146 アビソルス
台座に置かれたダンジョンコアは、赤い点滅を繰り返していた。止まる気配はない。緊急事態を知らせる合図だろうか。
マスタールームに到着した俺たちは、狭い室内を捜索中である。ここで慌てふためいていたニンゲンの気配は、どこかへ消えていた。
ベルサの地下ダンジョンのように、ダンジョンコアの攻撃はない。ダンジョンマスターがいるからだ。
「ダンジョンコアに傷が入らなくて良かったな」
ミッシーがじっとりとした視線を送ってくる。適当に穴を開けたって、バレているみたいだ。
「ダンジョンコアに傷が入ったら、調伏できないんだっけ?」
「……そうだ」
じーっと見つめるミッシー。綺麗な顔だけど怖い! しれっと話を逸らそうとしたが無理っぽい。
「分かった、降参! 適当に穴開けてごめんなさい!」
「よろしい」
にこっと笑みを浮かべるミッシー。その顔に見とれながら、さすが年長者だと感じる。緩急交えての指導が上手い。
「……」
あれ? またじっとりした瞳に。まさか俺の心を読んだ? よし、年長者とか考えないようにしよう!
「よーし! このダンジョンコア、どうしてくれようか!」
「ふっ……。ソータはこの世界の知識不足が酷いな。この場合最も簡単なのは、ダンジョンマスターの殺害。難しいのは、念話でダンジョンコアを説き伏せる。この二択だ。野良のダンジョンコアは戦闘しなければならないが」
「ほーん、念話で説き伏せるねえ」
『三人とも聞こえるか?』
ミッシーの声が脳内で聞こえた。
『あれ? ミッシーも念話できたの?』
『えっ?』
俺の問いに、ミッシーの念話が少し乱れる。
『あたしもできますよー』
『わたしも』
『ええっ?』
部屋を調べていたマイアとニーナが、俺たちの念話に入ってきた。通常の念話なら、回線に割り込むような真似はできない。しかしミッシーの念話は、まるでラジオのように誰にでも聞こえるものだった。
彼女は俺たち三人が念話できないと思っていたのだろう。
ミッシーはものすごく恥ずかしそうにして、顔が赤くなっている。フォローしておくか……。ミッシー、マイア、ニーナ、三人に向けて念話を飛ばす。
『急に使うと、俺も念話がダダ漏れになる時があるからなぁ。これまで使う必要が無かったから、また練習しないといけない。ミッシーさ、今度でいいから練習に付き合って?』
『えええっ!?』
おおぅ? なんか間違ったか?
ミッシーの顔がさらに赤くなった。
『ソータさん、念話を男女二人っきりで使おうって、デートに誘っているようなものですからね? よ、よかったらあたしも……』
ほ、ほーん。ででで、デート!
地球じゃ念話なんて、あるのかどうかも不明だったし、そんな意味があるなんて知らないだろ!!
あと、後半マイアの声が消え入るようになったけれど、ちゃんと聞こえてるからな! つか、マイアって俺に気があるのか!!
うおおおっ! モテ期到来!!
いやいや、落ち着け俺。ニーナの視線が厳しくなっている。また命を狙われちゃ敵わない。
「よし! んじゃこのダンジョンコアと会話してみるか!!」
少し、というか強引に話を切り替える。とはいっても、いい加減にやるつもりは無い。Sランクダンジョンだという話なので、舐めてかかると痛い目に遭うはずだ。
赤く点滅するダンジョンコアを見つめて念話を飛ばす。
……ん? 泣いてる?
