120 ビーストキングダム候補地
悪魔から聞いた話であっても、神が人類を見捨てたのは事実だろう。
異世界の神々に出会い、俺は神の存在を知った。では、地球には神々が居ないのかと考えると、そうではないはずだ。
悪魔が真面目に話しても、信用できねえ、と言って笑い飛ばせないんだよな。温暖化で人類はあと三年で滅ぶ。この事実がある限り。
「教えてくれて、ありがとな。あと、バイモン」
「はい……」
「お前も俺のために働け。あ、そっか。悪魔だから、対価が必要か……。いや、やっぱお前金持ちだから、タダ働きな」
「え……?」
「俺が給料払えるとでも思ってんのかボケ」
「いえ、そうではなく、私がソータくんのために働くとは、具体的に何かと思いまして……」
「そっちかよ。というか勝手に理解して勝手に先の話をしてたな。ちょっと確認するから、あってるかどうか答えろ」
「はい」
赤いリキッドナノマシンは、憑いたニンゲンを使い捨てにするためではなく、長く生きさせるため。おそらくだが。
回復魔法を使えば、年を取っても若返ることが分かったし、赤いリキッドナノマシンを投与すれば、永遠の命さえ夢じゃない。あんまり長生きしたら、飽きるとは思うけど。
悪魔としては、憑いたニンゲンが長生きすれば都合がいいはず。彼らの感覚で言う、頻繁に宿主を変えなくて済むからだ。
それで、ここからが問題だ。
「赤いリキッドナノマシンを使ったニンゲンに、デーモンが憑いていたとして、その個体に回復系の魔法を使っても大丈夫? 具体的には、若返りの効果があって、かつ悪魔にダメージがない。これは可能か?」
「はい。それはもう実験済みで、安全性が証明されています」
「よし、んじゃ次。その場合、魂を食べなくても生きていけるか?」
「――っ!? どうしてそう思ったんですか?」
「ちゃんと答えろ」
「……はい。ニンゲンに赤いリキッドナノマシンを投与。そのあとで我々が憑けば、魂を必要としません。ニンゲンの食事で、我らも生きてゆけます」
「なるほどな……。身体の超回復や超加速、保有魔力の増大、これらは悪魔の力を使わず、憑いたニンゲンを強くし長く生きさせるためか。お前らが悪魔だからなのか知らんけど、対価で必要な生命力は、回復魔法を使えばクリア。地球の悪魔は、改心でもしたのか? ニンゲン社会に溶け込もうとしているようにしか見えないんだが」
「……はい、その通りです。我々はもう、神々との争いに疲れました」
「神は本当に悪魔を赦したのか……。地球の人類は見限られたけどさ」
「わかりません……」
「とりあえず確認は以上。仕事の内容は、地球人類の異世界移住に力を尽くすこと。あと異世界のデーモン討伐に力を貸すこと。バイモン、お前の仲間を殺しちゃったけど、勘弁してくれるか?」
「仕事の件、了解しました。それと、バティンとバルマは仲間ではありません」
「仲間でない? 同じ悪魔なのに?」
「ニンゲンと同じです。同じ種族でも敵がいますよね? 彼らはビッグフットの役員で、事あるごとに反対を唱える厄介者でしたので」
「ああ、そういうこと……」
バイモンの神威結晶と、空になった二つの神威結晶を消す。前振り無しで消したからなのか、バイモンはペタリと座り込んだ。こいつよく見ると化粧してるな。どうでもいいけど。
こけしになっている二人に声をかける。ドリーとブレナは、レブラン十二柱を失ったことで追及されるはず。それが出来るのはエリス、もしくはレブラン十二柱が憑いている他の者だ。
なので、レブラン十二柱が誰に憑いているのか聞いてみた。
エリス・バークワースに、序列一位のラコーダ。現在冥界に行っている。
ブライアン・ハーヴェイに、序列二位のバルバリ。行方不明らしい。
ドリー・ディクソンに、序列六位のルミリオ、こいつは滅ぼした。
ブレナ・オブライエンに、序列七位のキーノ、同じく滅ぼした。
リアットって名のデーモンを聞くと、序列十位のやつだったみたいだ。これも滅ぼした。
フィリップ・ベアーに、序列十一位のラッフィア。フィリップごと滅ぼした。
メフィストって名のデーモンは知らないみたいだ。
驚いたのが、獣人自治区の冒険者ギルドにいたテイラー嬢に、序列十二位の、ルファレという名のデーモンが憑いているらしい。
