100 自爆しよう
コロンビアでは約五十年も続いた内戦の歴史がある。内戦が終結した現在でも、政治的な思想、汚職や麻薬犯罪、海外からの秘密裏の介入、様々な要因で揺れ動いている国だ。
魔石電子励起爆薬の実験で出来たクレーターは、今も封鎖されている。真夜中だというのに、報道各社が飛ばすドローンは、コロンビア軍によって打ち落とされていた。
「はいっ! もう大丈夫ですよ~!」
ニッコリ笑顔で回復魔法を終え、マイアはエレノアとファーギに笑みを浮かべる。
元々あったクレーターで、もう一度魔石電子励起爆薬が爆発したので、周辺への影響は少なかったが、その中にいたマイアたち三人は当然負傷していた。
「ソータの野郎、もう少し早く警告しろってんだ!」
「警告があっただけでも御の字だ。障壁を張れたのだから」
草むらで横になっているファーギの愚痴に、エレノアがそうではないと言う。実際あの時ソータの念話が無ければ、三人とも即死していただろう。
「ほら! 二人とも、もう動けるはずです。さっさとあの怪しい施設を調べますよ」
三人とも血を流しているが、傷は塞がっている。というか完治している。マイアの回復、治療、解毒、三つの魔法で、すでに元気になっているのだ。
「よし、指揮は私に任せろ」
ベナマオ大森林で、デーモン相手に指揮を取った、エレノア・デシルバ・エリオット。
「ふざけんな! こういうのは冒険者の領域だ。私に任せろ!」
ドワーフのSランク冒険者、ファーギ・ヘッシュ。
「……確かにそうだ」
軍配はファーギに上がった。
種族、組織、年齢、色々違っているが、今はこの三人で行動するしかない。結局、一番慣れているファーギがリーダーになって行動することになった。
怪しい建物はクレーターからさほど離れていない場所にある。辺りの木々は爆風でなぎ倒されているというのに、傷一つついていない。窓ガラス一枚すら割れていないのだ。
「厄介だな……。あの建物全体に障壁が張られている。中にいるのは人間だけで、デーモンの気配はない。ソータが言っていたハッグという魔女か?」
草むらでうつ伏せになったファーギ。いつものゴーグルを付けて建物を観察している。エレノアとマイアも草むらに隠れてはいるが、集まってくる蚊に苦戦して話を聞いていない。
「あの中に何かあるのは確かだ。いくつか障壁魔法陣を使っているみたいだ。どれくらいの魔石を持っているのか……」
障壁魔法陣は、巨大空艇にも使われているが、魔石の使用量が多くて、あまり長い時間使えない。それなのに、この建物は、障壁を張り続けているのだ。魔石電子励起爆薬の爆発にも耐えるくらい強固な障壁でもある。
「障壁なんざ、破って入ればいいじゃないか」
「エレノア、身も蓋もないことを言いなさんな……。中に何があるのか分からないんだぞ? 魔石電子励起爆薬があって、爆発したら終わりだ」
ソータの念話でいち早く逃げ出して距離を取っていたので、今回の爆発では生き延びた。しかし、この場で魔石電子励起爆薬が爆発したら、障壁を張ったとしても、近すぎてひとたまりも無いだろう。
「でも調べるなら、中に入らなきゃ。……でしょ?」
そういうマイアの手に、以前見た長杖が握られている。魔導バッグから引っ張り出したようだ。
この長杖もファーギ特製の物。使用者の魔力を一時的に十倍にする効果があるのだ。もちろんリスク無しではなく、使用後はしばらく立っていられなくなるほど、激しい倦怠感に襲われる。
「私がこれで、障壁に穴を開けます。その後は二人にお任せしてもいいでしょうか?」
「ああ、上等だマイア。私たちに任せろ」
エレノアの言葉で、マイアの作戦が決行された。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
この建物は元々、麻薬カルテルの屋敷だった。しかし、今は魔術結社実在する死神によって買い取られ、魔石電子励起爆薬の観測施設として使用されていた。
そこで観測を続ける魔女フォドラが、警報ボタンを押した。
