129 無人の漁村ベルサ
バンダースナッチの操縦室から見る風景でおかしな点はない。眼下には森が広がっていて、その先に海があり、遠くに島が見えているだけ。
「あの島は何?」
「ああ、たしかあれは流刑島だ。重罪人がひしめく、悪党の島だ」
「ほーん。罪人は首を刎ねてお仕舞いって国ばかりじゃないんだな」
「その辺は、国によってそれぞれだな」
……ん? ファーギは目的地に到着したと言ったな。それならば、漁村ベルサが見えるはず……。
操縦室に全員揃ったところで、ファーギが口を開く。
「マイアとニーナ、二人はルンドストロム王国出身だったな。ここらに目的地の漁村があるはずなんだが……、来たことはあるか?」
「いいえ、あたしは来たことが無いけど」
そう言いながら、マイアはニーナへ視線を移す。
「わたしは、任務で来たことがあるけど、だいぶん容相が変わってるわ。あそこの灯台が、何かの植物に覆われているし。場所は間違ってませんが、漁村全体が植物に覆われているみたい。村全体から弱い魔力も感じますし、何かあったとしか思えません」
よく見ると、緑の固まりは、家の形や倉庫の形、船の形や港の形をしている。
ニーナがちゃんと喋ってることに驚きつつ、今の言葉を吟味する。
ファーギの話だと、スリオン・カトミエルというエルフの戦士と会うために、ミッシーは漁村ベルサに向かっていたらしい。村人がいなくても、二人が最近動き回った痕跡くらい残っているはずだ。だが、八千メートル前後の高度からでは、さすがに細かいところまでは見えない。
「ファーギ、降りなきゃ、詳しいことは判らないんじゃ?」
「うーん、あまりいい予感しないけど、依頼だしな……。よし、着陸するぞ!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
漁村の近くの草原に着陸し、周囲の確認をする。動物の気配はなく、魔物ばかりだ。
「強そうな魔物が多いみたいだけど、ニーナ、君が前に来たときも、こんな感じだった?」
「いえ、水揚げした魚を奪いに来る魔物すらいなかった地です」
俺の問いにニーナが答える。さっきの件で、無視することは止めてくれたようだ。
「オレたちが偵察に行ってくるよ」「あたしも」「おいらも」
ハスミン、アイミー、ジェスと、テイマーズの三人が名乗りを上げる。ファーギの方を向くと、大きく頷いた。偵察くらいなら、問題ないのだろう。
だけど、これはもう漁村では無い。未知の場所への偵察だ。何かあってからでは遅い、と言う事態も考えておかねば。
「俺も同行する。他はバンダースナッチの周囲で待機。魔導通信機で連絡するから、臨機応変で行くぞ。さっさとミッシー取っ捕まえて、ほっぺた引っぱりながら、説教しなくちゃいけないし」
分散するのは悪手かもしれないけど、最悪でも操縦できる者が一人は残ってないといけない。着陸して全員出てしまうと、誰かに無人のバンダースナッチを壊される可能性がある。俺の言葉は受け入れられたようで、全員頷いた。
「一旦空艇に戻れ。装備を調えてから行ってこい」
ファーギの言葉で、全員バンダースナッチに戻る。
ブリーフィングルームは使うことないだろうな、なんて思いながら、操縦室で行動方針が決まっていく。テイマーズの三人は、フル武装。革鎧に剣と盾、魔導銃も二丁ずつ持っている。魔導バッグには、予備の武器や食料、野営用のテントなどを入れているらしい。
俺をじっと見ていたマイアが声をかけてきた。
「ソータさん、その格好で行くんですか?」
「え、あ、うん。これしか持ってないし」
シャツとデニム姿なので、日本で街中を歩いているような格好である。
「武器庫に来てください。鎧と盾を見繕うので」
「そうだね。んじゃいこか」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
着がえ終わって、テイマーズの三人と一緒に空艇を降りる。
「んじゃ、ファーギ、手はず通りでな」
「おお、わかった」
