151 反転攻勢
アキラは涙がこぼれないように上を向き、歯を食いしばっていた。
ブリーフィングルームの誰も身じろぎひとつしない。あまりの話で言葉が出ず、静まり返っていた。
二十年前の出来事か……。目の前の中年男性、今泉明を見て思う。メンタル強者だな、と。俺ならたぶん折れていた。
妻の死を目撃したあと、アキラは意識を失った。目が覚めた時は、全身拘束されていたらしい。
それから彼は、さらに紆余曲折あったという。
バルガー子爵家の惨殺事件に関与したとして、アキラは死罪。
法廷でそう宣告された。
しかし、法廷に来ていた一部のクラスメイトから、やり過ぎだという声が上がった。
デレノア王国は、貴族を殺害した虎の牙の者ならば、死罪で当然だと主張。
互いに平行線をたどりかけた時、法廷にいる勇者の中から妥協案が出た。
「デレノア王国に尽くす勇者の言葉を聞かなければ、この国にどういう結果をもたらすのか理解しているのか? アキラは島流しで十分だ」
そう言ったのは、リョウタだそうだ。
当時は、国の防衛が勇者任せになっている地域が多く、彼らの発言権が強くなっていたという。
そもそも王国という国の在り方に、法の支配の原則など通用しない。
有力貴族の専断で法は歪められ、自分勝手な行いをする。それでも国として成り立っているのは、国王という絶対的な支配者が君臨しているからだ。
「島流しで十分だ」と言うリョウタの訴えには、十年間の重みがあった。
長年追い続けたにもかかわらず、アキラの死罪を求めない。そんな彼を、懐の広い人物だと思ったのか、時の貴族たちから拍手喝采が起こったそうだ。
アキラが真実だと話す内容は、誰も信じなかった。十年間も逃げ続けていたのだから。
王都ハイラムの、空艇発着場。彼はそこからこの島に連れてこられた。
島に到着したあと、自爆したドルフの兄である、ジルベルト・ミリアーノと出会ったという。ジルベルトとはそれから二十年の付き合いらしい。
アキラの言葉に耳を傾けた後、俺はこの依頼が調査に留まらないと悟った。三十年前か……。たしか人工知能の技術革新が起きて、チャットAIが流行った頃だ。そんなに昔のクラス召喚なんて、俺が生まれる前の出来事だが、知らんぷりできる状況ではなくなっている。
この世界に呼び出された三十六人は、デレノア王国の修羅と化した。アキラを除く三十五人は、様々な異能を使ってデレノア王国の版図を広げ、ハマン大陸の半分を掌握しているみたいだ。
多数の小国が争っているという情報は間違っていた。
彼らはデコピン一発でデーモンを屠る、圧倒的な強さがあるらしい。
そういえば、……ネイト・バイモン・フラッシュは、ハマン大陸にも入植していると言ってたな。獣人や地球の人々に配下の悪魔を憑かせているはずだから、ちょっと拙いかも。
アキラとクラスメイトたちとは、二十年も音信不通だった。
しかし今夜、リョウタ・タジマが不意に姿を現した。
ダンジョンの存在を考えれば、リョウタたちクラスメイトが、この島と既に一年以上も関わりを持っていたと推察できるという。
ジルベルトは、リョウタ・タジマが一年ほど前に接触してきたと言っていたので、アキラの推察と符合する。
「ジルベルトとは話してないんですか?」
「最近見てないな。しかし、やつが俺を裏切ったのは明白だ。島の住民を奴隷として売り飛ばし、ミリアーノ組だけ脱走しようなんて、俺は絶対に許さん」
俺の言葉にアキラは怒りを露にし、拳を固く握り締める。
「亡くなったドルフさんは、ジルベルトの弟さんですよね? 裏切ったうんぬんは置いといて、一度ゆっくり話し合うべきだと思います」
アキラの指には、結婚指輪が光を放っている。ジルベルトの話が本当なら、彼はアキラを裏切らざるを得ない状況に陥っただけだ。だが、このことは俺が口にするべきではない。アキラとジルベルトで話し合うのが筋だ。
さて、俺たちはどうしたものか。
目に見える証拠と、耳に入ってきた情報は重みがあった。
ハマン大陸から、遥か遠く離れたブライトン大陸へと目を向けているデレノア王国。
彼らはその野望のため、流刑島の住民を奴隷として手に入れようと企んでいる。
流刑島で最も力を持つミリアーノ組が、その陰謀に加担。トンネル建造を手伝った。その見返りは彼らを奴隷にせず、流刑島からの脱出を約束するというものだった。
流刑島は、サンルカル王国、ミゼルファート帝国、マラフ共和国、オーステル公国の四カ国が共同で管理しているが、それぞれに利害と思惑がある。それはハマン大陸の罪人を流刑島で収容することで、ブライトン大陸への戦火を避けるという暗黙の取り決め。
デレノア王国は、その取り決めを破ろうとしているのだ。
「どう思う?」
ミッシーとファーギを交互に見ながら訊ねてみる。
「依頼達成だ」
「ワシもそう思う」
「だが……」
