143 最下層到着
流刑島ダンジョンは、ダンジョンマスターのリョウタ・タジマが設置したものである。薄暗いマスタールームに大きな台座が置かれ、そこに白く輝くダンジョンコアが乗せられている。
広くはない。六畳一間くらいである。そこでテーブルに向かって座るリョウタが、両手で頭を抱えながらブツブツと言葉を垂れ流す。
「オークの職員は殺せた。しかし、あのドワーフの一味はいったい何なんだ? ……知らない?」
どうやらダンジョンコアと念話で会話しているようだ。
彼はこの部屋に来て、真っ先にアキラの殺害に取りかかった。
ところが、監禁したドワーフの三人組と、どこから来たのか分からないドワーフの二人組が現われ、アキラたちと合流した。そのあと彼らにダンジョン内部を破壊された上、取り逃がしてしまった。
「お、行き先が分かったのか。そこにダンジョンの出口を作って、フェッチとミリアーノ組の奴らを送り込め」
リョウタの指示を受け、ダンジョンコアが点滅する。
「は? ドワーフの武器が模倣できない? ……そんなことあるのか? お前、Sランクダンジョンだよな?」
ファーギが使った武器、神威結晶を使った、魔導剣と魔導ライフルの模倣が出来ないようだ。Sランクダンジョンとはいえ、神威を扱うのは難しかったのだろう。
「それなら数で押し切れ。……やかましい! 森が焼け野原になっても構わん!!」
リョウタは何が何でも、ここでアキラの息の根を止めるつもりだ。ダンジョンコアに与える命令が、徐々にエスカレートしていく。
しばらくするとダンジョンコアが赤く変化して点滅を始める。
「はぁ? 床が壊されてる? クッソ!! そいつらも全力で叩き潰せ!!」
リョウタの叫び声が、マスタールームに響き渡る。
「いや待て……大ホールはダメだ。あそこには先生がいる。上手いこと通路に誘き寄せろ」
怒り狂っていたリョウタは、ダンジョンコアの言葉に動揺する。そして、焦りと恐怖に震える声で、ダンジョンコアに新しい命令を下した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ミッシー、マイア、ニーナ、三人とも浮遊魔法が使えるようになっていた。確か前は、ミッシーとマイアは、風魔法でゆっくり降りていくだけだったはず。ニーナは知らん。
でもみんな努力してるんだな。俺みたいなチート野郎じゃなくてさ。
『ぶぅ……』
『あ、クロノスのことじゃないからね?』
『うへっ!』
下っていくにつれ、鉄球で作った穴が大きくなっていた。そこを落下する勢いで降りてきて、大きな空間に出る前に急停止する。俺たち四人は床に降りて、穴から下を覗き込んでいるところだ。
そこはヒト族を中心に、様々な種族が大勢いた。ものすごい数だ。直下には山のようになった瓦礫があって、鉄球が見えなくなっている。
下に居る人たちから見ると、突然天井に大穴が空いたように見えるだろう。ほとんどの人々が、ここを見上げている。
高さはだいたい百メートルってとこか。
「随分大きな空間だな……。これだけの規模だと、ここはSランクダンジョンかもしれない」
「トンネルが三カ所あるわ……。あっちがサンルカル王国だとして、あと二カ所はなんでしょう?」
「マイアあれ! デレノア王国の軍じゃない?」
ミッシー、マイア、ニーナ、三人が各々の考えを話す。
「あのトンネルから、こっちのトンネルに進んでるのが、デレノア王国って国の軍隊なの?」
武装した集団が列を成し、西側のトンネルから北側のトンネルへ進んでいる。とんでもない数だ。歩兵や騎馬隊がいて、大きな馬車には食料や武器が積まれていた。
天井が崩れたせいなのか、行軍が早くなっていく。瓦礫の確認などはせず、完全に無視していた。
「はい、デレノア王国の軍で間違いありません」
俺の問いに、ニーナが答えてくれる。俺に対して、当たりが柔らかくなったので、だいぶんやりやすくなった。前は事あるごとに睨まれてたからな……。
「あのトンネルってさ、大きく曲がってない限り、北のマラフ共和国に通じてるよね。デレノア王国軍がそこに入ってくってことは……侵略戦争でもするつもりなのかな?」
「可能性はあります……。しかしデレノア王国が、他の大陸に戦力を送る余裕があるのでしょうか?」
マイアは俺の言葉を肯定しつつ、眼下の軍を見て疑問を呈する。聞いた話だと、ハマン大陸には無数の小国があって、常に戦争をしている。そんな大陸にある国が、わざわざ海を渡って他国に戦争を仕掛けるか?