ハッチが閉まると、無音で上昇していくバンダースナッチ。ファーギには、真上ではなく、十キロメートルほど離れて、かつ高高度で待機しておくように伝えておいた。魔石電子励起爆薬みたいなのはもうないと思うけど、万が一のためにだ。
俺は動きやすそうなストレッチ素材のインナーと、軽い革鎧を装備させてもらった。剣ならファーギにもらった魔導剣があるし、すっかり忘れていた黒いマントもある。盾は邪魔になるだけなので、持ってこなかった。
「かっこいいな、その革鎧!」
「ジェスも、いい装備に変わってるな」
「そりゃそうさ、滅茶苦茶稼いでるからな」
今歩いている場所は、多分道があった場所で、漁村ベルサに向かっている。道路も緑で覆われているので、上空からは分からなかったのだ。
「おっ! 魔物を一体倒したみたいだ!」
「こっちも!」
アイミーとハスミンの声だ。テイマーズはスライムを召喚し、周囲にいる魔物を掃討している最中だ。俺が出る幕はなく、さくさく進み、やっとベルサ入り口に到着する。
中へ入ると、ポツポツ建っている民家は全て、緑のツタに侵蝕されていた。
ニンゲンも魔物の気配もしない。通り沿いの家に入ってみると、随分長い間ここにニンゲンがいなかったと窺える。
「おーい、バラバラで行動するなー! 何か潜んでいたら各個撃破されてしまうぞー!」
シュッと集まってきたテイマーズの三人。こんなに聞き分けがよかったのかな? ああ、これはファーギがやっていた教育の賜物か。現場に出てまで、チンピラみたいな絡みをされちゃ鬱陶しいからな……。
「お、あそこ見て! 枯れた噴水の周りに、馬がたくさん繋いであるよ!」
いち早く見つけたアイミーが声を上げる。
ちいさな漁村に噴水? この村は裕福なのだろうか……。建物をよくよく見ると、大きな邸宅ばかり。二十人家族で住んでも、余裕がありそうなものばかりだった。
それに、馬が繋いであるという事は、近くにニンゲンがいるはずだ。
噴水に到着するまで、人っ子一人出会うことはなかった。村の中に魔物がいないことも不自然だ。
アイミーたちテイマーズの三人は、生きた馬を見るのが初めてのようで、興味津々。ニンゲンに慣れた馬で、テイマーズの三人が頭を撫でたりほっぺをさすったりしても、抵抗なく受け入れている。馬具を見ると、修道騎士団の馬で間違いない。
「ファーギ、メリル、リアム、あれは?」
『ドワーフ製の馬型ゴーレムだな……』
魔導通信機からすぐにファーギの声が聞こえた。上空から俺たちを観察しているのだ。
修道騎士団の馬が十頭、馬型ゴーレムが一頭。最低でも十一人がこの辺にいるはずだけど……。
「ん? 何これ?」
噴水のまん中に、ポッカリと空いた空間が見えている。掃除用とか、噴水用の魔石の補充用なのかな? 階段があるので、この村のヒトが作ったのだろう。
何を感じたのか、テイマーズの三人は、スライムたちを呼び寄せて、オレたちの周りに配置した。階段を降りる気満々だ。
「他に何もないみたいだし、ちょっと入ってみる。三人は後ろからついてこい。他はこの辺りの捜索でいい?」
『了解した』
ファーギたちから了解の返事があった。
「はーい」
そのあとテイマーズの三人が、ハモりながら返事してきた。いくら訓練されたといっても、ここまで素直でかわいく変わると、ちょっとどうなの、という気持ちになる。何も無いと思うけど、とりあえず降りてみる。
「――――!?」
俺が完全に地下に入った途端、周りの雰囲気が変わる。危険な感じはしないので、階段をどんどん下りていく。階段、壁、天井、全てレンガ造り。俺サイズでここをすれ違うのに、ギリギリの幅しか無い。
三十段下ると踊り場があり、その繰り返し。この辺はちゃんと考えて作ってるみたいだな。
「なあ、アイミー、ここって何か分かる? 人が作ったような感じがしないんだけど」
俺の後ろにアイミーがいて、ハスミン、ジェス、スライムの大群、といった順で降りている。
「帝都ラビントンの下水道にある、地下ダンジョンと似てるわね」
背後から聞こえてきた言葉に、ダンジョンというものが混じっている。
初ダンジョン!?
