肉体を持ち、髪は茶色に短く刈り込んでいる。瞳は緑色で、燃えるような情熱を宿していた。黒と赤の重厚な鎧に黒いマントをまとい、影と炎の力を操るバンパイアである。


 話が進む中、エドワードが不意に声を上げた。


「アレックスはまだか?」


 この部屋にいるのは、エドワードを含めて六人。全員がエドワードの部下だ。彼らは顔を見合わせ、何事かとしゃべり出す。


 その時、ドアが開かれた。


「エドワード様、協力者をお連れしました」


 入ってきたのはアレックスだ。彼もまたエドワードの部下六人の一人である。彼ら六人はリリスの孫であり、地球から来たバンパイアだ。


「アレックス……。協力者など頼んだ覚えは無いのだが?」


「ああっと、すみません。わしはロイス・クレイトン。あなたたちに協力の申し入れに参りました」


 ロイスは爽やかな笑顔で、エドワードに握手を求める。シルクハットに水玉スーツ姿という目立つ格好ながら、ロイスは紳士的な雰囲気をまとっている。エドワードは滑稽な雰囲気をみて警戒を解き、握手をしてしまった。


「して、協力とは具体的に何を――」


 エドワードはピクンと身体を震わせ、言葉を途切れさせた。


 それを見たロイスは手を離し、他の者と握手を交わしていく。


「では集まってください」


 スキル〝奴隷紋〟で従順になったバンパイアたちが、ロイスを取り囲む。彼が指を鳴らすと、床に従属魔法陣が浮かび上がった。その魔法陣はオレンジ色の光を放ち、ゆっくりと回転を始める。


 その上に立つエドワードやアレックスを含めたバンパイアたちは、瞳から少しずつ光が消えていった。


「……ふう。制圧完了。貴様らは、わしの言う事を守れるか?」


 ロイスは額から汗を流しながら問うと、バンパイアの七人が、ぼんやりとしたまま頷いた。


「では、リリス・アップルビーの居場所を教えてくれ」


「リリス様は既にこの地を離れました。行き先は不明です」


 答えたのはエドワード。ロイスは彼の瞳を見つめて、嘘では無いと判断した。同時に苦虫を噛み潰したような表情へ変わった。


「では、帝都ドミティラにいるバンパイアの詳細を教えてくれ」


「はい――」


 エドワードはつらつらと答えてゆく。彼はエドワード・シャドウフレイムと名乗り、この地にはリリス・アップルビーが咬んだ直属の部下が三名いると告げた。エドワードはその中のひとりであり、あとの二人の名前も口にした。


 マルコ・ブラッドペイン。リリスの最古の部下で、彼女に忠実な執事。

 リリア・ノクス。リリスの二番目の部下で、彼女に憧れているメイド。


 この二人には、リリスの孫に当たる部下がいる。


 それはここに居る、アレックスのような者達だ。


「デレノア王国の勇者を奴隷にしようとしたが、彼らは思いのほか強力な者達だった。リリス抜きでも、お前たちならいけそうだな……。エドワード、こいつら六人は、マルコとリリアに接触できるか?」


「いえ……。ここにいる六炎影(りくえんえい)は、私以外の三将に会う資格がありません。(くらい)が違いすぎますから」


 バンパイアは絶対的な縦社会。リリスという最強のバンパイアに近い位になると、その傾向は顕著であった。


「ちっ! それなら貴様が連れてこい」


「はっ! かしこまりました」


 ロイスの奴隷となったエドワードは何の疑いもなく、マルコとリリアを呼び出すために出ていった。


「周辺の警戒は、残りの六人に任せる」


「はい! 承知しました!」


 ロイスの命令に整然とした声で応じ、六炎影(りくえんえい)は部屋を後にした。


 ひとり残ったロイスがつぶやく。


「ソータ・イタガキ、お前だけは許さん……」


 ソータが異世界転移した初日、彼はロイス・クレイトンに出遭った。ロイスはソータのせいで大金を失った。


 森の中でソータに気絶させられたロイスは、自分のスキルで奴隷化した者たちによって、街へと運ばれた。


 奴隷市場が開催されている街では、ロイスの奴隷たちが怪しい動きを見せていた。正規の奴隷商人たちは、彼らに疑いの目を向ける。衛兵から物乞いまで、さまざまな人々が、意識のないロイスを病院へと運んだからだ。


