122 アメリカのソリッドリーパー
監視カメラに背を向けたデボンが、ついて来いと合図する。
何だ……、監視カメラ切ってねえのかよ。
三人で建物の外に出た。
青い空に、肌を刺すような日の光。ここはアラスカなのに、外気温は確実に三十度を超えている。
航空機の轟音が聞こえてきた。穴が開いた滑走路は修復済みみたいだ。
すたすた歩いて行くデボンを追いかける。ダーラは俺の後ろだ。俺が軍の部外者なので、こんな形になっているのかな?
「乗れ」
辿り着いたのは、基地内にある車庫。軍用車両もあるけど、デボンが指定したのは白の普通車。何処に連れて行くのかな?
運転席にさっさと乗り込むデボンに、俺も続いた。
「ちょ、後ろに座ってよ!」
「え? 酔うからやだ」
ダーラの抗議は聞かぬ。もうニンゲンやめてるので多分酔わないと思うけど、小さな頃の嫌な記憶が残ってるからな。俺が助手席に座ってじっと動かないでいると、ダーラは諦めて後部座席に乗り込んできた。
「やっと話が出来るな、魔術師。基地内だと、どこにマイクがあるか分からんからな」
基地を出て、やっと口を開いたデボン。俺がゲートを使って、基地内から姿を消すと面倒らしい。それでわざわざゲートを通って外に出たという。話が終わればどこか適当な場所でゲートを使って帰ってくれと言われた。度々すみません。
「単刀直入に聞く。なんで、アメリカの実在する死神が、アンガネスを襲撃すると思った」
「アンガネスで色々あったからだ。次はリリス・アップルビーって吸血鬼を殺しに行く――ぬおおっ!?」
「きゃっ!」
急ブレーキ踏みやがった、デボンの野郎。
周囲は森で一本道。対向車も後続車もいない。
デボンが銃を抜く前に、手を押さえ付けた。
でも、その態度で、何となく分かったぞ。
「まあまあ、落ち着いて。リリスがどんな立場なのか、あんたたちの反応を見たかっただけだ。てかさ、そんなに慌てて俺を殺そうとするくらいだ。アメリカの実在する死神を仕切ってるのは、リリスなんだろ?」
デボンは腰の銃から手を離し、ため息をつく。
何か喋るかと思っていると、デボンもダーラも無言。車の中はエアコンの風の音で満たされた。
「んじゃ話を変えよう。聖痕を持つ者が、リリスの配下になっているって、どう考えればいい? デボン、あんたは聖痕を持ちながら、バンパイアに荷担し、悪に手を染めた。あるいは聖痕を持つから、リリスが悪でないと分かった。どっちだ?」
「後者に決まってるだろ!!」
話変えてないんだよな……。簡単な話術に引っかかるし、大丈夫かアメリカ軍。
「んじゃ、デボンの上司であるリリスは悪ではないな」
「クソがっ! そうだよ!!」
今頃気付いても遅い。
アメリカの実在する死神を率いているのは、バンパイアのリリス・アップルビーで確定。
ドーソンシティーでのフェス会場は、カナダ国内にある。あれをやったのは、カナダの実在する死神……と言うことか? この二人は知らなさそうだし、どうやって調べよう。
「分かったから、落ち着いて? あと、ダーラ」
「はっ! はいっ!!」
「銃をしまえ。俺は日本国の、内閣官房参与だぞ?」
銃を出す音くらい聞こえている。
「……はい」
後部座席のダーラは、おとなしく銃をしまってくれた。
撃たれても死なないとは思うけど、リキッドナノマシンが飛び散ると困るんだ。
「俺ばっかり情報聞いちゃってすまない。代わりに、と言っちゃあれだけど、なんか聞きたいことある?」
「はい!」
「ダーラくん、どうぞ」
「えっとー、アンガネスで何をして、どうやって生還してきたの?」
「冥界に行って、ルミリオ、キーノ、バティン、バルマ、あわせて四体のデーモンを滅ぼしてきた。悪魔のネイト・バイモン・フラッシュもいたけど、逃げられた。そのあと、ゲートで基地に戻った。そんなとこかな?」
んー、こんな感じで言っておけば、ダーラたちから、リリスに報告が行っても怪しまれないかな。リリスが敵か味方か判明してない。だから真実にウソを交え、本当っぽい話に仕立て上げておく。
左側のデボン、後ろのダーラ、二人はまた黙ってしまった。ルミリオとキーノが、大物デーモンだからビックリしたのかな……。でもなあ、こうでも言わないと、ネイトたちの報告と齟齬が出るし。
「他に質問ない?」
「……いや、その前に、レブラン十二柱の、ルミリオとキーノ、ビッグフットの悪魔、バティンとバルマを滅ぼしたって、本当なのか?」
「ああ、ちゃんと魔法で滅ぼした。でかデボン、あんたなかなか詳しいな。あ~、そういえば。……なあ、お前らゴブリンの里を襲っただろ?」
前来たとき、あの基地には鉄の猟犬部隊がいたんだよな……。
ここらで聞いておこうと思ったらビンゴ。
「――!?」
「やっぱそうか。メタルハウンドの実験にしちゃ、やり過ぎだ。ゴブリンにどんな偏見を持っているのか知らねえけど、あいつらいい奴らだぞ? 使者を送って損害を補償しろ。それと、次やったら俺はお前らと敵対する。わかった?」