ダンジョンコアの感情がダイレクトに伝わってきた。
悲しみ、痛み、苦しみ、寂しさ、不安、緊張、恐怖、疑惑、煩わしさ、嫉妬、羨望、恥。
そして、後悔。
次々と押し寄せる感情の中で、一際強いのが後悔の念。このダンジョンコアに、何があったのだろう? というか完全に生き物だな、ダンジョンコアって。
ネガティブな感情ばっかりだけど。
『ぶう!』
『……うん。クロノスはちゃんと生きてると思うよ?』
『うへっ!!』
『つかさ、このダンジョンコア、どうすればいいと思う?』
見た感じだと、固い鉱物で謎の光を放つ球体。有機体ではないのに感情がある、不思議生命体だ。脳神経模倣魔法陣を使ったゴーレムに近い感じがする。
『これまでのデータを勘案した結果、ダンジョンコアとしっかりと話し合うことが大切です』
ふむ……。意思の疎通が大事。当たり前の事だ。
『いつまでグチグチ考えてるの? 早く助けて?』
誰か知らない大音量の念話で、俺たち四人は耳を塞ぐ。意味は無いけれど。
念話は個々の声音が反映されるので、誰が喋っているのか判別がつく。だが、知らない声だと、誰が喋っているのか分からない。
今の念話は、まさにそれだ。
『ダンジョンコアの声か?』
『そうだよ! 見て分かんないかなー?』
いや、分かるわけねーだろ。
『うるさいから、音量下げて?』
『うん分かった! 四人も居るから加減を間違えちゃった! ごめんね!!』
ちゃんと言うことを聞いてくれる。ニンゲンに友好的なダンジョンコアって、めっちゃフレンドリーなんだな。
というか、ダンジョンコアを説き伏せる必要があるって言ってたけど……。
ミッシーに視線を移す。
「ダンジョンコアとダンジョンマスターが上手くいってない場合は、こういうこともある。ソータ、説得してみろ」
なるほどね。
マイアとニーナは静観している。交渉事はあまり得意では無いけれど、やってみよう。
『今のダンジョンマスターから、俺に鞍替えしろ』
『うん分かった!!』
んん……? こんなに簡単にいくものなの? 初めての経験で、いまいち分からない。
とりあえず一般的な調伏がどんなものか聞いてみよう。俺が顔を向けると、そこで三人の女子が、あんぐりと口を開けて棒立ちになっていた。今の念話を聞いて、驚いているみたいだ。
バチン、と何か切れる音がする。するとダンジョンコアから白い糸が伸びて、俺に絡み付いてきた。
『ここがマスタールームで、あたしはアビソルス! これからよろしくね、マスター!!』
……調伏完了?
ミッシーたちはまだ棒立ちのまま。俺も同じく棒立ちになっていると、立っていられないほどの揺れが起きた。マスタールームの壁や天井にヒビが入り、バラバラと欠片が落ちてくる。
いったい何が起きている。
えーと? 俺がダンジョンマスターになったことで、ダンジョンが壊れそうになっている?
そういうこと?
いやいや、マジで何が起きてんの?
色々考えていると、ダンジョンコアが焦った声でお願いをしてきた。
『マスター、お願い! モンスターを止めて!』
ダンジョンコアが焦っているのは分かった。だけど、ポップするモンスターを止めてと言われても、何をどうすればいいのやら。
『何が起きてるの?』
とりあえずダンジョンコアに聞いてみる。
『前のダンマスのせいで、フェッチがダンジョンの外に溢れ出てるの!』
さっき戦ったモンスターだ。あれがダンジョンの外に出ているって、かなりヤバいな。というか、ダンマスって、ダンジョンマスターかな? さっきから随分カジュアルな口調だ。
『どうすりゃいい?』
『あたしに手を添えて、通常運行と念じれば済むわ!』
『通常運行? それはどんな状態になるんだ?』
『モンスターがポップしなくなって、迷わない迷宮になるの! 今地上であり得ないくらいの爆発が起きたから、ダンジョンの修復も念じて欲しい! お願い!!』
さて、すんなり信じていいものか。……これって、初対面の人に、訳が分からないお願いをされている状態だし。
念話を聞いているミッシー、マイア、ニーナ、三人の顔を見ると、全員頷いている。どうやら大丈夫みたいだ。
赤く点滅するダンジョンコアに手を置き、通常運行とダンジョンの修復を念じてみる。それだけですぐに効果が現われた。といっても、マスタールームのヒビが直って、元に戻っただけ。
フェッチや迷宮がどうなったのか、いっこうに分からない。
『お?』
ARか?
視界にパネルが現われ、そこにライブ動画が映し出される。監視カメラの映像みたいに、分割されたものだ。そのほとんどがダンジョン内部で、通路がぐねぐね動いている。巨大ホールは変化無しだけど、俺たちが通ってきた通路が単純な直線に変わっていく。
一カ所だけ黒煙でハッキリ見えない映像がある。星空が見えているので、地上に出たフェッチは、多分これで確認できるはず。
『モンスターどころか何もいないな。ただの焼け野原だ』
『酷い有様ですね。何が起きたんでしょう……?』
『あの山って、バンダースナッチから見えてたやつじゃない?』
『ほんとだ』
ミッシー、マイア、ニーナ、三人とも、俺と同じ映像を見ているようだ。黒煙が風に流されて見通しが良くなると、そこはバンダースナッチが着陸していた場所だと分かる。
『おい、ダンジョンコア』
いつの間にか赤い点滅ではなく、白く発光する珠に変わっている。
『はーい! ダンジョンの修復完了! モンスターの消去も完了! ありがとねっ!!』
『いや、地上で何が起きたのか説明しろ』
『あ、えっと、その前にね――』
ダンジョンコアは俺たちにチクリ。上層から最下層まで穴を開けたことに抗議してきた。「あたしはニンゲンに友好的なダンジョンなのに」と言ってぷりぷり怒っている。
俺たち四人で謝り倒し、ようやくご機嫌が直ると、今度は別件で怒り始めた。
連絡が付かなかったファーギたちも、このダンジョンに入っていたみたいだ。だけど前任のダンジョンマスターが、ファーギたちの排除を指示した。ダンジョンコアは言われた通り、フェッチで排除に取りかかった。
ところが、ダンジョンコアが模倣できない武器で攻撃され、ダンジョンが破壊されてしまったという。おまけに映像で見た黒焦げの地上付近で、大爆発が起きたそうだ。あの辺りのダンジョンは、二十階層辺りまで破壊されたらしい。
もう直したみたいだけど。
しかし何をどうすればそうなる。
それと、模倣できない武器……。マイアとニーナは、神威結晶を使った武器を持っていたし、ファーギの野郎、いったい何を作ってんだ?
