117 召喚魔法
「無理無理ムリ無理いいぃ!!」
頼みの綱だったスキルが使えなくなり、空にでっかい目ん玉が出来た。そこから凄い力で引っぱられ始めたので、俺は木にしがみ付いているところだ。
『……解析と改良、改善が完了。冥導を使った固有魔法の解析をしたことで、冥導魔法の使用効率が百パーセントに到達。そのため、阻害されていた魔法の使用が可能。空に浮かぶ冥導魔法イビルアイを消しますか?』
『あのでっかい目ん玉、イビルアイって名前なんだ。そんな知識をどこから、いや、消すのはまだ待って。魔法が使えるようになったってバレちゃう。それより、冥導も素粒子ってこと?』
『そうです。イビルアイは冥導以外では使えない特性を持っていますので、今回の解析が捗りました。というか、それどころでは――』
「ぬわあああああああっ!!」
汎用人工知能と悠長に話している場合じゃなかった。しがみ付いている木が、根っこから引っこ抜けて空を舞う。あの巨大な猫の目に吸い込まれたら、絶対ヤバい。
そう思っている間に、暗い闇の世界へ吸い込まれてしまった。
上も下も分からない暗闇だ。真空状態なのか、息もできない。
吸い込まれた猫の目がどんどん小さくなっていく。
それは、この空間に距離があることを示している。
冥導の使用効率が百パーセントになったし、もう使っても大丈夫だろう。
万が一、もしかしたら、ひょっとして、デーモンになってしまうかも、なんて思ってたけど、もう大丈夫。
属性魔法を蒼天で使ってもいいけど、加減を間違えば世界を滅ぼしてしまうのでパス。これはまだ実戦で使う気にはなれない。
魔力はまだ回復してないし、神威が使えないし、選択肢は冥導だけだ。
イビルアイの中で冥導を使った空間圧縮魔法を使用。その直後、冥導を使った転移魔法で脱出した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
バイモンに猛然とまくし立てるドリーとブレナ。二人ともヨボヨボの年寄りになってしまっている。身体の主導権を操作できるのは契約者本人なので、ルミリオとキーノは何も言えない状態である。
「ちゃんと忠告しましたよね? 赤いリキッドナノマシンは生命力を使うと。あんな大魔法を使えば、宿主のお二人がそうなるのは当然です」
ピシャリと言い放つバイモンに、ハッとするドリーとブレナ。バイモンは確かに「獣人の生命力は強いと聞きましたが、加減を間違えぬようお気をつけ下さい」と言った。
あの時身体の主導権を持っていたのは、ルミリオとキーノ。
デーモン二人の思考に引っぱられ、ドリーとブレナは宿主の生命力を使うことを失念していた。
「そんなにションボリしないでください。我々地球の悪魔は、元々天使だった者も多くいます。老化を回復させることも出来ますので、ご安心下さい」
「宿主が老化で死ねば、我らデーモンは冥界へ帰るのみ。バイモンよ、我らレブラン十二柱をなめるなよ?」
「そそ、天使だか悪魔だか知らないけど、バイモン、あんたの策略には飽きたわ」
どういう事だろう。ドリーとブレナの声音が、ルミリオとキーノに変わった。
それを見て、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするバイモン。契約者との血の契りを覆すことは不可能。まさかそんなことが起きうるのか、と考えたバイモンは、動揺がありありと顔に出ていた。
こんな事になったのは召喚師、悪魔を支配するものとなったエリスのせいだ。彼女は手順を簡素化し、大量のデーモンを召喚して憑依させている。虫のデーモンがいい例だ。その虫に自由意志は存在しない。
「宿主を老化で死なせるまで赤いリキッドナノマシンを使い、あなた方の冥界へ帰るつもりですか? ああ、その前に、イビルアイは解除した方がいいですよ」
何とか持ち直したバイモン。こんな状況になったのは初めてである。彼は赤いリキッドナノマシンの新たなステージを見たいと興味を持ち始めていた。
