118 情勢判明まであと一歩
「順を追って聞いていくから、ちゃんと答えろ」
俺はまず名前を聞いた。
ドリーに憑いていたデーモンは、ルミリオと名乗り、ブレナに憑いていたのは、キーノと名乗った。
宿主とそっくりな姿になっているのは、憑依して一体化したからだそうだ。
デーモン二人はしわしわの年寄りになっていない。そこを突っ込むと、赤いリキッドナノマシンのせいだという。
赤いリキッドナノマシンは地球の悪魔、ネイト・バイモン・フラッシュが持ってきたものらしい。その効果は、身体の超回復、超加速、保有魔力の増大。
対価は生命力。
いかにも悪魔っぽい仕様で笑えない。
悪魔本体の名はバイモンらしい。
使役魔法って凄いな。何でもペラペラ喋ってくれる。
ただし、万能ではなかった。ルミリオとブレナにレブラン十二柱の事を聞くと、顔を歪め舌を噛み切ったのだ。
そこまですんの? なんて思っていると、噛み切った舌が勝手に再生したようだ。そういえばデーモンって、黒い粘体だったな。どうやって回復しているのかと聞くと、また舌を噛み切った。
絶対に言えない一線があるっぽい。
別件の話を聞こうとすると、デーモン二体の様子がおかしい。使役魔法の効果が切れたみたいだ。
ルミリオの魔力が動き、キーノの冥導が動いた。
彼らの魔法が発動する前に、使役魔法を使うと阻まれた感覚がした。
「おー?」
また時間が引き延ばされる。このスキルの名前は分からないけど、有り難いことに変わりはない。
それに、このスキルは、俺の命に関わるような場面でしか発動しない。
ゆっくり考えて、結論を出す。つまり、このデーモン二体は、俺が死んでしまうような魔法を使いそうになったんだと。
俺はデーモン二人を十枚重ねの神威障壁に閉じ込めた。
すると途端に時間の流れが戻り、神威障壁に閉じ込められたデーモンは、自ら放った魔法で身体を焼かれていった。
『なっ?』
『何のことですか?』
『いや、この時間を遅延させるスキルのことさ。一度は時間が止まるまでの効果があったし、そんなの、スキルって言葉で片付けられないんだよね』
『地球の冥界、第五層で逃げ回っているとき、そんな事言ってましたね』
思えば異世界にきたその場で、このスキルは発動していた。あのヘラジカみたいな魔物と戦ったときだ。首チョンパされたけど、そうなったのは、まだ慣れてなかったとか、そんな理由かもしれない。
帝都ラビントンの下水道でもグレイスに首チョンパされたが、あのときも発動しなかった。
死なないと分かっていたからなのか?
でもなあ、シビルの雷撃で一回死んだし? おかげでアイテールという、神の力の元が使えるようになったけど。
アラスカに行ったとき、レーザーで穴だらけされたけど、気を失ってただけ。
身体は汎用人工知能が動かしてくれていたからノーカン。
『……』
『なに?』
『いえ、何でもないです』
分からないのは、月面基地にいたのに、コロンビアの件でスキルの発動。あれは完全に時間が止まっていた。魔石電子励起爆薬があそこで爆発したとしても、月に影響があるとは思えない。ファーギ、マイア、エレノアが助かったから、微塵も文句はないんだけど。
このスキル、アクティブでもパッシブでもなく、一貫性がない。正直言って、第三者の介入がなければ成り立たないのだ。
『……』
『……なに? 君は第三者じゃないでしょ?』
スキルは鍛練の先にあり。神に認められた者が会得する。エリスはそんな事を言っていた。
だけどさ、俺は鍛錬してないからね。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ソータ……」
ブレナの声で我に返る。スキルを検証するタイミングじゃなかったな。
神威障壁の中にいるデーモン二体は、まだ死んでない。黒焦げで瀕死の状態になってはいるが。
とりあえず獄舎の炎で、二体ともこの世から消し去った。
「ひっ!!」
声を上げたのはドリー。オカマキャラ健在なので、まだ余裕がありそうだ。対して、ブレナは真っ青な顔になって、ガチガチと歯を鳴らしている。次は自分たちの番、とでも思ったのだろう。
