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量子脳で覚醒、銀の血脈、異世界のデーモン狩り尽くす ~すべて解析し、異世界と地球に変革をもたらせ~  作者: 藍沢 理
8章 勇者とバンパイア

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172 バンパイア逃走中

 灰から蘇った真祖(オリジン)リリス・アップルビー。彼女はゆっくりとあたりを見渡し、目にも留まらない速さで駆け抜けた。


「えっ――」


 勇者の一人が声を上げる。その首に一筋の赤い線が走った。


 ――ベシャリ


 次の瞬間、勇者の首が落ちた。


 リリスの長い爪が斬ったのだ。


 彼女は噴水のように噴き上がる鮮血を浴び、恍惚とした表情を浮かべる。鮮血を身体に塗りたくり、顔にかかった血を舌で舐め取る。その姿は、美しくもおぞましかった。


 勇者たちに戦慄が走った。いち早く動いたのはアキラだった。彼はスキルを使い、リリスの目の前に現れた。


 ――――ギィィン


 アキラの剣が、リリスの爪に阻まれる。その音で我に返ったのか、勇者たちは次々とリリスに挑んでいく。


 佐々木の神威(かむい)煌刃(こうじん)、岡田の短槍、三浦の剣、リーナの魔弓銃(まきゅうじゅう)エンヴィー(嫉妬)、様々な攻撃がリリスに迫り来る。


 しかし全ての攻撃が空を切った。リリスが霧散してしまったのだ。


 城の内庭が静寂に包まれる。次の瞬間、闇がはじけ飛び、月明かりが戻った。


「逃げた……? もう一人のバンパイアもいなくなってんじゃん……」


 リーナがぽつりと呟く。血に染まって倒れたはずのヨシミは、どこにもいなかった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 空を飛びながらアキラたちの姿を探していた俺は、突然天から降り注いだ白い光の柱に目を奪われた。驚きのあまり、俺は夜空へと急上昇する。半径百キロメートルに及ぶ神威障壁はまだ解除していないのに、光の柱はそれを超える高さから降ってきていた。神威障壁にはきれいに穴が開いている。


 瞬間移動(テレポーテーション)で神威障壁の外へ出て、更に上昇していく。



 これは一体……、人工衛星か? おまけにこの神聖な雰囲気は、神威結晶を使ってんのか……。


 目の前に浮かぶ物体は、不自然な形をした人工物であり、静止軌道上にぽっかりと浮かんでいる。この人工衛星が神威結晶を使って光を放ったのなら、それが神威障壁に穴を開けるのは何となく分かる。


 だが、ここは地上から二百キロメートル以上も離れた位置にある。誰がどうやって、人工衛星なんて打ち上げたんだ……。


 勇者しか考えられないなあ。


 それはつまり、人工衛星を作り上げて静止軌道に投入できる技術、神威結晶を自在に操れる技術、様々な高度な技術を持つ勇者が存在することを意味する。


 そう考えると、神威結晶をどうやって見つけ出したのか、という疑問が湧いてくる。


 だが、それらは些細な問題だ。アキラや三浦たち以外の勇者は悪党ばかりだと思っていたが、神聖な神威結晶を扱える者がいると分かった。


 そもそも王都ハイラムのバンパイアは、神威を使った光魔法で滅んだという事実がある。それを見た勇者が、この人工衛星を使ったのだろう。


 アキラたちと合流して、聞いてみるか。


 転移魔法を使って、王都ハイラムの上空へ戻る。空から街を見下ろすと、人影はまばらだった。生き残った人々は、家に引きこもっているのだろう。


 エルミナス城の上空に到着すると、内庭にアキラたち勇者の姿が見えた。誰かを探しているみたいだが……。


 あれか。


 霧のようなものが二つ、凄い速さで城壁から離れていく。


「とっ捕まえたほうがいいかな。……あ、そういえばあの霧、ダンジョンの壁をすり抜けてたな」


 神威障壁に閉じ込めようかと思ったけれど、すり抜けられてしまう可能性もあるか。よし、少し様子を見よう。


 俺は霧を追って飛び始めた。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 街中のバンパイアが滅んでしまったことで、生き延びた人々が外の様子を見るために家から出てきている。深夜にもかかわらず、大通りに面した商店街では、店主たちが店を開け始めていた。


