159 スラム街のボロ屋敷
俺はファーギたちと合流して、屋敷に忍び込んでいるところだ。ルイーズの情報だと、ここが最後の手がかりとなる。
もう夕方だし、暗くなる前にさっさと済ませよう。スラム街の奥にひっそりと佇む、荒れ果てた屋敷に忍び寄る。庭は雑草に覆われており、人の気配はまるでない。
「気を付けろ、そこら中に爆裂魔法陣が仕掛けられてる」
先頭を歩くアキラが声をかけてくる。庭をよく見ると、地面に流れる魔力が不自然に集まっているのがわかる。本来なら平坦な魔力が、庭中に置かれた爆裂魔法陣に集まっているのだ。
「踏むと爆発するからな。たぶん石に魔法陣を彫って、地面に埋めているはずだ」
ファーギが追加で注意してくる。
まあ、言っても、俺以外の三人は精鋭だからな。
アキラとファーギの言葉は、ダンジョンを崩壊させた俺に向けてのものだ。たぶん。
だからおとなしく最後尾をついて行こう。
ボロ屋敷の玄関に到着すると、リーナがドアにへばり付いた。大丈夫かな……? あのドアの向こうにも爆裂魔法陣が仕掛けられているのに。
「スキル〝魔法陣解放〟で、魔法陣を無効化したわ。入るわよっ!」
あ、そゆことね。
というか、スキルって明かさないものじゃなかったっけ?
『スキル〝魔法陣解放〟の解析と改善が終了しました。以降、ソータも使うことが出来ますよっ!』
ほらー、クロノスが解析しちゃったし。でも役に立ちそうだから、いただいておこう。ごめんなさい、リーナさん。
『ぶうっ!』
『いやいや、感謝してるよ?』
『ほんとに?』
『ほんとほんと!』
クロノスとそんなやり取りをしながら、先に進む。
屋敷の中に人の気配が無いことは分かっているので、俺たち四人は素早く中に入った。
中は予想通り荒れ果てていた。床は抜け落ちそうなほど朽ちており、正面にある大きな階段は半分以上が崩れ去っている。とは言っても、まだ歩くことはできるだろう。
俺たちは手分けして屋敷の中を探し始めた。
「こっちだ」
ファーギの声だ。屋敷はそんなに広くないので、すぐに手がかりを見つけたみたいだ。ファーギのいるキッチンへ行くと、すでにアキラとリーナも来ていた。
「なんだこりゃ?」
アキラの驚きも無理はなかった。目の前に広がるのは、日本のキッチンと瓜二つだったからだ。屋敷なので、巨大なアイランドキッチンである。
しかも、他の部屋と比べるとすごくきれいに掃除されていた。いまからでも料理ができそうなくらいに。
「いまも使われてるっぽいね」
リーナが顎をさすりながら言う。
「だな。ちょっと調べるから、出てくれ」
アキラがそう言って、俺たちをキッチンから追い払った。何をする気だろう? キッチンの入口には、ドアなど無いので、中は丸見えだ。
アキラが何をするのかよく見ていると、壁をペトペト叩き始めた。
「ここだ。強力な隠蔽魔法が使われている」
……マジで? 魔法が使われていると、だいたい分かるんだけど。
『アキラが発見した隠蔽魔法は、魔力の使用効率が百パーセントです。彼が強力と言ったのは、そのためだと思われます』
『そうなんだ。ありがとね』
『いえいえ。お力になれず申し訳ありません』
『気にする必要はない。クロノスは何でも出来るわけないからな』
『むきっ!!』
『……どうした?』
『いえ、なんでもありません』
魔力の使用効率が百パーセントって、俺くらいしかできないと思っていたんだけど、傲慢な考え方だったな。
しかしこれまで見たことがないのも事実。勇者が隠蔽魔法を使ったと考えるのが自然だろう。
それよりアキラはどうやって隠蔽魔法を見つけたんだ……?
