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【災厄】と呼ばれた悪女の軌跡  作者: 冬李
第一幕 帰還
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第八話

 アリシアが声を掛けると、扉の外に待機していた騎士たちが返事をして、わずかに議会場の扉が開かれた。手首に手枷をはめられたまま、二人の騎士に脇を抱えられて厳粛な場に引ったてられた娘は何が起こっているのか分からないような顔をしていた。だが、すぐそばにいた拘束されて床に這いつくばっているレヴァンを目にした途端、その顔が一気に青ざめていった。


「レ…レヴァンお兄様…!」


 名前を呼ばれ、視線を上げたレヴァンの目が見開かれる。


「ドルカ…!なぜここに!」


 答えを求めるようにレヴァンの目がアリシアに向けられたが、アリシアが直接彼の問いに答えることはなかった。覚悟を決めたように顔を上げ、背筋を伸ばしたノルフェン王国の使者を見つめながらアリシアは口を開いた。


「彼女はドルカ・シリル。シリル子爵家の娘で、レヴァン副団長の妹君です。彼女も関係者なのでこうしてこの場に連れてきました」


 元老院(セナトゥス)が頷いたことで、ドルカを停戦調停の場に連れてきた許可を得たアリシアは、シリル兄妹の監視を宮廷の騎士たちに任せ、自分の席に腰を下ろした。


「状況を整理しますと、十三年前、未曾有の大雪の被害に遭ったためノルフェン国内は食糧不足に陥った。それを打開するためには雪の降らない土地が必要で、同時期に【プルエミの悲劇】にて国力を失っていたソレイユ帝国に戦を仕掛けた…」


 アリシアの説明にノルフェン王国側の使者たちがこくりと首を縦に振る。


「今も……食糧不足は続いているのですか」


 アリシアの投げかけた質問に、最初は戸惑うように目配せしながらも、魔力の祖と言われる偉大な聖女のいる宮廷にて、さらに彼女と共に大陸の平和の実現を担う元老院(セナトゥス)を前にして、恐れ多くて嘘はつけなかったのだろう。ノルフェン王国の使者が諦めたように呟いた。


「十三年前の大雪以降、我が国の気候は年々下がりつつあり、今では一年で雪の降らぬ月はたった三ヶ月しかありません。そのような短期間でまともに育つ作物などなく、我が国の賢者様を筆頭に炎の魔力を扱う者たちで雪解けを行っていますが、国を覆う全ての雪解けを不可能に近いです。長い寒さで土地はやせ細り、国土を広げる他に選択肢がございませんでした」


 項垂れる使者の心境をアリシアは理解していた。


 国の現状の報告は時として弱みとなる。ノルフェン王国がソレイユ帝国のプルエミの街で起こった事件を聞きつけ、その弱みに付け込んで戦を仕掛けたように、大雪の被害で食糧不足に陥ったノルフェン王国を攻める国が現れるやもしれない。この情報は彼らにとっては絶対に隠しておくべき機密事項であったのだ。


「安心してください。決してノルフェン王国が戦場になる結果にはいたしません。永世中立国であるエイレーネ公国がその信頼と名誉をかけて保証いたします」


 他の国と違ってエイレーネ公国は特殊な国であった。他国はいかなる理由があろうとも、平和を求め、中立国の立場を貫く公国を侵略してはならないという不可侵の盟約がある。一国でもその盟約を破ろうものなら、大陸中全ての武力と魔力を以てその国は滅ぼされるのだ。


 これは魔力の祖である聖女の力が誰かのものなることはあってはならず、大陸の平和の維持のために活用されるべきであるという考えからきている。公国の権力や影響力が大きいのも平和を導くために必要なものなのである。

 先ほどのアリシアの発言は、公国の名のもと、暗にノルフェン王国に戦を仕掛けてはならないということを意味していた。つまり、ノルフェン王国の領土を侵すということは公国―ひいては聖女の意志に背くということであり、大陸の全武力、魔力によって滅ぼされるということを意味していた。


 元老院を構成する大公の一つ、アンブレ大公が咳払いをする。


「それは卿が決めることではないであろう。して、話を続けよ」 


 確かにそれほど重大なことを騎士団の団長が勝手に決められることではない。だが現状、必要な提案であるから述べただけだ。

 相変わらず融通の利かない頑固な爺だと、内の心で嫌な顔をしながらアリシアは話を進めた。


「失礼いたしました。話を続けますが、そのような国の事情を抱えていたために、あなた方はなんとしても停戦調停を有利に進めたかった。そこで、審問官を買収しようと考えた」


「ええ。第三騎士団の団長に話を通してもらおうと、まずは副団長のレヴァン殿に話を持ちかけました」


 当事者として名前が挙げられたレヴァンに視線が集まるが、本人は顔を赤くしたまま口を閉ざしている。


(仕掛けた餌に魚が引っかかったのね)


 大金に目が眩み、息巻いているレヴァンの姿が容易に想像ができるようで、アリシアはため息をついた。


「なるほど。不正に手を貸したこと、間違いありませんか」


 レヴァンはこの期に及んでも反省の色を見せず、不遜な態度を崩さない。まるで駄々を捏ねている子供のようだった。

 アリシアは証拠である小切手と手紙をひらつかせる。


「まあ、ここに決定的なものがあるので本人の意思確認も関係ないですね。そしてレヴァン副団長は私たち第一騎士団とソレイユ帝国がそもそもこの調停の場に来れぬように画策した。偽造し、調停が行われる嘘の日時を記した手紙を私に、あらかじめノルフェン国の使者のみに通行証を発行した上で、それを持っていないソレイユ帝国の使者を門前払いしようとした。その隣にいるレヴァン副団長の妹のドルカは、パトス大公邸に届いた公国から私への本物の親書を盗んで隠そうとしたみたいです。善意に満ちた勇気ある者の行動でそれも防ぐことができましたが」