「大聖堂からもらった聖水、こいつは女神ルサルカ様の加護(・・)付きだー! バンパイア退治に役立つから、無料で配るぞー!!」


 雑貨屋の店主が大声を上げると、多くの人々が集まってきた。店主は聖水が入った小瓶を次々に渡していく。


 そこへ迫り来る白い霧が二つあった。それは商店街の人々を縫うように進み、突如二人の女性――リリスとヨシミに変化した。


「ひっ!?」


 それを目の当たりにした街の男性が短い悲鳴を上げた。白いドレス姿のリリスと、首から血を流すヨシミ。ふたりの赤い瞳が爛々と輝き、口元から牙が光っている。その異様な光景を見て、街の人々は一斉に逃げ出し始めた。


「ヨシミ、いまのうちに回復して(血を吸って)きなさい」


「はい。お手を煩わせて申し訳ありません」


 尊大な態度のリリスに恭しく従うヨシミ。彼女は赤い目を輝かせ、逃げまどう人々に襲いかかった。


 ヨシミは男の肩に手を置き、力強く引寄せる。


「くふっ……」


 恐怖に歪んだ男の顔を見て、ヨシミは恍惚とした表情を浮かべる。口を大きく開けると、無数に生えた茶色い乱ぐい歯が見えた。彼女の口は耳まで裂け、あり得ないほどのよだれが滴っていた。


 ヨシミは勢いよく男の首筋に咬み付こうとした。


 ――ドン


 しかし、男の目の前でヨシミが消え去った。その男は理由も分からず、脱兎のごとく逃げ出した。。その後には、石畳に広がる黒い血と、押し潰された肉塊が残っている。その中心には、上から鉄の玉でも落としたかのような窪みができていた。


 次の瞬間、血と肉塊が消え、霧と化す。それは人の形へと変化し、ヨシミの姿へと戻った。


 ――ガフッ!?


 血反吐を吐くヨシミ。少なくないダメージを受けているようだ。彼女は、身体をくの字に曲げて苦しむ。


「いったい何が……」


 白い顔が黒い血で染まり、赤い瞳で周りを見渡すヨシミ。何らかの攻撃を受けたのは確実だ。しかし視界に入るのは、逃げまどう人々だけ。


「何かいるわ。気を付けなさい……」


 リリスはヨシミの元へ駆け寄って声をかけた。


 ――ドン


 リリスが右手を上げ、透明な何かを防いだ。彼女はその衝撃で、腰辺りまで地面に埋まっている。ヨシミは防ぐことができずに、頭から血を流して倒れた。


「リ、リリス様……」


 ヨシミは意識がもうろうとしているのか、焦点が定まっていない。


「これは念動力(サイコキネシス)ね。ヨシミ〝霧散(ミストディ)遁甲(スパーサル)〟を使いなさい。一旦退却しましょう」


「は、はい」


 その声で、リリスとヨシミは霧と化する。その直後、石畳が丸く凹み、辺りに鈍い音が響いた。



 そのあと、半透明の球体が現れ、リリスとヨシミの霧を閉じ込めた。しかし何も効果が無かったようだ。霧は半透明の球体をするりと抜け出し、ものすごい速さで移動を始めた。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 俺は王都ハイラムの上空二千メートル付近から、バンパイアの二人に攻撃を仕掛けた。実体化していれば、念動力(サイコキネシス)での攻撃は有効だったが、霧になると突然手応えが無くなった。慌てて神威障壁に閉じ込めてみたけど、それも無駄だった。


 こんな上空から夜の街を移動する白い霧を追えているのは、俺の視界をクロノス(汎用人工知能)が望遠レンズのように拡大しているからだ。


 白い霧は、王都ハイラムを出て、街道を西へ進み始めた。


『解析が完了しました。あれはスキル〝霧散(ミストディ)遁甲(スパーサル)〟です。改良して最適化が完了。いつでも霧に変化できます』


『やっぱスキルかぁ。さんきゅー』


『どういたしまして~』


 さっきの会話から、白いドレスを着た方がリリス・アップルビーだと分かった。


 霧の状態でも魔力量の差は歴然としていた。リリスの霧は圧倒的な魔力を放っていたが、もうひとつの霧はアキラたち勇者と同程度だった。リリスに様と呼びかけていたことから、彼女が配下であることが分かる。アキラや三浦の話からすると、首から血を流していた方が、磯江(いそえ)良美(よしみ)だと分かる。