『おそらくスキルです』
『ほーん……』
スキルねぇ。
色々と考えていると、ファーギが魔導剣を取りだし、壁を切り裂いた。そこにはゲートが隠されていて、向こう側には石造りの密室が見えた。ドアも窓もなく、ほの暗い光を放つ魔石ランプが一つだけ。
そこにドワーフの少女の姿があった。ベッドも枕もなく、石の床に直で寝ていた。
「サーラ!!」
「サーラちゃん!」
ファーギを押しのけ、アキラが部屋に飛び込む。そしてサーラを抱き起こした。リーナもあとに続き、サーラに回復魔法を使う。
サーラは見た感じ健康そうだけど、アキラとリーナにとって、大切な仲間なのだろう。それが伝わってくるほど、彼らは必死になっていた。
「アキラおじちゃん!! わっ! リーナねーちゃんも!!」
「おじ……。いや、無事だったか?」
「元気そうでよかった……」
バチッと目を開けたサーラが元気よくアキラに抱きつく。
ハーフドワーフかな? ヒト族とドワーフの特徴が調和し、とても可憐な姿をしている。幼い顔立ちで、まだ小学校低学年くらいの年齢だろう。
こんな子を誘拐して監禁するなんて。勇者と名乗る奴らは、勇者という言葉の本当の意味を理解しているのだろうか。
「どこも痛くないか?」
「お腹すいてない?」
アキラとリーナは我が子のように心配している。ジルベルトの娘なので、赤ん坊の頃から知っていたのだろう。
「だいじょぶ! あたし元気よっ!」
サーラは快活に笑って見せた。その笑顔のおかげで、薄暗い部屋が明るくなったように感じた。
「なにか変なことされなかったか?」
「ちょっと、……アキラちゃん?」
「何もされてないよ~! 助けに来てくれるって信じてたから、ずっと我慢してた!」
アキラとリーナのやり取りを見て、サーラの目から涙がこぼれ落ちる。そして、感情が爆発したように泣きだしてしまった。
にこやかな笑顔は、彼女なりに強がっていたのだろう。
「さて、デレノア王国からどうやって脱出するのか。アキラ、リーナ、ダンジョンの通路は、こいつのせいでもう使えない。船で流刑島に戻るのは不可能。何か手立てはあるのか?」
ファーギが空気を読まずに声を掛けた。感動の再会が台無しである。ファーギはたしか魔導バッグに空艇を仕舞っていたはずだ。だがそれを出すためには、それなりに広い場所が必要となる。
「それなぁ……」
「ほんと、何やってんだか……」
アキラとリーナはそう言いながら、不機嫌そうな顔で俺を見る。サーラは俺とファーギのことを知らないので、キョトンとしている。
「空艇を出す場所があればいいんだが……」
ファーギがそう漏らすと、アキラとリーナが驚きの表情に変わった。
「空艇? どこにそんなもんが」
「アキラちゃん、こいつファーギだよ?」
「……ああ、なるほど」
ファーギがどういう印象を持たれているのか気になるが、いまは脱出を優先した方が良さそうだ。空艇なんて使わず、全員まとめて空を飛ぶか……。
屋敷に入ってくる、複数の気配も感じるし。
……いや、ヴィスコンティ伯爵家の亡命の件がある。少しでもこの国の事情を知っておいた方がいいかな。
「リーナ、サーラを頼む。ファーギ、ソータ、手伝ってくれ」
アキラがそう言って立ち上がる。ここに向かう気配は、四人とも気付いていた。
石組みの小部屋から出て、アキラは俺とファーギを連れて出口へ向かおうとした。
「何するんです?」
「俺の元友人たちだ。全員殺す」
俺の言葉にアキラは冷たく切り返した。彼の声には一切の感情がなく、まるで機械のようだった。
……アキラの気持ちは分からなくもない。彼はかつて勇者だったが、仲間たちに裏切られた。勇者たちは虎の牙を壊滅させ、彼の妻を殺した。
アキラはそのせいで、二人の愛しい娘と離ればなれになっている。
