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量子脳で覚醒、銀の血脈、異世界のデーモン狩り尽くす ~すべて解析し、異世界と地球に変革をもたらせ~  作者: 藍沢 理
6.5章 アキラの章

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149 リョウタ、イサム、ヨシミ【アキラ:転】

 リョウタに拘束されたドルフは、そうなる前に必死に抵抗したようで、身体中に深い傷を負って血まみれになっていた。


 その惨憺(さんたん)たる姿を目にしたマリエルは、娘たちの元へ走り出した。スザクはドルフを助けるため、小屋に戻って武器を手に取った。


『アキラ!!』


 マリエルは必死に叫んだ。しかし、彼女の声は白く泡立つ波と、風にそよぐ木々の音色にかき消されてしまった。アキラへ届けたかった危機的状況は、空しく砂浜へ散らばった。


 砂浜から防風林を越え、畑の向こうが森だ。リョウタとの距離はまだまだ離れている。森から現れたアキラは、両手で得物を引きずっている。こちらに背中を向けており、ドルフがリョウタに拘束されていることにすら気付いていない。


 双子たちは父親のアキラへ向かって風のごとく駆け抜けていく。彼女たちも、殺戮者リョウタの出現に気付けていない。


 そんな無邪気な双子たちに追い付いたマリエルは、怖がらせないよう微笑みながら優しく呼び止める。


『さあ、あたしがパパのとこに運んであげるわ!』

『やったー!』

『抱っこー!』


 久し振りの抱っこだと思い、心躍らせる双子たち。普段なら愛おしく抱きしめるところだが、いまは緊急事態。マリエルは娘たちを両脇に抱え、アキラのもとへと疾駆(しっく)する。




『おっと。こっから先は行かせねえ』


『ごめんなさいね~。あなたの存在は、私たちの存在を脅かしているの。ここで会ったが百年目。あ、八年目くらいかな? いやいや、会ったのは初めてだったわ~。初対面で申し訳ないのだけれど、――死んで』


 マリエルたちを遮るように、木立の薄明かりから、男女ふたりの姿が現れた。


 彼らは、クラス委員長だった(・・・)岡田(おかだ)(いさむ)と、教育実習生だった(・・・)磯江(いそえ)良美(よしみ)。二人ともデレノア王国軍の制服を着て、武装していた。


 イサムは短槍、ヨシミは杖を構える。


 この世界に召喚されて十年。二人とも慣れた動きで、マリエルたちを逃さないように牽制していく。


『そのかわいらしい子たちは何かな~?』

『ヨシミ先生、いいからさっさと()ちましょう』


 二人とも、アキラとマリエルの間に子どもが産まれていると知らなかったようだ。


 ヨシミは、マリエルを一息に殺してしまおうと考えていた。しかし、彼女が両脇に抱える双子の姿を見て、あまりのかわいさで心に迷いが生じた。


 その姉妹(ふたり)は瞳をきらめかせ、見知らぬ者たちに興味津々と目を向けている。彼女たちは何が起きているのか理解できず、ヨシミたちと交わす言葉を楽しみに手足をばたつかせていたのだ。


 イサムは違った。躊躇(ちゅうちょ)するヨシミを横目に、躊躇(ためら)いなく短槍を突き出した。何かのスキルを使ったのだろう。短槍は目にも止まらない速さで、マリエルの胸を突き刺した。


『――手応え無し。クソッ、忘れてた! あの女、バルガー子爵家の才女って呼ばれてたんだ!!』


 イサムが貫いたのは、マリエルの幻影。彼女の姿は娘と共にかき消えていた。





 一方、リョウタはドルフを小突きながら、どんどん近付いていた。小屋から剣を持ちだしたスザクは、砂を巻き上げながらリョウタに向かって全力疾走していゆく。


『それ以上近付くな。あんたのスキルは知ってる!』


 まだ百メートルは離れているというのに、リョウタがスザクの足を止めさせた。リョウタはドルフの背中に、剣を突き刺したのだ。


『スザク、そこから一歩も動くな。俺の剣はこいつの心臓の手前で止めた。あと少し押し込めば、このジジイは死ぬぞ』


 激痛を感じているはずなのに、ドルフは声ひとつあげずに耐えている。


『クソッ! テメエは何で、執拗に俺たちを追い続けるんだ!!』 


『はあ? 俺が困るからに決まってんだろ? マリエル・ハートネット・バルガーが生きてる限り、バルガー子爵家の件が表沙汰になる可能性があるだろ。アホかテメエ』


 リョウタはデレノア王国指示を守らず、デーモン討伐なんて後回しにしていた。彼はバルガー子爵家を皆殺しにしたのは虎の牙だと主張し、彼らは自分が必ず討つと、国王に直談判した。その結果リョウタは、虎の牙を追跡する許可を得た。


