139 ダンジョンの人狼
ダンジョンの中に突如現われた侵入者、アキラに向けて魔導銃の攻撃が始まった。その閃光がまき散らされると爆発音が鳴り響き、黒煙があっという間にダンジョンの広間を覆っていく。
「問答無用で殺しに来るか……。なら訳を聞かずに殺しても異論は無いな」
煙って見通しの悪い中、アキラの声が聞こえる。その間、三人の組員が首をはね飛ばされ、赤い噴水を吹き上げながら倒れた。
「あんたたち、バカじゃないの! 魔導銃なんて使ったら、煙で見えなくなるって分かるでしょ!」
黒眼黒髪の女性が声を張る。
「よう藤原、お互いに年取ったなあ――、じゃあな」
その女性がアキラの声を間近で聞いたとき、すでに剣先が首に迫っていた。女性は避ける間もなく、首をはね飛ばされた。
次々と倒されていくミリアーノ組の者たちと、アキラの元クラスメイト。
煙が晴れる頃、その広間は血の海と化していた。生き残りは、ひとりも居ない。
「あーあ、みーんな殺しちまったんですか?」
「正当防衛だ……。ん? セス、帰れと言っただろ?」
エレベータシャフトから、オーク族のセスがのっそり姿を現す。そこにリーナの姿はなく「どうやって降りてきたんだ」と小声で言いながらアキラは首を傾げる。
「アキラちゃーん! あそこ! ドワーフのちびっ子三人組が隠れてるよー! あっ! こら待てー、逃げるなー!」
エレベーターシャフトから見て正面にある通路。リーナはそこにいた。アキラとセスが視線を向けると、リーナがテイマーズを追いかけ始めたところだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
テイマーズの三人は、リーナにアメジストスライムをけしかける間もなく、あっさり捕まった。リーナの動きが速すぎて、誰も反応できなかったのだ。
そのあとリーナからアメジストスライムを帰すように言われ、三人とも通路に正座させられている。そこにアキラとセスが駆け付けたところで、リーナが喋り始めた。
「アイミー、ハスミン、ジェス、あなたたち三人とも、魔石の売人を探す依頼を受けていたわね。街中で貴族崩れをボコボコにするのは構わないけど、やり過ぎてミリアーノ組のレンツに攫われちゃったの? それでそんな格好してるの?」
テイマーズの三人はインナー姿で、武装解除されている。
「そうだけど、これも訓練のひとつだからな。あたしらは強くならなきゃいけない。デーモンに負けるわけにはいかないから」
「訓練? デーモン? アイミー、あんたデーモンと戦う訓練で、この島に来たの?」
リーナに突っ込まれ、あわわ、と慌てるアイミー。ハスミンとジェスは、口を滑らせたアイミーを見てため息をついた。
「もしかして、こいつが訓練の監督をしているのか?」
アキラが剣を抜き、誰もいない場所を斬り付ける。
「あぶなっ!? いきなり斬るなよっ!!」
その剣を板状の障壁で受け止めたファーギ。同時に姿が見えるようになった。
「ドワーフのファーギ……。あんたSランク冒険者だっけ。デレノア王国にいたとき、一度だけ見たことがある」
「そうかい……、ワシは覚えてないなあ」
「どうでもいい。冒険者ギルドでは、気のせいだと思っていたが、ダンジョン内部で姿を消しても、気配が少なくてすぐにバレるぞ? それと……、この島には、何をしに来たんだ?」
「依頼で来てるんだよ。これ以上は話せん」
「まっ、依頼の内容は話せないよな。俺はアキラ、よろしくな。あっちにエレベーターがあるから全員いますぐ帰れ」
エレベーターシャフトがある方をスッと指し示し、アキラは逆の方向へすたすたと歩き始めた。
あまりにも冷たく簡潔な言動で、残された六人はぽかんと口を開けている。
「おいこら、オークのおっさん! 何なんだあのギルマスは!」
ハスミンは怒りの表情で、セスの脛をガシガシ蹴り始めた。
「いや、俺は十九歳だ。まだおっさんじゃねえし、名前はセスってんだ。よろしくな、おちびちゃん」
セスの腰くらいの身長しかないハスミンの蹴りは、まったく効いてないようだ。
「へっ? あたしのいっこ上? これだからオーク族は嫌いなんだよっ!!」
ハスミンは自分よりはるかに身長が高いセスに嫉妬したのか、前にも増して激しく蹴り始めた。それを全く意に介さないセス。
セスの方は「そんな事より、ギルマスはどうする?」と、そんな表情でリーナを見ていた。
この状況になっても、まだ訓練を続ける気なのか、ファーギは黙って魔道具を使い、再び姿を消した。
それを見たリーナは、テイマーズの子ども三人へ向けて言い放つ。
「アイミー、ハスミン、ジェス……、あんたたちが、Aランク冒険者なのはよく分かってる。それに相応しい実力もある。だけどね、これは荷が勝つ案件だわ。そこのドワーフ、この子たちを連れて、さっさと帰りなさい」
