134 王子の指名依頼
俺の視線を一切逸らさずに、佐山は席に着いた。ここに王族が二人居ることなんて眼中にないみたいで、随分と失礼な態度……、いや、だいぶん前に、佐山たちはサンルカル王国に向かうって聞いていた。それならば、彼らが王族と懇意にしている線もあるかな。
「あんまり驚かないな、ソータ。久々の再会だと言うから、隠れてもらっていたんだ」
テッドがニヤリとしながら話しかけてきた。いや、気配も何も感じなかったし、驚いてるよ? あまり顔に出ないだけでさ。
佐山は黒い布で作られた服を身にまとっている。服には同じ色の糸で刺繍された魔法陣があちこちに散りばめられているが、俺の目には見慣れたものだった。
佐山は俺に向かって鋭い眼光を飛ばす。その視線はまるで重力のように俺を圧迫してきた。魔力を視覚化してみると、佐山はキャンプファイヤーのように魔力を噴き上げていた。
魔力の無駄遣いも甚だしい。
だが、佐山たちは俺と同じ、クオンタムブレインとリキッドナノマシンを移植している。つまり俺と同等の能力があるはず。それと、カリストの話が本当なら、こいつも精霊を身に宿している。たしか火の精霊サラマンダーだったかな……?
つまり佐山は俺以上のチート野郎ってことだ。
『……ぶう』
『……なに? 佐山たちは、クロノスと同じ汎用人工知能を埋め込んでいて、それに加えて精霊の力まで使えるんだぞ?』
『私も負けてませーん』
『だれと張り合ってんの……?』
『……ぶう』
ぶうって何だよ、ぶうって。
「板垣、お前なに考えてんだ?」
クロノスと話してたよ、とは言えないな。
「挨拶抜きかよ……。お前らこそ、何やってんだよ」
「俺たちは全力で、招かれざる来訪者を叩いている最中だ! なのに、板垣博士の足取りは掴めないし、お前はお前で、弥山と会ったあと、中々合流してこねえし!!」
色々あって、戦争に参加したり地球に戻ったりしてたんだけどな。
「招かれざる来訪者? それがソリッドリーパーなら、過激派の連中だろうね。一応シビル・ゴードンとは話が付いてるから、そのうち収まると思うけど。あと、じーちゃんは大丈夫だ」
「話が付いてるだあ? めちゃくちゃな戦力を投入してきてんだぞ? さっさと手伝いに来い!! それとお前、板垣博士がどこに居るのか知ってんのか?」
「お前ら四人とも手術してんだろ? 過剰戦力だと思うけどなぁ? じーちゃんの行き先は知らん」
佐山たち四人は、俺を上回るチート能力を持っている。俺が出向く必要性は感じられない。
じーちゃんは、まだマラフ共和国に居るかもしれないし、移動しているかもしれない。仮に移動していたとしても、じーちゃんのことだ、何か手がかりを残していると思う。
「てめぇ!!」
えらくカリカリしてんなぁ……。何があったんだろ?
遮るようにテッドが話し始めた。
「あー、旧交を温めるのは後にしてくれ。今はサンルカル王国の話しをしたい。それで今回、ソータ・イタガキとファーギ・ヘッシュ、お前たちに指名依頼を出すことにした。ここからの会話は、他言無用で頼む」
「私には?」
テッドに即突っ込むミッシー。まだ内容も聞いてないんだぞ?
だけど、ミッシーはテッドの目を見つめ、すごい圧力を掛けている。こんなミッシー見たこと無いな。Sランク冒険者としてプライドもあるのかもしれない。
正直言って、俺の冒険者としての知識は、ファーギやミッシーの足元にも及ばない。だから、ここにいる三人のSランク冒険者で、ミッシーを外す意味は無い。
あ、予算的な問題なのかな?
よし、それならファーギを外してもらおう。
グッドアイデアが思い浮かんでニッコリしていると、テッドが固く絞った雑巾のような声を絞り出した。
「いや、さすがにそれは――」「あ?」
テッドの言葉にかぶせるミッシー。王族よ、このヒト……。
深く長いため息が聞こえてきた。テッドから。
ミッシーの剣幕に押され、観念したのか?
