145 流刑島大爆発
流刑島にある三カ所の冒険者ギルド、その内の二カ所が壊滅した。その話はまたたく間に広がり、街の人々は躍起になって犯人捜しを行なっていた。
――ズズズン
人々の足に振動が伝わり、腹に響く低い音が聞こえてくる。
「おいっ!! 森の方だ!!」
誰かの声で、街の人たちは一斉にそちらを向く。
この場からは見えないが、ファーギ、アキラ、リーナの三人は、ダンジョンから出てくるフェッチと熾烈な戦いを繰り広げている。遠く離れた街の人々が気付くほどに。
「おいおい、なんだありゃ……?」
「戦争でも始まったのかい?」
森が燃えている。小高い丘で爆発が起きる。夜空に向かって、白い光線が幾十も伸びていく。その先には、鳥の形をした灰色の空艇が、空中戦闘機動を繰り返しながら回避している。
住人たちはそれを見て直感で気付いた、冒険者ギルド壊滅の件と関係があると。
「お前ら! あそこにゃ多分アキラがいる!!」
「だな。助けに行くぞ!」
「武器を集めてくるわ!」
世話になっているアキラを助けに行くため、街の住人が一斉に動き始める。
勇みたつ人々で、街中が熱気を帯びていく。その片隅で、ボンヤリと座り込む四人組。密蜂のメリルと、テイマーズの三人だ。
周りが慌ただしくなったことで、四人とも顔を上げる。虚ろな目は、光線が飛び交う森を見つけた。
「ダメ……」
「街の人があそこに行けば死んじゃう」
「クソッ! おいらたちじゃ、足手まといになるだけだ!」
アイミー、ハスミン、ジェスが泣き言を洩らす。それを聞いたメリルが立ち上がった。
「街の人たちを止めますよ! あんなとこに行っても、無駄死にするだけだって教えてあげましょう!!」
「何言ってんの?」
「この人数をどうやって止めるの?」
「おいらたち四人しか居ないんだよ?」
メリルの言葉に、すかさず反論するテイマーズ。
「これを使うのよ」
「は?」
「なんで?」
「どういうこと?」
メリルの手に、スライムの指輪が三つ乗っていた。
「あなたたちが眠らされたあと、ファーギが抜き取ったの。これも訓練だと言ってたわ」
「クソがー!!」
「あのジジイ殺す!!」
「スライムの餌にしてやる!!」
大声で叫んで立ち上がるテイマーズ。それを見た町の住人は、何事かと立ち止まる。
そこには不敵な笑みを浮かべるちびっ子ドワーフの三人と、影のように佇むドワーフの女性が立っていた。
「来い」
アイミーの言葉で、周囲を埋め尽くすスライムが現われた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
森での戦闘が街から見える少し前。
ダンジョンから出てきたレンツたち五十人と、アキラ、ファーギ、リーナの三人が対峙していた。
レンツたちは卑しい笑みを浮かべ、ダンジョン産の魔導ライフルを構えている。狙いはもちろんアキラたち。
対するファーギは魔導ショットガンで彼らに狙いを付ける。アキラは魔剣ラース、リーナは魔弓銃エンヴィーを構えている。
「こりゃ、まずいな……」
ボソリと呟くファーギ。レンツたちの持つ武器が、仮に正しく作動すれば、お互いにただでは済まない。ファーギの魔導ショットガンで、ひとりでも討ち漏らせば、こちらはすぐに全滅する。
対してレンツたちは魔導銃の威力を知っている。ファーギが撃った魔導ライフルの威力も目の当たりにした。
しかし、ファーギがいま持っている武器はまだ見たことがない。ダンジョンが複製できなかったものだ。
故にレンツたちは、手に持つ魔導ライフルで攻撃することを躊躇していた。
「頭ぁ……、あのドワーフの武器、ヤバそうな気がしますぜ……」
「そうですね……。しかし、相手は三人だけ。奴らを囲んで一気に殲滅しますよ!」
部下の声で決死の表情に変わったレンツ。彼らは腹をくくって移動していく。ファーギたちを取り囲んだところで攻撃を始めた。
「あれ? おかしいですね」
レンツの魔導ライフルが動作しない。それどころか、レンツの手下たちが持つ魔導ライフルも、すべて動作不良となっていた。
慌てふためくレンツたち。
それを見たファーギは再び呟く。
「……Sランクダンジョンでも、神威結晶の模倣はできなかったみたいだな」
「神威結晶? ちょっとあんた! そんなもんどうやって手に入れたのよ!?」