「このまま帰るわけにもいかないだろ?」
ふむ……。ミッシーとファーギは依頼を完了させて、おそらく今回の件に関与するつもりでいる。
マイアとニーナへ視線を向けると、二人とも頷いていた。
ミッシー、マイア、ニーナ、この三人は、俺と共にジルベルトからの話を聞いているので尚更だろう。
俺たちは調査という依頼で来ているので、あからさまに干渉するわけにはいかない。魔物を退治したり護衛したりと、そんな依頼であれば明確な目的があるのだが。
俺たちはここまで、調査一辺倒の動きを続けてきた。……いや、そうでもないか。
この件にさらに深く関わるのであれば、依頼を完了させた上で方向転換する必要がある。
島に暮らす者たちをデレノア王国の鎖に繋ぐなど、許されるはずもない。
ミッシーもファーギも、マイアもニーナも、みんな俺と同じ目線で物事を見てくれる。価値観が近いと気が楽だ。
だが、命の尊さについては、彼女たちと俺では、想像を絶するほどの隔たりがある。
命の軽さについては、地球と変わらない世界だけどね。
「この島の住民を奴隷にするなんて、見過ごせな――」
と口にして気付く。この世界に来たとき、ロイス・クレイトンという奴隷商から聞いた話だ。たしか、奴隷になっても酷い扱いは受けないと言っていた覚えがある。
犯罪者から奴隷に落とされると、テッドやエリスみたいに不衛生な環境に置かれるみたいだが。
「――アキラさん、デレノア王国の奴隷って、何をさせられるんです?」
「奴隷の需要は富裕層で、比較的まともに扱われる。主人の下で働き、賃金を得る。将来的に自分を買い戻して自由になることもできるからな」
その言葉を聞いて少しだけ気が楽になった。鞭で叩かれたり、ろくな食事が与えられなかったりと、酷い扱いを受けるイメージがあったからなあ……。
「だが、ソータ、俺の知識は二十年前のものだ。デレノア王国が軍拡と強兵で、ハマン大陸の半分を手中にしているのなら、間違いなく戦闘要員として使われる」
「ということは、まずは訓練からとかです?」
「そんなことせず肉の壁として、使い捨てにされる」
「……マジかよ」
「マジだよ」
この島に送られてくる咎人たちは、逞しく生き残って街を造り上げている。島で生まれ育った者も多く、街は明るく賑やかだった。確かに悪人が多いのかもしれない。だけど、だから使い捨ての奴隷にしていいという理屈は通じないと思う。
「さて、俺たちも自由に動けるよう、依頼を終わらせて一区切りつけるか。魔導通信機で冒険者ギルドに知らせればいいんだろ?」
「大結界があるから、魔導通信は通じないぞ?」
にべもなく言うファーギ。そんなことも知らんのか、みたいな顔で。
「んじゃゲート繋げれば、――あ、大結界で、ゲートもダメだったな」
うむむ。困ったぞ。空艇で、サンルカル王国へ戻るとなると、そこそこ時間がかかる。ちゃんと依頼を完了させなければ、調査の範囲を超えて干渉することになる。
転移魔法も多分ダメだろうし、連続で瞬間移動するか? 使ったことないけど、転移魔法陣という手も。
「話は聞かせてもらったっす!」
バーンとドアを開けて入ってくるリアム。彼は入ってくるなり、自分の考えを喋り始めた。
「オレがバンダースナッチで、サンルカル王国の冒険者ギルドに報告してくるっす」
「その手があったな」
リアムの提案に、ファーギが頷く。委任状に俺たち三人のサインがあれば、リアムが代理人となって指名依頼を終わらせられるようだ。
「そうっす。そのついでと言っちゃあれっすけど、オレやテイマーズの三人、それとメリルには、これ以上先に進むだけの実力がないっす。あいつらを乗せて、サンルカル王国で降ろしてきます。あ、オレはもちろん流刑島に戻ってくるっす」
「あ、大丈夫。スワローテイル持ってきてるからな。リアムはサンルカル王国で待っててくれ」
「は? またまた~、空艇をどうやって持ってくるっすか?」
「魔導バッグに入ってるに決まってるだろ?」
「はあ? マジで言ってるっすか?」
「マジマジ。報酬の山分けも変更無し。でいいよな、ソータ」
「ああ、もちろん」
ミッシーも報酬の件で異論は無さそうだ。
「いやっす。ちゃんと戻ってくるっす」
「……本気で言ってるのか?」
「オレも仲間っす。搭乗員を置去りになんて出来ないっす。それに、今回の件が落ち着いたら、彼女と結婚するっす」
「……」
前にもフラグ立ててたな。リアムの意思は変わらなさそうで、ファーギが折れた。リアムは一度サンルカル王国へ戻って、流刑島へ帰ってくることとなった。
それよりもだ。ファーギの魔導バッグって、どれだけの容量があるんだ? 前は小さいとはいえ、工房を一軒まるごと魔導バッグに入れてたし。
「ソータ、私たちは具体的にどう動く?」
深い森のような美しい緑眼で見つめているミッシー。