「……そうだな」
ルミリオはオカマ口調をやめている。それだけ余裕がないのだ。
「ソータさんはイビルアイに飲み込まれましたよね?」
「バイモン、あんたも見てたでしょ? 白々しい」
キーノは突っかかっていくような口調になっている。
「キーノ、イビルアイを解除したのか?」
「いえ、あたいはなにも。あれ?」
ルミリオの声でキーノが振り向く。視線の先には、空に浮かぶイビルアイがあるはず。しかし、それはいつの間にか消えてなくなっていた。
「えっ?」
「は?」
「何これ?」
バイモン、ルミリオ、キーノの順で、困惑した声が上がる。三人とも突然障壁に閉じ込められたからだ。
次の瞬間、バイモンが入った障壁の中で、黒い炎が荒れ狂う。
「手応えなし、逃したか……」
素知らぬ顔で宙に姿を現すソータ。彼は冥導を使った障壁で三人を閉じ込めたのだ。そして真っ先にバイモンを滅ぼすために、獄舎の炎を使った。しかし、バイモンが使った転移魔法の方が早かった。
「貴様、なぜ生きている!」
「あんた、イビルアイに吸い込まれたよね? 魔法もスキルも使えない場所なのに、どうやって出てきたの?」
ルミリオとキーノは障壁に閉じ込められ、目を白黒させながら文句を言う。
「えっ? あそこ魔法が使えない空間なの? それって誰が証明したの?」
「誰も出てこられないからに決まっているでしょ!!」
「それどうやって確認したの? 脱出して姿をくらました可能性はないの?」
「……」
押し黙るキーノ。
「てかさ、二人とも何なんでそんな年寄りになってんの? 今喋ってるのはデーモンの方だろ? とりあえず、ドリーとブレナと話させろ。ドリーの目が治ってるのも気になるし」
獄舎の炎を見たからなのか、ルミリオとキーノは障壁の中でおとなしく従う。
「聖人殿……、獣人代表として、なんとお礼を申し上げたらいいのか……」
「ソータ……、あたい、色々しくじってたみたい」
しおらしい声と態度。それを見たソータは汎用人工知能に相談した。
『何? 俺が助けたとでも思ってんのか? どう思う?』
『めちゃくちゃ反省してますね、……片方だけ』
『だよな……片方だよな』
ソータは冥導を使い、ゲートを開いた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ベナマオ大森林にある草原。かつて戦があった場所だ。キーノが降らせた大雨で洪水になったが、あれはドワーフ陸軍に対しての攻撃。ベナマオ大森林は、その水で森が豊かになっていた。
「うへぇ、草原と言っても限度があるんじゃね?」
以前はくるぶしくらいまでの背の低い草が生えていた。しかし、いまはソータの背丈ほどある草で覆われている。そのせいなのか、スニーカー、デニム、半袖シャツ姿のソータに虫がたかっている。
ドリーとブレナは、冥導の障壁に捕らわれたまま連れてこられていた。共にスーツ姿だが、障壁のおかげで虫の被害はない。
「大洪水のせいで虫が大発生か。んー、ここで話をするつもりだったんだけど……」
ソータの魔力はまだ回復していない。ベナマオ大森林で冥導を使うことに躊躇し、神威に切り替えて土魔法を使う。
ドリーとブレナが息を飲む。あっという間に、こぢんまりとしたガゼボが出来上がったからだ。
障壁を解除し、ドリーとブレナを手招きするソータ。ガゼボに備え付けの椅子とテーブルは、大理石でできている。三人でテーブルを挟んで向かい合ったところで、ガゼボを囲む神威障壁が張られる。虫対策なのか、あるいは獣人二人を逃さないためか。
ソータはもう一つ保険をかける。テーブルに向けて、こっそり魔法陣を飛ばしたのだ。
「さて、色々聞きたいことがあるんだけど、……多すぎて困るわ。とりあえずさ、何でそんなに年取っちゃったのか聞かせて?」
二人はこれまでの経緯を話し、赤いリキッドナノマシンのおかげで、ドリーの目が治り、冥導を使いすぎたせいで生命力を奪われ、こうなってしまったと話す。そして、ソータを殺さねば、獣人百五十万人を皆殺しにすると脅されていたという。地球の悪魔、ネイト・バイモン・フラッシュによって。
