141 Sランクダンジョン
人狼と黒狼が出現して以来、そこはダンジョン本来の姿に変貌を遂げた。
モンスターがポップし、ついでとばかりに罠が発動、通路は複雑さを増し、分岐する箇所が多くなっていく。
アキラを先頭にして、両脇を固めるようにリーナとセスが警戒する。その後ろにテイマーズの三人。最後尾に姿を消したままの、ファーギとメリル。彼らは隊列を組んで、白い通路を進んでいた。
数多の妨害に遭いつつも、アキラとファーギの活躍で連戦連勝、危なげなく進むことが出来ている。とはいえ、テイマーズの子どもたちに無理をさせるわけにはいかない。
「そろそろ休憩するか。お前たち水を飲め」
姿を現して、ビン詰めの水を配るファーギ。中身はヒュギエイアの水。これが無ければ、ここまで進んでくることは出来なかっただろう。
現在地は一本道で、隠れる場所は無い。なので、アキラとファーギが前後に立ち、しばしの休憩でも守りを固めている。
そんな中、ハスミンが口を開く。
「アキラのおっさん、あんたもニホンから来たのか? ソータのおっさんと顔貌が似てるし」
アキラには聞き覚えのない名前だ。彼は思い出すような素振りを見せる。
「そう、俺は日本人だ。もう三十年前になるか。ハマン大陸のデレノア王国で、大召喚術が行なわれ、俺たちのクラス三十六人がこの世界に来た。そのあと色々あって、俺はこの島に送られてきたんだがな……。そのソータって奴も日本人なのか?」
「そうそう、ニホンから来たって言ってた」
アキラとハスミンが世間話をしている傍らで、メリルが難しい顔で聞き耳を立てている。それを見たリーナがメリルに話しかける。
「ブライトン大陸の四カ国で管理している流刑島に、なんでハマン大陸の罪人がいるのか? そんな顔してんね?」
「そうね……。一体どういうことなんでしょうか?」
長年この島にいるちびっ子エルフが、これまでの経緯を語り始める。
ハマン大陸側は、流刑島に罪人を送る。
その代わり、ブライトン大陸側に、戦を仕掛けない。
ブライトン大陸側は、無条件でハマン大陸の罪人を受け入れ、流刑島の大結界を維持していく。
つまりブライトン大陸側は、戦を避けるために大人の対応を取ったのだ。
大陸間でそんな不文律があるのだという。
ハマン大陸には修羅のような猛者がたくさんいる。彼らのせいで国がちょくちょく滅亡するので、正式な条約を結ぶ意味がないそうだ。
密蜂のメリル・レンドールは二十九歳。長命種のドワーフでは、まだ弱輩者である。彼女はこのダンジョンに入ってから、自身の知識と経験不足を思い知らされていた。
メリルがチラリとファーギを見る。彼は不文律のことを知っていたのだろうか、そんな眼で。
「まっ! ワシくらいになると、それくらいのこと知ってたがな!」
少し目が泳いでいる。おそらく彼も知らなかったのだろう。
その様を見たアイミー、ハスミン、ジェスの三人が、ファーギの脛をガシガシ蹴り始める。
「いつも偉そうに!」
「きっつい訓練させるくせに!」
「知らなかったんだよなあ!」
そんな言葉と共に。
「おーい、ちょっと弛みすぎじゃねぇですかー?」
セスの緩い声が聞こえてくる。彼は既に剣を構え、ポップした人狼と黒狼と相対している。アキラはちょうど剣を抜くところだ。
すかさず全員動き始める。
「また挟み撃ちか。しかも今回は数が多い。ファーギ、後ろは任せるぞ!」
「ああ、任せろ!」
アキラの声にファーギが応じる。
テイマーズはアメジストスライムを召喚し、後方の黒狼へけしかける。アメジストスライムは強酸を吹き出して、黒狼を泡に変えていく。
ファーギとメリルは、魔導銃で人狼の眉間を撃ち抜く。二人とも狙いが正確で、人狼は声を上げることも出来ずに泡と化す。
アキラとセスは前方の集団に、剣で挑む。その後ろでは、リーナが弓を構えていた。
「組長、いきやすぜ!」
「組長はやめろ」
アキラとセスは、黒狼と人狼の集団が迫ってくるのを見て、共に剣を構える。アキラの剣は炎を吹き出し、セスの剣は太く長い。二人は視線を交わし、人狼と黒狼の集団に向かってゆく。
アキラの剣が火炎放射器のように炎を放ち、人狼と黒狼を消し炭に変える。その攻撃を抜けてきた黒狼を、セスの巨大な剣が斬り割いていく。
