104 リバースエンジニアリング
六義園へ戻って時刻を確認すると、二十時を回っていた。ドラゴニュートと交渉がまとまるまで、だいたい五時間かかったことになる。
「動くなっ!」
ゲートから出てきた俺にSFP9を向ける男。この銃は撃鉄が無いストライカー式だ。俺の位置からコッキングインジケーターが見えないため、実際に撃てる状態なのか判別がつかない。
というか誰? 紺色のスーツに革靴、髪の毛は七三で黒縁メガネ。サラリーマン風だが、銃を持ち歩ける職業で、自衛隊の秘密施設に入れる人物。
つまり自衛隊の制服組。いわゆる官僚と呼ばれるエリートさんかな?
「平良木さん、やめろっ!!」
彼はゲートから突然出てきた俺を、不審人物だと思ったのだろう。騒ぎを聞きつけた門田が、平良木と呼ばれた男の銃を取り上げている。忍者の動きは素早いな……。
突然ゲートから現れた俺も良くなかった。ここは兵器開発が行われている場所だが、見通しがいいので目立つ。だからイメージしやすく、探知魔法で座標を固定しやすいのだ。次から目立たない場所で、ゲートを使おう。
「来る度に騒ぎになるね、板垣くん……」
「てめえ、いい加減にしろよ……」
いつの間にか俺の横に立っている岩崎と門田。集中していないと、ほんとに気配察知できないな俺……。
「すみません。次から気を付けます」
「それで? 少し時間を、と言っていたけど、何をしにどこへ行ってたのかな?」
岩崎は特に気にしていないようだが、門田は俺をにらみつけている。
「詳しく話しますので、お時間いただけますか?」
とりあえず場所を移すことにした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
岩崎の案内で、彼の執務室に通された。門田は部屋の外で待機。
大きなカウチに座り、二人で膝を突き合わせる。部屋の外に門田と立哨がいる。彼らには話を聞かれたくない。
「結論から申し上げますと、地球人の異世界への移住は可能です」
「ほう……。詳しく聞かせてもらえるのかな?」
「ええ、もちろんです――」
ドラゴン大陸の件について、順を追って包み隠さず話していく。
俺が勝手に交渉したことで叱られるかも、と思っていたが、予想外の答えが返ってきた。
「日本政府が何もしていないわけがないだろう? ライムトン王国で、日本人受け入れの話が進んでいる。全員で移住は無理だろうけど、日本という国は存続できる」
「日本人だけ? しかも全員ではない……?」
ライムトン王国ってのは知らないけど、最悪の場合を考えて交渉しているのだろう。いやまさか、権力者や金持ちだけ先に逃すとか、そんなふざけた理由じゃないだろうな。……そうではないことを祈ろう。
「日本国が日本人を優先するのは当然だ。それにこれは、あくまでプランBだ。本命は君の祖父、板垣兵太博士の巨大ゲート発見なんだけれど……」
世界中の人を移住させるというのはやはり無理か。しかし、陰陽師の岩崎ですら、座標の特定が上手くいっていないのに、ライムトン王国へ移住することがプランB?