 正規の奴隷商たちは、怪しい動きをしていた者たちを捕らえ、取り調べを行なう。すると彼らは、ロイスのスキルによって奴隷化されていることが発覚した。


 目を覚ましたロイスは全身を拘束され、違法奴隷商人として罪を問われることになった。


 しかしロイスは、脱走に成功する。

 ただし、違法行為で稼いだ財産は一夜にして消えた。彼はサンルカル王国から追われながらも、身ひとつでハマン大陸へ渡った。


 そういった経緯から、ロイスの復讐心は完全に逆恨みである。しかし、ロイスにとってのソータは、絶対に許せない存在となっていた。


 破れたカウチに沈み込むロイス。彼の瞳には復讐の炎が燃え盛っていた。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 インスラ地区の建物の影から、日差しの届く場所を飛び越えて、別の影へと移る不気味な影があった。ロイスの奴隷となったエドワード・シャドウフレイムだ。彼は自らを影に変えて、目にも留まらぬ速さで駆け抜けてゆく。


 彼が使用しているのは、スキル〝影渡り(シャドウシフト)〟だ。地面を駆けるその影に、街の人々は誰一人として気づいていない。


 ここはマイアとニーナが戦闘を繰り広げた場所から、かなり離れたところだ。


 エドワードは当然その場所を知っているが、不審に感じていた。移動する方向から、普段と違う殺伐とした気配を察知したのだ。


 街の人々は姿を隠し、ひっそりとしている。そんな中、剣と牙がぶつかり合う激しい音が響き渡った。


 影は急停止した。

 エドワードは実体化して、物陰に潜む。視線はリリア・ノクスが潜む、アジト方面だ。


「ぬう……」


 彼の口から思わず声が出た。そこでは美しいエルフが、リリアの部下を次々となぎ倒していた。彼らは十二刃(トニハ)と呼ばれるバンパイアの暗殺集団で、インスラ地区のみならず、帝都ドミティラで恐れられているというのに。


 そんな彼らが、まるで冗談のように倒されていく。ひとり、またひとりと白いレイピアに貫かれ、灰になって消えてゆく。彼女は緑眼緑髪に尖った耳を持つ典型的なエルフの特徴を備えていたが、その美しさとは正反対の、鬼神のような強さを見せつけた。


 リリアに接触することが不可能だと悟ったエドワードは、もう一度影になり移動を始めた。目指すは三将の一、マルコ・ブラッドペインのアジトである。


 だがしかし、マルコのアジト近辺に到着すると、リリアのアジトと同じように、激しい戦闘が起きていた。


「なっ……!?」


 エドワードはその様子を見て、思わず大声が出そうになるも、ギリギリで我慢した。彼の目には、ドワーフの子どもたちが召喚したと思しきスライムが、地面を埋め尽くしていたのだ。


「マルコの八咬鬼(ハチオウキ)が、いとも簡単に……。しかもあのスライムは、いったい何なんだ……」


 そのスライムはもちろん、テイマーズの三人が指輪を使って召喚したものだ。それはミゼルファート帝国の下水道に生息し、ヒュギエイアの水で聖なるスライムと化している。つまり、バンパイアなど一瞬で消し飛ばすほどの強さを持っていた。


 そうこうしているうちに、八人の八咬鬼(ハチオウキ)が全滅した。


 エドワードは瞬時に判断した。このまま突っ込んでいけば、マルコと接触する前に、自分自身が滅ぼされてしまう。そう考えたのだ。

 そして、彼が撤退しようとしたその時、背後から声が掛かった。


「よっ! あんたもバンパイアか?」


 その声で、びくりと肩を震わすエドワード。とっさに振り向くと、そこには髭もじゃのドワーフが立っていた。

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