リーナは弓を構え、矢を放つ。その矢は、リーナの風魔法で加速し、蛇行しながら、人狼と黒狼を射貫く。
順調にモンスターの数が減っていく中、アキラが声を上げた。
「また増えるぞ!!」
あと少しで前方のモンスターが全滅しそうになると、さらに前方の空間がゆがみ、新たなモンスターが三体ポップした。
「げっ!? あれってフェッチじゃん!? アキラ、ここSランクダンジョンで確定!!」
慌ててリーナが叫ぶ。
フェッチは、Sランクダンジョンに現われ、侵入した者と同じ姿で同じ能力を持つ、非常に厄介なモンスターである。
三体のフェッチは、アキラ、セス、リーナの姿で、不敵な笑みを浮かべていた。
次の瞬間、アキラとアキラ、セスとセスの剣が交わる。激しい剣戟で火花が飛び散る。
アキラの剣から炎が出ると、アキラも同じように炎を出して相殺する。
セスの重い剣が振り下ろされると、セスの剣が受け止める。
一進一退の攻防が続く中、リーナとリーナは迷っていた。どちらが味方で、どちらが敵なのか分からなくなっているのだ。
「ナニコレ!?」
「増えた!?」
「こっちのちびっ子リーナは本物?」
テイマーズの三人が、近くにいるリーナに声を掛ける。その後ろに、姿を現したファーギとメリルが立っている。
彼らが担当したモンスターは全て倒してしまったようだ。
「フェッチか……。こいつ面倒なんだよな。だが、あいつだけは敵だ」
ファーギが魔導銃を構え、通路の奥に突っ立っているリーナの眉間を撃ち抜く。
するとリーナの形が崩れ始めた。素肌が灰色に変化し、防具や弓も色が変わっていく。これらは全てフェッチの身体の一部。灰色の身体に変化したフェッチは息絶え、泡となって消えていった。
「どうするの?」
「どっちがどっちだか、さっぱり分からないね」
アイミーとハスミンが困惑している。
リーナは消えた。しかしアキラとセスは同じ姿のフェッチと激しく戦っていて、どっちがどっちなのか判断出来ない。
アイミーとハスミンは、アメジストスライムをけしかけようとして迷っているのだ。
「見てるだけ? げっ!? 後ろ見て!!」
ジェスは背後を向いて、大声で知らせる。
そこにはファーギ、メリル、アイミー、ハスミン、ジェス、五人と同じ姿をした、五体のフェッチがいた。
おまけに、三体のアメジストスライムまで呼び出している。
「拙いっ!」
ファーギが魔導銃を構えたところで、ファーギが通路を分断するように板状の障壁を張る。メリルも同じように障壁を張って、ファーギの援護に加わる。
「テイマーズ! 勘でいい。フェッチだと思うアキラに、アメジストスライムをけしかけろ!! こっちは二人でしばらく持たせる!!」
ファーギとメリルは、障壁を維持するようだ。五体のフェッチは障壁を破るために、激しく攻撃を仕掛けている。
「え?」
「マジで?」
「間違ったらどうするの?」
テイマーズの三人が困惑していると、アキラ自身から声が掛かる。
「大丈夫だ、やれ! 俺なら避ける!!」
アキラとセスは、フェッチと実力が伯仲しているのか、攻防が二転三転している。たった今喋ったアキラが、どっちなのか分からないくらいに。
「クソッ!」
「怪我しても知らないからね!」
「ごめんなさい!!」
テイマーズの声と共に、三体のアメジストスライムが、二人のアキラに強酸を浴びせる。その結果、二人とも酸を避けるために大きく飛び退いた。
すると近くにいたセスが、セスを蹴り飛ばす。そのためアメジストスライムが飛ばした強酸は、セスが浴びることとなった。
しかしテイマーズの三人は、どっちが本物のセスなのか分からず、いつもの強気の態度を忘れて子どものような悲鳴をあげる。強酸を浴びたのは、本物のセスなのかもしれない、そう思ってしまったのだ。
だが、強酸を浴びたセスの方は、体表面の色が灰色に変化する。
――カッ
その脳天に、リーナの矢が深く刺さる。
白目を剥いたフェッチは、泡となり消えてゆく。
それを見たアキラが言い放つ。
「あと一体は俺がやる」
セスもニヤリとしながら口を開く。
「こういうのは、いつも連携して戦ってないと分かんねぇからなあ。フェッチごときにやられてたまるか!」
とはいえセスも、アキラとアキラを見分けられない。加勢しようとして二の足を踏んでいる。