誰がどうやってライムトン王国にゲートを……。あ、奥多摩にライムトン王国と繋がるゲートがあったんだった。
岩崎にそのことを聞くと、現在は結社の連中が交代でゲートを開きに行っているという。俺のじいちゃんもそこから異世界へ行ったそうだ。
日本は昔から異世界との交流があり、たまに野良のゲートでふらりと異世界に迷い込む。そんな時代が続いていたのに、セルンの磁性粒子加速器が異世界への扉を開いてしまった。
それを機に異世界へ行こうと、地球各国の人びとが殺到している。というか、もう行っているんだよな。
ゴブリンの里を攻撃したのは、鉄の猟犬部隊なのだから。
あれは日米共同開発なので、自衛隊がやった可能性もあったが、月面基地で調べたところ、アメリカ軍の仕業だと判明した。
どんな人々も、温暖化が原因で死にたくはないだろう。過去の人類の愚かな行動が原因だとしても。
地球と共に干からびてしまうより、異世界へ逃げ込んで生き延びたいと願う。至極当然の考え方だ。
だから俺は、地球の人々全員を救いたい。
それなのに、岩崎の口からは日本人としか出てこない。自衛隊だし、国民優先なのはしょうがないけれど……。
「岩崎さん、プランCがあります」
「聞かせてくれるかな? しかし、板垣くんのドラゴン大陸の件は、致命的な欠陥があると分かってるよね……?」
日本人を移動させるゲートが無いということだ。
「その欠陥を埋めるための作戦、というか訓練です――」
俺は岩崎を含め、六義園の陸自隊員、統合情報部の全員がゲートを開けるように訓練する。もともと忍者や陰陽師が集まった組織だ。探知魔法と時空間魔法を覚えてもらって、ドラゴン大陸にゲートを繋げられるようにすればいい。
竜人の里と、まだ正式な調印は済んでいないが、ゲートの件は今からやっておかなければ間に合わなくなる。
そう伝えると、岩崎は無理だと言い切った。
理由は、個人個人の保有する魔力は非常に少ないから。元々地球のあった魔素は濃度が低く、そこに生まれた人類も保有できる魔力が少ないそうだ。
魔力を効率よく使うため、地球で魔術が発達したのは必然だったのだ。
岩崎自身は、百年に一人の逸材と言われる陰陽師で、魔力が多いらしい。それもあって、ゲートが開けるという。俺から見ても岩崎の魔力は豊富だ。道行く人々と比べると、おそらく百倍以上の魔力を持っている。
それに加え、六義園の連中がゲートが開けるようになったとしても、秘密結社実在する死神の過激派が出張ってきて、ゲートが使える術者を利用されるだけだと言われた。
そんな厄介な存在が、明治の時代から日本政府の中枢に居座っている。邪魔でしかないのに何故排除しないのかと聞くと、やはりライムトン王国との国交を続けるために、どうしても必要な存在なのだという。ゲートを繋げるために。
魔力がある人物を訓練してもダメか。
じいちゃんが巨大ゲートを見つければ、日本人を差し置いて世界中の実在する死神が優先的に使うだけ。
んじゃ……俺が作ればいいんじゃね? 巨大ゲートを。
『ねね、どうこの案』
『可能です』
よし、汎用人工知能が大丈夫だと言うなら、作ってみようじゃないか。
この六義園は地下施設とはいえ、新兵器開発をやっているくらい広い空間がある。ちょっと使わせてもらおう。
「岩崎さん、この施設に結社の連中は入り込んでいますか?」
「まさか。結社は六義園の存在を知っているが、入らせないよ。強引に入ってくることもないし、そこまで横柄な態度を取る連中じゃない」
「それなら――」
場所を借りて、ゲートを造れるか試してもいいかと聞いてみると、やれるもんならやってみろと返ってきた。
現状ゲートを使って異世界へ行く方法は三つある。
一つ、磁性粒子加速器。
二つ、探知魔法と、時空間魔法でゲートを開く。