「分かりました、ミッシー様」「あ?」
「分かりました、ミッシー。あなたにも指名依頼を出すことにします……」
「よろしい」
ヤッベ……。ミッシーの新たな一面を見た気がする。エルフの族長に遠慮するテッドを、力ずくで説き伏せた。
……ん? いやいや、まてまて。
「肝心の依頼内容は?」
「ああ、それはだな」
俺の疑問にテッドが説明を始めた。
サンルカル王国はいま、南方での戦に加え、グレイスの実家であるバーンズ公爵家が謀反を起こしそうになっているという。
手が回らないので、流刑島の件を詳しく調べて欲しいという依頼だった。
「調査するだけ? 何か具体的な目標や成果物は無いの?」
俺の問いで、テッドが詳しく話し始めた。
流刑島は、ブライトン大陸にある、サンルカル王国、ミゼルファート帝国、マラフ共和国、オーステル公国、四カ国の咎人が流罪になる島。
冒険者崩れ、借金まみれ、軽犯罪を繰り返すもの、死罪にならないギリギリのろくでなし。そんなどうしようもない奴らが集められているそうだ。
島の周囲は海流が早く、船だと小魔大陸へ流れ着いてしまう。そのため、空艇でなければ島から出ることができない。
転移魔法やゲートを使っての移動も不可。各国が資金を出し合い、大規模な結界を張っているらしい。
島には看守などの、管理するものはいない。悪党ばかりが集まって町を造り、独特な文化を形成しているみたいだ。
そのひとつが、組と呼ばれる集団。徒党を組んで、日夜抗争に明け暮れているという噂もあるらしい。ヤクザかよ。
そこには、ヒト族、獣人、ドワーフ、エルフ、鳥人、リザードマン、ゴブリン、オーク、オーガ、様々な種が押し込められている。
今回の指名依頼は急きょ決まったもので、情報はこれくらい。
テッドが言うには「流刑島に立ち入って、戻ってきた者はいない」という危険な場所でもあるらしい。
それでも俺たちに依頼を出すのは、囚人たちがダンジョンコアで海底トンネルを作っていた件があるからだ。テッドはこの件が、どうしても見逃せないという。
この情報は、ファーギが昨晩のうちに冒険者ギルドに報告し、それがテッドに伝わっていたみたいだ。
どうやらサンルカル王国の常駐依頼が出ているらしい。その内容は、国に異変があればサンルカル王国に通報するというもの。
テッド……、冒険者ギルドを上手いこと使ってんなあ。
「ダンジョンコアを使って、囚人たちが脱走するって事は、これまで無かったのかな?」
「流刑島にダンジョンは無い」
テッドはキッパリ言い切った。それなら俺の影魔法が見たダンジョンコアは、どこから持ってきたんだという話になってくる。
「んじゃ、ダンジョンコアがどこから持ってこられたのかを調べて、大元を叩き潰せばいいの?」
「…………いや。調べるだけでいい。無理はするな」
「何だよ今の間は。……とりあえず調査すればいいんだな?」
「お、いつもの口調に戻ったな。そうそう、調査だけにしといてくれ」
「ああ、調査だけにしとくよ。というか俺の中じゃ、テッドは屁こき大王だからな。今さらかしこまった喋り方するなんて、無理があるだろ?」
「ぶっ!?」
テッドではなく、隣でおとなしく話を聞いていた、第一王子ライル・サンルカルが吹き出した。それだけでは済まず、引き笑いを始めてしまった。
何がツボったのか知らないけど。
「兄貴……、真面目な話し中なんだけど?」
ひゃーっ、ひゃーっ、という独特な笑い声が、大聖堂の中で響く。
「いやテッド、お前さ、子どもの頃から変わってないんだなと思って。ソータ君、その話は、戦争の時かな? それともテッドが奴隷落ちになっていたときの話かな?」
「あ、奴隷落ちになってたときの話です。屁だけで無く、脱走するときに、テッドが上手いこと誘導していたので、すごく助かった覚えがあります」
俺がこの世界に来て、翌日の話だ。もう随分昔に思える……。
「気に入った! なんとも愉快な話だ、ソータ君!! 何かあったら力になるからさ、テッドの面白い話をまた聞かせてほしい」
ライルはそこまで言って、また吹き出した。
そんな様子を見て、テッドがたまらず口を挟む。
「おまっ! ソータ、何でバラす!!」
「あっ、第一王子殿下にウソをつけばよかったんですか? テッド王子殿下」
「ケッ、今さらなんだよ。わざとらしく丁寧に喋るなっての!」
「失礼致しました」
「……まあいい。んで? 依頼は受けるんだな? 成功報酬は一人頭一億ゴールドで、三人分。装備品や手伝いの人件費はこちらで負担する」
皇帝から出た条件と似てるな。装備品や人件費まで負担してくれるのは、指名依頼ならではなのだろう。
「どうする?」
俺がミッシーとファーギを見ると、二人ともキョトンとしていた。
「どしたの?」
「リーダーはソータだ」
「お前が決めていいぞ」
俺の問いに、ミッシーとファーギがそう答えた。いつの間にリーダーになったのか知らないけど、俺の決定に同意するって事だ。
日本のことが気になるけど、今のところ出来ることはやったし、ドラゴン大陸や大魔大陸は、ちょくちょく様子を見に行けばいいか。
「指名依頼、受けさせていただきます」
「よし! そうこなくっちゃな! おーい! 冒険者ギルドに行ってきてくれ」