アキラの戦いを見るだけの一同。そんな中、一人だけ余裕を見せているのはアキラだけである。
「フェッチの対処法は、このダンジョンで使ってない技を使うことだ」
そうすれば、フェッチが知らない攻撃が出来る。
ダンジョンコアは、侵入者が使った魔法やスキル、足さばきや剣さばきを元に、フェッチを創り出す。見せていないものは、真似も出来ないのだ。
しかし新たなスキルや動きを見せると、次にポップするフェッチは、当然のように真似してくる。
フェッチが連続でポップしてくると、どんどん手詰まりになっていく。そして最後には、殺られてしまうのだ。
アキラはそんなこと分かっていると言わんばかりに小さい技を繰り返し、アキラの首をはね飛ばした。
「やったー!」
「アキラのおっさんすげー!」
「いや、勝ったのはフェッチかもっ!?」
アイミーとハスミンが喜びの声を上げると、ジェスが注意を促す。テイマーズの三人は腰を落とし、いつでもアメジストスライムをけしかけられるように構えた。
そんな三人を気にせず、アキラは残心をしている。そして、通路の先に空間の歪みが出来た瞬間、そこをスキル〝破断〟で斬り割く。
アキラが斬ったのは、ポップする前のアキラ。そのおかげで、ポップした瞬間、フェッチは泡となって消えていく。
テイマーズの三人は、生き残ったアキラが本物だと確信する。ただ、ポップしたフェッチは一体だけではなかった。
オーク族のセス、ちびっ子エルフのリーナ、ドワーフ族のファーギ、メリル、アイミー、ハスミン、ジェスと、七体のフェッチが現われている。
アキラたちの背後では、ファーギとメリルが障壁を張って、五体のフェッチの攻撃を防いでいる。
「ダンジョンマスターの性格の悪さが浮き彫りになってんなぁ……。リーナ、俺の後ろに障壁を張って、ドワーフの子どもを守ってくれ」
「わ、分かった」
アキラが冗談で言ったのでは無い、と確信したリーナは、すぐさま通路に障壁を張る。アキラ以外は、前後に出来た障壁で守られる形となった。
アキラは一人で、新たに現われた七体のフェッチを相手にするつもりなのだろう。
抜き身の剣に炎をまとわせ、アキラが正眼に構える。
対してセスは、大剣を上段に構える。
アキラは、一対一の戦いを望んでいる。しかし、周りのフェッチは、そんな空気など読まずに攻撃を開始する。あっという間に、一対七の乱戦となった。
アキラとセスの剣が交わると、横から魔導銃を撃つファーギ。その反対側から、メリルの魔導銃が火を吹く。
テイマーズの三体は、アメジストスライムを召喚して強酸の攻撃を始める。アキラの背後から、リーナの矢が放たれた。
全方位からの攻撃は、全てアキラの急所を狙っている。
それを見たアキラは、特別な何かをやるわけでも無く、一歩だけ斜め後ろへ下がる。
すると、ファーギとメリルが魔導銃で相撃ちとなり、リーナの矢がセスを貫く。
アメジストスライムの強酸は、アキラが立っていた場所を素通りし、リーナに直撃した。
いつの間に移動したのか、アキラはテイマーズ三体の側にいる。
テイマーズが気付いた時には、既にアキラが剣を振り抜いたあとだった。三体とも身体に縦の線が入ると、真っ二つに裂けた。それと同時にアメジストスライムが消えていく。
七体のフェッチを、またたく間に倒したアキラ。顔色ひとつ変えずに、その場で残心をしている。
障壁の奥でそれを見ていたテイマーズの三人は、微妙な表情を浮かべる。ダンジョンのモンスターとはいえ、自分たちと同じ姿のものを、躊躇いなく倒したのだから。
「おいアキラ! こっちはもう持たないぞ!!」
ファーギの声がする。彼が張った障壁の先にいるフェッチの五体は、未だ健在である。
「リーナ、障壁を解除してくれ。俺とファーギが先頭に立つから、全員後ろからの援護を頼む!」
アキラがファーギの言葉に応じて指示を出すと同時に、ファーギとリーナが張った障壁内部に八体のフェッチがポップした。
アキラが、テイマーズに斬りかかると同時に、セスが間に入る。
「おいおい! 子どもはダメだ――」
しかし突然の出来事で、セスの体勢が崩れる。
アキラは、その隙を見逃さなかった。
アキラの剣が、セスの首をはね飛ばす。
何かの冗談のように、セスの首が宙を舞った。
「いやああああああああっ!!」
リーナの絶叫が響き渡った。




