119 神と悪魔の約定
ガゼボのテーブルはそんなに大きくないけど、人一人が立って問題ない広さはある。問題は、わめき散らすバイモンの視点が高いことだ。対話をするならやはり同じ目線でないと。
『そんなこと考えてる場合ですか?』
『すんません……』
バイモンを召喚した途端、ベナマオ大森林の空が曇った。いまはガゼボを中心に、雲が渦巻いている状態だ。異世界の神々の怒りが凄まじいと、なんとなーく伝わってくる。
叱られないよう、さっと使役魔法を使う。
「せ、せ、聖人様?」
「ななな、何やってるの!?」
「本人に聞くのが一番早いだろ? 使役魔法でバイモンおとなしくなったし」
怪しい雲行きも、スッと晴れていく。ここは神々が凄くアグレッシブな世界だな。
ルミリオが姿を現したとき、少しだけ様子を見たが、何も起こらなかった。しかし今回は、いますぐ天から雷が落ちてきそうなピリ付いた空気になった。
バイモンが地球の悪魔だからなのか、あるいは強大な力を持つデーモンだからなのか。
答えはすぐに分かった。使役魔法が効力を失ったのだ。同じ使役魔法を使えば、またレジストされるだろう。こいつは転移魔法を使ってたし、このまま逃がすわけにはいかない。
「ソータくん、これはどういう事でしょうか?」
念動力を引き千切り、神威障壁をたたき割って出てきたバイモン。つい今しがた激怒していた表情は何処へやら。スンとした声で優しく語りかけてきた。
「どーもこーもねーよ、ビッグフットのCEO。あんた地球の悪魔なのに、実在する死神で何をするつもりなのか聞きたいと思って呼んだんだよ」
「……ぷっ」
「どした?」
バイモンは、余裕こいて吹き出しそうになっている。テーブルの上に立ったその視線は、物理的な高さ、立場の高さ、二つあわせて俺を見下していた。
「いやあ……、滑稽ですね。私はただの尖兵、そんなに詳しく知っているはずがないじゃないですか。ソリッドリーパーなんて隠れ蓑に過ぎないんです。地球の悪魔をあまり舐めない方がいいですよ」
「あんたみたいに、強大な力を持つ悪魔が尖兵? にわかには信じられないけど、もっかい使役魔法にかかってくれないかな。異世界の神々も舐めない方がいいぞ」
神威障壁を割った瞬間、また雲行きが怪しくなっている。雲が出来るプロセスなんてあったもんじゃない。唐突に渦巻き始める灰色の雲。いまここに神々の軍勢が現われても不思議ではないピリついた空気に変わっている。
「ははっ! 天空の神々のことかな? そんなもの私の大魔術で消し飛ばして見せましょう」
まさかこいつ、神々に挑むつもりなのか?
バイモンはその場で呪文を唱え始め、違和感に気付いたようだ。
「こ、これは、どういう事ですか!?」
「残念だったな、魔術が使えないんだろ?」
テーブルに貼り付けた絶対封魔陣の効力がバイモンに及び、魔術を阻止したのだ。次の行動を起こされる前に、バイモンの首だけを出して、琥珀色の神威結晶に閉じ込める。ついでに風魔法で、絶対封魔陣を貼り付けた。
途端に収まる空の異変。神様、お騒がせしてすみません。
「……」
テーブルの上で、沈黙するバイモン。こいつは悪魔だ。神威結晶の中では無力。
だけど、プライド高そうだし、あんまり上から言うと、へそを曲げて何も喋らなくなるだろう。このまま物理的に下から喋るかな。……いや、やっぱ場所を変えよう。
神威で土魔法を使い、ガゼボの隣に廊下を設置、その先に大きめの建物を造る。といっても平屋の一軒家で、ドアもなければ、窓にガラスもはまってない簡素なものだ。一応のモチーフはアスクレピウスの神殿。
俺は三十畳ほどの広さがある広間に移動し、まん中に丸い凹みを作った。
念動力でバイモンを運び、神威結晶ごと凹みに置く。
一連の作業を、バイモン、ドリー、ブレナの三名は、表情が無く無言で見ているだけだった。
「さてバイモン、会話する気はあるか?」
