126 したたかな皇帝陛下
テーベ城に到着すると、密蜂の長、モルト・ローが出てきた。久し振り、という挨拶もそこそこに、メリルとモルトにガッシリ腕を掴まれ、あれよあれよという間に、俺は皇帝エグバート・バン・スミスの御前に突き出されてしまった。
「久しいな、ソータ」
「どもです。近衛兵と密蜂がいませんけど、大丈夫なんですか?」
謁見の間には、俺と皇帝しかいない。おまけに、お互いにテーブルに向かい合い、顔を突き合わせている状態だ。
「大丈夫だ。そんな事より、ソータには褒美を取らせていなかったのでな。ワシの娘をもらってくれぬかと――」
「お断りします」
突然何を言い出すんだ、この髭もじゃは。髭ちぎるぞ?
「ふはは! そういうと思っていたよ! お前はエルフのミッシーと付き合ってるもんな。我らドワーフが横槍入れたとあっちゃ、国家間の関係にヒビがはいるわ!!」
ふわーっはっはっは、なんて笑ってるけど、冗談なの? 目が笑ってないんだけど!
あとなに、俺とミッシーが付き合ってる? 前もそんな話聞いたけど、そんなデマを飛ばしているのはファーギだ。そんな与太話を信じるとか、大丈夫なの? こういうノリなの? ドワーフ流のギャグなの?
はてなマークだらけになっていると、皇帝の顔がシュッと引き締まった。
ここからが本題だろう。
「そこでだ、ソータにミッシー捜索の指名依頼を出しておいた。帝都でやっている冒険者ギルド会議が終わり次第、召集がかかるからな。そのつもりでいてくれ」
どうすれば「そこでだ」となるのか意味がわからん。断るか? いやでも、ミッシーを探すいい機会だ。
「分かりました。それと、別件でのお話がいくつかあります」
「話せ」
地球に避難した獣人自治区の獣人たちは健在で、実在する死神、ハッグ、カヴン、地球の悪魔が暗躍し、こちらに入植しようとしていること。地球のニンゲンも同じくこちらに入植しようとしていること。
この二つは分けて説明した。
「争いを起こさなければ、地球人の入植は構わん。それと、ハマン大陸に獣人たちが入植している、までは分かるが……、大魔大陸を、獣人のために開墾……? ソータ、お前は何を考えておる」
さすがに独断専行が過ぎたか。皇帝の表情が険しくなった。
「獣人自治区の獣人たちは凶暴で、近くの村や町を襲ったことがあると聞き及んでいます。その延長線上にあったのが、今回の戦です。……しかしながら、ヒト族が多いマラフ共和国では、獣人たちが受け入れられていました。獣人が根っから凶暴であるのなら、あり得ないと思いませんか?」
「獣人自治区はな……、千年前に獣人の王国あった場所だ。女王キャスパリーグの亡霊が、獣人たちを凶暴化させている、とも言われておる」
「……ん? 獣人自治区は、獣人の王国の跡地ってことですか?」
「そうだ。戦後の調査でハッキリ分かった。当時から生きているエルフどもは、場所が違うと言っているが、その場所もさして離れているわけではない」
詳しく聞いてみると、獣人の王国があった場所が、俺にもだいたい分かった。戦争時、西側から攻め込もうとしていた修道騎士団。テッド・サンルカル率いる部隊が追い詰められていた、あの荒れ地辺りだ。
遺跡っぽい城や砦がたくさんあったし。
「ソータ、大魔大陸なら、獣人は凶暴化しないと申すか。お前はそれを見越して、獣人を移住させるつもりだな? それならそうと早く言え」
「いえ、少ない材料から仮説を立てて動いただけで、先走っていたことは否めません。真偽の検証は、ハマン大陸や大魔大陸へ入植した獣人たちの行動を見てからになります」
「ハマン大陸は戦ばかり、大魔大陸は魔物にすり潰されて終わり、どっちを取っても地獄のような環境だがな……」
「あ、その件で相談が。事後報告になりますが――」
ファーギに相談しようと思っていた、六本脚に使われていた魔法陣の無断使用。これは国のトップに聞けばハッキリするので聞いてみる。
すると、脳神経模倣魔法陣以外は、この世界で一般的に使われている魔法陣だから問題ないみたいだ。脳神経模倣魔法陣に関しては、あまりにも複雑すぎて、他国がまね出来る物では無いと、皇帝は自信満々だ。おまけに魔法陣の神クロウリーが認めなければ使えないというシロモノだった。
