133 友人
ブリーフィングルームに残ったのは、俺とミッシー、それに人狼のエマ・ランペールの三人。
「ユーゴの件は済まなかった」
イオナ・ニコラスを捕獲したとき、デーモンが憑くとこうなるんだぞと、見せしめに殺してしまった件だ。
いまなら召喚魔法、つまり空間魔法で、デーモンを引っこ抜いて助けることも出来る。しかしそれはまた別の話だ。
デーモンが憑いていたとしても、彼女の仲間を殺してしまったことに変わりはない。後悔はしてないけれど、ちゃんと謝罪をしておくべきだ。
俺の言葉が意外だったのか、エマはキョトンとしている。
金髪碧眼で美人、おまけにモデル体型なので、こっちの服装でもあか抜けて見える。細身のスタイルって得だよな。ミッシーの方が美人だけど。
「き、気にしてないわ。あそこで教えてもらわなかったら、わたしたちもデーモン憑きになるところだったでしょ」
「……誰が手引きしてデーモン憑きにしているのか、その辺りを詳しく聞きたい」
フランスの人狼社会は、ピラミッド形。トップの長老たちが、フランス全土を細かく区分けして管理しているらしい。こっちの神々が、ハッグやカヴンを追放したとき、人狼たちもついでに追放されたという。その理由は不明。そのときの生き残りが、現長老たちみたいだ。
千年前の生き残りがいるなんて、やっぱり人狼は頑丈なんだな……。
それはさておき、人狼社会と実在する死神は、この千年間、つかず離れずの距離感を保っていたそうだ。
しかしつい最近になって、実在する死神が人類の前に姿を現した。それと同時に、長老たちに打診があったそうだ。
実在する死神が支援するので、故郷へ帰らないかと。
エマは細かい約束までは知らないらしい。だけど、こっちに来るのなら、人狼のままで身体を強化できる方法があると言われたみたいだ。
その話に乗ったのがユーゴだ。エマやナブーたちは、さすがに胡散臭いと感じたらしく、様子を見て身体を強化してもらう事にしたらしい。
ところが、俺と出会い、ユーゴがデーモン憑きだと知ったエマたちは、フランスの人狼社会と、実在する死神が信じられなくなり、この世界に残ると決めたらしい。
人狼の長老にそんな話を持ち掛けたのは、ヨーロッパ各地を担当しているマリア・フリーマン。
ユーゴにデーモンを憑依させたのは、エリス・バークワースで間違いないという。
マリア・フリーマンか……。こいつはシビル・ゴードンと反目している過激派のトップだ。一度会って話したいのだが、どこに居るのか分からない……。エリスも冥界に行っていると聞いただけで、正直探しようがない。
マリア・フリーマンの件と、じーちゃんの件。これはおそらく、何らかの繋がりがあるはずだ。過激派の牛頭人と半馬人、おまけに吸血鬼、そんな奴らがじーちゃんと一緒に行動しているから間違いない。
じーちゃんも俺と同じ、というか、俺が使っていたクオンタムブレインより高性能な物を移植しているので、下手は打たないと思う。ただし、じーちゃんに同行している奴ら、七人の過激派も同じ処置をしているしなぁ……。
俺以上の能力がある奴らが七人。じーちゃんと二人で立ち向かえるのだろうか。
いかん、思考がずれてきた。結構な魔力を使って疲れてるし。
「マリア・フリーマン、エリス・バークワース、この二人が関与してるんだな?」
「そう。身体を強化するって話は嘘っぱちだったし、わたしたちはもうフランスに帰る気は無いの。冒険者になって、レギオン作って、順調にいってるでしょ?」
レギオンを作ったとはもう聞いている。
「修道騎士団にいたのは、依頼か?」
「テッドって偉い人からの極秘依頼……あっ!」
「あー、いいよいいよ、テッドがドワーフの冒険者ギルドに依頼を出したのは、サンルカル王国の政情を見れば理解出来るし、それを俺が吹聴する気は無い。だけど、ここに居るのが俺とミッシーじゃなかったら拙かったぞ?」
「はっ、はいっ! ……ソータ君、テッドってヒト知ってるの?」
翻訳の君付けはいいとして、エマと話した感じだと怪しい点はなし。彼女たちは、あらゆるコネを断ち切り、この世界で一からやり直そうとしている。
「ああ、知り合い程度だ。それより依頼、がんばってね。あと、ナブーによろしく」
「ええ、伝えておくわ」
エマはようやく笑顔になって、ブリーフィングルームを出ていった。
俺と顔を合わせてからずっと伏し目がちで、目を合わせてこなかった。その理由は疾しいものでは無く、依頼で修道騎士団に潜入している事がバレないかと心配していたに過ぎなかった。
「ソータ……」
「うん?」
「私が居ない間、色々あったみたいだな……」
「ああ、そりゃもう、山盛りてんこ盛り色んな事があってさ――」
この六十日間で起こったことを、順を追ってミッシーに話すことにした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
昨晩は夜通しミッシーと話していた。だけど修行の疲れなのか、椅子に座ったままミッシーは寝落ちしてしまった。部屋に連れて行こうと思ったけど、どこなのか分からん。起こすのも悪いので、操縦室のリクライニングシートに寝かせて、毛布を掛けておいた。
操縦席のファーギは、熟睡中だった。航空機の自動操縦って、寝ていいんだっけ? こっちにも国際民間航空条約みたいな決まり事があるのかな? バンダースナッチは、精霊ノームの脳神経模倣魔法陣を使っているので大丈夫なんだろうか?
