142 絶体絶命
障壁の中で血のシャワーが降る。セスの首が床に落ちる寸前、滑り込んできたリーナが慈愛に満ちた腕で抱きかかえる。
テイマーズの三人は、何が起こったのか理解できぬまま、恐怖で立ちすくんでいる。
「しっかりしろ!! この障壁はワシがも――」
ファーギの叱咤が途中で止まる。
アキラの周囲に、八体のフェッチが再度ポップしたからだ。
合わせて二十一体のフェッチが、この場に居ることとなった。
劣勢を悟ったファーギはゲートを開き、そこにテイマーズの三人を投げ込む。その上で魔導剣を取りだし、近くにいるアキラを斬り付ける。
この魔導剣はソータに黙って作ったもので、魔石の代わりに神威結晶を使っている。その刃は魔力ではなく、神威で出来たもの。
その刃は、剣ごとアキラを両断し、次いでセスとリーナを斬り伏せる。
「お前たちも早く逃げろ! このダンジョンは完全にワシらを殺しにきてる!!」
ファーギは怒りで震える声をあげ、メリルの尻を蹴飛ばしてゲートをくぐらせた。
リーナはセスの頭を抱きかかえ、涙を流しながら座り込んでいる。
それを見たファーギは、リーナの襟を掴んでゲートに放り込む。
――ドン
ファーギが魔導銃を撃つ。ファーギを狙って。
しかしファーギは落ち着いて対処する。
魔導剣で魔導銃のエネルギー弾をはじき飛ばした。
ファーギは戦意喪失した仲間を避難させ、板状障壁とゲートを維持したまま、残り七体のフェッチと向き合う。
幾度となく修羅場をくぐって来たファーギは、一対多でもまったく動じていない。
ファーギがふらりと揺れ動くと、身体がブレる。次の瞬間ファーギの首をはね飛ばし、メリルとテイマーズの三人を細切れにしていく。
ファーギの魔導剣は、このダンジョンで初めて使ったもの。フェッチの八体はファーギに対処できず、あっという間に全滅した。
しかしこの調子だと、またフェッチがポップする可能性が高い。ファーギはそう思ったのだろう。大声でアキラに声を掛ける。
「アキラ! お前もさっさと行け!!」
だが、アキラはアキラで、八体のフェッチを相手に戦っている。
声は届いているようだが、一瞬でも隙を見せればフェッチの攻撃をまともに食らってしまう。
アキラはそんな状態で、逃げることもままならない。
それを察したファーギは、ゲートを閉じ、障壁を解除する。
その先にいる五体のフェッチを、またたく間に斬り伏せた。
残りはアキラと戦う、八体のフェッチ。
これは時間を掛ければ掛けるほど、不利になっていく戦いだ。
これ以上フェッチがポップする前に、この場を脱出しなければならない。
ファーギがアキラを援護するために走り出すと、背後に二体のフェッチがポップする。
姿はファーギとアキラのもの。
そしてファーギが、魔導剣を取りだした。
ファーギは魔導剣を仕舞い、魔導バッグからライフルのような魔導銃を取りだす。
「魔導ライフルは見せたくなかったんだが、なっ!」
神威結晶をエネルギー源とした魔導ライフルは、真っ白な光線を吐き出し、二体のフェッチを蒸発させる。
その威力は凄まじく、ダンジョンの壁に穴を開け、次から次へと壁を貫いていく。
同時に、離れた場所で何か崩れる音が聞こえてきた。
魔導ライフルのせいで、フロアの一部が崩れたようだ。
ファーギは残りのフェッチに狙いを付ける。
「アキラ!!」
ファーギのその声と同時に、アキラはスキル〝加速〟を使い、瞬時に移動した。彼は次の瞬間、ファーギの隣に立つ。
八体のフェッチは一瞬何が起こったのか戸惑いを見せる。
しかしそれが、彼らの最期となる。
ファーギの魔導ライフルが極太の光を放ち、八体のフェッチは、泡となる前に蒸発して消え去った。
