161 修道騎士団介入
俺たちは夜明けとともに、再び流刑島へ向かった。俺が全員を障壁で包み込み空を駆ける。
そのせいで、道中ずっとミッシーとマイアから小言を浴びせられた。ニーナは、空を飛んだのが初めてで怖いのか、始終無言である。
しかし、ジルベルトの娘サーラは空の旅に大喜び。アキラとリーナは、俺を化け物でも見るかのような顔で驚愕していた。ファーギは空艇が使えなくて、少し不機嫌だ。
ごま粒のような流刑島が、どんどん大きくなっていく。もうすぐ到着する、なんて思っていると、マイアが声を上げた。
「げっ!? オブシディアン来てる!」
続けてニーナも声を上げる。
「わっ!! ほんとだ!!」
オブシディアンって、黒曜石って意味だったかな。目を凝らすと、流刑島の上空に黒い点があることに気づく。空艇だな、あれは。
「マイア、ニーナ、その言い方からすると、サンルカル王国の軍艦が来ているって事か?」
「いえ、あれは修道騎士団クインテットの専用艦です」
「最近ロールアウトした新造艦で、最新鋭の空艇ですね」
「つまり、テッドが来てるって事か……」
「おそらくは」
「たぶんそうです」
ふーむ。テッドの指名依頼は、流刑島の調査。その謎のこだわりは、この島に介入することが目的だったのか……。たしか、四カ国での共同管理だと聞いているし、何も証拠がない状態で流刑島に入るわけにいかなかったのだろう。
つまり、リアムはサンルカル王国に無事に着いた。そして、テッドを連れて戻ってきたということになる。
往復するのがめちゃくちゃ早いな。そう考えると、テッドはいつでも出撃できるように待っていたのだろう。
「アキラ、リーナ、こいつのこの件は内密にして欲しい」
ミッシーが口を開いた。こいつとは俺だ。この件とは、ここにいる全員を障壁で包み、とんでもない速度で空を飛んでいることを指している。
彼女はどうしても俺の能力を隠したいみたいだ。すると、マイアとファーギまで、アキラたちにお願いを始めてしまった。
どうしてそこまで隠したがるのか分からん。
あの牝狐は、松本総理と俺の関係性を知っていた。一国の貴族ですら、俺を調べようと思えば調べられるという事実があるのに。
だからアキラとリーナに、かん口令を強いるわけにもいかないだろう。
そう思って口を挟む。
「そんなに気にしなくていいんじゃ? いちいち隠すの面倒だし」
「ソータは黙ってろ」
ミッシーからピシャリと言われた。彼女の深緑の瞳は、断固とした拒絶の光を放っている。ファーギ、マイア、ニーナの三人も、絶対にダメという顔である。
「……はい」
だからそう言うしかなかった。
そんなひと幕を見たアキラとリーナは顔を見合わせる。しばらくするとミッシーの方を向いて、了承の意を示した。
ファーギがおもむろに魔導通信機を取り出した。リアムと連絡を取るみたいだ。
『ファーギっすか!? みんな無事っすか? 結局どうなったっすか?』
「みんな無事だが、詳しい話はあとだ。取りあえず合流するぞ。どこにいるのか教えてくれ」
『港っす。もう隠れる必要もなくなったし』
俺たちは、リアムが指定した流刑島の港へ向かうことになった。
島民が仕事を始める前、朝の早い時間帯だった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
アキラとリーナは、サーラを優先して行動した。バンダースナッチに寄らず、挨拶もそこそこに冒険者ギルドに向かったのだ。
仕事の前のバタバタする時間帯。流刑島の住人は大忙しにしていた。だが、その喧騒が一瞬で静まり返った。
皆が見つめる先には、アキラとリーナに挟まれ、手を繋がれたサーラ・ミリアーノの姿がある。
「おい、サーラちゃん無事だったみたいだぞ!」
そんな中、定食屋の店主が声を張り上げた。のれんを掛けようとした手を止めたままで。
ここは流刑島。噂は風に乗って瞬く間に広がる。