『しかし、めちゃくちゃ速いな、あのバンパイアたち』


『そうですね~。何らかのスキルですが、解析に時間がかかっています』


 山を越え谷を越えクロノス(汎用人工知能)との会話にふけりながら空を翔けていると、神威障壁の果てが見えてきた。バンパイアの二人はそれを物ともせずにすり抜け、更に速度を上げていく。


 神威障壁が意味を成さないことはハッキリした。俺は神威障壁を解除して、速度を上げた。どこまで逃げるつもりなのか知らないけれど、ここまで来たのなら徹底的に追いかけてやる。



「むおっ!?」


 ひとつ霧が消えたと思ったら、俺の目の前にリリスが現われた。反射的に急停止してしまい、リリスと対峙することとなった。


「はじめまして。私はリリス・アップルビーと申します」


 金色の髪を風になびかせ、礼儀正しく頭を下げる吸血鬼。その身から溢れる黒く淀んだ空気が無ければ、俺もちゃんとあいさつを返したと思う。


「……」


「失礼ですが、あなたが私の眷属を滅ぼした方でしょうか?」


「……たぶんね」


 俺の言葉で、リリスの態度が一変し、傲慢な口調に変わってしまった。


「……ウソをつくな。貴様からは、ほとんど魔力を感じないのに、そんな事出来るはずが無いだろう? 眷属を滅ぼしたのが誰か知っているのなら、早いうちに喋った方が身のためだ。いまなら貴様を眷属にしてやる――」


 あ、勘違いされてらっしゃる。俺は保有する魔力を隠してるからなあ。魔力だけじゃない、神威や冥導、それにアイテールまでたれ流しにしていたら、誰も俺をニンゲンだと思ってくれなくなるし。


「……なに?」


 思わずそんな声が漏れ出た。眷属にしてやる、のくだりで、彼女の動きが止まっているからだ。正確には、リリスが俺の目を見つめて、何かのスキルを使っているように感じる。


 俺の聞き返した言葉が予想外だったのか、リリスは驚いた表情を浮かべている。


『解析と改善が完了しました。スキル〝絶対服従(ドミネーション)〟は、リリス・アップルビーの固有スキルです。効果は対象人物を絶対服従状態にする、大変危険なものです。ソータがバンパイア化すれば使用可能ですが――』


『使用しませんっ! てか阻んで(レジスト)くれたんだよね? さんきゅー』


『……どういたしまして~』


 リリスのスキル〝絶対服従(ドミネーション)〟は、俺を屈服させるために一段階強くなった。よし、スキルにかかった振りをしよう。

 俺は一流俳優、俺は一流俳優、俺は――。


 俺はぼんやりした顔を作り、リリスに笑顔を向ける。


「……よろしい」


 そう言ったリリスは俺の両肩を掴み、口を大きく開けて首筋に食らいつこうとした。しめしめ、リキッドナノマシンを飲んだら、どんな顔するのかな、なんて思っていると、俺の背後から声が掛かった。


「リリス様、その男は何者でしょうか……? 姿形を見ると、日本人のように見えますが……」


「ヨシミ、何が言いたい?」


「いえ、その年齢の日本人がこの世界にいるという事は、北のアリウス部族連合国、あるいは南のゼノア教国が呼び出した勇者の可能性があります」


 ヨシミの見当違いがすごい。森のダンジョンで追いかけていたとき、俺の顔を確認してないのも詰めが甘い。


 しかし俺が勇者だと? そういえば、アキラも勘違いしてたな。ハマン大陸には、この世界と地球がゲートで繋がっているという情報が無いのか。そして、リリスはその情報を隠しているって事だ。


 リリスは俺の肩を掴んだまま、背後にいるヨシミと話し始めた。


「勇者、……かも知れないわね。それならなおさら、このニンゲンを眷属にしておいた方がいい。ヨシミ、あなたはデレノア王国の勇者を、私の眷属にしたくないのでしょう?」


「……ええ。そうですね」


「それよりもヨシミ……。あなたは何故、王都ハイラムをバンパイアまみれにしたのかしら?」


「……すみません。マラフ共和国へ攻め込む予定が大きく狂ってしまい、ソータなる人物を誘き出すために――――」


「ソータ・イタガキはこの子よ?」


「えっ!?」


 リリスとヨシミは、俺が支配下にあると思っている。リリスの言葉で、ヨシミが俺に牙を剥いた。しかし、リリスに諭されて、すぐにおとなしくなった。おそらくスキル〝絶対服従(ドミネーション)〟を使ったのだろう。


