123 ミッシー3
サンルカル王国、王都パラメダ。ヒト族を中心に人口五百万を誇る大都市である。この国が非常に豊かな理由は、肥沃な大地が多く、世界の胃袋とも言われるほどの農業国家だから。ほかにも、サンルカル王家は、度々優秀な人物を輩出するので、神々に愛された国とも言われている。
王都パラメダにはイーデン教の総本山があり、大教皇と国王は蜜月関係にあるといわれていた。
「……」
ミッシーは緑が整備された公園のベンチに座り、周囲の風景を眺めていた。正面には、三つの塔があるイーデン教大聖堂がそびえ立つ。辺りには散歩をする老夫婦に、子連れで遊んでいる家族、ジョギングをしている冒険者など、平和な日常があった。
そんな街中なので、ミッシーはカミソリアーマーなどは装備せず、エルフが着る一般的な服装であった。
彼女は公園での光景に違和感を持ち、ため息交じりの言葉を呟く。
「どうしてこの国は、自国内の獣人自治区を討伐しなかったのだ……?」
サンルカル王国は、獣人自治区の討伐戦で、自国兵を出していない。エルフ、ドワーフ、ゴブリン、修道騎士団クインテット、この四つの勢力で戦った。エルフ軍はそうでもなかったが、ドワーフ軍は甚大な戦死者がでてしまった。
サンルカル王国の修道騎士団は、五千人が壊滅して生き残りは五十人ほど。だが、それはあくまでイーデン教の武装組織である。国の軍隊は戦争に参加することは無かった。
ミッシーは手に持つ紹介状を見つめながら立ち上がり、向かいにあるイーデン教の大聖堂へ向けて歩み始めた。
「紹介状?」
ミッシーから書簡を見せられ、イーデン教大聖堂の警備兵は、訝しげな顔をする。それは王都パラメダの冒険者ギルドからのもので、差出人はギルドマスター。目の前にいる、Sランク冒険者ミッシー・デシルバ・エリオットの安全を保証し、修道騎士団クインテットのテッド・サンルカルと面会を求める、といった内容であった。
「Sランク冒険者! し、失礼しました! お、おい、団長呼んでこい!!」
警備兵は修道騎士団だったようで、ミッシーがSランク冒険者だと分かって、大変驚いていた。
「こ、こちらへどうぞ」
ミッシーを先導して歩き始めた警備兵。今度はミッシーの方が訝しげな顔をしていた。一国の第二王子と面会するのに、警備が緩すぎやしないかと。
正門を抜けると、幅二百メートル近い石畳が続き、正面に白亜の大聖堂が見えている。石畳や敷地内の建物も全て白。まばゆさに眼を細めながら歩き、ミッシーと警備兵は大聖堂の入口に到着した。
ミッシーはドアを開け前室を抜けて身廊に足を踏み出す。
そこは荘厳で広大な空間だった。四十メートルの高さがある天井には、煌びやかな天井画が描かれ、ステンドグラスが鮮やかな彩りを放っていた。真っ直ぐ伸びる身廊の先に放射状祭室があり、イーデン教信者が祈りを捧げている。
「こちらでお待ちください」
そう言って立ち去る警備兵。ミッシーは身廊のど真ん中に立ち尽くしていた。何故なら、この空間に漂う神聖な気配、これはソータから感じたものと同じだったからだ。
「よっ、あんたが面会に来た冒険者か?」
背後から話しかけたのは、テッド・サンルカル。この国の第二王子でありながら、イーデン教の修道騎士団所属。しかも序列一位という立場でもある。
振り向いたミッシーの目に映ったのは、茶色い髪の毛を後ろでザックリ結んだ男。
高そうな生地で仕立て上げられた服装には、歩けば絶対に音が出る金属製の装飾品がたくさん付けられている。それなのに全く音が聞こえてこない。
テッドが何かのスキルを使っているにせよ、衣擦れの音さえ聞こえないまま、ミッシーの背後を取った事になる。そんなテッドを見ながら、舌を巻くミッシー。
「冒険者ギルドから、どうしても時間を作ってくれと言われて来たんだが。そういえば、……あんたソータの彼女だよな? 俺はテッド・サンルカル、よろしくなっ!」