 なりふり構わず、一介の盗賊団を十年間も追い続ける執念深さは、国王やクラスメイトたちに畏怖の念を与えていた。


 実のところ、リョウタは自分の保身目的で動いている。バルガー子爵家を襲ったリョウタは、マリエルを殺害できなかった。彼女を生かしておくことは、リョウタ個人の罪が暴かれる恐れがある。彼はそれを断じて容認できなかったのだ。


 これは、クラスメイトにも明かせないリョウタの秘密だった。




 それを邪魔するスザク。彼をリョウタが睨んでいると、意を決したようなドルフの声が聞こえてきた。ドルフの背中から流れる血は砂浜でにじみ、寄せては返す波が洗い流している。


『スザク、アキラの阿呆は、まだこの状況に気付いていない。あいつには、ワシが知らせてやる――』


 ドルフが装備している腕輪型の魔導バッグから、特大サイズの魔石が転がり落ちた。その魔石には、爆裂魔法陣と時間遅延魔法陣が刻まれていた。


『は……? 知らせてやる? なんだこの魔石は?』


 リョウタはそれが魔石爆弾だと気付かず、ボーリング玉サイズの魔石を踏みつける。


 ドルフは長年盗賊をやってきたドワーフだ。警戒心が強く、魔道具を駆使して危機を乗り越えてきた。この魔石爆弾もそのひとつ。本来は、腕輪型の魔導バッグを盗まれたときのトラップだが、今回は使命を果たすべく違う使い方となった。


『ワシは長生きしすぎた。まあ、こんな死に方も悪くはない。――スザク! マリーを助けろおおおお!!』


 時間が来たのだろう。ドルフの言葉で魔石が大爆発を起こした。


 そばにいたドルフは、瞬時にバラバラの肉片となる。


 しかしリョウタは、障壁を張って難を逃れた。


 だが無傷ではない。


 爆発の衝撃波で吹き飛ばされ、リョウタは障壁内で身体中を強打していた。そのまま岩場に激突して、彼は意識を失った。


『ドルフッ!!』


 スザクも無事ではない。リョウタと同じく、障壁を張ったまま吹き飛ばされていた。しかし百メートルの距離が、彼へのダメージを激減させた。


 砂浜に着地したスザクは、爆心地を呆然と見つめる。


 長年連れ添った仲間が目の前で死んだ。


 ドルフの亡き骸を少しでもかき集めなければ。


 泣いているのか、怒っているのか、とにかく怖い顔でスザクは走り始めた。


『ここが平和すぎて、気が緩んでいた。ちくしょう! ちくしょう!! ちくしょう!! ドルフじーさんが死んだのは俺の責任だ!!』


 そう言ってスザクは、ハッとして立ち止まる。


 マリーを助けろ。ドルフの最期の言葉を思い出したのだ。


 振り返ってみると防風林の近くに、杖を持った見知らぬ不審人物がひとり(・・・)立っている。ドルフが命を賭して使った魔石爆弾で、不審人物はスザクの方を見ていた。


『マリエルと娘たちは何処だ。…………ああ、なるほど』


 スザクは、マリエルたちがどうやって姿を消したのか、理由を知っている。ホッとした表情になり、剣を片手に杖を持つ不審人物の元へ向かう。


『おーい、あんたこの入り江に何しに来たんだー?』


 スザクはできるだけ警戒させないように、軽やかな口調で喋りながら近付いていく。だが、不審人物――ヨシミ・イソエは、呆気に取られてスザクの後方を見ていた。


 砂浜には大きな穴が空き、赤い塩水が満ちている。波は静かに肉片を拾い上げ、海の底へと運んでいく。


 ヨシミは爆発の瞬間を見ていた。仲間のリョウタが死んだと思っているのか、スザクが近付いていることに気付けなかった。


 ハッとしたヨシミは、スザクとの距離が既に五十メートルほどしか離れていないことに気付く。


 スザクはスキル〝瞬歩(ステップ)〟で、ヨシミに迫る。魔力を使わずに短距離を転移するその動きは、コマ送りの映像のように断片的で捉えがたい。スザクの得意とするスキルだ。


 ――ガツッ


 ヨシミが咄嗟に張った障壁を、スザクの剣がたたき割る。


 だが、対するヨシミも負けていない。勇者としてこの世界に召喚され約十年、数々の戦いを潜り抜けてきた。彼女は障壁を張ると同時に、転移魔法を使っていた。


 たたき割った障壁の中に誰もいないことが分かり、スザクは気配を探る。


『ちっ』


 舌打ちひとつ。振り向いたスザクの目の前に、ファイアボールが迫っていた。障壁も瞬歩(ステップ)も間に合わず、腹のまん中にファイアボールを食らい、爆発と共にスザクは海の上に吹き飛ばされていった。