ダンジョンコアが、このままだとダンジョンが破壊されてしまう、そんな危機感を覚えているところ、俺たちが現われたみたいだ。そこでダンジョンコアはマスターを俺に乗り換えて、ダンジョンを守ることにしたという。
『ソータ、ニンゲンに友好的なダンジョンは、だいたいこんな感じだ。優先順位はダンジョンの保持と拡張。だが、ダンジョンマスターの意思には逆らえない。それでも無茶をしすぎると、今回のようにダンジョンマスターを解任されてしまうからな』
ミッシーの話を聞いて、パッと頭に思い浮かんだのは、ペットの犬。
なんとなく似てる感じがする。飼い犬に手を噛まれるじゃないけど、やり過ぎると解任されちゃうんだ。
『なるほどね。……バンダースナッチは大丈夫みたいだ。あれにみんな乗ってるのかな?』
ARパネルの隅っこに、灰色の空艇が映っている。
『ここだと魔導通信が繋がらないからな……。ソータ、確認しに戻るか?』
ミッシーの提案に乗ろう。ここらが潮時だと思うし。
『そうするかー。この焼け野原は尋常じゃないし、髭ジジイが何をしたのか聞かなきゃ。マイアとニーナもそれでいいか?』
『はい。もちろんです』
『依頼を受けているのはソータとミッシーです。わたしたちはサポートに徹しますよ』
二人とも異論は無さそうだ。修道騎士団からの指示もあるとは思うけれど、凄く助かる。なので、地上にゲートを開くと、待ったがかかった。
『まだ自己紹介も済んでないのに?』
ダンジョンコアの声だ。置いてけぼりにされる犬みたいに、少し拗ねた雰囲気がする。
俺たち四人が名乗ると、ダンジョンコアは、アビソルスと名乗った。
『あたしも地上を見たいな!』
もう一度ゲートをくぐろうとすると、もう一度待ったがかかった。
ダンジョンコアを、外に持ち出せという事なのかな? いや、違うみたいだ。白く光るダンジョンコアの上に、スクー・グスローっぽい生き物が姿を現した。
これってダンジョンコアの、分身とか分体になるのかな?
フィギュアサイズの女の子だ。整った顔立ちは可愛い系。その出で立ちは白いドレスに、腰まである白い髪、背中には二枚一対の羽が生えている。
アビソルスはニコニコ笑って飛び始めた。
着地点は俺の右肩。重さを感じないのは、このフィギュアが現実のものでは無いからだろう。
『その姿でついてくるの?』
『そだよー! 前のマスターは何処にも連れてってくれなかったから、ここが何処なのかも知らないの! お願い、連れてって!』
肩の上にいるからよく見えないけど、ほっぺたを凄い勢いでつつかれているのは分かる。このまま外に連れ出していいものなのか……?
『大丈夫?』
『……たぶん』
色々知ってそうなミッシーが憶測で答えてきた。マイアとニーナも微妙な表情だ。
『こういった事例は他に無いの?』
『妖精っぽいのは、私も初めて見た』
妖精族のミッシーがそんな事を言う。
『そっかー。んま大丈夫でしょ』
なんか悪さしたら、ダンジョンコア割るし。
俺たちは五人でゲートをくぐった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
森が燃えるとこんな臭いがするんだな……。アビソルスは大爆発が起きたと言っていたけど、クレーターみたい穴はなく、地下ダンジョンが崩れ去った痕跡も無い。修復したってさっき言っていたからな。
しかし、地上部分を修復するには至っていない。焼け焦げた黒い大地は、とんでもない広さだ。その光景を見て、魔石電子励起爆薬が脳裏をかすめる。
いや、あれはもう作ることが出来ない。そうなると加圧魔石砲かな?
