163 再会
長い間、離れ離れになっていたサーラとジルベルトは、冒険者ギルドで再会を果たした。
ジルベルトの瞳は、久しぶりに見る娘の姿に驚きと感激に潤む。一年以上もの間にぐっと成長した彼女は、花のように美しく咲き誇っている。彼はその光景に心を打たれ、涙がこぼれ落ちるのを止められなかった。
父親との再会は笑顔で、と決めていたサーラ。
彼女は父の涙を見て心を揺さぶられる。明るく振る舞おうとしていた彼女は、思わず大声で泣き出してしまった。
父と娘の涙は、冒険者ギルドの中にいた人々にも伝播してゆく。
外には見物人や冒険者が群がり、彼らの目には涙が浮かんでいた。職員たちも同じだった。父と娘の感動的な再会に、彼らは心を打たれていた。目頭を押さえながら、その光景を静かに見守っていた。
一方、アキラは冒険者ギルドの執務室にいた。彼はそこでアイヴィーと向かい合い、両者はふかふかのカウチに沈んでいる。
こちらは事情聴取の最中である。アキラは彼女から細かな事情を詮索されても、誠実に答えた。しばらくすると彼の声や仕草に、微かな動揺が感じられた。亡くなった妻や、離ればなれになった娘たち。彼がその事を話し始めたからだ。
アキラは二十年前のことを思い出す。スザクに娘たちを託し、彼らと別れた日のことだ。彼はそれ以来スザクにも娘にも会っていない。探すこともしなかった。
それは娘たちの安全を守るための、苦渋の選択であった。
アキラはバルガー子爵家惨殺事件で罪に問われ、流刑島送りになっている。
そんな大事件で彼が死刑を免れたのは、宿敵田島涼太や、三浦麗奈たちが情状酌量を訴え、恩赦を願ったからだ。
アキラがそんな状態で娘を探せば、勇者たちが必ず止めに来る。あるいは、娘たちを探し出して、危害を加えるかもしれない。その僅かな最悪の可能性を排除するため、彼はスザクと娘を探さなかった。
この部屋は、彼にとっては拷問室のようなものだった。
それでも事情聴取は容赦なく続く。アイヴィーが書き溜めた調書は山となり、今回の件を徹底的に探ろうとしている様子が伝わってくる。長い長い時間が過ぎて、ようやく終わりが近づいてきたとき、彼女はペンを置いて顔を上げた。
窓から斜めに差し込む光は、オレンジ色に燃えている。もう夕暮れ時だ。この時間は、一日の仕事に区切りをつけるときだ。
ドタドタと走ってくる足音が気になったのか、アイヴィーの視線が執務室のドアへと向かう。
「アキラちゃん、大変よ!!」
ズバーンとドアを開けて入ってくるリーナ。いつものことだが、時と場合を考えない彼女に、アキラは迷惑そうな顔をした。
「なんだ? まだこっちは終わってないぞ?」
「そんなのどうでもいいから、早く下のカウンターに来て!!」
リーナはそう言ってアキラの手を引っ張る。事情聴取はまだ終わっていなかったが、リーナは気にも留めていない。
アキラは困惑しながらも、アイヴィーに許可を求める視線を送った。彼女は苦笑しながらも、彼にうなずいて許可を与えた。
リーナは何か重大な事態が起きたかのように、アキラの手をぐいぐいと引っ張っていく。彼女は理由も説明せず、ただ慌てているだけだ。アキラは仕方なくついていくしかなかった。
彼らは廊下を駆け抜け、階段を飛び降り、一階のカウンターに辿り着いた。
この時間だ。ジルベルトとサーラはすでに帰っている。
しかしそこには、驚くべき人物が立っていた。
「よおアキラ、お前も年取ったなぁ」
スザクだ。
そう言う彼も二十年前と比べると、老いに負けている。髪の毛はなくなり、顔の皺が深く刻まれていた。見た目は虎獣人のご老体である。
しかし、彼の体型や気配は変わっていない。以前と同じく、筋肉質で屈強な体。そして、強者としての威厳をまとい、まるで猛獣のように凶悪な気配を放っていた。
「お、お父さん……?」
「お父さん……だよね?」
声の主を隠すように立ちはだかるスザクの巨躯。その影からヒョコッと顔を出したのは、小柄な女性二人だった。
彼女たちは二十六歳になり、奇しくも母がこの世を去ったときと同じ歳になっていた。それは母の遺志なのか、運命の皮肉なのか。
瞳はスカイブルーで、母と同じく空のように澄んでいる。金色の髪が波打ち、端正な顔立ちが目を引く。二人を見分ける唯一の目印は泣きぼくろだった。
その姿を目にしたアキラは、長い年月にわたって封じ込めていた感情が溢れ出す。
「ケイシー!! ルーシー!!」
アキラは叫んだ。
小さなカウンターを飛び越えた。
スザクを突き飛ばし、娘たちに駆け寄った。
娘たちを抱きしめる寸前、アキラはふと疑問に思う。
どうやってここまで辿り着いたんだ?
俺がここにいることをどうやって知ったんだ?