ミリアーノ組がしでかしたことも、なぜそうなったのかも、すべての住民が知っている。
サーラはまだ六歳でおませさん。憧れのアキラと手を繋ぎ、街の人たちに注目されて嬉しそうにしている。
彼女は両手にぐっと力を入れて、アキラとリーナにぶら下がった。そして、ブランコのように体を揺らして、花のような笑顔を振りまいた。
その姿を見て涙する住人たち。彼らはサーラが一年以上も父親と離ればなれになっていたことを既に知っていた。
そんな住人を見ながらアキラが呟く。
「今回の件は、悪く捉えられていないようだ……な」
流刑島の住人を奴隷としてデレノア王国へ送る。このことを是としたジルベルト・ミリアーノ。しかしそれは、娘を人質に取られ、首を縦に振らざるを得なかったからだ。彼ら街の住人は、そこまで知っているのだろう。
「そうね。でもあたし小さいから、結構辛いんだけどさ?」
リーナはアキラに同意しつつ、きつそうな顔をしている。ブランコをするサーラとリーナの身長はあまり変わらない。
「ははっ、仕方ないだろ」
笑顔を見せるアキラ。それを見たリーナは不思議な感覚に陥った。彼女はアキラに出会ってから、一度も笑顔を見たことがなかったからだ。
妻の仇を討ち、流刑島の動乱も収まった。アキラの中で、ひと区切りついたのだろう。残すは真偽不明の依頼。ルイーズの依頼を達成すれば、アキラの双子の娘と会えるという。
「あれ……?」
リーナはポロポロとこぼれゆく涙に困惑し、歪んだ笑顔を作る。
「どした……?」
アキラの声で、顔を背けるリーナ。涙を見られたくないのだろう。
「そんなにきついなら、こうするか!」
アキラはサーラを抱え上げ、肩車をする。
「うひゃー! たっかーい!」
かわいい声で叫ぶサーラ。そんな彼女を見た住人たちは大歓声を上げた。
歓喜の渦に包まれる中、集まった住人たちからひとりの女性が姿を現した。
彼女はすべての視線を引きつけた。白い司祭服に身を包んだ彼女は、まるで天使のように美しかった。白髪をショートに切りそろえ、少し短いエルフの耳がはっきりと見えている。
「冒険者ギルドマスター、アキラ・イマイズミですね? ご同行願います。お話ができる場所はありますか?」
静まり返る人々。凛と響く声がそうさせたのだ。
彼女はイーデン教の司祭であり、修道騎士団クインテットの序列二位。アイヴィー・デュアメルだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
アキラたち三人を見送ったあと、俺は眉間にしわが寄るのが分かった。
「ところで君たちはなんで戻ってきたの?」
バンダースナッチに入ると、テイマーズの三人とメリルが出迎えた。リアムはまだ操縦室にいるらしい。
四人に話を聞くと、どうしても俺たちと一緒にパーティーを続けたいと言う。なぜだと聞くと、今回の件で、俺たちと隔絶した力の差を思い知ったからだそうだ。
理由になってない。そう思いつつ、俺はファーギの顔を見る。俺にお願いするのは筋違いだ。ドワーフのリーダーである、ファーギに決めてもらうのが筋だろう。
「……ソータ、お前いい加減、リーダーとして自覚を持て」
ファーギに丸投げしようとしたのがバレた。
「リーダーなのかどうなのか知らんけど、俺に決定権渡すと無茶することになるぞ?」
そう言って脅してみたけど、テイマーズとメリルは頑として譲らない。
「はぁ……。監督はファーギな。その条件で同行を許可する」
彼女たちの真剣な顔に心が揺れたのかもしれない。俺に心なんて残っているのか分からないけど。
そんなやりとりの後、リアムの呼びかけで全員ブリーフィングルームに集まった。
「まずはご無事で何よりっす。ちょっと報告があります――」
空艇オブシディアンで駆け付けたテッドたちは、いま流刑島ダンジョンに入っているという。