国防戦力の低下に直結する行為で、他国から攻め入られる大きな要因となる。
「人員と金と資源、よほど余裕がなきゃ、侵略戦争なんてしないよな。高そうな装備で武装してるし、金はありそう」
「ソータ、あそこ」
「んー?」
ミッシーが指差した場所に、パーテーションみたいな囲いがあって、簡易的な屋根が取り付けられている。屋根が無い場所には、台座に乗せられたダンジョンコアがたくさん置いてあった。
そこでは大勢のヒト族が慌てふためいて、ダンジョンコアを動かそうと動き回っている。たぶん俺たちのせいだ。……さて、どうしよう。
俺たちが受けた依頼は調査だ。これまで集めた情報だと、不確定な話ばかりになってしまう。それなら下に降りて、何やってるのか聞いた方がいいよね。
戦闘になるかもしれないけど。
「降りて聞いてみようか。……殺すなよ?」
先に言っておかないとダメだと痛感している。じゃないと、ここにいる三人の女子で皆殺しにしかねない。
「うっ……」
「……分かりました」
「……」
あ、殺る気満々だったし。危ない危ない。
そんな彼女らを残し、先に飛び降りる。浮遊魔法で移動しながら、ダンジョンコアがある場所に着地した。
降りていくのは当然下から見えていたので、チンピラ然とした輩たちが、俺を待ち構えていた。
――ドン
いきなり魔導銃で攻撃されてしまった。もちろん障壁を張って防御する。
というか、魔導銃?
チンピラたちは全員ヒト族だ。ドワーフ以外が魔導銃を使うなど見たことがない。おそらくミリアーノ組の構成員だと思うのだが……。
そうこう考えていると、集中砲火が始まった。
いやいや、天井ぶち抜いてきた不審人物って自覚はあるけれど、問答無用で殺しに来るかね? 何かひと言あってもいいんじゃね?
「あー、ちょっと話がしたいんだけど」
この魔導銃には、爆発の属性を付けているのだろう。障壁に当たったエネルギー弾は爆発して黒煙を上げている。なにより俺の声がまったく聞こえていない。
黒煙のせいで見通しが悪くなると、周囲で「ぐえっ」とか「ぐほっ」って声が聞こえ始める。遅れて降りてきたミッシー、マイア、ニーナの仕業だ。
その声はすぐに聞こえなくなった。
風魔法で黒煙を吹き飛ばす。すると案の定、大勢のチンピラが地に伏せていた。死んではいないけど瀕死の状態だ。ため息が出る。放っておいたら死んでしまうだろ! と言いたくなるのを堪えつつ、軽く治療魔法を使っていく。
騒ぎの確認に来たのか、仕切りのドアが開いて、中からドワーフのじいさんが出てきた。
屈強そうなオーク族が三人、彼を守るように立っている。
「初めまして。冒険者のソータって言います。ちょっと聞きたいことがあるんですが……」
「殺っちまえ」
あ、会話する気なさそう。ドワーフのじいさん、三人のオークをけしかけやがった。その本人は魔導銃を構え、俺を狙っている。
オークたちは、背中に差した大剣を取りはずして構える。
「……」
チラリと視線を動かして確認する。ミッシーたちは俺に任せて傍観するようだ。
その視線を隙と捉えたのか、オークの三人が同時に斬りかかってきた。
三人とも身長が二メートル半くらいで大迫力だ。けれども動きが遅い。
最初に届いた、振り下ろしの剣を避ける。
横薙ぎの剣は一歩引いて避ける。
腹を目がけて突いてきた剣先を避け、右の手のひらではじく。
そのオークは体勢を崩して、つんのめってきた。
その隙を逃さず、オークの左脇腹にフック気味の左拳をめり込ませ、肋骨が折れたところで力を弱める。
そうしないと、折れた骨が肺に刺さってしまう。
それでも、相当な激痛を感じたはず。
オークの護衛は、声こそ上げなかったものの、苦痛に顔を歪めて膝を突いた。
あと二人。
と思ったけれど、急きょ目標を変更。
ドワーフのじいさんが、魔導銃を撃ったからだ。
手のひらに板状の障壁を張り、エネルギー弾を天井に向けてはじく。
ドワーフのじいさんが驚きの表情を見せる間に、素早く近付く。
その勢いのまま、ヤクザキック。