ファーギの呟きに耳聡く反応するリーナ。
「どうでもいい。ファーギの武器が模倣できないのなら、楽勝だな」
そう言ったアキラが、魔剣ラースを振るった。剣から噴き出す炎は、とてつもない熱量を持って、ミリアーノ組の構成員を炭に変える。
それを見たレンツは叫ぶ。
「くっ……。何なんですかこの武器は! 撤退しますよ!!」
側近を連れて、ダンジョンの入り口へ向かうレンツ。
「逃すとでも思ってんのか?」
いつの間に移動してきたのか、レンツのすぐ後ろにアキラが立っていた。
「アキラ!! 私とは長い付き合いじゃないですか!!」
「お前らミリアーノ組は俺との約束を破った。特にレンツ、テメエは子どもを誘拐し、俺たちに牙を剥いた。付き合いがあるからって、見逃すわけがないだろうが」
レンツ、テメエはいつでも殺せるぞ、という気迫でアキラが睨み付けている。そんなレンツに、魔剣ラースをペチペチと首に当てるアキラ。
「降参です……」
レンツが模倣品の魔導ライフルを投げ捨て、両手を上げる。それを見たレンツの手下たちも、投降の意を示した。
レンツたちを集めて拘束していくアキラ。レンツを含め、ミリアーノ組の構成員は全員観念していた。
ファーギとリーナは、周囲を警戒中である。もちろんフェッチが地下ダンジョンから出てくるのを狙い撃ちするためにだ。
「お前らには聞きたいことが山ほどある。ちんたら喋ってる暇は無いが、レンツに聞きたい。ジルベルトが何で裏切ったのか教えてくれ」
レンツは下を向く。その表情は見えず、何を考えているのか分からない。
「は?」
アキラが驚きの声を上げるのも無理はない。レンツたちの足元に、突如ぽっかりと穴が空いたのだから。
レンツたちは声をあげる間もなく、その穴に落ちていった。アキラが瞬きをすると、もとの地面だけが静かに広がっていた。
そして次の瞬間、辺り一面にダンジョンの出口が現われた。
そこからは、続々とフェッチが出てくる。
アキラたちは瞬時に戦闘態勢に移った。
その間にもとめどなくファーギが出てくる。その数は既に百を超えていた。
そんな中、ファーギはホッとしたような顔になっている。
魔導ライフルが模倣されなかったからだ。
しかしそれでも、ファーギが作った魔導銃の威力は凄まじい。模倣されたとはいえ、魔導銃の白光が空気を焼きながら着弾すると、何であれ炭になる、燃える、爆発する、その三択であった。
その脅威に立ち向かう三人。彼らは魔導銃が街を狙わぬよう、山を背負いながら戦いを繰り広げてはじめた。
「ファーギ!! テメエ何てもん作ってやがんだ!! ミリアーノ組の魔導銃と段違いの威力じゃねえか!!」
「ほんと洒落になんないわ!! バカじゃん? ねえ、バカじゃん?」
「やかましいわ! 喋ってる暇があるなら、一体でも多く倒せ!! こいつらが街に行ったらどうなるのか分かってんだろ!!」
少しは余裕がありそうだ。彼らは罵り合いながらも、ファーギを次々と葬っている。
ファーギが持つ魔導ショットガンは、一発撃てば十のフェッチを倒す。
アキラの魔剣、ラースも負けていない。剣を振れば黒い炎が渦巻き、二十のファーギを倒している。
彼らにもましてファーギを倒しているのは、ちびっ子エルフのリーナだ。彼女が持つ魔弓銃エンヴィーは、マシンガンのような勢いで矢を放つ。
それだけでは無い。全ての矢が生き物のように動き、ファーギの額を正確に貫いていた。
それでも微増していくファーギ。数にものを言わせ、束になって襲来する魔導銃のエネルギー弾。やつらは少しでも隙を見せると、空のバンダースナッチを狙ってくる。
「おいファーギ! あの空艇はなんで離脱しねえんだ!? 邪魔くせえにもほどがあるだろうが!!」
「知るかボケ!! ワシは逃げろと言ったぞ!!」
魔導銃のエネルギー弾を器用に避けながら、アキラとファーギは話していた。
『ファーギ!! 加圧魔石砲の準備できたっす!!』
ファーギの魔導通信機から、リアムの声が届いた。
「は? ふざけんな!! そんなもん使ったら、ワシらまで死んでしまうだろうが!! というか、何で加圧魔石砲のこと知ってるんだ?」
『へっ、あんたが作ったって言ってたじゃないっすか。バンダースナッチに取り付けてる事もお見通しっす。とにかく、とっとと避難するっす。百からカウントダウンを開始。九十九、九十八――』