ガゼボで座ったまま、ビクついて動かなかったドリーとブレナは、俺が話し始めるとこっちに移動してきた。どんな話になるのか、興味が勝ったのだろう。
そのバイモンは案の定、何も喋らない。
「円形ドームにあった、デーモンを憑依させるゲート。あれってさ、バイモンの配下が憑いていたの?」
無言を貫くバイモン。
これじゃ話にならないな。ちょびっと脅すか……。
半径二十キロメートルの神威障壁を作り、補強のため十枚重ねにする。
円形ドームにいたデーモン憑き獣人たちを思い浮かべながら空間魔法を使用、獣人に憑いているデーモンを全て障壁内に召喚した。
神威がごっそり減る、もしくは召喚できないかも、と思っていたけれど、そうでもなかった。神威障壁の中に、数万の地球産悪魔現われたのだ。
方々からデーモンの戸惑う気配が感じられる。とりあえず成功だ。
バイモンは目を見開き、俺を凝視している。仲間の悪魔が召喚されたと気付いている。だけど、何も言わないな……。
神々に叱られる前に、障壁の中を光魔法の粒子で充満させていくと、デーモンの気配が少しずつ減り始める。滅んでいるのか、地球の冥界にかえっているのか、どっちなのか分からん。
外に出て天を仰ぐと、空の異変は無し。この大召喚は神々によって大丈夫だと判断されたみたいだ。
ん? なんだあの黒い粒?
神威障壁は球状に展開させている。そのため広大な空も障壁の範囲に収めている。俺を中心に神威障壁の一番高い位置は、高さ二十キロメートル。
その高い空に見えた黒い粒は、どんどん大きくなり、ニンゲンの形をしていると分かった。
いや、デーモンだな。灰色だし。てか、こっちに飛んできてるな……。
この空間内は光魔法の粒子で満たされているというのに、あまり効いて無さそう。
――――ズドン
地球産デーモン二体が到着した。
「貴様か、我らを召喚したのは!!」
「大悪魔と雑魚をまとめて呼び出すとは貴様、万死に値する行為だ!!」
二体のデーモンが着地した勢いで、周囲の草がなぎ倒されていく。おかげで俺は、デーモンから丸見えになっていた。
「バティン、バルマ、二人ともおとなしくしてください!!」
部屋の中から叫び声が聞こえてきた。声の主はもちろん、バイモン。
同僚なのか部下なのか分からないけど、デーモンには違いない。
「ああ? バイモン、テメエ何言ってんだ?」
「ちょっと、何が起こってるのか説明して?」
バティンとバルマは、俺の背後、バイモンに向けて声を発した。バイモンがどんな状態になっているのか、まだ気付いてない。
このデーモン二体も大物みたいなので、全身を神威結晶に閉じ込め、絶対封魔陣を貼っておく。
光魔法を展開中だが、いつの間にかデーモンの気配が消えている。あれくらいで全てのデーモンが滅ぶはずは無い。おそらく地球の冥界へ帰ったはずだが、嫌がらせにはなっただろう。
これで一応、獣人に憑いていたデーモンはある程度駆除できた。
障壁内にデーモンが残っていると大変なことになるので、一旦落ち着いて集中。気配を探る範囲を広げていく。平面から立体へ。自分を起点に円を回転させていく。
『サバイバルモードに変更』
『了解』
魔物が死んじゃってるけど、動植物は無事だ。半径二十キロメートルの気配を探り終え、デーモンは居ないと確認できた。
バティンとバルマは、琥珀色の神威結晶の中。ぴくりとも動けない状態になっている。俺は念動力を使って、二体のデーモンを部屋の中に移動させた。
「さて、会話する気になったか?」
「……」
バティンとバルマの神威結晶は、床に転がしてある。バイモンはそれを見ても何も喋らないが、動揺しているのは分かる。自らを大悪魔と呼んだ二体。それと同じくらいの魔力量を持つバイモンも大悪魔なのだろう。
その二体を完全に封じ込めているわけだ。バイモンはどう出るか。
「お前ら地球の悪魔は何を企んでいる?」
「……」