それ以来アキラは復讐に燃えているからな。これがチャンスだと思っても無理はない。
だが、その短絡思考には賛成できない。
やられたらやり返すという行動は、本人的にはスッキリするかもしれない。しかし、その相手もまたやり返してくるだろう。
果てしない負の連鎖が始まるだけだ。
ん……。復讐のためにこの世界へ来た俺が、何言ってんだと気づく。ちょっと恥ずかしいな。このダブスタは。
「こっちだっ!!」
うだうだ考えているうちに、見つかってしまった。
黒眼黒髪の中年男性が、俺たちのいるキッチンを覗き込んで声を上げた。
「金子おおっ!!」
アキラの反応は早かった。剣を抜き、金子なる人物に斬り掛かる動作は、人間離れしていた。
「ちょ待てよ、アキラ!!」
金子はどうやら戦う気は無さそうだ。
――ガキン
俺が張った板状の障壁で、アキラの剣がはじかれる。障壁は無残にも砕け散った。
それが俺の仕業だと気付いたアキラ。
アキラは俺の目を一瞬見たが、すぐに金子に斬り込んだ。
俺が邪魔しても、金子を殺す気だ。
アキラの目には、金子への憎悪しかない。
「アキラ!」
俺がもう一度障壁を張り直すと、女性の声が聞こえてきた。
金子の後ろには、同じ黒髪の人物たちが四人立っていた。
「三浦……?」
声の主、三浦の姿を見たアキラは、振りかぶった剣を止めた。
たしか彼女はアキラと共に、デレノア王国を脱出しようとしていた人物だ。名前は、んー、三浦麗奈だったか?
「そこのサーラちゃん、私たちが保護してたのよ? 事情くらい聞きなさいよ!!」
「保護だぁ? 一年間も監禁しておいて、ふざけたこと言ってんじゃねえ!!」
アキラの怒号が響き渡る。でも、彼女の言う事情を聞く気になったようだ。
三浦たち五人の勇者は、アキラと共にデレノア王国から逃れようとした者だった。
彼女らは以前から、元クラス委員長の岡田勇率いる勇者たちと、反目しているそうだ。
三浦たちは、酷い扱いを受けていたサーラを見かねて、この場所に移して守っていたという。
「嘘ではない……か。信じよう、その話。それじゃあ、サーラは連れて帰るからな?」
アキラが何を以て、三浦の言葉を信じたのか分からない。けれども、話が丸く収まりそうでなによりだ。
そこに三浦が声をかける。
「どうやって脱出するのか知らないけど、たぶん無理よ……」
「何でだ。――っ!?」
「気付いたみたいね……。ここに向かっているのは、私たちだけじゃないの。イサムたちもここへ来るわ」
頭を抱えるアキラ。
「それならどうして、お前たちはここに来た。イサムのスキル〝魅了〟の怖さは知っているだろう?」
そこまで言ったアキラが何かに気付いた。下げた剣を構え直し、ふたたび三浦たちと対峙したのだ。
「え、ちょっと待って。私たち五人は、イサムのスキルに抵抗するスキルが発現してるの。だから操られてないからね?」
その言葉を聞いて、力を抜くアキラ。さっきから何だ? アキラって、三浦の言葉を丸々信じている気がする。
『推測ですが』
『うん? 何の?』
『おそらくアキラは、鑑定系のスキルを持っている可能性が高いです』
『ほぉん……。真贋や価値を見極める感じかな?』
『おそらくは』
そう考えると、筋が通る。
「話の腰を折ってすみません。さっさと逃げないと、そのイサムってやつが来ますよ?」
俺の言葉で一同ハッとなる。
「しかし、どうするつもりだ? 勇者たちはやる気満々で、ここを包囲している。座して死を待つわけにもいかないだろう?」
アキラの言葉通り、もう歩いてここを出ることは不可能。
たった今、屋敷の敷地に大勢の気配が入ってきた。
すぐに屋敷の玄関が爆発し、勇者たちが雪崩れ込んできた。
「ほら、全員ここから逃げますよ」
潮時だ。俺はヴィスコンティ家に通じるゲートを開いた。