ミッシーたち三人は周囲を歩いて、地面に落ちているものを調べている。足元にあるのは、木炭と溶けてガラスになった何か。少し離れた場所に、一回溶けて固まった歪な石と、それに鉄の塊がある。
鉄? 鉄鉱石が溶けて固まっても、あんな純度にはならないはずだ。
俺は魔導通信機を取り出した。
「おいこらファーギ! 応答しろ!! 全員無事か?」
『お、やっと繋がった。ワシらは無事っちゃ無事だけどな……。お前たちもダンジョンから出てきたのか?』
「そうだけど、この焼け野原はなんなの?」
『ああ、そこに居るのか。姿が確認できたから、ちょっと待ってろ。すぐに降りる』
俺の問いに答えず、ファーギが魔導通信を切る。するとバンダースナッチが大きく旋回して、こっちに向かって降下してきた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
バンダースナッチが着陸すると、テイマーズの三人が駆け寄ってきた。何ごとかと思っていると、今回の冒険をとにかく聞いて欲しいと言う。
この三人はファーギが訓練すると言っていたから、過酷な状況に置かれたはず。だけど、そんな疲れも見せず、目を輝かせながら武勇伝を語り始めた。
話を聞きながら、バンダースナッチへ向かう。三人ともだいぶ活躍したみたいだ。
しかし、同行していた冒険者ギルドの職員が、一人亡くなったという。ダンジョンのモンスター、フェッチのせいで。
その話になると、ちびっ子ドワーフの顔が曇る。
肩の上に視線を向けると、アビソルスの姿がない。テイマーズに見つからないように、俺の後頭部に隠れているようだ。そこから、悲観、憂い、哀愁、そして、強い悲痛な感情が伝わってくる。
ダンジョンマスターの命令とはいえ、これだけ感情豊かなダンジョンコアなら、どんなに辛かっただろうか。
アビソルスの気配が少しずつ薄くなって、ふっと消えてしまった。ダンジョンコア本体に戻ったのだろう。
バンダースナッチに乗り込むと、ぼこぼこに顔を腫らしたリアムが吊されていた。何かやらかしたんだろうね。側に眼を細めるメリルが立っている。いつもの可愛い笑顔は一ミリも無く、内に秘めた怒りの炎が眼から噴き出しているように見えた。
怖いわ! テイマーズたちは、そこに誰もいないかのようにシカトしている。
「もう遅い時間だから、さっさと寝ろ」
俺の言葉が助け船になったのか、三人とも素直に従った。俺もメリルが怖いので、スルーして操縦室へ向かう。
中に入ると、俺たち四人をじっと見つめて、ファーギが口を開いた。
「……怪我ひとつ無しか。さすがだな」
ファーギは髭と髪の毛が、チリチリになっていた。
近くの席に、日本人っぽいおじさんと、小柄なエルフの少女が座っている。この二人も髪の毛がチリチリになっていた。たぶんテイマーズが言っていた、冒険者ギルドの職員だろう。
三人とも、大昔のコントみたいな髪の毛だ。
笑いたいけど笑えない。この二人の連れが、一人亡くなっているはずだし。
髪の毛はヒュギエイアの水で治るはずだけど、ファーギはそれに気付いていない。犠牲者が出たことで、気が回っていないと言った方がいいか。
とりあえず俺、ミッシー、マイア、ニーナ、四人で名乗ると、アキラ、リーナと返ってきた。
自己紹介を済ませ、ここに居る七人で情報交換を開始。俺が日本人だと分かると、アキラの態度が豹変した。
どうやってこの世界に来たのか。今の日本はどうなっている。そして、帰る方法はあるか。矢継ぎ早に質問してくる。
隠す必要はないので、ゲートで行き来できることと、地球は温暖化で滅亡寸前だと伝えておく。
「温暖化? 滅亡? おいソータ!! 今回の件が済んだら、日本に連れてってくれ!! 家族がどうなっているのか知りたいんだ!」
「この島でのお勤めが終わってからね。とりあえず今は、情報を整理しましょうか」
「俺は冤罪でこの島に来てるんだが、…………まあ、話を整理するのは賛成だ」
俺たちはそれぞれ知るところの情報を口にし、やがてアキラの番になった。
長くなるかもしれない。アキラはそう言って話し始めた。
6章で一旦休憩。6.5アキラの章を起承転結で挟みます。
あすの昼前に一気に4話の投稿となります。
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。