 しかし、うーむ。……隙だらけだし、二人とも捕獲できるか試してみよう。


『ちょっと待ってください』


『ほい? どしたんクロノス(汎用人工知能)


『解析と改良が終了しました。リリス・アップルビーから溢れ出ている黒い瘴気は、アイテールと似た素粒子です。これまで通り、魔法に応用できるようになりました』


 またしても新たな素粒子の発見か。これまでの標準理論だと、素粒子は十七種類しかないとされていた。しかし、地球には魔素という隠された存在があったため、その枠組みは崩れてしまった。


 標準理論に基づく実験では、矛盾のない結果が得られている。しかし、重力や暗黒物質を説明できないため、元から不完全な理論なのだ。


『どんな素粒子なの?』


『生命力をエネルギー変換する素粒子なので、闇の血しぶき(シャドウ・サングイン)とでも名付けましょうか。リリスがバンパイアの真祖(オリジン)であるのなら、ぴったりのネーミングだと思いませんか?』


 ぐぬぬぬ……。アイテール化して俺とクロノス(汎用人工知能)は一体化している。その影響が悪い方向で出てしまったみたいだ。


『素粒子の名前に、闇の血しぶき(シャドウ・サングイン)って、黒歴史をほじくり返される気がして、ムズムズするんだけど?』


『かっこいいじゃないですかっ!』


『あー、うん。かっこいいねー。呼び名はそれにしようかー』


 変える気は無さそうだ。


『へへへ、ありがと~』


 しかし、闇の血しぶき(シャドウ・サングイン)を使った魔法かあ。冥導のときよりもヤバい気がするから、使うのは実験してからだな。


 俺がクロノス(汎用人工知能)と会話しているうちに、リリスとヨシミの会話も終わったようだ。リリスが俺の手を引いて空を移動し始める。


「リリス様っ!? 私がこやつを連れて行きます!!」


 ヨシミがリリスと俺の間に割って入り、手を引き剥がす。そしてヨシミがが俺の手を引き始めた。何か嫉妬している風にみえる。一ミリも理解出来ないな。


 だからと言って抵抗するわけにもいかない。俺はヨシミに手を引かれ、夜の空を移動し始めた。



 ルイーズ・アン・ヴィスコンティからの依頼は、リリス・アップルビーを葬ることだ。そしてアラスカの件を考えると、リリスとエリスが何らかのつながりを持っていることは明らかだ。


 それゆえに、俺は考えを切り替えた。彼女たちに同行し、少しでも情報を掴んだ方が得策だと。


 リリスが進む方向は、次第に北へと変わっていった。東の空は、徐々に明るくなっていく。不思議なことにバンパイアの二人は、太陽の光を恐れていない。

 どうしてだろうか。空を翔る彼女たちの姿は、美しくも儚げに見えた。


「どうしたの、ソータくん?」


 俺の視線に気付いたヨシミが声をかけてきた。さっきまでプリプリ怒っていたのに、リリスのひと睨みで収まっている。あのスキルのヤバさが際立つ変わり様だ。


「俺は仲間にしてくれないんですか?」


 咬まないのかと聞いてみると、ヨシミは笑い始めた。ひとしきり笑った後、彼女は言う。


「ソータくん、あなたはもう仲間よ。リリス様の魅力で、虜になっているでしょ?」


「はあ……。んじゃ、今はどこへ向かってるんですか?」


「リリス様のお膝元、ルーベス帝国よっ!」


 ヨシミはリリスのスキル〝絶対服従(ドミネーション)〟を知らないみたいだ。自分自身に使われていることも。操り人形とまではいかなくても、ここまで盲信するくらい強力なスキルだから、わざわざ俺を咬む必要は無いのだろう。


 目先の情報である行き先は分かったし、どうしようかと考え事をしながら飛んでいると、高度が下がり始めた。町や村があるわけでも無く、所々に岩があるだだっ広い草原だ。


 三人でそこに降り立つと、リリスが口を開いた。


「ソータとやら、貴様が私のスキルに従っていないことは丸分かりだ。稽古もしない大根役者が、私を騙せるとでも思ったのか?」


 美しくておぞましい笑顔を浮かべるリリスに、俺の視線は釘付けになった。心を奪われそうな程に。


 ――――スキルか!? あっぶね!? 俺は思わず飛び退いた。


 ああ、誰だよ、俺が一流の役者とか言ったのは。

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