144 ジルベルトの過去
ジルベルトの話が終わり、これまで見て聞いたことと照らし合わせる。
「話に齟齬は無い。正直に話してもらって助かったよ」
「あ、……ああ」
ジルベルトは極限の緊張と戦っていた。汗でぐっしょりなったシャツが、それを物語っている。
だってさ、俺の後ろから、刺すような殺気がビシビシ飛んでいたからなー。三人とも、もう少し手加減してやればいいのに。
ジルベルトは更に老け込んだように見え、深々とカウチに座り直す。
俺たちが受けた依頼は、あくまでも調査。ミリアーノ組が流刑島から脱走しようが、デレノア王国がマラフ共和国に攻め入ろうが、知ったことではない。
だが、奴隷はダメだ。ここは介入するぞ、俺は。
流刑島の住人を、デレノア王国の奴隷として差し出せと要求したのは、リョウタ・タジマという男。約三十年前、デレノア王国で行なわれた大召喚術で、この世界に来た日本人だ。
そういう背景があって、タジマという人物は、デレノア王国所属の勇者だそうだ。その他にも数十名の勇者がいるらしく、ギルマスのアキラもその中の一人だったという。
「ジルベルト」
「……なんじゃ」
「あんたさ、アキラってやつから裏切ったと思われてんだろ?」
「……」
「汚名を雪ぐつもりなら、アキラに話せばいいだろ? あんたの話が本当ならば」
「……」
ジルベルトは下を向いて、どんな表情なのか分からない。
「余計なお世話か……。そのリョウタ・タジマってやつは、このフロアの壁の奥にいるんだな? どっち方向にいるのか教えてくんない?」
下を向いたまま、ジルベルトが頷く。
「ご、ご案内します」
護衛のオークが連れてってくれるようだ。ミッシーたち三人は疑いの眼差しを向けているけれど、此の期に及んで妙な真似はしないと思う。
外に出ると、天井の穴が塞がり、瓦礫の山と鉄球が消えてなくなっていた。ダンジョンが修復して吸収したのだろう。
デレノア王国軍とミリアーノ組の連中は俺たちに構わず、北へ向かって粛々と進んでいた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ドームの端にようやく到着。このダンジョン広すぎじゃね? ジルベルトの話だと、流刑島の街がすっぽり入ってしまうくらい広いみたいだし。
「どうした?」
ミッシーが口を開く。
ここまで連れてきたオークが、ダンジョンの壁をペタペタ触っている。壁に触ればドアが開くという話だったが、何も変化しない。
「すいません。いつもならここらを触れば開くんですが……」
本当にどうにもならなさそうなので、帰ってもらおう。
「あ、いいよいいよ。もう戻って組長の護衛やってて」
「は、はい。しかし――」
「いいからいいから」
組長の厳命が出ているので、なかなか帰ろうとしない。俺と護衛のオークで軽く押し問答をしていると、ニーナが殺気を飛ばす。
「ひぃっ!? わ、分かりました!」
護衛のオークは、脱兎の勢いで逃げ出した。
「……うん、ありがとね、ニーナ」
「どういたしまして」
ニッコリ笑顔のニーナ。今の殺気は、俺を殺しに来てたときと同じものなので、何だか微妙な気持になってしまった。
「それはそうと、この先にニンゲンの気配がするね……」
俺の言葉に三人とも頷く。ダンジョンってどういう素材で造られているのか分からないけれど、俺たち四人が気配を感じるのなら、この先に誰か居るのは間違いないだろう。
ぺちぺち壁と叩いても、ドアは開かない。
さて困ったぞ。
「ソータ、マイア、ニーナ、そこから離れてくれ」
「ん? おいおい……」
ミッシーが弓を構えているのに気づいて、俺は思わず息を呑む。少し離れた位置からでも、緑眼に燃える炎が見える。あの弓は、一度見たら忘れられない威力だった。