テッドの言葉で、修道騎士団の一人が大聖堂に入ってきた。その彼がテッドに書面を差し出して、サインを求める。サインを確認すると、彼は走って出て行った。
この件は、冒険者ギルドに依頼を出すそうなので、後で俺たち三人で受注しに行くことになる。
確か個人間での依頼は、冒険者ギルドの規約違反になるので、テッドはちゃんと手順を踏んでいることになる。いつも雑なイメージだけど、割とちゃんとしていてビックリだ。
「何か質問はあるか?」
テッドの言葉に、ミッシーが反応した。
「南方の戦に加勢はいらないのか? バーンズ家が謀反を起こしそうなら、それどころじゃ無くなると思うのだが……?」
アイヴィーの小隊を影魔法で見ていたから、謀反の件は何となく分かる。
佐山たちは南方で戦っているらしい。
実在する死神という大きな組織が、派閥に分かれて混乱している最中だ。攻め込んでいるのが、シビルや、ネイトでは無い事を確認しておいた方がいいな。連絡も付くし。
「板垣……、指名依頼が終わったら、南方に来い。貫通特化の黒線が厄介で色々大変なんだ」
いままで指名依頼の話だったので、佐山は黙って座っていた。その話がまとまって、キリがいいと思って話し出したのだろう。
「あーうん、ちょっと待ってね」
俺は両ひじをテーブルにつき、両手で頭を抱える。考える振りをして電話だ。
『ソータさん? 今どちらにいらっしゃるのですか?』
『シビルすまん、ちょっと急ぎの電話だ』
『はい。どうされました?』
『サンルカル王国の南方に、実在する死神が攻め込んでいるってほんと?』
『サンルカル王国の南……? 少なくともわたくしが知る範囲では、そんなことしてませんね。それより、ソータさん!? いまあっちにに居るんですか?』
『あーうん、そうそう。ちょっと今時間ないからまたね』
『あっ、ちょ――』
シビルとの通話を切って、ネイトに電話する。
『お久しぶりです、ソータくん。丁度よかったです。実は…………、大魔大陸が大変なことになってます! 具体的には、大都市が出来上がって、皆大喜びですよ! 獣人や私の配下たちが感謝の言葉を――』
『ちょ、いま時間なくてさ。ネイトが率いてる悪魔たちは、サンルカル王国の南方に攻め込んでたりする?』
『いいえ、私の部下は今言ったように、大魔大陸へ入植していますので。あと、獣人たちにも好評ですよ』
『んじゃ、大魔大陸とハマン大陸以外には入植してない?』
『はい。ビッグフットをあげて、管理していますので、一人たりとも別の場所に行くことはありません。今回の件ではとても感謝――』
『ごめん、ちょっと時間ないからさ』
『あっ――』
ふむう……。サンルカル王国南部の戦いは、シビルとネイトの一派では無さそうだ。となると、他の派閥か。
『ハセさんんん!!』
『なに!?』
『ちょっと調べて欲しいことがあって』
『ほい、なんじゃろか?』
『サンルカル王国南部に、実在する死神が攻め込んでるみたいで、それがどこの派閥なのかわかる?』
『ソリッドリーパーは徹底した秘密主義で、昔ながらの連絡方法を取ってるんよ。紙媒体、ヒト伝い、そんなのばかりで、わっしのような電子機器が入り込めないんだよね……』
『そっかー。ありがとね』
『いえいえ、どういたしまして!』
そういや実在する死神って、最近までその存在すら知られていなかったんだよな。アナログな通信手段なら、いくらハセさんでも情報を探るのは難しいだろう。
「おいこら板垣! てめぇ、寝てんのか!?」
「いや、起きてるって」
「……んで、どうすんだ?」
「指名依頼が片付いたら、南方に行ってみるよ。色々大変だって言ってたけど、今んとこ大丈夫なんだろ? お前がここに居るし」
「くっ……、お前も相変わらずだな。絶対に来いよ?」
「ああ」
話が済むと、佐山は転移魔法で姿を消した。
あいつ、……いつもあんなに無礼な態度なのかな? ここに居る王子二人に挨拶もしないとは。
しかし、王族の二人はどこ吹く風。それどころか、目を輝かせて俺を見ている。
「助かったよ、ソータ君」
「いやー、マジで助かった!」
「ん?」
向かいに座るライルとテッドの声が、とても嬉しそうだ。
両隣からは、ミッシーとファーギのねっとり絡み付くような視線を感じる。
「んじゃソータ! 指名依頼が終わったら、冒険者ギルドに張り出されている、サンルカル王国南方戦線、傭兵募集の依頼を受けてくれ! なっ! なっ!!」
あ、指名依頼で行くんじゃ無くて、普通の依頼として受けることになるのか。つまり、俺たちが動いても、一般の依頼と同じ報酬しか発生しない。それで王子の二人は嬉しそうにしているのか。
「はぁ……」
思わずため息が出る。
皇帝エグバート・バン・スミスに続き、目の前の王子たちにもしてやられた。
ま、まあ、友人の頼みで行くんだから、報酬無しでも行くつもりだったけどね!!
「ソータ、詰めが甘い……」
「おまえリーダー失格な……」
両脇に居るミッシーとファーギの言葉が、俺の耳に突き刺さった。
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