三つ、稀にある野良のゲート。
俺は四つ目の選択肢を作ろうと思う。
据え置き式の、常時接続型のゲートだ。エルフの里の入口、あそこで見たゲートの知識が役立つだろう。
部屋を出て兵器開発をやっている場所へ移動すると、俺が作業できる場所を確保するために、岩崎が門田に指示を出す。
鎖で吊り下げられた、何かの砲身。
巨大な3Dプリンタ。
鉄の猟犬。
どこから鹵獲してきたのか、ドワーフ製の六本脚まである。
六本脚はバラバラに分解されていて、内壁に刻まれた魔法陣の写真を撮ったり模写したりしていた。
六義園は、忍者と陰陽師だけじゃなく、科学者や技術者もたくさんいる。バラされた六本脚は、リバースエンジニアリングの真っ最中なのだ。
それらが全てどかされ、俺を中心に半径二十メートル、何もない空間ができあがる。
「最後に確認です」
「何だ」
「ここにいる統合情報部は、これから起こることを他言しないと約束できますか?」
「何を今さら。ずっと秘密を守ってきた陰陽師と忍者が機密を漏らすとでも? 六義園内で起こったことは、私が許可しない限り表に出ることはない」
「それを聞いて安心しました」
バスケットボール大の神威結晶を造り出し、土魔法で作った鉄球の中に入れて密閉。こじ開けると中の神威結晶が自壊するように設定した。
「あそこの円柱状のやつはなんですか?」
「あれは国産宇宙ステーション用の、研究棟モジュールだ。完成しているが、輸送待ちで置いてある」
「その研究棟をちょっと使わせてください」
「……壊すなよ?」
岩崎の指示で、研究棟モジュールが目の前に運ばれてくる。直径十メートル、長さ二十メートルの円柱状のもの。宇宙へ行くことを前提にしているので耐圧殻になっているはずだ。
その中に入って、研究棟モジュールのドアを密閉。神威結晶が入った鉄球に魔法を使う。もちろん探知魔法と時空間魔法の二つだ。すると目の前にゲートが開いた。
神威結晶の魔力を消費して、ゲートは開いたまま安定している。直径十メートルの研究棟モジュールを隔てるような形になってしまった。両端のハッチから入ってくれば、その先にドラゴン大陸が見え、ゲートをくぐれば実際にそこへ行くことができる。
ここから見える景色は高台になった草原で、そこから下った先に大きな川が流れ、周囲に森が広がっていた。
「……これは一体」
「交渉しに行った、ドラゴン大陸にゲートを繋げました。動力源はここに置いた鉄球ですが、絶対に開けないでください。開けるとゲートが閉じますので。今回は異世界とこっちの気圧差を考え、この研究モジュールを使わせてもらいました。ドアがはじけ飛ぶ勢いで開いたり、まったく開けることができなくなったり、そんな影響がありますけど、それはそちらで何とかしてください」
岩崎は驚きつつ、了解と言いながら、ドアを開けて外に吹っ飛ばされた。アホすぎて笑いそうになる。こっちは夜だが、ゲートの先はすごくいい天気で明るい。こっちより気圧が高かったのだろう。
手に持つ鉄球をさらに金属の箱で囲い、重さを五百キロくらいにする。途端にずしりと重さを感じる。これで簡単に持ち逃げもできないはず。というかさすがに重いな。俺は念動力を併用しながら、神威結晶入りの立方体をゆっくりと研究棟モジュールの床に置いた。
でも、こんな小さなゲートじゃ、地球が水没するまで、移住が間に合わない。これより大きなゲートを作る必要があるんだけれど、どうすればいいのか……。
そうだ! ――あの時、エルフの里が丸ごと冥界に変わった。ワニ顔の獣人たちに繋がった黒い線が原因だと思ったまま、深く考えていなかったが、たぶんあれは巨大ゲートをくぐって冥界に行ってたはず。
黒い線か……。あれが何だったのかと考えると、冥導くらいしか思い浮かばない。ということは神威でもできるのか?