俺たちが壁から離れると、ミッシーの弓に白く光る矢が現われ、すぐに放たれる。
――ズン
そんな音と共に、ダンジョンの壁に丸い線が出来た。壁に刺さった矢がどんな現象を起こしたのか不明。ただし、単なる物理現象でないことは明らかだ。
次の瞬間ダンジョンの壁が、クッキーの生地を型抜きでくりぬいたような穴が空き、奥へ向かってすっ飛んだ。もちろん俺たちが通れる大きさだ。
「すごい……」
「いまの何……?」
マイアとニーナが驚いている。俺は影魔法で見ていたけれど、彼女たちは初見だったのだろう。この前見たように、ミッシーの緑眼に緑色の炎が灯っている。たぶん、新しく取得したスキルを使ったのだ。
名前は知らないけど、ノックバックの効果があったやつだ。
「穴が閉じる前に進もう」
ミッシーがそう言う。スキル名とか効果を話す気は無さそうだ。そういえば、スキルを聞くのもマナー違反だったな。
……うーん。覗き見していたと、言い出しにくくなってしまった。タイミングを見て話さないと、叱られそう。
なんて考えていると、三人の女子が穴をくぐっていく。
マイアは右手に収束魔導剣を抜いて、左腕に小さな盾を装備する。ニーナは短剣を両手に持っていた。
マイアの盾と、ニーナの短剣は見たことが無い。新調したのだろう。
「ニンゲンの気配が遠ざかってますね。というか逃げた……?」
「たぶんそう」
壁の奥には通路があった。左右と正面、果てしなく真っ直ぐ伸びている。マイアとニーナが話している気配は、正面の通路の先だ。どんどん遠くなっているけど、姿は見えない。
「ミッシー」
「なんだ」
「さっきさ、ここはSランクダンジョンだって言ってたよね?」
「この規模だとおそらく。それに、ここにはダンジョンマスターがいるはずだ。でなければ、さっきの大ホールに、モンスターがポップするからな」
ダンジョンマスターか。ここに来るまで色々聞いてはいるけど、とても面倒そうだ。ダンジョンを思いの侭にできるので、凄く手強いらしい。それでいてSランクダンジョンだ。
「あんなモンスターがポップするんだ……」
背後の壁が修復されると、右の通路に四体のモンスターがポップする。俺たちとまったく同じ姿だ。
「あれはフェッチだ。私たちの模倣をしてくるが、祓魔弓ルーグの模倣はできまい」
ミッシーは光りの矢を放つ。一本の矢が分裂して四本に増え、蛇行しながら飛んでゆく。
避けようとする俺たち四人を、その矢が正確に射貫き、泡に変えた。
左の通路にも同じモンスターがポップする。
こっちは短剣で突っ込んでいくニーナ。接近戦はヤバくね? なんて思っていると、両手に持つ小さな短剣が光を放ち、針のようになって伸びる。
……ふむ? 聖なる気配を感じる。
その針は、高速で伸縮を繰り返し、俺たち四人を穴だらけにする。フェッチは、その攻撃であっという間に泡に変わった。
正面の通路、ニンゲンの気配がしていた方にも、同じく四体のモンスターがポップ。こっちはマイアが走り出す。
今回現われた四体のフェッチは、ミッシーの弓とニーナの短剣を構えている。模倣してくるのが早いな。
拙いと思って手助けしようとすると、マイアが左手に装備した小盾が白く光る。すると彼女の周囲に岩石、氷塊、鉄塊が現われて周回を始める。
……ふむ。またしても聖なる気配。
俺たち四人がマイアに攻撃を仕掛ける。
「ん?」
俺、ミッシー、マイア、ニーナ、四人の姿をしたモンスターは、攻撃できずに慌てている。
その隙を狙い、マイアの周りを周回する岩石、氷塊、鉄球が、フェッチに向かって、一斉に飛んでいく。それは生半可な速度ではなく、当たった瞬間フェッチは泡と化す。
三方向の敵を倒し、三人ともドヤ顔で俺を見ている。
うん。凄いと思う。
神の気配を、三回も感じるとは思ってもみなかったし?