握手を求めるテッドをスルーするミッシー。真っ赤な顔になりつつ、その視線はさっさと座って話を聞かせろ、と物語っていた。
「Sランク冒険者が会いたいって言うから、来たんだけどよ、なんつーかー、もちっと柔らかくならない?」
「これでも努力している」
「マジで?」
「マジだ」
「……まあいいけどさ。んで、話ってのは何だい?」
「それは――」
ミッシーはテッドを真っ直ぐ見つめ、真っ直ぐな質問をした。
獣人自治区制圧に、サンルカル王国軍が、何故動かなかったのかと。
「あっちゃー、やっぱそこおかしいと思うよね。……ちょっと場所を変えようか」
彼女たちがいるのは、大聖堂内の身廊にある信徒席。板張りのベンチだ。そこは、イーデン教信者たちの行き来が多い場所でもある。
大聖堂から離れ、テッドが連れてきたのは近くのメカロン宮殿。ここは、聖職者が寝泊まりするところで、修道騎士団が厳重に警備を行なっている。
テッドはミッシーを連れているが、警備の者に何も言われず、メカロン宮殿に入って行く。もちろん正門からではなく、こぢんまりとした通用門からだ。
だからと言って、ボロいというわけは無い。足元には手の込んだ刺繍がされたふかふかの絨毯、広い通路の両脇には絵画や彫刻が飾られ、高い天井から丁度いい高さまで吊されたシャンデリア、宮殿という名に恥じない内装であった。
しばらく通路を進むとテッドが立ち止まり、ドアを開けた。
「さて、ここなら、話し声は外に漏れない」
テッドとミッシーはその部屋に入り、テーブルに向かい合って座った。
テッドをじっと見つめるミッシー。眉間に少ししわが寄っている。
「分かってるって。えっとだな――」
これから話すことは、サンルカル王国、ミゼルファート帝国、ルンドストロム王国の上層部で共有されている情報だと前置きをして、テッドは話し始めた。
サンルカル王国の南方面に、地球からの侵略者である、実在する死神が現われ、周辺地域を自国の領土だと主張している。なので、サンルカル王国軍は現在、全軍を以て、これを叩いている最中だそうだ。
ただ、その事が原因で、厄介な状況にあるという。
サンルカル王国から見て、南西にあるオーステル公国、南にあるスタイン王国、この三国の国境付近が戦場になっているのだ。そのおかげで話が拗れて、三カ国の軍が連携できず、てんでバラバラの動きになり、実在する死神を討つどころか、同士討ちが発生しているらしい。
サンルカル王国首脳陣は、どちらかの国が、どさくさに紛れて領土の拡大を狙っていると予想している。
「冒険者ギルドでさえ知らない戦争が起こっていると?」
冒険者ギルドは世界を股にかける巨大組織で、各国の町や村に、必ず一つはある。ただし、冒険者ギルドが治外法権を持つわけでは無い。冒険者ギルドが、その国々の法を犯すような事をすれば、軍によって叩き潰されるだろう。
なので冒険者ギルドは、民間の要望に応え、国の要望に応え、バランスを取りながらうまいこと融和している。国と冒険者ギルドが敵対することはほとんど無い。
「いや、この国とアルトン帝国の冒険者ギルド総本部、オーステル公国とスタイン王国の冒険者ギルド、四カ国は知っている。しかし、公表はされていない」
「冒険者ギルドが、情報を隠蔽したと……? ――あっ!!」
「分かったみたいだな……。獣人自治区にも、冒険者ギルドがあっただろ? なかなか面倒な組織だよな」
現在も、サンルカル王国、オーステル公国、スタイン王国、実在する死神、四者入り乱れて泥沼の戦いが繰り広げられている。
その軍場は、サンルカル王国とスタイン王国の国境付近。獣人自治区からさほど離れていない距離なのだ。
もしこの情報を、獣人自治区の冒険者ギルドが知れば、区長のドリー・ディクソンに伝わるのは当然の成り行き。獣人自治区は篭城戦を選ばず、打って出ていた可能性もあるということだ。