回復魔法陣、治療魔法陣、解毒魔法陣、再生魔法陣、四つの魔法陣を片方の神威結晶に貼り付けると、中で動けない悪魔バティンが滅んでいく。その様は、まるで風に吹かれた煙のような消え方だった。
「さっさと言え。お前らみたいな大悪魔が、尖兵な訳がないだろ?」
「……」
もう一つの神威結晶に、同じく魔法陣を飛ばし、中の悪魔バルマを滅ぼす。
「次はお前だ」
「わ、分かりました!!」
やっと折れた。そこからのバイモンは、命惜しさでペラペラとしゃべり出した。
実在する死神に地球の悪魔が参加したのは、ここ数年の話らしい。異世界のデーモンは肉を喰らい、地球の悪魔は魂を喰らう。この点でデーモン同士の競合は発生しないという。
バイモンの一派は現在、ハマン大陸の南部に入植している実在する死神と一緒に、デーモン憑きのヒト族を送り込んでいるそうだ。
ハマン大陸は、小国が戦争ばかりやっていると聞いた。
そんなところに入植するなんて、争いに行くようなものでは? と思っていたが、逆に都合がいいらしい。
そこでの争いに勝てば、表向きはヒト族の国家が誕生するからだ。中身は悪魔だけど。
「赤いリキッドナノマシンは、何のために作ったんだ?」
赤いリキッドナノマシンは、憑依したニンゲンの性能を上げるためだそうだ。彼ら悪魔にとって、ニンゲンは家畜程度の認識みたいだな。
それを言うなら、ニンゲンも同じだけどね。
鶏、豚、牛、魚、何だって食う。生き物で無いものは、塩と化学合成された添加物くらい……か?
まあでも、それを言い出したらキリが無い。
食物連鎖の頂点が、ニンゲンでは無かったと言うだけの話だ。
「最後の質問だ。お前は獣人を手助けして、何を得た?」
三百万人が住める街を造るなんて、大企業ビッグフットのCEOでも、簡単にできることではない。役員会を納得させる必要がある。まともな会社ならば。
役員は全員デーモンでした、ってオチだろうけど、問題はそこじゃない。
「どうした? さっきまでスラスラ話してたじゃないか」
ここにきてバイモンは無言になった。
滅んでしまわない程度に回復系の魔法を使ってみたが、効果無し。
「悪魔の分際で、対価を求めないなんてあり得ないだろ? さっさと言え」
「い、言えば私は滅ぼされてしまいます」
バイモンが、デーモンのトップでない事が判明した。
地球の悪魔なんて、伝承を探せば山のように出てくるし。上司っぽいのがいるんだろう。
「誰に?」
「……」
「ここは異世界だ。獣人に協力する対価をバラしたとて、あんたの上司にはバレないさ」
「……神から赦しを得ました」
「は?」
何を言い出すのかと思っていると、バイモンはせきを切ったように喋り始めた。
地球の悪魔でも、神に見つかれば討伐される。それは地球に存在する聖職者だったり、神がつかわす天使だったりするそうだ。
彼らに討伐されないため、ヒトに憑依して現世を闊歩する。それが彼ら悪魔のやり方だ。色々な職に就き、ヒトとして暮らし、夜な夜なヒトの魂を食べに出る。
しかし、ヒトの人生は脆く短く、そして儚い。
対して悪魔は長命種。人類の歴史と変わらないくらい長生きの者や、神々が現世に舞い降りていた時代から存在する者もいるらしい。
その為、彼らの感覚としては、憑依する対象を頻繁に変えなければならないのだ。
神の軍勢も黙っていたわけではない。ヒトに悪魔を滅ぼすための知識を与え、長い長い戦いが続いている。
それは、神が造りたもうたヒトを守るため。
けれども、地球を汚染し温暖化を招いたヒトの業を、神は許さなかった。
「神は人類を見捨てました」
「返す言葉もねえ……」
その決定と共に、神々の軍勢は悪魔を全て滅ぼしにかかった。
しかし、悪魔の一人が、異世界の獣人を助けるために協力するから、どうか見逃して欲しい。地球の悪魔は異世界へ追放で勘弁してほしい、そう懇願したという。
神はそれを承認したそうだ。