『はん、大盗賊も地に落ちたものね……』


 海に落ちたスザクの生死を確認する時間はない。ヨシミはそう考え、標的がどこに居るのか探す。


『いた……』


 マリエルとイサムを見つけ、ヨシミは走り出した。





 野菜の息吹に満ちた畑を走り抜けていくマリエル。ドルフが自爆した音は、娘たちも聞いていた。不安げな顔になった娘たちに、マリエルはウソをつく。


『えへへっ、ドルフじーちゃん、また魔道具作りで失敗しちゃったねっ!!』


『えーっ! またー?』

『もうっ! こんどあたしが作り方おしえたげるっ!』


 どうにかこうにか誤魔化したマリエル。彼女はできるだけ早くアキラに合流するため必死になっていた。


 しかし、畑の軟らかな土が仇となる。双子を抱えたマリエルの足は、畑の中にめり込み、走る速度が落ちる。両脇の娘たちは新しい遊びだと勘違いして、大喜びだ。彼女はそんな娘たちに、溢れる愛情の笑顔を向けた。


『楽しいでしょ~』

『ママの歩き方、おもろー!』

『うひょー! あたしも泥んこになりたーい!』


 ドルフが死んだ。スザクもたぶん死んだ。この()たちに、いま知らせるわけにはいかない。マリエルは娘たちに悟られないよう、満面の笑顔で走り始めた。



 当然アキラも爆音で異変に気付き、得物をほっぽり出して畑を走っている。もちろんマリエルと娘たちに向かって。



 一方で、マリエルの背後から迫るイサムは、突風のように畑を駆け抜けていく。


 何らかのスキルを使っているのだろう。


 追い付かれる。


 マリエルはそう思ったのか、双子の娘をアキラに向かって放り投げた。


『パパのとこに走って!』


『きゃはははー!』

『飛んでるー!』


 娘たちは無邪気なもので、投げられたことも何かの遊びだと思ったようだ。


 見事な着地を決め、娘たちはアキラに向かって駆けていく。


 元気いっぱいな娘たちの背中を見送り、マリエルは覚悟を決めて振り返った。


 そこには既に、短槍を突き出すイサムがいた。


 マリエルは普段着で、武器も防具も無し。素手の状態である。


『もらったああっ!!』


 イサムの短槍が、マリエルの喉を貫く。


 完全に致命傷だ。


 しかし、イサムは前につんのめって、畑の畝に顔から突っ込んでしまった。


『またかっ!!』


 そう言って泥まみれで立ち上がるイサム。


 そこにマリエルはいない。彼女は既にアキラの元へ走っていた。


『マジであの異能、クソ厄介だ! 攻撃(メンタル)的心理操作(・マニピュレーション)だっけか?』


『そうよ。スキルでも魔法でも無い異能使い。それがマリエル・ハートネット・バルガー。でもやるしかないわ!!』


 イサムに追い付いたヨシミ。二人でマリエルに向かって走り始めた。


 マリエルの能力、攻撃(メンタル)的心理操作(・マニピュレーション)は、いわゆる超能力と呼ばれる異能。対象人物の視覚をハッキングし、脳に誤った情報を送る。マリエルはイサムに幻覚を見せていたのだ。


『先生、リョウタは何処ですか?』


 イサムは走りながらヨシミに尋ねる。


『さっきの爆発見たでしょ? 死んでるかもしれないし、生きてても重症だと思うわ』


『クソがっ!! どいつもこいつも!!』


『でも、虎獣人をやったわ。こっちも生死は不明だけど』


『んじゃ、あとはアキラとマリエルだけですね』


『そうね。こんな場所で何年も暮らしていたのよ。腕は鈍っているはずだし、落ち着いて対処すれば必ず勝てるわ』


『よっしゃあ!!』


 イサムとヨシミは気合を入れ直し、走る速度を上げた。


 リョウタのウソに騙されているとも知らずに。




『パパー!』

『いくよー!』


 ジャンプして空中に舞い上がった双子は、父親の腕の中へと飛び込む。


『よーし、偉いぞお前たち』


 アキラは娘たちを抱きかかえて、やさしく地面に下ろす。娘たちが不安を感じないように、笑顔を作り続けていた。


『ママがもうすぐ――』

『ママが新しい遊びを――』


 母親の姿を探そうとした娘たちの顔を、しゃがんだまま強く抱き寄せるアキラ。両肩に娘たちの顔が埋まると、アキラはマリエルを見た。彼女はこっちに向かって走っている。けれども、その後ろから、岡田(・・)磯江(・・)が迫っている。


 激しい葛藤の表情を浮かべるアキラ。


 ここに二人の娘を置いて、マリエルを助けに行く。


 娘たちを守るために、ここに残る。


 マリエルのスキルなら、二人くらい相手にしても逃げ切れる、……かもしれない。


 動くべきか、動かざるべきか、その二択でアキラは迷っていた。




 やがて、イサムとヨシミが追い付いた。マリエルは彼ら二人を相手に素手で戦い始めた。


 アキラの頬を生温い風が撫でていく。周りの野菜たちは揺れ動く。陽光は戦いの場に容赦なく降り注ぎ、運命の行方を照らしていた。

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