障壁を破って屋敷に侵入する三人の男女が、監視カメラに写ったからだ。
深夜だが、警報が鳴ったことで、寝室から飛び起きてくるハッグたち。全員黒い戦闘服を着た、女性の魔女十五人である。
「三人だけ? 銃を持っているのが一人、あとはレイピアと杖かしら? それだけの装備で、ハッグの根城に侵入するってバカじゃないの?」
モニターを見た若い魔女が嘲笑う。
「本気でそう考えているのですか? 彼らは障壁を破って侵入しています。それなりに知識と実力のある侵入者だと考えてください」
リーダーのフォドラが、若いハッグをたしなめる。しかし、そのフォドラにも余裕が見て取れる。その自信の源は、麻薬カルテルでも簡単に制圧できる魔術のおかげ。彼女たちは、少々過信しているように見える。
「排除しなさい」
フォドラの声で、モニター室から飛び出して行くハッグたち。
腕のウェアラブル端末で三人の位置を確認しながら、通路の角で待ち構えるハッグたち。銃などは持たず、全員小さな杖を構えている。
警報は消え、屋敷内には明かりが灯っていた。
通路の先から三人が出てくると、ハッグたちは一斉に呪文を唱えて攻撃を始めた。透明な刃、氷の矢、石の槍、そして床から津波のように流れていく水。
ハッグたちは様々な魔術で攻撃を仕掛けてきたが、当の本人たちは障壁を張って涼しい顔をしている。
「何だこのぬるい施設は? こんな場所にあの爆弾を保管しているのか?」
乱れ飛ぶ魔術の中、それくらいで何が出来る、と言わんばかりのエレノア。重要な施設を守るには、あまりにも戦力が少ないと言いたいのだろう。
屋敷の障壁を破ったマイアは、まだ回復できておらず、エレノアの後ろで障壁を張っている。
そんな中、水に押し流されないよう、ゆっくりと歩き出すファーギ。両手には魔導銃が握られている。
「お前たち、投降して魔石電子励起爆薬を渡せ」
言語魔法を使い、スペイン語で話すファーギ。返事がないので、英語に切り替えて同じ内容を話す。
「おかしいな? 言語魔法は上手くいっているはずだが……?」
ハッグたちはスペイン語も英語も理解していた。返事が出来ないのは、これだけの魔術を使っても倒せない三人に驚いているからだ。ハッグの魔術が脆弱というわけではない。ここにいる三人が、強すぎるのだ。
腰の引けたハッグの一人が、少しずつ後ろに下がっていく。
これまで敵無しだった実在する死神は、初めての強敵と出会い、簡単に自信を無くしてしまった。
二人目、三人目が後ずさりを始めると、決壊したダムのように魔女たちは逃げ出した。
「ハッグに警戒していた私がバカみたいじゃない……。地球に追放され、種として弱ってしまったのかねえ……」
ハッグたちがいなくなり、水浸しになった床の上でエレノアがぼやく。
「とりあえず爆薬を探しましょう」
だいぶ回復したマイアが声をかけた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
フォドラはモニター室で机をひっくり返し、椅子を投げ飛ばしていた。鬼のような形相でぶつぶつと呟いている。
「あれだけ訓練したのに、魔術が効かないってどういう事なの!?」
彼女はまだ気づいていない。長年ハッグが相手にしてきたのは、魔術が使えない人間ばかり。今彼女たちが相手にしたのは、異世界から来た精鋭だ。そう簡単にやられるはずが無い。
フォドラは落ち着きを取り戻し、今度は考え込んでしまった。
ここ最近、魔素が濃くなったおかげで、そこら中で簡単な魔法が使われるようになった。
ハッグたちは魔法ではなく、学問として確立した魔術を学ばせ、異世界での戦力になる人間の選別に掛かっていた。
今回逃げ出したのは、新たに参入した者たちで、ハッグという種ではない。地球に住むヒト種である。異世界に復讐するため、彼女たちをしっかり教育したのは、純血のハッグたち。共に戦おうと誓った同志であったはずなのに。