すでに百万体以上の、スチールゴーレムが稼働してるんだよな。魔法陣の使用許可が出たから、連動魔法陣を使ってスチールゴーレムに伝えておこう。これで俺が知ってる魔法陣で魔道具が作れる。
それと、ライムトン王国が日本政府に、魔法陣を国家機密だと偽っていることも分かった。
「実は……、俺はもう、ゴーレムの作成が出来るんです」
「ふはは! 冗談にしては笑えないぞ。帝都ラビントンでも、脳神経模倣魔法陣を使える者は数名しかおらぬ」
「……」
「……」
「……」
「……ほう。ソータは使えると申すか」
「はい。どうしても人手が足りず、ドラゴン大陸と大魔大陸にスチールゴーレムを配置しています」
「ふむ……。そのゴーレムを、ちと見せてくれぬか?」
立ち上がった皇帝エグバート・バン・スミスは、有無を言わせぬ迫力で、ついてこいとあごをしゃくった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
モルト、メリル、二名の先導で、皇帝と共に移動していく。到着したのは城に隣接する練兵場。高い塀に囲まれたそこは学校のグラウンド二面分くらいの広さがあり、訓練用の設備が設置されている。周囲の高級住宅街に配慮して、気配遮断、視覚遮断、音波遮断、魔力隠蔽、四つの魔法陣が使われていた。
城の兵士たちが訓練をしている先に、ファーギとテイマーズたちの姿が見える。そんな風景を眺めていると、モルトの声がした。
「ソータ様、こちらです」
俺たち四人が入れば、ぎゅうぎゅうになりそうな小さな小屋に招かれ、メリルを先頭に中へ入っていく。小屋の中には階段があり、そこを降りていくと、地上と同じ広さの地下空間が広がっていた。
壁は石垣で作られ、地面は土のまま、高い天井には梁が組んである。その張りには魔石ランプが灯り、階段を下りた先にテーブルと椅子が準備されていた。見渡しても、訓練中の兵士は誰もいない。
「人払いは済んでいる。ソータの言う、スチールゴーレムとやらを見せてみよ」
モルトとメリルは、椅子に座った皇帝の背後に控えている。彼女たちにも見せて構わないのだろう。
それならと思って、おもむろにスチールゴーレムを一体だけ創り出す。胸には大魔大陸で拾った魔石を入れ、連動魔法陣だけ外しておいた。
「ふむ……。動かんな」
「誰の脳を模倣しているのか分からないので、脳神経模倣魔法陣は空っぽの状態です」
「――っ!? お止め下さい!!」
俺の言葉で立ち上がった皇帝。それを見たメリルが慌てて声をかけた。
「よい。ソータには見せておく必要がある」
「はっ!」
皇帝の声で下がるメリル。彼女が何を止めようとしたのか気になっていると、理由はすぐに分かった。皇帝から分離するように、半透明な生き物が現われたのだ。
「ワシに憑依している、精霊ノームだ。ドワーフの国で動いているゴーレムは、彼の頭脳を摸写してい動いておる」
精霊ノームが皇帝から分離すると、徐々に実体化して、その姿があらわになった。皇帝の顔貌に似ているが、ドワーフの彼よりだいぶん小さい。小人とまでは行かなくても、幼稚園児並みの背丈だ。ひげ面なので、子どもには見えないが。
妖精と精霊の関係がよく分からないけど、……ドワーフは妖精族だったな。カリストの話が本当なら、鳥垣紀彦にも精霊ノームが憑依しているはずなので、複数いるのだろう。
「はじめまして。ソータ・イタガキです」
精霊ノームに挨拶をして、視線の高さを合わせるためにしゃがんでみる。
「……」
あら……。皇帝の後ろに隠れてしまった。
「ふはは! ノームは人見知りするからな。戻っていいぞ」
皇帝の声で、ノームの姿が消えた。また憑依したのだろう。
俺の背後から、地面を踏みしめる重い音が聞こえる。皇帝が脳神経模倣魔法陣を使い、スチールゴーレムが動き始めたようだ。振り返ってみると、地下の広場を走り始めたところだった。