「ブレナ、ドリー、二人に憑いていたデーモンは滅んだ。老化の原因は地球の悪魔が持ってきた、赤いリキッドナノマシンのせいだったな。いまはどんな具合なの? 気分が悪かったり痛みがあったりする?」
憑いていたデーモンを引っ剥がした辺りから、獣人二人はより一層老け込んだ。ガゼボから逃げ出す力も無く、このまま老衰で死んでしまいそうなくらい弱っている。
「具合は……、あまりよくないです。聖人殿、私たちをどうするつもりですか?」
「ドリー・ディクソン、ぶっちゃけ聞きたいんだけどさ、あんたは区長として獣人を率いているよな? 仮に獣人の国が出来たとして、国王にでもなるつもりなのか?」
「い、いえ、とんでもありません。女王キャスパリーグが復活したので、彼女が女王になるべきです」
「キャスパリーグ?」
大昔、この世界を征服すると言って、戦争を引き起こしたやつだ。デーモンを引き連れて。
「エリス・バークワースは、女王キャスパリーグの転生体です。彼女が悪魔を支配するものに到ったのも、そのおかげかと……」
転生なんて出来るのか……? キャスパリーグが討たれたのは、千年もまえの話なのに。
「となると、ドリー、あんたは宰相的な立場で獣人を取り纏めているのか?」
「そうです……」
「それなら、円形ドームで獣人たちが暴れ出したとき、上手いことデーモン憑きの獣人が誘導していたのも、あんたの指示か?」
「いえ、あれはリリスが誘導していたと思います」
リリスって、ダーラが電話してたやつだ。
「思います? てことはドリーの指示ではない、そういう事か」
「そうで――」
あ、気絶した……。というか寝た? 隣にいるブレナも眠っている。
体力の限界っぽいので、とりあえず回復魔法を使ってみる。デーモンは滅ぼしたので大丈夫だと思ったが、予想外の反応が出た。
二人とも若返ったのだ。
理由はおそらく、彼らの体内にある、赤いリキッドナノマシンに回復魔法の効果が及んだため。つまり、体力を回復する魔法が、生命力をも回復したという事になる。
バイモンって悪魔は、何のためにこれを作ったんだ?
ドリーを小突くと、飛び上がって起きた。
「若返ってるっ!! ――聖人様!!」
狭いガゼボで膝をついて手を組むドリー。視線はガッチリ俺に固定されている。
ドリーが騒いだことで、ブレナも目を覚ました。元の若さに戻って、身体の動きを確認し始めた。一通り動き終わると、ドリーと同じく俺に向かって膝をついた。
「ありがとう、ソータ……様」
「様はやめろ」
ブレナは涙を流しながら首を横に振る。
「背中が痒くなるから、マジでやめろ。このままじゃ話も出来ないし、とにかく座ってくれ」
そう言うと、渋々ながら二人とも席についた。
「言っておくけど、回復魔法を使っただけだ。それで体調はどう?」
二人は何も問題ないといい、また手を組んで祈り始めた。
面倒なので、強めに注意すると、背筋をシャキッと伸ばして、ようやく話せる体勢になった。
『どう思う?』
『二人ともソータに服従しています』
『そこまで変わるとは……』
ドリーは正直、信用できなかった。あくまで獣人優先の考えが見え隠れしていたからだ。でも、それは変化した。獣人優先に変わりはないだろうが。
ドリーは元々区長をやっていたので、これを機に利用させてもらおう。
獣人、デーモン、実在する死神、悪魔のバイモン、これらの関係を聞いてみると、ドリーはすらすら答え始めた。使役魔法の効果はなくなっているのにもかかわらず。
獣人はデーモンを憑依させ、デーモンの力を借りる。
デーモンは獣人に憑依することで、神に見つかることが無くなる。
互いに協力し、獣人の国を復権させる。
そのあと、デーモンの野望である、世界征服に乗り出す。
ドリーは随分前から実在する死神と接触しており、独立戦争の準備をやってきたという。
シビル・ゴードンとは、もう十年来の付き合いになるらしい。
その間接触したソリッドリーパーの幹部は、追放された種族である魔女マリア・フリーマン、地球の吸血鬼であるリリス・アップルビー、そして、悪魔、ネイト・バイモン・フラッシュだそうだ。