ルイーズ・アン・ヴィスコンティは、国王のカルヴァン・タウンゼント・デレノアを暗殺する代わりに、娘たちとの再会を約束した。
それなのに、なぜ……。
アキラの心は、不審と不安で満ちていく。それは暗い霧のように彼の思考を妨げ、割れた水晶のように彼の胸を突き刺す。
「お父さん……?」
「どうしたの……?」
「あ、いや、別に。何でもない」
「あ、そうそう、十日前にヴィスコンティ家の人が来て、お父さんの居場所を教えてくれたの」
「あ、そうそう、意味わかんないけど、これは前払いだから、必ず約束を守るようにって言ってた。スザクじーちゃんも、わたしたちも、半信半疑でトンネルを通ってきたのよ。ねえ、お父さん、どうしたの?」
不思議そうに首をかしげる双子の姉妹。彼女たちはアキラとルイーズの約束など知らないのだ。
「あ、は、あははは……。そっかそっか、なるほどな。それよりもお前たち、これまでどこに隠れてたんだ?」
アキラの顔に浮かぶ笑みは不自然だった。それは喜びの笑みではなく、苦笑いに近いもの。ルイーズが何を画策しているのか見当がつかず、彼は混乱の中にいた。
「ご、ごめんなさい。スザクじーちゃんが言ってたの。デレノア王国は危険だから、あたしたちをマラフ共和国に連れて行くって」
アキラの表情で、叱られるのではないかと勘違いしたケイシー。彼女は少し弁解するように、アキラの問いに答える。
「ああ……。それはいい。しかし、伯爵夫人はマジで何考えてんだ……? 十日前だと?」
娘たちに興味を失ったかのようにぼやき、アキラはその場で思案する。
ルイーズがアキラに取り引きを持ちかけたのは、昨日の夕暮れ時。彼女たちの話が本当なら、アキラがルイーズの話を受けると見越していたことになる。
アキラは眉間にしわを寄せ、口元は引きつり、唇は固く結ばれていた。
その態度のおかげで、娘たちとの再会が台無しになりそうだ。
その様子を見ていたスザク。アキラに突き飛ばされて、ギルドの片隅に追いやられて、尻もちをついている。
アキラと娘たちの再会。スザクはこの日を心から願い、双子の姉妹を守り抜き、そして育て上げた。生きるための知恵を教え込み、死なないための術を仕込んだ。
長い年月の末に悲願が叶って、スザクは涙にくれていた。
だがしかし、アキラの態度はどうだろう。双子の姉妹は、二十年ぶりに父親と再会したというのに、アキラの様子を見て怯えている。
そんなケイシーとルーシーを見て、スザクが怒りの表情で立ち上がる。
「俺がこの二人を守り、そして育てた――」
スザクはそう叫び、アキラに向かって飛びかかった。疾風のような速さは、ギルド内の誰も反応できなかった。
アキラは考え込んでいて反応が遅れた。そしてスザクの拳がアキラの顔にめり込み、吹き飛ばされてしまった。
「俺の娘だと思って、大事に育てた!! なのに、テメエなんだその態度は!! 二十年ぶりの再会なのに、実の親がそんな態度取るんじゃねえ!!」
スザクは手加減しなかった。意識が朦朧としているアキラに、さらに拳を振り上げた。
「そこまでよ。やり過ぎじゃんね」
よろめくアキラに、追撃の一撃が加わる寸前、さっと駆け寄ったリーナがスザクの足を払った。小柄なエルフの女の子が、巨体な虎獣人をあっさりと転ばせる。
そんな光景にギルドの一同は驚嘆の声を上げた。リーナの動きは彼らの目にも捉えられなかったのだ。
ケイシーとルーシーは、育ての親と実の親が突然喧嘩を始めて、あきれ果てていた。
スザクの一撃は会心の一撃。アキラはふらつきながら膝を折り、意識を失ってゴトリと倒れた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
夜が深まり、窓の外から騒がしい声が聞こえてくる。流刑島の森で起きた大爆発は忘れられたかのように、住人たちは夜の喜びに浸っていた。
窓から入るひんやりとした風。
アキラが目を覚ますと、冒険者ギルドの医務室で寝かされていた。受付でスザクに殴られたあと、彼は意識が無いままここまで運ばれたのだ。顔半分が、スザクの一撃で紫色に腫れ上がっている。
左目が腫れて開かない。
「うっ……」
アキラは思わず手で触り、その瞬間に激しい痛みが走った。
「……何やってんのよ、もう!」
「……会っていきなり喧嘩なんてやめてよ、もう!」
アキラのベッドの脇に、ケイシーとルーシーが座っていた。その側に、大きな虎獣人が正座をして、しゅんとして小さくなっている。
「アキラちゃん? あたしもあの態度はいただけないと思うわ。罰として、その腫れはそのまま我慢してなさい」
リーナもこの部屋にいた。彼女は罰として治療しないと言ったが、そうではない。ヒュギエイアの水なら、こんな腫れなど即座に治る。しかしそうしないのは、ヒュギエイアの水の効果が噂となることを恐れたからだ。
「ああ、そうだな……。久しぶりに会えたのに、台無しにしちゃったな俺」
起き上がってベッドに腰掛けるアキラ。彼の目には夢にまで見た娘たち二人が写っている。
アキラの言葉を聞いた双子の姉妹は顔を見合わせ、くすくすと笑う。
「そんな顔で、真面目な話ししても説得力ないわ?」
「ぼっこり腫れあがった顔で言われてもね? そんなことよりお父さん、お腹すいた!」
どうやら彼女たちは機嫌が直ったようだ。スザクは正座して反省中。気づいたアキラもすごく反省している。二人とも、娘たちの再会を台無しにしたことを自覚して、ちゃんと反省している。
明るく笑顔を見せて、夕食に行きたいと言う双子の姉妹。
「スザク……、うまい定食屋があるんだ」
「……行くか」
アキラとスザク、ケイシーとルーシー、四人は仲良く医務室を出て行った。
「なんであたしを誘わないのよ!!」
家族水入らず。そんな四人に無理矢理着いていくリーナ。
静かになった医務室に、彼らの笑い声が響いていた。
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これにて第6章完結です。次回より7章開始です。よろしくお願いします。