「大丈夫だ。こいつ達はワシが責任を持つ。ほれ、さっさと追わないと、アキラが行ってしまうぞ?」
姿を見せないまま、ファーギが答える。アキラはちょうど通路を曲がるところだった。
「はあ~、アキラちゃんといい、ちびっ子ドワーフといい、自分勝手すぎる! あたしは、どうなっても知らないからね!!」
そう言うリーナも、アキラから帰れと言われているはずだが、自分のことは棚に上げて素知らぬ顔。彼女はセスに目配せをして、アキラを追って走り始めた。
「ほれ、お前たちも行け」
ファーギの言葉でアメジストスライムを召喚して、テイマーズの三人はアキラたちが向かった方向へ走り始めた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
俺たちはミリアーノ組の組長宅前で、組員らしき者たちから襲撃された。取り敢えず話し合いかな、なんて考えていると、ニーナを筆頭にマイアとミッシーの三人で、あっという間に皆殺しにしてしまった。止める暇もなかった。
俺は改めて思い出した。
この世界では地球と同じくらい、命が安売りされているってことを。
情報源は生かしておくように、と注意すると、ニーナが、そんな甘いこと言ってどうすんの、と言い返してくる。どうにもこうにも度し難い。
俺たちが受けている依頼は、あくまで調査。殺すのではなく、情報を引き出さねばならないのだ。
いきり立つニーナをなだめつつ、俺たちは組長宅に突入。そこに組長、もしくは幹部が居て、そいつらから情報を引き出せると期待していた。しかし邸内のニンゲンに、ミリアーノ組の者は一人もいなかった。
今度は殺すな、ときつく言ったので、死人は出ていない。ただ、全員意識不明の重体となっている。ミッシーもマイアもニーナも加減というものを知らないのか。
ひとりの男に治療魔法をかけて叩き起こした。
「おい、何が起こってるのか話せ」
「……」
話せと言って話すはずが無いか。
「――――っ!? ぎゃあぁ!?」
あ、ニーナが男のひざを踏み潰した。
拷問か? 拷問だよなこれ。 すかさず治療魔法で男のひざを治す。
「さっさと喋った方がいいぞ」
ニッコリ笑顔でそう言うと、男は簡単に折れた。
話を聞くと、外で皆殺しにした奴らも含め、この邸宅内にいた者たちは全て、デレノア王国から来た者たちだった。
「ふうん。話を続けろ」
デレノア王国のリョウタ・タジマなる人物が、以前この島にやって来た。その後、彼の率いる部隊が、流刑島の地下に巨大ダンジョンを造ったそうだ。
ミッシーは、冒険者ギルドで、そのタジマと会ったそうだ。そこにはアキラと呼ばれる冒険者ギルドの責任者がいて、タジマとの戦闘に発展。リョウタはがアキラに撃退され、転移魔法で逃走したらしい。
俺とマイアとニーナ、三人が担当した冒険者ギルドは二カ所とも全滅していた。アキラがいなければ、ミッシー担当の冒険者ギルドも同じ道を辿っていただろう。
アキラ、リョウタ、共に黒眼黒髪だったらしい。名前からして、日本人だろう。彼らがどうやってこの世界に来たのか知らない。だけど、デレノア王国の者の話から察するに、今回の件に深く関わっているはずだ。
巨大ダンジョンは、流刑島の街がすっぽり入ってしまう程の広さがあり、ミリアーノ組が造った秘密の出入り口が街の各所に設置されている。
流刑島がハブとしての役割を持ち、三方向にダンジョン製のトンネルが延びていた。
ひとつ、流刑島から、ハマン大陸のデレノア王国。
ひとつ、流刑島から、ブライトン大陸のマラフ共和国。じーちゃんが居るとこだ。
ひとつ、流刑島から、ブライトン大陸のサンルカル王国。ここはたまたま、俺たちが潰した。
ここは組長宅のリビング。大きなカウチに座って俺は口を開いた。
「話はだいたい分かったけど、入り口がぜんぜんまったく、何処にあるのか分かんねえ」
「雑魚しか出てこないから、情報を持っていないのか、それとも口が堅いのか。どっちにしても、別を当たるしかないな」
鈴のようにきれいな声でミッシーが答えた。目の前には、顔を腫らして気を失っている男たちが積み上げられているのに。
別の部屋では、マイアとニーナがボコボコにした屈強な男たちの山が出来ている。
さっきから俺、口ばっかで何もしてない。
殺すなとは言ったけれど、放っておけば死にそうな奴らもいる。
イーデン教の二人は、彼らを回復させる気は無さそうだ。仕方がないので、部屋を回って死なない程度まで治療魔法を使っておく。
「ソータさん、どうします?」
「こいつら口が堅すぎ……」
全員リビングに集まると、マイアとニーナに声を掛けられた。
「他を当たると言っても、ここ以外めぼしい場所がねえ……。ファーギとメリルは連絡が付かないし、どうすっかな」
「うぅ――」
男のひとりが意識を取り戻し、苦しそうな声を出して動き始めた。すると積み上げられた男たちの山が崩れ始め、ゴツゴツと音を立てて床に投げ出されていく。