いやいや、その前に、ダンジョンて実在するんだな。
地表から五十メートル程降りたところで、ようやく底に到着する。でもここが本当にダンジョンなら、とんでも広かったり、とんでも深かったり、そんな感じなのかもしれない。
「ソータ、ファーギに連絡しないでいいのか?」
アイミーに言われて気づく。
「あ、そうだったな」
連絡しない癖がついているので、こういう時は問題児になる俺。魔導バッグから魔導通信機を取りだして、ファーギに連絡をする。通信機は全て脳内で統合されているので、使うふりだ。
「ファーギ」
『お、なんか危険物でも見つかったか?』
「いや、噴水を調べてたら、ダンジョンっぽいのがあった。もう中に入っている最中だけど、魔物の気配、ニンゲンの気配、共に無し。ちょっと奥まで捜索してみる」
『ダンジョン? おーい、ニーナ! ベルサにダンジョンなんてあったのか?』
通信機越しに『そんなものあったら、冒険者が押し寄せてますよー』と聞こえてきた。
『聞こえたか?』
「ああ、聞こえた。つまり、新しいダンジョンが、いつの間にか出来てるって事だろ?」
『その通りだ。一番乗りの可能性があるから高い危険が伴う反面、財宝が見つかる可能性もある。村は安全みたいだから、噴水近くに着陸しておく。お前なら大丈夫だと思うが、……頼むぞ』
「ああ、分かってる」
通信を切って、テイマーズの三人に向かい合う。ファーギが言った最後の言葉は、彼らテイマーズの事を指しているのだ。この子たちに、怪我をさせないようにしなければ。
だからちゃんと聞いておこう。
「なあ、三人ともさっき言ってた、下水道にダンジョンがあるって話、あれほんとなの?」
「帝都ラビントンの下水道にダンジョンがあるのは本当です。おいらたちが見つけて、まだ秘密にしているので、黙っててもらえると……」
ジェスが両手を合わせてお願いしてきた。
「ファーギは知ってるの?」
「はい。いい訓練になると言って、そこでしごかれてます」
「そっか、それならいいけどね。俺から吹聴することは無いよ」
ホッとする三人。Aランク冒険者になれたのも、そのダンジョンで特訓したからだという。まだまだ実力を付けたいので、ダンジョン内のモンスターをたくさん倒していきたいそうだ。
……ん? モンスター? 魔物とモンスターって何か違いがあるのかな?
なんて考えていると、クロノスから返事があった。相変わらず思考を読んでるのな。
『あ、すみません。通常の魔物と、ダンジョン産の魔物を分けるために、翻訳を変えました。不都合が出れば変えていきますので』
『ああ、なるほど……? ん? つまり、ダンジョン内部のモンスターが、魔物と違う可能性があると言うことか。わかった、あんがとね』
『いえいえ~』
たしかに、そうだ。生態系もクソも無い謎建造物に、どうやって魔物が生まれてくるのかって話にもなる。ゲームみたいにポップする感じなのか?
何にせよ、俺は初ダンジョン。テイマーズの三人の方が先輩なので、今のうちに色々聞いておこう。
といっても、三人とも、帝都ラビントンの地下ダンジョンしか行ってないので、簡単なことしか知らなかった。
ダンジョン内部は基本的に魔石ランプのような明かりがあり、それを削り取ると消えてしまう。中には小さな魔石が埋め込まれているそうだ。魔石ランプと同じ仕組みらしい。そしてしばらくすると、明かりが復活して通路を照らす。そんな謎現象が起きるのは、ダンジョン特有だという。
そりゃそうだろうね。街中でそんな現象が起きたら、魔石鉱山などの価値がなくなってしまう。
トラップやモンスターは、階層ごとに強くなり、一番底にはダンジョンコアがあるそうだ。それは球体で謎の鉱物。意思を持つ生命体でもあるという。ダンジョンコアがそんな性質を持つので、小さなダンジョンは盗賊がすぐに攻略してしまうらしい。
持ち出したダンジョンコアが、高値で売れるためだ。
そんなの買って置いてたら、家がダンジョン化するんじゃないの? と聞くと、ダンジョン化するらしい……。
危ねえし。なんて思っていると、ダンジョンコアにも個性があり、好戦的で手が付けられず、結局討伐しなきゃならないものや、ニンゲンに理解を示し、家を豊かにしてくれるものもいるらしい。
帝都ラビントンに地下ダンジョンにあるコアは、好戦的でかつ、そこまで強くないので、訓練用として最適なんだとか。
話し込んでいると、なにやら独特の気配を感じる。にゅるっと押し出されたトコロテンのような気配の現れ方。あまりいい気持ちはしない。
「スライムがポップ! 掛かれ!」
アイミーの指示で、一体現われたスライムに、十体のスライムが襲い掛かる。結果は瞬殺。小指の爪ほどの魔石を残して、泡のように消えていった。
「ゲームっぽいなあ……」
「なんだ、げーむって?」
「あ~、なんて言えばいいのかな? 動く絵でで遊ぶんだ。それに出てくるモンスターを倒すと、今みたいな感じで消えてしまうん――――だ」
あ、逆かも? こっちの世界でダンジョンを経験した人が地球に戻り、似たエフェクトを作ったという可能性もある……?