「サンルカル王国は、情報封鎖をやっていたのだな。それで、不確定な情報しか耳にしなかった……。エルフもドワーフもゴブリンも、みなどこかで、サンルカル王国に不信感を持っている。早急にこの情報は開示すべきだ。獣人自治区はもう制圧されたのだから」
「ああ、そのつもりだ。ただなあ……、ミゼルファート帝国とルンドストロム王国は知ってるが、他の国は寝耳に水なんだよな。異世界から侵略されているって、とんでもねえ話だからさ。ハマン大陸や、流刑島みたいに年中戦争やっているところならいざ知らず、このブライトン大陸で戦争なんて、ここしばらく無かったし」
「そこはもう、王族の判断になるんだろ? それと、別件で聞きたいことがある」
「答えられるやつなら、なんでもいいぜ?」
「以前、サンルカル王国で修行していた戦士、スリオン・カトミエルが戻ってきてないか?」
「…………聞いてないな。俺が知ってるのは、だいぶん前に王国の西端にあるベルサって漁村に住んでたって事くらいだ。その後は、ベナマオ大森林に行ったって噂だが」
「そうか、助かる」
席を立ち、部屋を出ていくミッシー。
「お、おいっ、ちょと待てよ」
「ああ、済まない。礼金の振込先を教えてくれ。情報料は言い値で支払う」
立ち止まったミッシーは振り返りもせずそう言って、ドアノブに手をかけた。
「金の話じゃねえ! ゴヤとファーギから聞いたんだけど、ソータに連絡くらいしろ! 心配してるみたいだからよ!!」
ソータが心配していると聞き、ミッシーの顔がニヘラと弛む。しかしそれは一瞬で元に戻り、ミッシーはテッドに顔を見せないまま部屋を出ていった。
「なんでぇ、あのエルフは。ソータは……あいつ連絡取れねえし、ミッシー発見したって、ゴヤとファーギに伝えとくか」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
王都パラメダを離れ、馬型ゴーレムで疾走するミッシー。街中では表情を崩さないようにしていたが、いまは喜びで変顔になっている。周囲にはたまにすれ違う定期便の馬車くらいだと確認したところで、ミッシーは意図せず声が漏れ出ていた。
「ソータに会いたあい!! ソータの隣に立ちたあい!! だけど……彼の足を引っぱるのは、もっと嫌だあああああああ!!」
尻上がりに声が大きくなり、馬型ゴーレムは猛スピードで駆けていく。
ミッシーがごま粒ほどの大きさになると、すれ違った一団が立ち止まった。
それは任務から帰還中の、修道騎士団クインテット。率いているのはハーフエルフ、アイヴィー・ディユアメルだ。
彼女は首を傾げながら、うーんと唸る。
「ソータ君に会いたい? ……ああ、あれが噂のミッシーかな。お元気そうでなによりです」
彼女は獣人自治区陥落後、テッドとゴヤの力比べを観戦しているときの事を思い出していた。魔石電子励起爆薬が爆発したあと、ソータの姿が消え、ちょっと騒ぎになっていたときだ。
獣人自治区に被害がないと分かり、報告のためアイヴィーはテッドを探していた。
すると彼女は、ファーギとゴヤに声をかけられた。
彼らは、ミッシーとソータが付き合っているという話をした上で、二人に何があったのか知らないが、今は別行動中らしいと、キリッとした顔で伝えてきたのだ。
「別行動中ねぇ……。恋バナは好きだけど、彼女がここに居るのはおかしいですね。今の政治情勢でこの国に入国して、何をするつもり……?」
獣人自治区制圧後、裏切り行為があったとして、グレイス・バーンズが、ドワーフの国から送り返されてきた。それに加え、バーンズ公爵家がテッド・サンルカルを誘拐し、擬装して奴隷落ちさせた件が発覚し、サンルカル王国は大いに揺れ動いている。
そんなタイミングでSランク冒険者が入国してきた。
「ちょっと調べましょうかね……」
そう呟いたアイヴィーは、王都パラメダへ向けて前進するように合図を出した。