なんて色々考えていると、バンダースナッチが少しずつ速度と高度を落とし始めた。
朝の明るさが夜の暗さを塗り替えていく頃、俺たちはサンルカル王国の王都パラメダに到着。修道騎士団クインテットの空艇発着場に行くのかと思っていると、民間の空艇発着場に着陸した。
管制塔とのやり取りなど一切無し。まだ何か謎技術がありそうだな……。
操縦室から出てすぐの乗降扉を開けると、空艇の格納庫や、様々な形の空艇が目に入ってきた。民間の空艇発着場なので、色々な国の色々な形の空艇が停まっている。
窓から見る光景とやっぱり違うな。視界の広がりが全然違うし、空気の臭いを感じることができる。
視線の先に、百人を優に超える修道騎士団の皆さんが整列して待っていた。まん中にテッド・サンルカルの姿が見える。隣に似た顔のヒトは、……兄弟かな? 修道騎士団とは違う服装だが、えらく豪華な服装だ。
一番隅っこに、以前見た人狼の面々と、その中にナブーがいる。テッドの極秘依頼ってなんなんだろ? 人狼たち全員修道騎士団にいるし。
テッドと隣の御仁が、俺の姿を見て手を振ってきた。テッドとそっくりなので、たぶんあの御仁は王族。だと思うので、丁寧にお辞儀をしておく。
バンダースナッチに内蔵されているタラップが伸びて、階段の形に変わっていく。するとファーギの艦内放送が聞こえてきた。
「いつまで寝てんだー! 起きろ!!」
「あわわわわわっ!」「まずいまずいまずい!」「…………」
アイヴィー、マイア、ニーナの三人が、俺を押し退けて機外へ飛び出して行った。修道騎士団クインテットの序列上位の三人だ。トップのお出迎えに遅れるわけには行かないのだろう。少し遅れて、エマが飛び出して行った……。
ファーギの艦内放送から数秒で出てったぞ……? 四人とも正装だし、あのまま寝てたのかな?
「おーい、ファーギも行くぞー!」
「おいおい、まだ拘束中の八人が居るだろ。修道騎士団が迎えに来るから、もう少し待機だ」
操縦室からそんな返事が返ってきた。
発着場の修道騎士団に視線を移すと、アイヴィーが三十人ほど引き連れてこっちへ向かっている。空艇内に入るからなのか、剣などの長い装備は無し。手錠っぽい拘束具や短剣を装備している。
アイヴィーを先頭に、バンダースナッチに突入。八名の裏切り者たちは、あっという間に拘束されて出ていった。
「これで一段落。あとはテッドと面会だ」
「私も一緒に行くぞ。アイヴィーから何やら疑われていたらしいからな」
「え、あ、そうだったね」
背後から聞こえてきたミッシーの声。昨晩俺が戻る前に、マイアとニーナがアイヴィーに説明して、ミッシーの疑いは晴れたはずなんだけど……?
「おいこら朴念仁、さっさと行くぞ」
ファーギが俺の背中に蹴りを入れたので、乗降扉から吹っ飛びながら着地した。いきなり何なんだよ……。
テイマーズの三人はリアムの手伝いで、バンダースナッチの整備をするという。
メリルの姿が見えないのは、さっきアイヴィーたちに交じって、影のように出ていったからだ。何をするのか知らないけど、たぶん皇帝エグバート・バン・スミスの命で動いているはず。
「よっ、久し振りだなソータ、ファーギ、それに、お久しぶりです。ミッシー・デシルバ・エリオット様。先日は知らなかったとはいえ、大変失礼な発言をしてしまいました、心からお詫び申し上げます」
テッドが片ひざを付き、ミッシーの手を取ろうとする。
「……やめろ。様と呼ばれる筋合いは無い」
そう言ったミッシーは一歩下がり、テッドの手を取らなかった。
というか、様ってなんだ? ミッシーって偉いの? あ、そういえば族長やってたな。テッドはとてもショック受けてるみたいだけど、大げさすぎじゃね?