ぽこぽこポップするスライムは、テイマーズがどんどん倒していく。俺の出る幕が無くて楽ちんだ。
ダンジョンだから当たり前なのかもしれないけど、通路は曲がりくねっている。俺たちはそれをどんどん進んでいく。通った道は全て諳記しているので、歩いて戻ることも可能だし、地上にゲートを繋げることもできる。
「お、階段だ」
「ソータ、気を付けろよ。階層が変わると、モンスターが急に強くなることもあるから」
「ハスミン、喋り方」
「あ、すみません」
ジェスに注意されるハスミン。ファーギが訓練しているからといって、急に言葉遣いを変えることは難しいと思う。だから全然気にならないけどね。でもそれは言わないでおこう。ファーギの教育方針に反してしまう。
「急に強くなるかもしれないなら、俺が先にいくよ」
「はーい」
またハモった。かわいいけど、何か違う。まあいいけど。
またしても長い階段を下りていき、ようやく地下二階層に到着する。レンガ張りから、きれいな石畳に変わった。凹凸がなくツルッとした質感で、継ぎ目がない。壁も天井も同じ造りになっている。もしこれを人間が造るなら、巨大な岩盤をくりぬかなければならない。
「人の手で、こんなもの作れないよなあ……。作ったとしても、とんでもない労力がかかる」
そしてニンゲンの気配はなく、さっきと同じくスライムがポップした。すぐにテイマーズがボコって終了。なんかあれだ。長い階段を降りる時間が勿体なくなってきた。
「何やってるんですか? というか何ですかそれ?」
丁寧に喋るハスミン。俺の足元を見て、影が離れていくのを不思議そうに見ている。
「いや、この調子だと、ダンジョン内に何があるのか分かるまで時間がかかりすぎる。あくまで俺たちはミッシーの捜索に来たんだから、さっさと済ませようと思ってね」
影魔法で階層内部を調べていく。一体では足りないので増やしていくと、十体で頭が重く感じた。脳に負荷がかかったのは、影魔法の五感がフィードバックしてくるからだ。
『サバイバルモードに変更』
『了解』
脳の機能を汎用人工知能が使い始めると、頭が軽くなる。だからと言って、俺の思考能力が低下するというわけでも無い。脳みそってほんとに凄いよな。
「うわわわっ!」
「なにこの魔法?」
「めちゃくちゃ増えていくぞ!?」
影魔法をどんどん増やし、千まで増やしたところで、全ての階層を調べ終わった。
「なあ、地下に三百階層あるダンジョンって、多い少ない? 大きい小さい? ちょっと単位が分からなくてすまん」
「大きいですね。大迷宮になります」
「たしか、ダンジョン踏破の最深度は千階層だったと思います。そのダンジョンも、まだ下の階層があったと聞いてますが」
「それって、マラフ共和国のずっと北の方だったよね?」
アイミー、ハスミン、ジェフが教えてくれる。とてもありがたい情報だ。
「ということは、アイミー、ここは大迷宮じゃ無いって事では?」
「へっ? まだ二階層ですよ? 次の階層にダンジョンコアがあるかもしれないのに」
あ、影魔法を出しただけで、何ができるのか説明してなかった。なので、一通り説明をすると、三人ともあんぐり口を開けて動かなくなった。驚くとは思ったけど、オーバーすぎる気もする。
次の瞬間、影魔法の使い方を教えてくれと、三人掛りで頼み込んできた。教えるのはやぶさかでない。ただ、数を出すには、汎用人工知能とリキッドナノマシンが無ければ不可能だろう。
だから使えるようになっても、十も出せれば頭が重くなることを伝えておく。
ようやく三人が納得したところで転移魔法を使い、四人まとめて地上にでた。
テイマーズの三人。枯れた噴水の近くにいたファーギたち。全員が軽く声を出して驚いた。そして、マイアとファーギから、咎めるような視線。
人前であまり力を使うな、と言いたいのだろう。
だけど、それどころでは無いのだ。
「最下層付近にミッシーと、エルフの御仁がいた。たぶんスリオン・カトミエルだと思う。それとは別に、アイヴィー率いる修道騎士団の団員たちが多数。全員モンスターに追い込まれて、篭城している状態だ。まだ全然大丈夫だけど、すまん。ミッシーとアイヴィーたちを助けに行ってくる」
ミッシーとアイヴィーの場所が離れてるから、どっちを優先するかが問題だ。
「よし!! ソータ一人で行ってこい!」
テイマーズと、リアム、メリル、ニーナが、一緒に行くと言い掛けたところに、ファーギがかぶせるように、大声で言い放つ。すまん、気を使わせてしまって。
マイアも分かっているようだ。俺一人の方がやりやすいと。
「んじゃ行ってく……る。ん? なんか大丈夫みたいだな」
影魔法からの視界は、汎用人工知能が取捨選択して見せてくれている。いまはミッシーより、修道騎士団を優先した方が良さそうだ。知ってる顔があるけど、あいつが何でここに居るのか意味が分からん。
まいっか。
俺はダンジョンの地下二百五十階層に転移した。