怒りの収まらないフォドラは、【解放】のルーンが書かれた赤色の非常ボタンを押した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
通路から人影は消え、水浸しの床だけが残った。エレノアが風魔法を使い、温風を凄い勢いで通路へ飛ばす。床の水はどんどん奥へはじき飛んでいき、通路はあっという間に乾いてしまった。
「……ふう。どうするファーギ」
一息漏らしたエレノアは、ゆっくり視線を動かしていく。その先には、ファーギとマイアがいる。
「不自然すぎるくらい突然変わったな」
そう言ったファーギに、マイアは不安な表情を向ける。
「いったい何が……」
遠ざかってゆく魔女たちの気配が、突如デーモンに変わったのだ。本来であれば、元の人間の気配が残るところだが、一切残っていない。ファーギたちは、異様な変化に戸惑うしかなかった。
三人は意を決し、急反転してこちらへ戻ってくるデーモンたちに備える。
「そろそろだ」
ファーギの声と同時に、曲がり角からデーモンが姿を現した。ただ、その姿は巨大な狼に似た、四足歩行の獣。頭数は十五で、さっき居た魔女の人数と変わりない。
まだ少し濡れている床で足を滑らせながら、赤い瞳でファーギたちを見据え、猛然と突っ込んでいく。
落ち着きを取り戻した三人は、各々で攻撃を仕掛けてた。
ファーギは魔導銃二丁で、獣の額を撃ち抜いていく。
エレノアは風魔法で、獣を斬り刻む。
マイアは収束魔導剣の黒い刃で獣を斬る。
狼型デーモンは、口から炎を吐き出そうとしたり、飛びかかって鋭い牙で噛み付こうとしたり、とても頑張っているが……あっという間に数を減らしていく。
「こいつら何がしたいんだ?」
「自殺行為?」
「デーモンなのに?」
一応戦闘中なので、エレノア、マイア、ファーギは、口速に話す。
そんな話をしているうちに、十五体のデーモンは肉の塊に変ってしまった。
血まみれになった通路を、今度はマイアが水魔法で何もかも押し流していく。壁も天井も、飛び散った血を全て洗い流すように。それが終わると、エレノアが風魔法でまた乾かし始めた。
「結局何の施設なんだここ?」
呆れ顔のファーギが、疑問を呈す。
「生き残りが一人いるから、そいつに聞こう」
エレノアの声で三人は屋敷の奥へ足を進め始めた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「聞いてない聞いてない聞いてない聞いてない聞いてない!!」
モニター室で半狂乱になっているフォドラ。
部屋の中は荒れ放題である。
「くくっ……。あははあっ!! あーっはっはっはっはっはっ!!」
ピタリと動きを止め、床を見つめたフォドラから笑い声が漏れると、少しずつ大きくなっていった。その目はすでに正気ではない。
「悪魔を支配するものも大したことないわね。シビル様が何故あんなに持ち上げるのか、意味が分からないわ。でも……私は純血のハッグ。ちゃんとケリを付けてやる……」
荒れた部屋に一つだけ動いてない物がある。壁にはめ込むタイプの金庫だ。
フォドラは金庫を開け、中からビー玉大の魔石電子励起爆薬を、手のひら一杯取り出した。
全て時間遅延魔法陣と爆裂魔法陣が刻まれているので、すぐに爆発はしない。
だが、時間遅延魔法陣を上書きして、爆裂魔法陣が起爆するタイミングを操作できる。
フォドラに生き残ろうという意思はなく、侵入者三名もろとも自爆するつもりでいた。
――ドン!!
内開きのドアが、ファーギによって蹴破られた。すかさず背後のエレノアとマイアがモニター室に入ってくる。
ファーギたち三人が見たのは、一人だけ残っていた気配の主、フォドラの手のひら。そこにある山盛りの魔石電子励起爆薬で視線が固定された。
『ソータ!!』
『ヤバい!!』
『もう終わりなのおおお!!』
「四百年も生きたのよ、ここで死んでも悔いは無いわ。ハッグに栄光あれ!!」
フォドラが時間遅延魔法陣の効果を消すと、手のひら一杯の魔石電子励起爆薬が爆発した。




