125 スチールゴーレム
ドラゴン大陸の東京都に位置するゲートをくぐると、驚きの光景が広がっていた。
街だ。大平原に、石造の街が出来つつある。ここには十体のスチールゴーレムを置いていたが、その数でこれだけの街が作れるのか……? あっちからくるニンゲンの中にデーモンがいれば滅ぼすように、くらいの指示しか出していないのに。
『お、久し振りだな!』
『うおっ! 声がデカい!』
大音量で届いた念話は、巨大ゲートの近くに立っていたスチールゴーレムのものだ。
『すまんすまん。大魔大陸のスチールゴーレムとやり取りしてるからよ!』
『ここから大魔大陸に念話が届くんだ……。てか何やってんの? 街を造れといった覚えはないんだけど……?』
そう聞いてみると、理由を言ってきた。
脳神経模倣魔法陣は、俺の脳を使っているので、あの時の情報を元に最善な動きをしているという。
彼ら四百七十のスチールゴーレムは、お互いに念話で話し合い、最初に魔石鉱山を探し始めたという。結果は上々、魔石鉱山を多数発見。そこで掘り出した魔石を核にした、スチールゴーレムを大量生産。現在は百万体以上のスチールゴーレムで、日本人の受け入れ準備をしている最中だそうだ。
その他に、スライムを捕まえてきて養殖。増やしたスライムを、各都市の上下水道に配置しているらしい。ドラゴン大陸には魔石が豊富にあるため、当然ながら石油関連のエネルギーは必要としない。街灯や家屋の明かりは、全て魔石ランプで賄えるのだ。
石畳の道路はすでに四十七都道府県につながり、物流用のトラック型ゴーレムに、大型の空艇まで造っているらしい。
最近は温泉がたくさん見つかって、スパ施設を建設しているみたいだ。
張り切りすぎじゃね?
いや、そうでもないか。
残された時間を考えると、これでも間に合うかどうかだ。
インフラの整備は順調みたいだ。しかし地震の頻度は高いらしい。これまでに何度も大きめの地震があったそうだ。原因は火山性のもので、ここから見えている火山がよく噴火しているという。
できれば、免震構造で建物を造りたいそうだ。しかし残念ながら、俺の知識にそんなものはない。
『そこで相談なんだけど、俺たちをアップデートしてくれないか? 免震構造や、それに付随する建築技術をさ』
『アップデートねえ……』
さっそくハセさんに聞いてみるか? 念話が届くのか自信ないけど。
『ハセさーん』
『はいはい?』
異世界から地球へ念話が届いたことより、まるで自動対応する【Bot】並みにレスポンスが早くて驚いてしまった。
『わっしに何か用かな?』
『あ、いや、実は――』
事情を説明すると、お安い御用だと返事があり、ハセさんと、クロノスで通信が始まった。さして時間はかからず、情報の受信が終わったようだ。
データ量はそれほどでもないけど、口頭で説明すると膨大な時間がかかる。なので、俺自身に連動魔法陣を使い、スチールゴーレムたちとリンクした。
「ぐおっ……!!」
大魔大陸のゴーレムたちともリンクしてしまい、脳が熱くなる。すかさず冷却魔法陣を貼り付け、サバイバルモードへ移行した。
「ヤバいなこの感覚……、全てのスチールゴーレム、百一万四百七十体の視界と思考が伝わってくる」
『アップデート完了しました。これ以降、適時アップデートを行ないます』
『さんきゅ、クロノス。それってバックグラウンドで処理できる?』
『はい。以降そうしますか?』
『うん、お願い』
『分かりました』
毎回あの光景を見せられると、ちょいと疲れるかな。だから悪いけど、クロノスに丸投げしておく。
『助かったぜ、ソータ! あ、それとな、ドラゴン大陸の東海岸まで足を伸ばして調査してきたんだけどよ、木造船の船団が近くを航行してたぞ。領海とかどうなってんの?』
『あー、その辺はもう日本国の仕事だな……。そういえば、こっちに来てる自衛隊の連中はどこに居るの?』
俺はゲートをくぐって来て、一歩も動いていない。少し先に、巨大ゲートがあるけど、誰もいないのだ。目の前に広がる、建設中の街にニンゲンの気配は感じられない。
『メシ食いに戻ってるだけだ。しばらくしたら――、ほら来た』
帰り、と書いているゲートに、ストンと落ちてきた四十名ほどの自衛隊員。その中に門田がいる。東京のゲートは彼らの担当みたいだ。
『んじゃ俺は仕事に戻る。後はたのむぞ』
『ああ、よろしく』
スチールゴーレムも門田たちを確認し、巨大ゲート監視の仕事へ戻っていった。