「テッド、ちょっと話があるんだけど、少し時間もらえる?」
「おう、丁度よかった、俺も話があるんだ」
スッと立ち上がったテッドは、いつもの精悍な顔つきに戻っていた。今の茶番は何だったのとは聞く空気じゃないな。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
空艇の発着場から、馬車で移動。テッドが俺たちと一緒の馬車に乗ろうとして、近衛兵らしき方たちに、力ずくで止められていた。結構やんちゃなんだよな、あのヒト。
この馬車は四人乗りなので、俺、ミッシー、ファーギに加えてテッドも乗れなくはない。とはいえ、第二王子が庶民と一緒に馬車で同席なんて出来ないのだろう。
馬車から眺める王都パラメダは、帝都ラビントンとまた違った意味で栄えていた。石畳や石造の建物の建築様式はさほど変わり無い。しかし、路面電車のような公共交通機関が整備されていた。パンタグラフが無いし、あれは多分魔石で動いているものだ。
運転手がいるので、脳神経模倣魔法陣は使っていないのだろう。
朝の通勤時間だからなのか、街中には活気があり、若者から御老人まで幅広い年齢層の人々が歩いている。清潔感のある服装をまとい、道端にゴミも落ちていない。民度が高い国のようだ。イーデン教の総本山がある街なので、見映え的なことにも気を配っているのだろう。
この街自体を囲むような城壁は無い。いや、見えないと言った方が正しい。広大な平野にある街なので、街道などに関所を設けているのだろう。
馬車から見える城は平地ではなく、小高い丘の上に建っている。テーベ城と比べると一回り小さいが、周りを囲む城壁を見ると、かなりの敷地面積がありそうだ。
その城の隣にもうひとつ。同じように小高い丘の上に、三つの塔がある真っ白なアスクラ大聖堂が見えている。あそこがイーデン教の総本山だ。
俺たちはそこに向かっている。
あ、……メリル、何やってんの。
彼女は通り沿いの屋根の上を、猫のような速さで駆け抜けていった。どうでもいいけど、捕まったりすんなよー。
俺がボンヤリと外を眺めているからなのか、ファーギとミッシーで、差し障りの無い情報交換をしている。一応この馬車には、御者がいるからね。
「あ、御者さん、ちょっと止めてもらえますか? 冒険者ギルドに寄りたいんで」
「はい。かしこまりました」
王都パラメダの冒険者ギルドの看板が見えたので、その前で停めてもらった。
「ミッシー、行くぞ」
「分かった」
「ワシも行くぞ」
俺たちは三人で中に入り、カウンターで手続きをお願いする。すると奥からギルマスが出てきた。
俺とファーギの依頼書を見て、眉をピクリと動かし、隣に居るミッシーを確認。しばらく待てと言われ、奥の部屋に入っていった。
しばらく待っていると、ギルマスが頭を下げながら出てきた。
「いやあ、驚いちゃいました。Sランク冒険者が三人も来られて、何ごとかと思いました。報告書はこれですか?」
ファーギが作成した指名依頼の報告書が、カウンターの上に置かれている。それを受け取ったギルマスは、ろくすっぽ中身の確認もせずに依頼達成となった。
指名依頼は、依頼者と冒険者、間を取り持つ冒険者ギルド支部で、完全に秘匿される。冒険者ギルドに出まわる手配書のような扱いにはならない。
あまりにもあっさり確認が済んだので、何でなのか聞いてみると、ミッシーはこの冒険者ギルドに来たことがあるみたいで、ギルマスとは顔見知りだったのだ。
とはいえ「顔見知り」というだけで、ああまで態度が変わることはないはず。
じっとミッシーを見つめると、スッと顔を逸らした。
何かやらかしたことがあるんだろうな……。
でも取り敢えず、指名依頼を達成できた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
大聖堂の幅広い正門を抜けてしばらく進み、俺たちは正面入り口前の馬車回しで停まった。高級ホテルにある、屋根付きの車寄せみたいなものだ。
テッドたち一行の馬車は先に到着しているので、もう中に入っているのだろう。修道騎士団の面々が整列して、俺たちの出迎えをしていた。
「大聖堂へようこそ」