「……今の音は?」
男たちが床に転げ落ちて硬い音を立てる中、一カ所だけ反響音が聞こえた。
音源となった男をどけて、床を軽く踏みつける。
「入り口か……」
「盲点だったわ」
「……そんなところに」
ミッシー、マイア、ニーナ、三人が次々と口を開き、驚きの表情を見せる。いやでも、床下に隠し通路なんて、割とベタな仕掛けじゃね? 俺も気付かなかったけどさ。
その場所は元々大きなカウチがあった場所で、床には高そうなカーペットが敷かれている。さっきミッシーが男を投げ飛ばしたとき、カウチが動いたのだ。
偶然とはいえ、これは助かる。そんなことを考えていると、三人の女性が剣を使ってカーペットを器用に斬り裂いていく。
カーペットの下には、引き上げるタイプの金属製ドアがあった。
行く? みたいな顔で、三人が俺を見る。
「行くよ? まだ情報収集は終わってない」
俺の声で、三人の女性は階段を降り始めた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
密蜂のメリル・レンドールは、ダンジョンに入ったタイミングで、テイマーズの面倒を見るファーギと別行動を取っていた。彼女は冒険者として付いてきているが、本来の仕事である諜報を優先しているのだ。
メリルは姿を消したまま進んでいく。
白い通路は一本道で迷いようが無い。そのはずだった。
「おかしいですね……」
この先に見えている曲がり角に、いつまで経っても近付けない。
後戻りしても同じで、結果は変わらなかった。
「――ふっ」
背後に現われた気配を、一息で斬り割くメリル。それと同時に、魔道具の効果が切れて、メリルの姿があらわになった。
メリルが斬ったのは、ダンジョンに現われるモンスターで、黒い毛並みの狼。倒せたのは一体だけで、すぐに泡と化して消えていく。
彼女は、突如ポップした黒狼の集団に囲まれていた。
その中の一体は、四足歩行の狼ではなく、二本足で立つ人狼に似た姿。革鎧と金属製の拳鍔を装備している。
ドワーフのメリルは、人狼の腰くらいまでの身長。長身で痩身の人狼は、有ろう事か、メリルに話しかけてきた。
「この先に行かせる訳にはいかないんでね」
「ダンジョン産のモンスターが喋るなんて……、聞いたことがない」
あり得ない事が起こった、メリルの認識では。
これはミゼルファート帝国にダンジョンが少ない事で、メリルの経験不足が露呈しただけである。
ダンジョンは攻略されるまで、ニンゲンに対して友好的なのか敵対的なのか判別できない。ニンゲンに友好的なダンジョンであっても、侵入者にモンスターをけしかけたり、罠を張ったりするからだ。
ダンジョンコアを破壊せずに捕獲、攻略に成功する事でようやくニンゲンに友好的なのか敵対的なのか判別がつく。
それを移動させて適切な場所に設置すると、新たなダンジョンとして成長していく。
その際ダンジョンコアを設置した者は、ダンジョンマスターとなり、ダンジョンを意のまま操るようになれるのだ。
ダンジョンコアはダンジョンマスターの命令を理解し、言うがままにダンジョンを造っていく。今回の場合は、メリルがダンジョンコアの定める一定のラインを超えたため、外敵を排除するためのモンスターを創り出しているのだ。
ランクの高いダンジョンであれば、知性のあるモンスターを生み出す事が出来る。
メリルは苦々しい顔つきになった。
「そういえばそうでしたね……。と言うことは、このダンジョンはA、もしくはSランクのダンジョン」
ダンジョンは強い方から、S、A、B、C、Dと、ざっくり五段階に分けられている。ダンジョンのランクと、ランク別で現われるモンスターの種類を思い出したメリルは、気を引き締めながら両手に短剣を構え、黒狼と相対する。
すると人狼の姿が消え、メリルの背後に現われた。メリルは慌てず、振り向きざまに一閃、短剣で切り裂いた。
だがそこに誰もいない。
再度メリルの背後に人狼の気配が現われる。
メリルはそれに気付いたが、短剣を振り抜いたばかりで、背後を振り向けない。
「ぬるい」
人狼はナックルダスターで、メリルの顔面をぶん殴った。
「おっと!?」
しかしその拳は空振り。
人狼は、全力のパンチがスカってしまい体勢を崩した。
その隙を逃さず、メリルは蹴りを放つ。
メリルのブーツのつま先から、尖った刃物が突き出ている。
狙いは、人狼のアキレス腱。
しかしそれも空振り。
「ぐっ!?」
メリルの足に激痛が走り、苦悶の声が出る。
彼女は忘れていた。ここがダンジョンだと。
メリルの足元には、黒い狼のモンスターが多数ポップしていた。
一体の黒狼がメリルの足を噛みちぎった。
通路にメリルの悲鳴が響き渡る。
「まずい……」
メリルの目には、次々とポップする黒狼が写っていた。