この街の上空に浮いたままのオブシディアンから、七十名からなる騎士団を四本脚のゴーレムと一緒に降下させたらしい。
あ、そういえば。
『おーい、アビソルス』
『うわっ!! 今ごろ帰ってきて何よ!! こっちは大変なんだからねっ!!』
『すまんすまん。デレノア王国に行ってた』
『それええ! ソータ君、あたしと繋がってたダンジョン壊したでしょ?』
『それは、……間接的に関わってるな』
ダンジョンコアの仲間がやられて怒ってるのか……。済まないことをした。
『壊すのはいいんだけど、一言伝えてよねっ! 海水が入ってきて水没するところだったんだから! ソータ君、ニンゲンが死んじゃったら悲しいでしょ?』
アビソルスは仲間のダンジョンコアより、ニンゲンを心配しているのか。
そういえばニンゲンに友好的なダンジョンコアだったな。
『わかった。今度から連絡するよ。それとさ』
『なによ!』
俺の目の前にふわりと現れた、半透明のフィギュア。小さくて可愛らしい。一対の羽で、空中をひらひらと舞っている。
「あちゃー、今ごろっすか!? そのダンジョンコアと連絡が取れなくて、困ってたっす!」
リアムが憤慨しながらアビソルスを睨む。ここにいる面子は、一昨日の夜にアビソルスの姿を見ているので驚いてはいない。
俺もまさにそのことを聞こうと思っていた。ダンジョンの最下層部には、デレノア王国軍やミリアーノ組の家族、たくさんのダンジョンコアもあれば、勇者たちもいる。
彼らがどうなったのか、アビソルスに聞けば手っ取り早いと思ったのだ。
『何? このちび助は』
リアムから話しかけられたアビソルスは、ふんぞり返って偉そうな声を出す。アビソルスの方がはるかにちびっこいんだけどね。
アビソルスの念話は、ここにいる全員に聞こえている。当然、リアムにもだ。
「アビソルスだっけ? ダンジョンの最下層にいた人たちは、どうなったっすか?」
リアムはアビソルスの挑発に乗らず、冷静な口調で聞き返した。アビソルスは不機嫌そうに眉をひそめ、リアムの問いに答えてもいいのかと、ダンマスの俺に聞いてきた。
『いいの?』
「ああ、もちろん」
俺が頷くと、リアムの問いに答え始めた。
『えーっと……』
この前のダンジョン崩壊の影響で、デレノア軍が分断されたようだ。マラフ共和国へ向かっていた軍はそのまま進軍していったらしい。ただ、後続が来ないので、戦を仕掛けるのはもう無理だ。
ミリアーノ組の家族たちは、デレノア軍と共に逃げ去るものと、ジルベルトの指揮の下、流刑島へ引き返した者がいるそうだ。
ミリアーノ組の者たちが、ダンジョンコアを移動させていると、勇者たち数名が襲いかかり、皆殺しとなった。勇者たちはそのまま流刑島ダンジョンから、別のダンジョンへ逃走中らしい。
「なるほどっすね……。第二王子殿下のほうはどうなってるっすか?」
『今はデレノア軍を追いかけているわ。そろそろ私のダンジョンから出ていきそう』
あ、拙い。そう思って会話に割って入る。
「アビソルス、テッドの行き先を塞いでくれ」
『え、どうして? テッド君は、ソータ君の敵を追いかけてるんじゃないの?』
「いいから、今すぐ塞げ! アビソルスから出たら、別のダンジョンだ。そこには別のダンマスがいるだろう? そのダンジョンから攻撃されたら、いくらテッドでも勝ち目は薄いはずだ」
『あっ……、遅かったわ。ごめんなさい。今、私の中から出てっちゃった……』
「マジか……」
困ったことになったぞ。
「とりあえず、テッドたちを止めないと! ソータ、頼んだぞ!」
アキラが険しい表情で俺を見た。俺もこの状況を打開するために、最善を尽くすつもりだ。
「ああ、任せておけ。――アビソルス、テッドがどの方向に向かったか分かるか?」
『えーと……』
アビソルスは少し考えた後、指を北の方角へ向けた。
「わかった。――ファーギ、頼む!」
「おう!」
ファーギは操縦桿を握りしめ、アビソルスの指差す方角へ空艇を急がせた。