序列三位、四位、五位、八位、九位、この五体のデーモンは、誰かに憑いているのかすら不明。
こうして聞いてみると、レブラン十二柱は、獣人ばっかりに憑いているな。ビーストキングダムの復権という獣人の目標に、デーモンが付け込んでいるようにしか見えない。キャスパリーグの転生ってのも、ウソくさい。
「ドリー、ブレナ、ビーストキングダムを復古したいか?」
「もちろんですわ」
「あたりまえでしょ?」
「……協力するよ。できるだけ」
「やった! 聖人様が味方に!!」
「ほんとに? ソータ、マジで言ってる?」
「マジだ。ただし、条件がある」
上げて下げて悪いけど、俺にも譲れない一線がある。
「ドリーとブレナは、獣人たちをデーモンから引き離して欲しい。だけど、難しいよな? しれっと戻っても、二人ともレブラン十二柱がいなくなってるし」
「デーモンの力を借りなくても、ビーストキングダムの復権が出来るという事ですか?」
「出来るんなら、もうやってるって。ソータ、さすがにそれは無理なんじゃ?」
獣人は気性が荒く、多種族の村や集落を襲う。その為、彼らは獣人自治区に押し込められた、という経緯がある。
だが、獣人が全て気性が荒いという訳でも無い。
何故なら、マラフ共和国に行ったとき、居酒屋で騒ぐヒト族と獣人の混合パーティーを見かけたし、街中でも獣人が歩いているのを見たからだ。
気性が荒いのは、獣人自治区の獣人だけ。
ここがどうしても納得できない。
種族的なもの、遺伝的なものであれば、マラフ共和国の獣人たちも気性が荒いはずだ。
つまり遺伝的なものでは無く、獣人自治区という場所が、あそこの風土がそうさせているのかもしれない。
どちらにしても、獣人自治区に彼らが帰ることは出来ない。ドワーフとエルフが占領しているし。
獣人自治区の皆さんには、思う存分暴れていい場所に行ってもらおう。
「ドリー、ブレナ、獣人自治区での建国は諦めてくれ」
「えっ!? それはどういう……」
「あたいらの故郷は、あそこしかないの! 他に行く当てなんてないんだから!!」
「言いたいことは分かる。だけどさ、ドワーフやエルフたちと、もう一戦交えるか? デーモンに力を借りても、歯が立たなかっただろ?」
あの戦で、俺はそこまで出しゃばった真似をしていない、と思う。
ドワーフとエルフの軍、ゴヤたちゴブリン、修道騎士団のテッド、彼らの頑張りがあってこそのものだ。
そもそも獣人自治区の住人は、逃げ出した後だったし。
ドリーとブレナは俺の言葉で黙ってしまった。
「そこでだ、獣人たちに新たな居住地候補を提示する。そこは――ハマン大陸の南側にある大陸だ」
「え、無理です、大魔大陸なんて」
「無茶いわないで?」
ファーギから聞いた大小の魔大陸は、魔物が強すぎてニンゲンが住んでいない。あそこなら問題ないと思ったけど、食い気味に否定されてしまった。
「俺はこの世界をまだあまり知らない。だから知っている範囲で、ニンゲンが住んでいない場所を提示しただけだ。他にいい場所があるなら教えてくれ。あ、獣人自治区は無理だぞ」
また黙っちゃった。
「俺も手伝うって言っただろ?」
部屋から外に出て、空を見る。青い空に白い雲。さっきみたいな超常現象は起こっていない。悪魔バイモンは、異世界の神々にも赦されたということなのか。
それなら同行させても平気かな。
「三人ともこっち来て。大魔大陸に行って、視察してみよう」
こいつは何を言ってるんだという顔をする三人。
説明すると長引くので、手招きをして三人とも外に出てもらった。そして俺を含め四人を十枚重ねの神威障壁で囲い、浮遊魔法で急上昇。
大魔大陸の方角は、ここからだと西南西。俺は神威障壁の形を非平面形の翼に変え、空を移動していく。三人は何が起きているのかと驚いて、おとなしくしている。
いまのうちに加速して大魔大陸を目指そう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ブライトン大陸から海を渡り、しばらくすると見えてきた緑色の陸地。
おそらくあれが大魔大陸だろう。
二千度を超えている神威障壁を冷ますついでに、大魔大陸の地形を見て回る。
森と山、大きな川に大草原があり、ニンゲンの住む町や村は見当たらない。