ファーギはすぐさまゲートを開く。
「そんな顔をするな……」
アキラは首が無くなったセスを見つめている。
死んだものを放置すれば、ダンジョンが吸収してしまう。
横たわったセスの遺体は、既に半分ほど床に沈み込んでいるのだ。
「くそっ!!」
アキラは歯を食いしばり、憤怒の形相でゲートをくぐっていった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
バンダースナッチを整備する傍ら、お留守番をしていたリアム。連絡不精のソータはさて置き、ファーギやメリルからも連絡がなく少々不安になっていた。
居ても立っても居られなくなった彼はバンダースナッチから出て、たき火の最中である。
用心のため、いちおう魔物よけの香も焚いている。強い魔物が出る森ではないけれど。
「んー?」
パチンと弾ける薪を見ていると、背後に気配を感じて振り向く。そこには恐怖で顔を引きつらせたテイマーズの三人が、下着姿のまま力無く座り込んでいた。
「お、おい! 大丈夫っすか?」
三人ともゲートから出てきたことを確認し、リアムは慌てて駆け寄る。次いで短剣を構えたままのメリルが、ゲートから出てきた。
その次はリアムが知らない、背の低いエルフ。その胸にオークの首が抱きしめられていた。エルフの声にならない慟哭は、果てしない悲しみの表れだった。
ただ事ではないと感じたリアムは、荷物搬入用の後部ハッチを開けて、バンダースナッチへ駆け込んでいく。彼が医療用品を抱えて戻ってくる頃には、ファーギたちが全員戻っていた。
「ファーギ、大丈夫っすか?」
「ああ、ワシは平気だ。しかし……」
アキラは剣を地面に突き刺し、あぐらを組んで座り込んでいる。リーナはセスの首を抱きかかえたまま、涙を流している。
テイマーズの三人は、リーナになんと声を掛ければいいのか分からず、周りをちょろちょろしている。
しっかりしているのは、ファーギとメリルだけである。
「とりあえず、ヒュギエイアの杯で作った水を飲んで下さい。みんなヘトヘトじゃないっすか」
バンダースナッチから持ってきた魔導バッグ。リアムはそれから瓶を取りだし、みなに配っていく。ダンジョン帰還組は、水を飲み干したところで、やっと一息つく。
「何があったっすか?」
その声でファーギが答えていく。ついでにアキラとリーナの紹介を済ませ、一旦バンダースナッチの中で休むこととなった。
「うわっ!?」
「何これ!?」
「これダンジョンの入り口だ!!」
テイマーズの三人が騒ぎ出した。
リアムが焚き火をしていたすぐ側の地面に、ダンジョンと同じ白い素材で大きな階段が出来ていた。
そこを覗き込むファーギ。大量のフェッチが、階段を駆け上がってきている。
ファーギは魔導ライフルを取りだし、地下へ続く階段に向けて引き金を引く。
極太の白光は、ダンジョンの階段を融解させながら突き進んでいく。もちろんフェッチも全滅だろう。
「ちっ! こいつを見せたのは拙かったか!」
階段を駆け上がるフェッチは、全てファーギの姿で、全て魔導ライフルを持っていた。
ファーギは撃たれる前に撃った。しかし、あれが地上に出てきたら大惨事になる事は明らか。
「おい、ファーギ! こっちにも入り口が出来たぞ!」
アキラの声でファーギが振り向くと、地面に新たな出入り口が出現していた。ファーギがそこを確認する間もなく、リアムが別の出入り口を発見する。バンダースナッチの周囲に、地下へ続く階段が次々に現われていく。
「メリル!! これを持って街に行け!!」
「了解!!」
ファーギに手渡されたものを見て、メリルがゲートを開く。バンダースナッチで逃げても、フェッチの魔導ライフルで撃ち落とされるのがオチ。ファーギはそう考えたのだろう。