「アキラさんたちと協力して動くのは大前提だ。さっき言ったように、俺がダンジョンマスターになったので、だいぶん楽になると思う。具体的には――」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
雲間からぽっかりと顔を出した月は、丸くてふっくら輝いている。夜空には、月の光を遮るような雲が浮かんでいた。
リアムたちを見送ったあと、俺たちは街の様子を見に来ていた。テイマーズの三人とメリルの活躍で、街に魔石加圧砲の被害は出ていない。
「ねえ、みんな!! アキラが帰ってきたよ!!」
「ちびっ子エルフもいんじゃん!!」
街に入るや否や、住民たちがアキラとリーナに気づいて歓声を上げた。どうやら街の人々は今の今まで、冒険者ギルドを襲撃した犯人を探していたらしい。
人々が次々と集まってきて、冒険者ギルドや森での爆発について、質問攻めにする。アキラはそれに応えていくが、その中に不審な言葉が混じった。
ミリアーノ組が住民を避難させるため、街の各所にあるトンネルへ誘導しているという。それは、こんなこともあろうかと、ミリアーノ組が長年かけて掘り進めた、流刑島からの脱出用トンネルだというのだ。
アキラとリーナはもみくちゃになっているが、ミリアーノ組の動向が分かった。トンネルなんてウソだ。ダンジョンの通路に連れ込んで、奴隷にするつもりだろう。
「ソータ……」
「うん、ちょっとダンジョンコアに連絡してみる」
ミッシーの声で、俺はアビソルスへ念話を飛ばす。
『あー、聞こえる?』
『……』
返事がない。念話が繋がってないわけではなく、ただ黙っているだけだ。アビソルスは、分体を俺に引っ付かせて外に出た。初めての外界で気が晴れるかと思っていたが、ネガティブな感情の洪水を残して消えてしまった。
感情豊かなダンジョンコアだし、まだ凹んでいるのかもしれない。
そっとしておこう。
「連絡取れないな……。黙ってるというか何というか」
「そうか。それなら、ミリアーノ組が案内しているという、ダンジョンの入り口に向かおう」
「作戦通りにいこうか」
ミッシーにそう答えて、ファーギたちを見る。
俺、ミッシー、マイア、ニーナの四人。アキラ、リーナ、ファーギの三人。
俺たちはアキラとリーナを人混みから連れ出し、二手に分かれて行動を始めた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
流刑島ダンジョンの最下層。マスタールームに入れなくなったリョウタが、ダンジョンの壁を破壊しようと必死になっている。彼はダンジョンコアに見限られ、閉め出されてしまった。
「先生、どうしましょう……?」
大型ハンマーを放り投げ、汗びっしょりのリョウタがうな垂れる。彼が話しかけたのは、クラス召喚で一緒にこの世界へ来た磯江良美である。
彼女はもう五十代だが、以前と変わらぬ若々しさを保っていた。クラスのみんなはもちろん不自然に思っているが、ヨシミはアンチエイジングの魔法を開発したといって誤魔化している。
彼女が吸血鬼に変じたことは、一部のニンゲンが知っているだけ。リョウタはそんなこと知るよしもなかった。
「リョウタ、ここはSランクダンジョンよ。私たちの魔法やスキルでも、ここの壁を壊すことはできないわ。それはそうと、あなたは、アキラに執着しないって約束したわよね? あれはウソだったの?」
リョウタはヨシミの視線に怯える。彼女の瞳は氷のように冷たく、鋭く刺すように彼を見つめていた。それだけではない。彼女の体からは凍てつくような冷気が溢れ出し、ダンジョンの通路を霧と霜で覆っていく。
リョウタは自分の吐く息が白くなるのを見て、驚きと恐怖で震える。彼女はどうして年を取らないのか? アンチエイジングの魔法なんて聞いたことがない。彼は心の中で問いかけたが、答えは得られなかった。
「は……はい。しかし、サエがアキラに……」
「藤原紗江は残念だったけれど、死んじゃったらどうにもならないでしょ? アキラはミリアーノ組に任せて、私たちの仕事をするわよ? 今のところダンジョンがあたしたちに危害を加えるようなことはないんでしょ?」
「そうですね。侵入者を排除するモンスターまでポップしなくなってますが……」
ダンジョンマスターとなったソータは、通常運行とダンジョンの修復を念じただけで、その他に何も指示を出していない。ニンゲンに友好的なダンジョンであるアビソルスは、モンスターを生み出すことをやめているのだ。
「それじゃ、ここはもう諦めて、奴隷の方を手伝って?」
「わ、かりました」
リョウタはマスタールームへ入ることを断念し、ヨシミと一緒に流刑島の住人が奴隷化されている現場へ向かう。
いくつかのドアを抜け、別の通路に到着する。リョウタとヨシミの眼前に、これから奴隷になると知らない島民たちがたくさん並んでいた。