ドラゴニュートみたいに、この大陸にも少数民族が居るかもしれないけれど、そんときは交渉だ。
さらに見て回ると、北側に海峡があり、その先に広い陸地が見えている。小魔大陸かと思って、空から見ると違っていた。
ニンゲンが住む街があり、かつ戦の最中だった。おそらくこっちはハマン大陸だ。
一旦急上昇してみると、北東の方向に緑の大陸が見えたので、あそこが小魔大陸だ。だいたいの位置関係が分かったので、大魔大陸の北東にある岬に降り立った。
大きな川が断崖に流れ、海へ落ちていく。あまりにも落差があるので、川の水は途中で分かれてしまい、雨のようになって海に降りそそいでいた。
陸地には草原が広がり、その先には森がある。ずっと先の方に白い帽子をかぶった大きな山が見えていた。
「大魔大陸に到着。ビーストキングダムはここに建立すればいい」
三人とも黙っている。そりゃそうか。話が急すぎるもんな。
神威を使った土魔法で、パチンコ玉を百トンほど創りだし、スチールゴーレムを百体作成。俺はバイモンを背にしてスチールゴーレムと向かい合った。
地球の悪魔だから、攻撃するかもと思ったが、動きは無し。バイモンに対して敵判定は下されなかった。
スチールゴーレムと念話が出来るまで待ち時間があるので、呆けている三人に説明しておこう。
「この百体のスチールゴーレムに、この地を開拓してもらう。一応街を造るように指示を出すけど、何処まで出来るか分からん。そんときはバイモン、ビッグフットの力を貸してくれないか?」
「こ、このゴーレムはいったい何なんですか? 聖なる気配を感じますが……」
神威結晶入りのゴーレムだとは、伏せておこう。バイモンの精神衛生的に。
「そうそう、聖なるゴーレムだ。バイモンは合格みたい。このスチールゴーレムは、悪しきデーモンを無条件で滅ぼすから、そのつもりでいてね?」
バイモンは高身長なので、俺の背中に隠れ切れていない。悪しきデーモンって言った辺りで、しゃがみ込む気配がしたので、これまではそうだったのだろう。
ドリーとブレナは、まだ困惑の表情だ。おかげで少し不安になってきた。
「ドリー、区長としての知識を借りたいんだけど」
「は、はい!」
「こういった、ニンゲンのいない土地を勝手に開拓して、俺たちの土地だーって言えるの?」
地球であれば、陸地は必ずどこかの国に属している。ヒトが住んでいないから、ここは俺の土地だなんて言っても通用しない。国だったり個人だったり、必ず土地の持ち主がいるのだ。例外は海だ、国に属さない公海がある。
ドラゴン大陸の件があるので、おそらく大丈夫だと思っていたけれど……。
「だ、大魔大陸に街を造ろうとするニンゲンはいません。仮に街が出来たとしても、文句を言ってくる国なんてありません。大小の魔大陸と、ドラゴン大陸は、最も敬遠されていますので」
「んじゃ、街を作っても大丈夫ね?」
「は、はい……。しかし……、あ、あのような魔物がっ!!」
「んー?」
ドリーの視線が少しズレて、俺の背後を見ている。魔物が近付いてくる気配は感じていた。
だけど、大丈夫。
振り返ると丁度、スチールゴーレムが獄舎の炎で魔物を焼き始めたところだった。
こちらに向かってきたのは、電車十両編成くらいの大きさがある、蛇に似た魔物。
手足は無し、大きな口には茶色い乱ぐい歯が見え、目が八つある。
その魔物を、一体のスチールゴーレムが相手しているのだ。
『おい、俺たちはこの地を開拓でいいんだな?』
すると、スチールゴーレムから透き通った念話が聞こえてきた。前回と違うのは何でだろ?
開拓することと、出来れば人間が住める街を作って欲しいと頼み、念話が雑音でない理由を尋ねる。
『連動魔法陣で、ドラゴン大陸のスチールゴーレムとリンクしてんだ。知識の共有もバッチリだから、任せとけ』
連動魔法陣って、ゴーレム作成の魔法陣の中にあったやつだ。あれって、距離が離れても有効なんだ。どっちにしても、人工知能の代わりを務める脳神経模倣魔法陣が優秀で助かる。
「ドリー、ブレナ、バイモン、こっちはこっちで街づくりを始める。ここをビーストキングダムの候補地として、頭の片隅に置いといてもらえると助かる」
三人はコクコク頷くばかりだった。