 震えるドルカと悪びれる様子もないレヴァン。対照的な二人の反応を見ていると、妹の方がいくぶんか救いようがある気がしたが、アリシアは手を抜くつもりはなかった。


「これは公国ーひいては聖女様の平和の理念に背く行為であり、公国の信頼が揺るぎかねない悪質な行為です。そのため私は、レヴァン副団長の騎士団の退団はもちろんのこと、シリル家の爵位剥奪、一家をノルフェン国にて農耕に従事させることを提案します」


 その提言にはさすがに黙っていられなかったのだろう。レヴァンが声を荒げた。


「さっきから黙っていれば……ふざけるな!災厄といわれるお前にそんなこと言われる筋合いはねぇよ!」


「今は私のことではなくあなたのことを話しているのです。あなたが今回しようとしたことも、“災厄”に値すると思いますが」


 正論を突き返すと、何事もなかったように目線を元老院(セナトゥス)に戻し、アリシアは続ける。


「またノルフェン王国の処遇ですが…、彼らが不正に手を染めるほど追い込まれたのは我々公国の行動にも要因があると考えます。ですので、ソレイユ帝国の侵略した領地の返還と、この小切手分のお金をそのままソレイユ帝国に渡すというのはいかがでしょう。ソレイユ帝国側も、これだけの額があれば被害にあった国民を充分に救えるはずです」


 ジラード侯爵はしばらく無言で考えている様子だったが、やがて元老院(セナトゥス)たちに向かって頷いた。


「我々は構いませんが…それでは根本的解決にならないのでは?ノルフェン国が戦争を仕掛ける要因となった食糧問題は解決できておりません」


「それも考えております」


 こういう意見が出ることは想定済みだったため、アリシアは事前にまとめておいた書類を元老院(セナトゥス)、ソレイユ帝国、ノルフェン国側にそれぞれ手渡した。

 各自が目を通している間、席に戻ったアリシア自身も言いたいことを頭の中で整理する。

 ぽつぽつと視線がこちらに向いてきた頃合いで、アリシアは口を開いた。


「記載の通りですが、食糧不足の問題を解決するために、寒さに強い作物の品種改良に着手したいと思います。植物や土地に関しての魔力や知識に長けるワーヌ国に協力を依頼します。無事に作物が育つまでの間は我々エイレーネ公国が各国から食糧などを買い取り、それを相場の半額以下でノルフェン王国に供給します。また、食糧不足ということでノルフェン国は民が苦しみ、税収も芳しくないと思われます。ですので、貴国はお金の代わりに鉱石で食糧を買い受けるという仕組みはいかがでしょうか」


 アリシアの打開策の案を一通り読み、提案を受けたノルフェン国側の使者の表情に光が射す。

 ノルフェン王国はいくつもの鉱山を有している大陸内で随一の鉱石の産出国である。この提案は願ってもないものだったのだろう。

 これで平和的解決に向かうのだろうと思っていた矢先、水を差す言葉が飛び交った。


「なりません。我々エイレーネ公国の損失が大きすぎます。慈善事業ではないのですよ」


(ああ、そういえばいらっしゃったな)


 椅子を倒す勢いで立ち上がり、口出しをしてきたのは第三騎士団団長のオリエン・アーティだった。部下のレヴァン副団長の件もあって、発言する機も失われ、存在していることをすっかり忘れるところだった。

 部下の管理もできないくせに、という文句が喉元まで突き上げてきたが、何とか飲み込む。


「卿は長年、外交を司る第三騎士団の団長を務めておきながら何も知らないのですか。ノルフェン王国の好物は非常に質や純度が高く、武器にしても装飾品にしても価値の高いものになります。どんな手を使っても買い求める商会も多い代物なのですよ。それを我々は各国から買い上げた食糧と交換するのです。需要と供給も一致していますし、交換条件としては成立していると思いますが」


「し…しかし…」


「それに、人の意見に反対されているお立場ではないのでは?部下の管理不足、並びに審問官として今回の戦が起こった本質を見抜けなかった。部下の行動管理を怠り、不正も見抜けぬような者が騎士団の団長に相応しいとは思えません」


 反論を遮るように被せられたアリシアの言葉に綺麗に整えられた髭を揺らし、オリエン団長が一瞬だけ悔しさを滲ませたが、諦めたように椅子に座り込む。すでに、ノルフェン王国の関心と期待はオリエン団長にはなく、アリシアに移っており、使者たちが揃って頭を下げたからだ。


「アリシア殿、そしてソレイユ帝国の使者の方々よ。あなた方を欺こうとしたこと心よりお詫び申し上げる。そして許されるのであれば、再興の機会を与えていただけぬだろうか」


 長く、辛く、苦しかった積年の思いが溢れてきたのだろう。使者の中には涙を流す者もあった。

 ソレイユ帝国の使者も理解できる節があるのか、温かな眼差しを向けている。

 目の前の事実に真摯に向き合い、真実を求めることで、務めを果たせた達成感と、誰かの役に立ったのだというやりがいがアリシアの頬を緩ませる。

 アリシアは手を胸にあてると、元老院に敬礼した。


「以上で、停戦調停における私の報告を終わらせていただきます」


 パトス大公が木槌を打ち鳴らしたことで、アリシアはようやく安堵に胸を撫で下ろしたのであった。



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