ゲートを開くときに使う二つの魔法は、通常の魔力を使っている。それで事足りているので、神威で試したことはない。
「岩崎さーん! ゲートの先をちょっと見てきます」
「お、おう、気を付けてな」
岩崎は研究棟のドアから十メートルは吹っ飛ばされ、ちょうど他の隊員に起こされているところだった。大きな怪我はなさそうで、ホッとする。
彼に何かあれば、日本とのコネがなくなるに等しいからな。大丈夫だと思うが、岩崎に治療魔法を飛ばしておく。
そして俺はゲートをくぐった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
草原から川を見下ろして、ぐっとにらみつける。
ふっと景色が変わり、目の前に川が現れた。
「よし、瞬間移動成功」
ちゃんと使えるのか何度も試して、草原に戻る。
よく見ると、草原から四角いレンガが、所々見えている。もっとよく見てみると、草に隠された石畳や、錆びて朽ち果てた鐘があった。
つまりこの草原は、滅んだ街の成れの果て。灰色の火山灰がまだ残っているので、原因は噴火によるものだろう。
遠くに見える火山は、噴煙を上げている。むき出しの山肌は、草木が生えていないので、定期的に噴火をしているのだ。
とりあえず、巨大ゲートができるか試してみるか。
なんとなーく、でこれまで魔法を使ってきているので、同じ感じでイメージしてみる。…………んー、時空間魔法は上手くいっている気がするが、探知魔法がうまくいかない。
阿蘇山の草千里、北海道石狩のはまなすの丘公園、箱根の仙石原すすき草原、行ったことがある広い場所を思い出しながらイメージする。しかしゲートは開かない。
『ワニ顔の獣人たちに黒い線が繋がってましたよね』
『あ、そうだった。さんきゅ』
汎用人工知能にあまり話しかけないよう言っているが、今回のは助かった。土魔法でミスリルの棒を空に飛ばし、俺を中心に直径五十メートルの円状に突き刺していく。
探知魔法で座標の固定が上手くいっていないのは、おそらく範囲が広すぎるからだ。今度はミスリルに神威を纏わせ、ゲートを開くイメージをする。
「おっ?」
落下する感覚がすると、地に足がついた。
成功だ。オリンピックで有名な国立競技場に移動している。
つまり、あのサークル内に入れば、誰でもここに来られる。
「一方通行か」
回りにはゲートの気配すらない。さっきの草原も見えないし、ただ国立競技場のまん中に立っているだけ。まあ、こっちからあっちに繋がるゲートを作れば済む話だ。
「……ほう?」
「なんだこりゃ?」
突如大勢の気配が現れて振り向くと、岩崎と門田の部隊十名が立っていた。
六義園からドラゴン大陸へ。ドラゴン大陸から日本の国立競技場へ。
彼らはこの順番でここに来た。行動力あるなあ……。
というか、草原のサークルは、ミスリルを使ったからなのか? もしかしてミスリルが電池みたいに、神威をため込んでいたのかも。それでゲート魔法の効果が続いていたのだろう。
人が居ない夜の国立競技場。斜めに月明かりが入ってきて幻想的な風景だ。
ここで行われる催し物も、温暖化の影響でかなり減っている。風を送り込むだけのファンだけでは、もう耐えられない暑さになるからだ。
門田が通信機で、無事だから心配しないでいいと報告を入れている。トップの岩崎を含む十六人も国立競技場に来ているのだから、六義園ではちょっとした騒ぎになっているみたいだ。もちろん通信機からの音声を、俺の耳で聞いているから分かるのだ。
「実験成功ってところかな? 板垣くん」
「そうですね。この規模のゲートを日本各地に配置していけば、あっという間に移動は済むでしょう。食糧や住居などをどうするのか、問題は山積みですが」
「それはもう日本政府の仕事だからね。これで板垣兵太博士も、結社の連中から解放されるんじゃないかな?」
今回の件でじいちゃんが解放されるということは、実在する死神が、このゲートを使って異世界へ雪崩れ込む可能性を含む。
シビル・ゴードンの話が本当なら、神々への復讐は正当なものだと思う。だけど、聖なる魔女を騙したカヴンはどうなる? 奴らは何をするつもりだ?
魔女カヴンは、デーモンを使って争いを起こした張本人たち。そのせいで神々の怒りに触れ、地球に追放された。でもなあ、皇帝エグバート・バン・スミスの話だと、千年も前の戦争だ。神様たち、そろそろ許してあげてもいいんじゃない?
「板垣くん、総理が君に会いたいそうだ」
「は?」
通信機を持った岩崎が、真剣な表情で俺に伝えてきた。