誰も指示を出してない。勝手に動き出すって事は、完全に自律運動しているわけだ。グラウンドを一周回ってきたスチールゴーレムは、俺たちの前で立ち止まった。小さなパチンコ玉の集まりで、重さが一トンもあるとは思えない身軽さだ。
「何が出来るか、見せてみろ」
皇帝の声で再度動き始めたスチールゴーレム。土魔法で土砂を出し、ロックバレットを放つ。パチンコ玉の配列が変わり、ヒト型から犬のような形に変化する。さらに形を変え、地面に薄く広がったり、球体になったり、様々な形に変化して見せた。
挙げ句の果てに、パチンコ玉を核にしたロックバレット百発ほど撃ち出し、自在に宙を舞わせていた。
うちのスチールゴーレムより、はるかに器用だ……。
『今の動き、次回のアップデートで実装しますか?』
『え、そんな事も出来るの?』
『もちろんです』
『ああ、んじゃ頼むよ』
『了解しました』
「中々いい動きだ。ソータが脳神経模倣魔法陣を使えるという事は、魔法陣の神クロウリーに認められていると言うことだ。これは中々無いことだ。誇ってもいいぞ!」
「え、それじゃあ、使用に関しては?」
「神に認められた者を、どうしてワシがダメだと言える? ソータの自由にするがよい。……おお、忘れるところだった。ソータにはまだ褒美を渡してなかっただろ?」
「え? いや、冒険者ギルドの依頼で動いていたので、報酬はたんまりと貰ってます」
「いやいや、何を言っておる。テーベ城に獣人が攻め込んできたとき、救援に来てたじゃないか。それに、あの忌々しいバーンズ公爵家の娘を引っ捕らえた件、ドワーフを裏切ったイオナ・ニコラスの捕獲。それに加え、ヒュギエイアの杯作成。これで褒美を取らせなかったとあらば、皇帝エグバート・バン・スミスの名がすたるわ!」
言いきった後、じっと俺を見つめる皇帝。
娘が――と言った瞬間、髭をちぎるぞ。俺は見たことも無い相手と結婚する気は無い。
「軍のおさがりだが、空艇バンダースナッチを授けよう。ソータの国は、入植で忙しくなるんだろ?」
軍艦をあげるってこと? 何考えてんだ、この髭もじゃは。あと、バンダースナッチって、怪物の名前じゃなかったっけ?
「忙しくなると思いますけど、軍の空艇をもらうわけにはいきません。俺は異世界人で、一介の冒険者ですよ?」
「ほう……。そなたにドワーフの軍艦を渡せば、ドワーフの国に危険が及ぶと?」
「それはないです! 多分!」
「多分?」
「そりゃそうでしょ。俺は日本国のニンゲンです。万が一、日本とミゼルファート帝国が戦争する、なんて事態になれば、俺は必然的に日本側のニンゲンとして戦います。もちろん、黙って参加するわけじゃないです。戦争回避のため、裏でコソコソ動くとは思いますが!」
「ふむ……。合格だ」
「ん?」
「ソータに分別があるニンゲンかどうか、確かめさせてもらった。実はな――」
ミゼルファート帝国に、すでに日本政府から接触があったらしい。その内容は、ゴーレムを借与させてもらい、ありがとうございます、というもので、これを機会に是非とも国交を開けないか、と打診があったそうだ。
……ミゼルファート帝国の西側に、ライムトン王国があったな。
その辺の事情を聞くと、日本国からの親書を、ライムトン王国のSランク冒険者が持ってきたらしい。
つまり、俺が勝手にゴーレムを使っていることは、最初からバレてたってことだ。
テーベ城に入ってから、メリルとモルトに抱えられたまま、謁見の間に連れてこられた意味がやっと解った。
メリルとモルトに視線を向けると、ニヤリと笑う。
改めて、皇帝へ顔を向けると、これまたニヤリと笑いやがった。
まいっか。
「んじゃ、このゴーレムはもういいですね?」
魔法陣を解除しようとすると、スチールゴーレムからロックバレットが飛んできた。
「……」
急になんだ、と思いつつ、ロックバレットを板状障壁ではじき飛ばす。
「ソータ、それはもうドワーフのゴーレムだ。よかったら、あと何体か創ってくれぬか? 日本政府と国交を開く為に」
皇帝エグバート・バン・スミス……、侮ってないけど侮れんわ。
俺は百体のスチールゴーレムを創り出して、その場を後にした。