「よっ、板垣。アメリカじゃ大変だったみたいだな」
「あー、もう伝わってんの?」
どこまでの話を知っているのか分からないので、軽く流しておく。門田は俺についてこいと合図し、自衛隊が持ち込んだプレバブの事務所に入った。学校の教室くらいの広さがあり、そこには事務机に事務椅子、通信機やガンロッカーなどが置いてある。とても殺風景な室内だ。
奥には別棟があり、自衛隊員たちが寝泊まりできるようになっていた。
門田がすすめる小さなソファーに座り、二人で向かい合う。
「ちょっと相談なんだけどさ――」
門田たち自衛隊員は、ドワーフ製――だと言っている――スチールゴーレムたちと、筆談で会話しているらしい。おかげで意思の疎通は上手く行っている。ただし、ゴーレムたちの持ち込み検査が非常に厳しいという。
ガスコンロや、発電機、カップラーメン、ペットボトルなど、石油由来の物があると、すぐに送り返してしまうらしい。この事務所に台所はあるけど、ガスコンロも冷蔵庫もない。窓ガラスの、ゴムパッキンすら外されている。
それでわざわざゲートを使って、お昼を食べに戻っているらしい。門田たち自衛隊員は、それを不便だと感じ、持ち物検査を少し緩くしてもらいたいそうだ。
「門田……、我慢しろ。この世界まで温暖化させるわけにいかないだろ? ここはノアの方舟じゃない」
スチールゴーレムは、俺の脳をコピーしているので、そんな行動を取っているのだ。魔石っていうクリーンエネルギーがあるんだから、魔道具で何とかしてもらうほかない。
「そりゃそうだけどよ……」
実在する死神が世に出て以来、様々な魔法陣が出まわっている。その中には、基本の土火風水の魔法陣もあるので、そのまんまでも、いけるっちゃいける。キャンプみたいになるけど。
それで満足しないのがヒトだ。今は大手家電メーカーが魔石と魔法陣の組み合わせを色々と試し、石油由来の物を使わない家電製品を作っているところらしい。
ただ、作る技術と魔石があっても、魔法陣が分からないみたいだ。
「ライムトン王国と明治時代から国交があったんなら、魔石と魔法陣の使い方を教わればいいんじゃ?」
「魔法陣は国家機密に指定されているのが多いらしくて、簡単なものしか開示してもらえてない」
「ドワーフの多脚ゴーレムを分解して、リバースエンジニアリングしてなかったっけ?」
「いくつかは効果が分かったみたいだが、まだまだらしい。……ん? お前なんでそんな事知ってるんだ?」
「六義園の地下にあっただろ? こっちの世界で見たことあるやつだ」
「ああ、そうだったな……」
「魔法陣て、そんなに分からない物なのかな? 書き写せばいいと思うんだけど」
「回転するやつで怪我人が出てな、それから慎重になってるみたいだ」
回転魔法陣か……。俺が全部教えるか? いや、あの魔法陣はドワーフの技術だ。俺が勝手に使っているとはいえ、それを他に教えるのは、また別の問題だ。やめておこう。
「郷に入れば郷に従え。こっちを汚染するような真似はするなよ? 特に動植物」
「ああ、それは徹底するみたいだ」
魔法陣の件は、ファーギに相談した方がいいな。
「よし、んじゃ俺は出かけてくる」
「おお、あんまり働き過ぎんなよ~」
「分かってるって。んじゃな!」
事務所の中の顔ぶれを見回す。全員、六義園の連中で間違いない。それを確認したところで、俺はゲートを開いた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
帝都ラビントンの路地裏にゲートを繋げ、こっそり街中に出る。またしても密入国だが、衛兵さんも知った顔が増えているので、以前のように槍を向けられることもなかった。
この街は火ネズミや獣人のテロ攻撃で、相当数の家屋が壊され、大勢の死傷者がでた。弔いはもう済んだのだろう。瓦礫になっていた街が、ものすごい勢いで建て直されている。重機用っぽい多脚ゴーレムが、方々で動き回っている。
市場がある通りには屋台も出て、以前の活気が戻っていた。復興は順調のようだ。
冒険者ギルドに入り、オギルビーの姿を探す。ここは相変わらず活気があるけど、少しピリついた空気を感じた。
「こんにちはー、ギルマスいます?」
「あ、お久しぶりです、ソータさん。ギルマスは会議で出かけてます。帝国の冒険者ギルドのやつなんで、帰りは遅くなると思いますよ~」
見知った受付嬢が教えてくれた。ファーギがどこに居るのか聞こうと思ったんだけど、工房に戻ってるのかな?