メリルは、テイマーズの三人をゲートに押し込み、リアムに手招きをする。
「早くこっちへ!」
いまいち状況が分かっていないリアム。メリルから尻を引っ叩かれ、ハッとする。
「いやいや、バンダースナッチを置去りに出来ないっす。せっかく改造したのに、壊されてたまるもんか!」
うおおおっ! と叫びながら、リアムはバンダースナッチに駆け込んでいった。
それを見たメリルは、ため息ひとつ。
「アキラ! リーナ!!」
突っ立ったまま動かない二人に、メリルが声を掛ける。
「俺はここに残る。このダンジョンは、おそらく俺を狙い撃ちにしているからな」
アキラはそう言いながら、魔導バッグから禍々しい気配を放つ剣を取り出した。
「あたしも残るわ。セスのかたき討ちしなきゃ」
リーナは弓を仕舞い、魔導バッグから弦の無いクロスボウを取りだした。
メリルはそんな二人を見て、自分もゲートをくぐるかどうか、迷いが出ていた。残って闘うべきかと。
「メリル、お前は生き残って、皇帝陛下に事の詳細を伝えろ! 行け!!」
ファーギは魔導ライフルを構えながら、そう言い放つ。彼もここに残るようだ。
「……くっ!」
ここに残ると言った三人は、ダンジョン内で別格の動きをしていた。メリルは自身の実力不足を思い知ったばかり。ここに残れないことを恥じ入りながら、彼女はゲートをくぐっていった。
「アキラ、リーナ、一応伝えておく。こいつは、魔石ではなく神威結晶を使ってるから、魔導砲以上の威力がある。これから戦うフェッチも、これと同じものを使って来るはずだ。……死ぬなよ」
ファーギが忠告する。ダンジョンの入り口のひとつを、魔導ライフルで撃ち抜きながら。
アキラとリーナは、顔色ひとつ変えずに、その言葉を受け止めた。
「上等だ……、ここはダンジョンの外。魔剣ラースを使っても、模倣できないからな」
「あたしの魔弓銃エンヴィーも真似できないからね!」
奥の手を隠していた二人に舌を巻きつつ、ファーギはダンジョンの出入り口を撃ち抜く。
残った三人の背後で、音も無くバンダースナッチが浮かび上がり、ものすごい早さで飛び去っていった。
「さーて、気合入れていくか!」
ファーギは魔導ライフルを仕舞い、魔導バッグからショットガンの形をした魔導銃を取りだす。
それを見たアキラが口を開く。
「さっきから思ってたんだが、ファーギは地球の銃器を参考にしているのか?」
「ああそうだ。こいつは、アラスカって場所で見たやつを参考にして作った」
その魔導銃は、ケル・テックKSGとそっくりだ。散弾という考え方にヒントを得て作ったものだ。もちろん魔石ではなく、神威結晶をエネルギー源としている。
「どうやって地球に行ったのか、あとで教えてもらっていいか?」
「教えるのは、流刑島での勤めが終わってからだなっ!」
呑気に話していると、とうとうフェッチが地上に溢れ出してきた。
そこから聞き覚えのある声がする。
「あっちゃー、やっぱアキラさんいたんですね。それと……、リーナさんも」
魔導ライフルを構えたファーギが、階段から上がってくる中、五十名ほどのニンゲンが現われた。
彼らを率いているのはレンツ。その手には、ダンジョン産の魔導ライフルが握られていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
流刑島ダンジョンの最深部。巨大ホールの天井から、何かの音が聞こえ始めた。
マラフ共和国へ脱走中のミリアーノ組、同じくマラフ共和国へ進軍するデレノア王国軍、彼らは天井を見上げて、何が起こっているのかと騒ぎ始める。
「静まれい!!」