「うおおおっ、マジでやるのか!?」
ファーギの声に返事をせず、リアムはカウントダウンを続ける。
それを聞いていた、アキラとリーナが何ごとかと問いただす。魔導銃のエネルギー弾を避けながら。
ファーギの説明を聞いた二人はキレた。
「お前マジでぶっ飛ばす!!」
「そんな威力の兵器を作るなんて、マジでバカじゃん? ねえ、マジでバカじゃん?」
「いいから全力で逃げるぞ!! これ、操縦できるよな?」
ファーギは魔導バッグをまざくり、六本脚を三機取りだした。
しかし、ファーギの魔導銃が白光を放ち、六本脚の一機を貫いてしまう。六本脚はあっという間に融解し、真っ赤な金属の塊が土を焼きながら広がっていく。
それを見たファーギは、自動操縦状態の六本脚を十機取りだす。すぐに一機破壊されてしまったが、自動操縦の他の九機が反撃を始めた。
「クソッ! お前たち、さっさと逃げるぞ!!」
アキラとリーナは既にニケツで、六本脚にまたがっている。リーナは、そもそも足がつかないので、ちょうど良かったのかもしれない。
「行くぞ!」
「おう!」
ファーギとアキラは、フルスロットルでその場から離れていった。
ファーギが落としていったのだろうか。
地べたに転がる魔導通信機から、リアムのカウントダウンが続く。
フェッチがファーギたちを追いかけはじめた。
ゾロゾロと移動するフェッチ。
地面に落ちた魔導通信機のカウントダウンは続いている。
『ゼロ』
その声と共に、上空で大爆発が起きた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
住民たちが激怒して、メリルたちに罵声を浴びせている。
それもそのはず、アイミー、ハスミン、ジェス、三人のちびっ子ドワーフが、おびただしい数のスライムを召喚し、森へ続く道を封鎖しているからだ。
道だけでは無い。月明かりに照らされる穀物畑にもスライムたちが潜み、森へ行こうとする街の人々に体当たりをして追い返していた。
「何度も言います!! 行けば死ぬだけです!! ここは絶対に通しません!!」
メリルは大声を出しすぎたせいで、鶏の断末魔のような声になっている。彼女の背後では、未だ戦闘が続いており、森からいつフェッチが出てきてもおかしくない。
「おっさんたちー、もう諦めなー」
「行けば絶対に死ぬー」
「アキラたちに任せとけー」
テイマーズの三人は、指輪が戻ったからなのか、元気いっぱい走り回って忠告を繰り返している。まだインナー姿だが。
「おい、そこのクソガキ! アキラが森にいるってなんで知ってるんだ!!」
「そういえばお前たち、この街で見かけない顔だな? ドワーフ……。ひょっとして、ミリアーノ組長の血縁か?」
「あー、それなー。この街でドワーフ見かけないもんな!」
「おいおい、こいつら空艇で来たって言いふらしてた奴じゃねえか!」
ちょこまか動き回ってスライムをけしかけるテイマーズに、なんやかんやと文句を言っている住人たち。
「おい、そういえばミリアーノ組の奴ら、誰も来てないな……?」
その中の一人が、ふと思い出したように言い放つ。すると、スライムの壁に阻まれた街の住人たちが、周りにいる人々を互いに確認し始めた。
確かにいないな、そんな言葉が集まった人々に伝播していく。
「おいっ!! あれ!!」
その中の一人が大声を出して、森を指差す。
次の瞬間、街の人々は真っ白な光を浴び、地震のような揺れを感じた。
みながそっちを向くと、森の奥深くで光の塊が膨れ上がって行くところだった。
軽い衝撃波が通り過ぎた直後、山が噴火したような轟音が鳴り響く。
吹き飛ばされた森の土砂が、もうもうと巻き上がり、赤い炎をまとったキノコ雲に変わっていく。
その光景は、まるで地獄。バンダースナッチから加圧魔石砲が放たれ、上空百メートルあたりで砲弾が爆発した瞬間だった。森の木々は、既に衝撃波でなぎ倒されている。急速に上昇していくキノコ雲。その中に稲光が見えていた。
世の終わりのような風景を見た流刑島の住人たちは、驚戦き膝を震わせた。
彼らを森に行かせまいと、獅子奮迅の働きを見せていた四人のドワーフも、これは想定外。街の住人と同じ反応となった。
「ね、行かなくてよかったでしょ……?」
何とか声を絞り出したメリル。その身体は少し震えていた。