「ファーギ見かけませんでした?」
「朝見かけたんですけど、えーっと……? あ、テイマーズの訓練に行くって言ってました!」
「助かります。ありがとうございました」
「はーい、またねー!」
冒険者ギルドを出て、テイマーズが住んでいる屋敷へ向かう。訓練するなら、外出して不在かもしれない。
きれいに掃除された石畳を歩いていると、知っている気配が近付いてきた。
「ソータ様、お帰りなさい!」
チビっこくてかわいらしい、ドワーフの女の子が声をかけてきた。
「久し振りだね」
密蜂のメリルだ。皇帝エグバート・バン・スミスの暗殺を未然に防いだとき以来になる。ここで偶然会ったわけではない。俺の居場所を把握して来ているのだから、さすがとしか言いようがない。
二人並んで歩きながら、あの後どうなったのか聞いてみる。
モルト・ローの兄、ロストは、火ネズミを帝都ラビントンに送り込んだ罪で幽閉。修道騎士団クインテットのグレイス・バーンズは、サンルカル王国へ送り返されたそうだ。
イオナ・ニコラスは、違法な人体実験を行ない、獣人側に技術供与を行なったことで、すでに処刑されていた。
ルー・ガルーたちは地球へ送り返す手はずだったが、それを拒んでドワーフの国に残っているらしい。理由を聞くと簡単なものだった。彼らはあと三十年で滅んでしまう地球に戻るより、この世界で新たなスタートを切りたいと嘆願したそうだ。
実際はあと三年を切ってるけどね。
何を考えているのか知らないけど、皇帝はそれを承諾。ルー・ガルーたちは、五十人くらいでレギオンを作り、真面目な冒険者として活躍しているという。
大丈夫なのそれ……?
ゴブリンたちはスクー・グスローと里に戻って、破壊された街を再建中らしい。アメリカ軍が損害賠償するはずだから、大丈夫……かな?
マイア・カムストック、ニーナ・ウィックロー、二名の修道騎士団は、テッド・サンルカルと合流し、サンルカル王国へ帰還したそうだ。マイアは俺とパーティーを組みたがっていたが、さすがに日が開きすぎて、帰ってしまったのだろう。
エルフのインビンシブル艦隊は、旗艦サッドネスを残し、ルンドストロム王国へ帰ったという。
何で旗艦が残っているのか聞くと、サラ姫殿下のために、もう一度エルフの里を作り直すそうだ。ベナマオ大森林に里用の別空間を作るらしく、ある程度の人員と、サラ姫殿下の護衛が必要らしい。
なんであの子は帰国しないのかと聞くと、よく分からないと返ってきた。魔力アレルギーは治ったはずなんだけど……? あれが原因で、里で養生しているんだと思ってた。
エレノアも残っているそうだ。彼女はエルフの部隊を率い、ベナマオ大森林でミッシーを捜索しているらしい。俺も手伝いたいけど、ちょっと今は時間がない。
というかメリル、そんなに喋っちゃっていいの? 密蜂って、情報関連の組織だったはずだ。こっちはホクホクだからいいけどね。
そうこうしているうちに、テイマーズが寝泊まりしている屋敷に到着。
「やっぱいないか……」
「ここは、ファーギの屋敷ですね?」
「そそ。あいつ探してるんだけど、テイマーズの訓練で出払ってるみたい。下水道に入ってるのかな……」
屋敷に人の気配はない。
「なーんだ。それならそうと早く言ってくれれば――」
ファーギとテイマーズは、テーベ城に隣接されている練兵場で訓練中だそうだ。本来は衛兵の訓練場らしいが、ファーギの功績もあって、特別に使用許可が出ているらしい。
と言うことで、俺たちはテーベ城へ行くことになった。