それを一喝する老ドワーフ。彼の名はジルベルト・ミリアーノ。ミリアーノ組の組長である。
彼の声がホール内に響き渡り、ざわめきが収まっていく。
ジルベルトはそれを見て、満足そうに破顔する。端から彼を見ると、白髪で髭を生やした、ただの好々爺に見える。その出で立ちは、ペイズリー柄のネクタイに、グレーのスーツ姿。裏地には、防御力を高めるための魔法陣が縫い込まれている。
彼は護衛の構成員を引き連れ、ダンジョンコアが集められている小屋へ進んでいく。
「あ、オヤジ!」
ダンジョンコアの集積所から、幹部の一人が近付いてきた。
彼はジルベルトに顔を寄せて耳打ちをする。
それを聞いたジルベルトは舌打ちをした。
「とうとうアキラにバレちまったか……」
そう言いながらジルベルトは進み、小屋の中に入って行く。
そこは簡易的ではあるが、ジルベルトが快適に過ごせるように、カウチやデスクなどが置かれ、木製ラックには瓶入りのモルトウイスキーが並べられている。
護衛の一人がグラスを出し、ウイスキーを注いでいく。それを毒味するため、幹部の一人が一口飲んで確かめる。
「どうぞ」
毒が無いと確信した幹部は、流れるような所作でグラスをテーブルに乗せた。
カウチにどっかりと座ったジルベルトは、ウイスキーを舐めるように飲み始めた。先ほどの好々爺とは違い、気がかりなことがあって落ち着かない風である。
ジルベルト・ミリアーノは大罪を犯して流刑島に送られてきた。もう二百年ほど前の話だ。当時の彼は、この島の荒れ具合に絶望して過ごしてきた。組同士で、血で血を洗う抗争が多発していたからだ。
しかし三十年前、アキラがこの島に来て以来、治安が回復して住みやすくなった。あくどい組は、アキラが全て壊滅させ、新たな組が作られていく。
アキラは新たな組にも目を光らせ、治安を乱すようなことがあれば力尽くで解決していく。そんな暴力での裁定は、流刑島の住民に合っていた。
「あの日あの時、ワシらは約束をした。流刑島をまともな島にしようと」
ジルベルトとアキラの約束があって、この島が発展したと言っても過言ではない。しかし、ジルベルトはこの島に長くいすぎた。ドワーフは長命種であるが故に、ジルベルトは狭い島暮らしに飽きてしまったのだ。
なによりジルベルトは自分の娘、サーラ・ミリアーノに外の世界を見せたい。その思いが日に日に増していった。
そんなとき、突如現われたリョウタ・タジマ。
構成員を大勢殺されても、流刑島の住民を奴隷として差し出せと言われても、彼は首を縦に振らなかった。
流刑島から脱出できる、という対価を提示されても。
だがしかし、彼は首を縦に振らざるを得なくなってしまったのだ。
「しかし何だ、この音は?」
ジルベルトに聞かれた幹部は首を傾げる。他の幹部は、何が起きているのか調べに出て行った。
天井から聞こえる音は、少しずつ大きくなっている。つい今しがた、その音でホール内が騒ぎにならないよう、ジルベルトは大声で一喝した。
だが、それで音が消えたわけではない。
ドン、ドン、という音は、既にホール内に響き渡るほどの大きさになっている。
そしてとうとう天井の一部が崩落した。
瓦礫が床に叩きつけられて砕け散る。
大慌てで戻ってきた幹部が、口から泡を飛ばしながら言う。
「オヤジ! 天井が崩れやした!!」
ダンジョンでそんな事が起こるはずがない。
さすがにおかしいと感じたジルベルトは立ち上がり、小屋の外に出ていく。
ジルベルトが天井を見上げると、ちょうどそこが大きく崩れるところだった。
爆発したように天井が崩れ、大量の土砂と瓦礫で煙が舞う。そこから飛び出すように、大きな鉄球が落ちてきた。