御者が先に降りて、ドアを開けてくれる。馬車から降りた俺たち三人は、両脇の修道騎士団からの視線に晒されながら、大聖堂の入口を通り抜けた。
中に入ると、イーデン教の主神、アスクレピウスの気配が色濃く漂っていた。白亜の空間には、高い天井と幅の広い身廊があり、その奥に祭壇が見えている。かなり大きな聖堂だ。
身廊には木製のベンチがたくさん置いてあるけれど、そこには誰も座っていない。どうやら修道騎士団の貸し切りになっているようだ。
「ここは初めて来たが、なんだこの建築様式は……?」
ファーギは真っ直ぐ進まず、両脇にある円柱に近寄ってみたり、床に描かれた絵の構図を観察したり、忙しく動き回り始めた。
俺とミッシーが奥に進んでいると、袖廊からテッドと一緒に、さっき見た王族っぽいヒトが歩いてきた。
「見ての通り、人払いは済んでいる。少し話しにくい件があったから、こっちの方で準備させてもらったよ。ささ、座って」
テッドだと思えない華麗な所作で、俺たちを案内していく。
中央交差部には、急きょ設置されたと思しき円卓が置かれている。修道騎士団が椅子を引き、俺たち三人と王族の二人が座る。
外から見えていた三本の塔。この円卓は、その真ん中にあった塔の真下だ。吹抜けになっており、とんでもない高い天井が見えている。両側にある袖廊のほうに残り二本の塔があるみたいだ。
天井にメリルが張り付いている……。ここでの話を聞きたいみたいだけど、頼むから落ちてくるなよ。
「さて、ここに居る面々は、だいたい顔見知りだ。だけど、俺の兄貴は初めて見るよな。サンルカル王国の第一王子、ライル・サンルカルだ」
ファーギとミッシーが立ち上がり、ライルに向かって深々と最敬礼した。俺も一拍遅れて真似をする。
「あはは、そんなことしなくていい。テッドから、気さくな連中だと聞いているからさ。僕にも同じように接してもらえると助かるよ」
まあまあ、といった感じで、座るように促される。
ライルはテッドと同じく茶髪に茶色の瞳だが、身体の線は細い。戦争に出るような武官では無く、文官っぽい知的な雰囲気を漂わせていた。
……テッドは御家騒動で奴隷落ちしたと聞いていたが、もう大丈夫なのだろうか。気にはなるけど、今は聞ける雰囲気ではない。
「兄貴は友が居ない。問題が起きると、全部自分で考えて結論出しちゃうから、相談相手すら居ない淋しいやつだからよ、仲良くしてやって欲しい」
「ひどいなあ、テッド。僕にも友はいるよ」
眼を細くするライル。同時に彼の中で、デーモンでは無い何かの気配が動いた。
……皇帝エグバート・バン・スミス。彼に憑依していた精霊ノームに似た気配。だが同じでは無い何かだ。
ファーギとミッシーも気付いたようで、この場に緊張が走る。
「おいおい、兄貴、何やってんだよ!?」
テッドが慌てて止めると、精霊と思しき気配がスッと消えた。
「あはは、ごめんごめん、ちょっと目の前のメンツが凄すぎて、張り合っちゃった。もう大丈夫だから、話を進めて?」
「マジで頼むぜ兄貴……。んで? 何があったのか教えてくれ。ベルサ村の住人が消え、穴が空いたと聞いている。冒険者の守秘義務なんて関係ない。これはサンルカル王国の問題だからな?」
ライルから視線を移し、俺の顔を見て話すテッド。
「俺? 指名依頼の内容、話しちゃっても平気なの?」
「ああ、皇帝エグバート・バン・スミス陛下から許可をもらっている」
そう言ったテッドが、書面を出した。それには皇帝のサインがあり、本物のように見えた。ファックスとかプリンタがあんのか?
それよりその内容だ。書面には、テッドたちサンルカル王国の王族に今回の指名依頼の内容と結果を知らせてもいいと書かれていた。
信用してもいいのかな? チラッとファーギを見ると、首を縦に振った。
元から伝えようと思っていた話だ。心置きなく話そう。
「んじゃ、掻い摘んで話しますね」
漁村ベルサの地下ダンジョンに、流刑島から通路が延びてきていた事。ニンゲンに友好的なダンジョンコアを使い、海底のさらに深い場所にトンネルがあった事。主観を交えず、俺が見たことを客観的に話した。
「ちっ! 次から次へと、問題ばかりだ。おーい、ヒロキ、ちょっと来てくれ」
しかめっ面をするテッドの声で袖廊のドアが開き、佐山弘樹が俺を睨め付けながら入ってきた。