「ミッシー、その弓矢ってさ――」
「こここ、これは私のだ。母上からパクってきたものでは無い!」
いやいや、自爆するにも程があるだろ。祓魔弓ルーグねえ……、エレノアがなんか言ってた気がするけど。
「マイア、ニーナ」
「この盾は、ファーギに作ってもらったんです。収束魔導剣も改造してもらいました」
「あたいの短剣もファーギに作ってもらいました。手のひらに隠せる小ささで、あの威力。凄いですよねファーギは」
「…………そうだね。うん」
ファーギの野郎、俺に黙って神威結晶を使いやがった。……まあでも、大量破壊兵器じゃないよな、この武器と防具は。
でも一応、ファーギは〆ておこう。
「しかしなんだ、フェッチって、模倣してくるんじゃないの? マイアが倒した奴ら、攻撃できなくて戸惑ってるように見えたけど」
「祓魔弓ルーグは、ダーナ神族が創った聖弓だ。Sランクダンジョンだろうと、模倣できる道理は無い」
「そっか……。マイアの小盾と、ニーナの短剣は? ファーギはなんか言ってなかった?」
「あっ!?」
「……」
俺の言葉で、マイアとニーナが思い出したような顔になる。そしてすぐに、やっちまったー、みたいな顔に変化する。
「俺には見せるな、もしくは俺の前で使うな、そんな事を言われた?」
「は、はい……」
「……そうです」
「ああ、大丈夫、二人を叱ったりしないよ? 取り敢えず先に進もうか。おそらく、今回ファーギが作った武具は、このダンジョンでは模倣できない。ガンガン使ってもらっていいよ」
取り敢えず言質は取った。ファーギをボコるのは確定だ。
今度は俺を先頭にして、通路を進み出す。ニンゲンの気配があった正面方向だ。
一本道をしばらく進むと、曲がり角があった。その先には何も気配を感じないので、さくっと進んでいく。何度か角を曲がると、俺たちの前後にフェッチがポップする。通路を埋め尽くすほどの数が現われた。
「前は任せろ」
「後ろを殲滅する」
俺は神威を使った衝撃波で、前方のフェッチを泡に変える。ミッシーは光の矢を連射して、あっという間に全滅させた。
すると、すぐ近くにフェッチがポップする。ニーナが即座に穴だらけにした。
「やっぱり模倣できないみたいですね」
ニーナが言うとおりだ。神威は模倣できない。おかげで進むのは楽ちん。
さくさく進んでいると、さっき感じたニンゲンの気配を感知する。壁の奥でひっそり隠れている場所を突き止めた。
「この奥にいますね」
マイアはそう言って、収束魔導剣を抜く。確か以前は、黒い線に変わっていたけどな。なんて思っていると、剣先から白いレーザーのようなものが発射される。
それはダンジョンの白い壁を豆腐のように斬っていく。
丸くくりぬかれたダンジョンの壁を、マイアが手で押す。すると、くりぬかれた壁が奥に向かって倒れた。
「日本人……?」
俺を先頭にして中に入ると、黒眼黒髪のおじさんおばさんが六人いた。立方体の形をした小部屋で、一辺が十メートルほど。
「おい、あいつ日本語喋ったぞ?」
「いいからさっさと逃げるよ」
「わかった」
俺の日本語に釣られたのだろう、彼らはコソコソと日本語で話して、ダンジョンの壁にめり込むように消えていった。こいつらがリョウタ・タジマの連れだとすると、全員ダンジョンマスターって線もあるな。
「あっ!」
マイアの声で振り向くと、壁に開けた穴が塞がっていた。
「まんまと誘い込まれたみたいだ。絶対に何か起こるから、集まって」
三人が近付いてきたところで、神威障壁を張る。何が起こるのか分からないので、一応三枚重ねにしておこう。
神威障壁を張り終わったタイミングで、左右の壁が勢いよく狭まる。
挟んで潰すつもりだったのだろうけど、ぬるい。そう簡単に殺らててたまるかっての。
左右の壁は、球状に展開した神威結晶に阻まれ、それ以上動かなくなる。すると前後の壁が狭まり、次いで上下の壁が押し潰そうと迫ってきた。何が何でも殺したいみたいだ。
「……」
ニーナが呆気に取られた顔で俺を見ている。そして口を開く。
「ソータさん、この障壁は……?」
「うん、結構強い障壁だから破られない、たぶん」
障壁を少し大きくしてみると、全ての壁が少しだけ動いた。上手く行きそうだけど、障壁をこのまま大きくすると気圧が下がって危ないな。
うーん、念動力は模倣されるかもしれないし、神威を使った魔法にしよう。
「魔法を使うよ」
俺の声で三人とも身構える。……そんなに警戒しなくていいのに。壁に穴を開けるだけだぞ。
神威を使ってウインドカッターを飛ばすと、一本線を残して壁を突き抜けていった。いけそうなので、連射して穴を開けていく。
その穴の内側に神威障壁を貼り付けて、落盤しないように強化した。
なんだろ? 凄く慌てるニンゲンの気配と、もうひとつの気配を感じる。ダンジョンコアっぽいな。俺はその方向にウインドカッターを連射して、衝撃波を一発撃ち込んだ。
きれいに貫通したので、神威障壁で落盤防止。四人でその通路を覗き込んでみる。
「あれがここのダンジョンコアかな?」
その穴のずっと先で、赤く点滅するダンジョンコアが見えていた。