ドワーフのじいさんは勢いよく吹っ飛んで、小屋の板張りにぶつかった。
死なないように加減した。じいさんは白目を剥いてずるずると崩れ落ちていく。
残り二人のオークに向き直り、宣言する。
「まだ続ける?」
オークの二人は剣を捨て、降参の意を示した。
オークは何度か見たことがあるけど、だいたいが人なつっこい顔で、鼻が特徴的。そのほとんどが巨漢だった。
しかしだ、言っちゃ悪いけどこの二人、凄く人相が悪い。何というか、ヤクザ映画に出てきそうな雰囲気なのだ。
なので、簡単には喋らないだろうけど、一応聞いてみよう。
「二人にちょっと質問だ。このダンジョンコアは、何のために持ち込んでんだ?」
俺が質問をすると、ミッシーが近付いてきて、オークの心臓付近にレイピアの剣先を突きつけた。それくらいじゃ喋らないだろうと思っていると、あっさり喋り始める。
「はっ、はい! えっと――」
……いや、ちょっと刺さってんな、あれは。
殺気を放つミッシーに、殺されると思ったのだろう。
残りのオークには、マイアとニーナがオークの首に剣を添えている。いつでも斬るよ、という顔で殺気を放ちながら。
震えながら喋っていくオークの話は、組長宅で聞いたものと同じ。
ダンジョンコアを使って海底トンネルを作り、ミリアーノ組は流刑島から脱出する。その対価は、ダンジョンコアを持ち込んだデレノア王国に奴隷を差し出すこと。
そのため、このダンジョンをハブにして、サンルカル王国、マラフ共和国、デレノア王国にトンネルを開通させたそうだ。
ここからでも見えている、巨大トンネルだ。
「んで、あんたが組長のジルベルト・ミリアーノか?」
寝たふりをしているドワーフのじいさんに声を掛ける。
流刑島でドワーフを見たのは初めてだ。魔導銃や組長宅のコンクリートなど、彼が作ったものだろう。
「そうじゃ、ワシがジルベルト・ミリアーノ」
「ソータ・イタガキだ」
目を開けて立ち上がったジルベルトは、周りの状況を見て観念したようだ。彼は俺たちを板張りの部屋に招き入れ、オークの二人に茶の準備をするようにと指示を出す。
中は簡素な作りで、必要最低限の物しか置いていない。リカーラックに置かれた琥珀色の瓶は、おそらく何かの蒸留酒。その横には写真サイズの額縁が立ててある。学校の入学式だろうか、小さな女の子とジルベルトが並び、写真のような精密さで描かれていた。
ジルベルトはカウチに座って口を開く。
「そこに座ってくれ」
俺も座ってジルベルトと向かい合う。ミッシーたちは座らず、俺の後ろに立つ。護衛かな? なんか俺、偉そうに見えるんじゃ?
「失礼します」
部屋の奥から出てきたオークが、テーブルにティーカップを二つ置き、茶を注ぎ始める。紅茶のいい香りがする。
「ここには何をしに来たんじゃ?」
茶を飲みながら、ジルベルトが聞いてくる。
「この島の調査に来ただけだ」
俺もお茶をいただこうとすると、声が掛かる。
「ソータさん、そのお茶は飲まないで」
マイアの手が静かに俺の手を押さえる。
「ん? どしたの?」
「毒入りの可能性もあるので……」
その言葉で、ジルベルトの顔が引きつる。マイアの言葉は正解だったのだろう。
「まさかね。そーんな小細工する腐れ外道じゃないっしょ? ね?」
ジルベルトの目を見つめながら、お茶を一気に飲み干す。マイアが「あっ」と声を上げたがお構いなし。
うーん、淹れたてのお茶は熱い! クソ熱い!! かっこつけなきゃ良かった!!
『即効性の毒を検出。致死量を超えていましたが、リキッドナノマシンで分解しました』
『さんきゅ』
「……」
お茶を飲み干した俺は、平然としたままジルベルトを見つめる。
しばらく無言の時が経過すると、ジルベルトは脂汗をかきながら、俺から目を逸らす。お茶を持ってきた護衛のオークは、何故死なないんだ、みたいな顔で突っ立っている。
「毒なんて入ってなかった。だろ? ジルベルト」
そう言うと、今度は本当に観念したようで、ジルベルトはこれまでのことを洗いざらい語り始めた。