デボンとダーラを見て表情を確認する。頷いてるしビビってるし、どんな感情なのか分からん。
「デボン・ウィラー大佐、返事は?」
「はっ! 了解しました!」
「ダーラ・ダーソン少尉」
「はいいっ!! 了解しました!!」
「んじゃ、よろしく」
敬礼しなくてもいいのに、と思いつつ車を降りて、六義園にゲートを繋げた。
ゲートをくぐるとき、かすかに蒼天と冥導を感じた。ま、気のせいだろう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
六義園の兵器開発所。その隅っこに出てきたんだけど、これまでとまるで違っていた。
静謐な空間に、重厚壮麗な白亜の内装、豪華絢爛なシャンデリア、いったい何処の迎賓館ですか、と言いたくなった。
ライムトン王国の大使館、ドラゴニュートの里、双方のゲートは開いたままで、問題無さそうだ。
ここが三カ国のハブになってるから、こんな内装にしたのかな? ドラゴニュートは百人くらいしかいないけど。
そういえば……、先に四十七都道府県のゲートを確認しに行けばよかった。スチールゴーレムたちの連動魔法陣がどうなっているのか気になる。
「ひと月ちょっとぶりかな?」
「あ、お久しぶりです岩崎さん。ゲート全部設置できましたよ」
「はぁ……。とりあえず部屋に」
えらく疲れているけど大丈夫? 一気に老け込んで見えるくらいなので、コッソリ回復魔法を使っておく。バレないように弱めにしておいた。
部屋に入ると、前と比べて少しだけ模様替えしてあった。
「ん? おおっ! 昇任おめでとうございますっ!」
机上名札が金色のプレートに変わって、陸将補、 岩崎一翁と書かれている。一等陸佐から、ひと階級上がっていたのだ。
「ああ、ありがとう。さて、挨拶はこれくらいにしておいて。……板垣くんは、松本総理に連絡してないのかな? 毎日私宛に電話があるんだけど」
「あっ! ……そうですね。連絡してなかったです」
スマホと衛星電話を借りてた。残念だけど、魔導バッグの肥やしになってる。
「たまには連絡してあげてくれ。それと――」
岩崎一翁は陸将補、になったことで、彼が率いる統合情報部の人員が増強されたそうだ。総員で四千名の旅団となり、いまは俺が作ったゲートの先を警備しているらしい。
スチールゴーレムは統合情報部の人員に攻撃することもなく、身振り手振りで意思の疎通がある程度出来ると、なかなか評判がいいみたいだ。問題があるとすれば、色々な魔法を駆使し、魔物を狩ったり建築資材を作ったり、スチールゴーレムが優秀すぎて、統合情報部の仕事があまり無い事だそうだ。
あれだけのゴーレムをどこから調達したのか聞かれたので、ドワーフの優秀な技師に造ってもらったと誤魔化しておく。ファーギ、いざって時は弾除けになってもらうぞ。ふはは。
日本地図と同じ形と距離で配置したゲートは、ドラゴン大陸の西側にある。海を渡ればライムトン王国がある。だが、忘れちゃいけないのが、東の海を渡るとハマン大陸があるって事。あそこは戦ばかりやっているそうなので、ドラゴン大陸にニンゲンが住めると分かったら、攻め込んでくる可能性がある。
やっぱスチールゴーレムを増強しておいた方がいいかな。
「そうそう、これ。板垣くん宛に封書が届いているんだ。首相官邸に届いたらしくて、こっちに回ってきた」
「すいません、ありがとうございます。……随分古風な封書ですね」
「板垣くん、イケメンだし、もうファンがいるんじゃないの?」
「んなことあるわけないっしょ」
茶化すのは止めろ。ん? 岩崎がおもむろに、テレビのリモコンを操作した。画面に映し出されたのは、録画したニュース番組だ。
「……」
俺の顔写真付きで、内閣官房参与、板垣颯太って名前が出ている。窃盗事件でも顔が晒されたが、松本総理が全て消すと言っていた。それなのにおかしくね? と思っていると、案の定その件のニュースだった。
窃盗は誤報で、俺はもとから内閣官房参与になる予定だったと、アナウンサーが喋っている。なんだろう……、ここまで情報操作されると、逆に清々しいな。
とりあえず封蝋を割って、封書の中身を見てみる。
シビルか……。俺と連絡が取れなくて、仕方なく手紙をしたためたらしい。しかしなんだこれ。見たことも無い文字で書かれている。異世界の言語ではないし、地球の言語ですらない、まるで暗号文だ。そんなもんが読めちゃうのは、もちろん汎用人工知能のおかげ。
急ぎではないけど、と前置きがあり、月面基地に来て欲しいと書かれている。
「岩崎さん、ちょっと出てきますね」
「はぁ……板垣くんは本当に鉄砲玉みたいだね。それはそうと、ちゃんと連絡を入れるように」
「了解です!」
今度からちゃんと連絡しよう。俺は月面基地にゲートを繋げた。