彼らソリッドリーパーは獣人を援助する代わりに、移住するための土地を求めてきた。
ブライトン大陸の西端にあるマラフ共和国。そこから海を渡ると、ハマン大陸がある。ドリーはその地でどうかと打診する。魔術結社実在する死神からの返事は、地球の人類が住めるのかどうか調査したのち、結果を報告しろというものだった。
後日、ドリーが住めると報告すると、ソリッドリーパーは、ハマン大陸へ移住することを伝えてきた。
そこから細々とした入植が始まったらしい。
「ハマン大陸って、どんなとこなの?」
ハマン大陸には小さな国が無数あり、常にどこかの国が戦争中らしい。
というか、ドラゴン大陸の東側にハマン大陸があるってことだ。万が一を考えて、スチールゴーレムを増強させておくかな。
「だいたい分かった。んでさ、エリス・バークワースは、どこで何やってんの?」
「その前に聖人様! 私たちの処遇はどうされるおつもりですか?」
「俺のために働いてもらうつもりだ。給料はなし」
「――――っ!?」
「ええっ!?」
ドリーとブレナは、驚いて固まってしまった。
「給料なしで文句ある?」
「いえ、滅相もございません。まさか仲間になれと言われるとは……」
「あ、あたい、ビックリしちゃって」
仲間? 仲間なの? 仲間じゃないな。お前たちは馬車馬になって働いてもらうつもりだ。
「そう。しっかり働いてもらうからな。……話がそれた。続けてくれ。エリスはどこだ」
エリスは現在、冥界にいるそうだ。そこでレブラン十二柱に匹敵する強さのデーモンを探しているらしい。俺に復讐するために。
ブレナが言うには、エリスは母親と父親を亡くし、心のより所だったアリスが滅ぼされたことで、一度壊れた。
だけど、すぐに立ち直り、そのときには人格が変わっていたそうだ。自らをキャスパリーグと名乗り、悪魔を支配するものとして覚醒。次々と強力なデーモンを召喚していった。
そのとき、レブラン十二柱の序列一位、ラコーダがエリスに憑依したという。
「……」
責任の一端は俺にある。アリスを滅ぼしたことで、張り詰めたエリスの心を壊したのなら。
今回、獣人自治区が負けたことで、ビーストキングダム復権の夢は潰えた。しかし、獣人の動きを見て、諦めて無さそうだとは感じていた。バイモンが用意した、アラスカのアンガネス。そこは獣人が定住するためでは無さそうだな。
円形ドームでの出来事を見れば明らかだ。インスタントでデーモン憑き獣人を作っていたくらいだし。
「バイモンはビッグフットのCEOで、実在する死神の幹部って言ったよな。あいつはアンガネスって巨大な街を作ったり、赤いリキッドナノマシンを作ったり、何をやりたいんだ?」
ドリーもブレナも沈黙する。少し考えて「分からない」と答えた。
んー。実在する死神の目的は、温暖化から逃れ、異世界へ移住すること。これは多分正解だ。
魔女シビル・ゴードンは、俺との話で折り合いをつけた。魔石電子励起爆薬の作成を諦め、巨大ゲート作成に協力する事になっている。おそらく裏切らないだろう。裏切ったら俺に見る目がなかったと言うことだ。
ダーラの話だと、実在する死神は組織が大きすぎると言っていた。世界中に支部があるみたいで、シビルの言が鶴の一声とはならない可能性も考慮しなければならない。
過激派、穏健派もあるからね。
そうなると、さっき名前が出た実在する死神の幹部に直接話を聞きたいな……。リリスって吸血鬼と、マリアって魔女、奴らはニンゲンの範疇に入るのか?
悪魔は、明らかにニンゲンじゃないんだよな。
空間魔法で召喚できるし。
「えっ?」
驚きの声を上げるバイモン。俺はバイモンを召喚し、全身を念動力で拘束した。
「地球産デーモンも、引っ剥がすとニンゲンと同じ姿で灰色になるんだな……。よっ! 聞きたいことがあるんだ、バイモン!」
念の為、神威障壁を二枚重ねで張っておく。三枚になると声が聞こえなくなるし。
「どっ、どういう事ですか、これはっ!!」
バイモンの怒り狂った声は、そんなに響かなかった。