頷きながら話を聞くソータ。話しているのはルミリオである。
ブレナが口を挟もうとすると、ルミリオがそれとなく話を遮り、作り話を進めていく。
「直近の状況は分かった。二人とも、俺に協力する気はあるか?」
ソータは「どうでもいいけど」みたいな態度である。
それを見て、ブレナは頷き、ドリーは牙を剥く。
「なんだドリー、テメエさっきから出てこねえな。憑いてるデーモンに身体奪われちまったのか? しゃべり方は同じだけど、声音が変わるからな、明らかに違うやつが喋ってるって分かるんだよ。おいコラ、デーモン、テメエはすっこんでろ」
ルミリオはレブラン十二柱の序列六位。冥界を支配する一柱である。
故に、煽り口調には慣れていなかった。彼は平静を保つことができず、スキル、超加速、剛力、加熱を使い、ソータに殴りかかった。
「どうした? 殴りたいんじゃねえのか?」
赤い拳は、ソータの目の前で止まり、ルミリオはぴくりとも動けなくなっていた。ソータの念動力が、全身を包むように押さえ付けたからだ。
怒りを抑えられないルミリオが冥導魔法を使おうとすると、ソータが念動力でぶん殴って気絶させてしまった。そのまま神威障壁に閉じ込め、ソータはブレナに向き直る。
「そっちのデーモンはおとなしく引っ込んでるみたいだな。ブレナ、そいつを滅ぼせてブレナが生き延びれるかも、と言ったらどうする?」
『あたいとは仲がいいと言いなさい。魔法使って老化を早めることも出来るのよ?』
「き、キーノとは仲がいいの。離れたくない。さっきちょっと身体の主導権を奪われたけど、ごめんなさいって言ってるし……」
ソータは気付いたようだ。ブレナがしわしわの老婆になっているのは、デーモンのせいだと。
「そっか。そりゃ言わされてるんじゃなくて、ブレナの言葉か?」
『そうだと言いなさい』
「……そ、そうよ。あたしの言葉よ」
「ふうん……。姿は見たことないけど、目の前にいるから平気かな? 直接聞いてみるか」
ソータは気を失ったドリーに向き直り、空間魔法を使う。すると、ドリーが二人に増えた。ただ、片方のドリーは素肌が灰色でくすんでいる。灰色のドリーも意識を失ったままなので、ソータは脚のつま先で蹴っ飛ばして目を覚まさせた。
「……」
目を覚ました灰色ドリーは、さっきまでの怒りは何処へやら、手のひらを見つめて動きが止まる。
「ドリーとそっくりだな、名も知らぬデーモンよ」
ソータはドリーに憑いていたデーモンを、空間魔法で目の前に召喚したのだ。竜神オルズでさえ召喚できたのだ。ニンゲンと一体化したデーモンを空間魔法で剥がして召喚するくらい容易いのだろう。
「ちょ!? 何してくれてんの!! まずいわっ!!」
「あんたもオカマ?」
「そうだけど、いや、違う! 早く使役魔法使って!!」
「あー、なるほど?」
ソータは以前、識別魔法陣の判定が正しいものなのか実験をしている。そのとき呼び出したデーモンは、敵判定を下したスチールゴーレムが滅ぼした。しかし、次に呼び出したデーモンに使役魔法を使うと、スチールゴーレムは攻撃をしなかった。
識別魔法陣を通じて敵味方を判断しているのは、魔法陣の神クロウリー。
ソータの前にいるルミリオは、デーモン。このままだと、神から敵判定を下されるのだ。使役魔法を使え、と懇願するルミリオは必死の表情を浮かべる。
放置したら、神々はどう判断するのか、そんなことを考えつつ、ソータはまた神界に呼び出されるのもごめんだ、という結論を出して、使役魔法を使った。
その間、ブレナは口をパクパクさせているだけだった。
そんなブレナにソータは無言で空間魔法を使い、憑依しているキーノを引っ剥がす。すかさず使役魔法を使い、支配下に置く。
「これで少しは、まともに会話が出来るかな。話し合いは大事だ」
まだ意識を失っているドリーを蹴っ飛ばしながら、ソータはそう呟いた。




