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【災厄】と呼ばれた悪女の軌跡  作者: 冬李
第一幕 帰還
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第七話

「エイレーネ公国聖第一騎士団団長、アリシア卿が参られました」


 侍従が声を張り上げると、停戦調停が結ばれる場所である議会場の扉が男手二人がかりで開かれる。

 厳粛な空気がアリシアを包み、深呼吸で緊張している身体を落ち着かせる。色々準備に時間がかかったせいで、どうやら自分が一番最後になってしまったようだった。


 議会上の中心の大きな円卓には公国を治める元老院(セナトゥス)である五大公と、ソレイユ帝国とノルフェン王国の使者たちが四名ずつ向かい合うようにして着席していた。ノルフェン王国側には今回の停戦調停において共に審問官を務めた第三騎士団の団長、オリエン・アーティと、付き添いとして副団長のレヴァン・シリルがいる。心なしかノルフェン王国の使者とレヴァンの顔色が悪いのは、自分がここにいることが予想外だったからであろう。


 アリシアはちらりと大公たちの間で目立っている一つの空席を見た。


(やはり聖女様はいらっしゃらない)


 聖女は全ての魔力の生み出したと言われる神聖な存在ゆえ、人前に姿を見せる機会は少なかったが、プルエミの悲劇以降は森羅万象を司るその力も、身体も弱ってしまい、こういった大事な調停の場に来ることもなくなってしまったという。

 アリシアも公国に来てこのかた、そのご尊顔を拝見したことがなかった。

 自分の母親が聖女を攫い、その力を我が者にしようとした―なぜそんなことをしたのは知るよしもないが、唯一【プルエミの悲劇】を近くで目撃した当事者として、積もる話が山ほどあった。


(聖女様にお目にかかれるのはいつになることやら)


 アリシアは切り替えるように空席から目を逸らし、指定された席に腰をかけた。


「アリシア卿、そなたはなぜ副団長を連れて参らなかった」


 着席するや、息を吐く暇もなく五大公の一つ、モルブス大公がアリシアに素朴な疑問を投げかける。

 アリシアはあえて困ったような表情で言った。


「実はこれには深い理由がございまして。大変恐縮なのですか後ほど説明させていただいてもよろしいですか?」


 モルブス大公がこれ以上追求はせずにアリシアの願いを聞き入れたので、本格的に停戦調停が始まった。

 パトス大公が木づちを打つと、快音が会議場に響く。


「これより、停戦調停を行う。それではまずは両審問官による報告を」


 発言を促されて、まずは第三騎士団の団長オリエン卿が手元の書類を見ながら口を開いた。


「我々の調査では、ソレイユ帝国は不当にノルフェン王国の領内を幾度も侵略し、挙げ句は皇家に伝わるユニコーンの血を用いて、多くの罪なき人を殺害した。ご存知の通り、ユニコーンの血はあらゆる毒にも勝る禁忌の薬であり、ユニコーンの角を煎じたものでしか解毒が不可能なものです」


 ついに開き直ることにしたのか、しらじらしく報告書を読み上げるオリエン卿を、アリシアは冷めた目で見つめる。その隣で彼の主張を当然のように同意するノルフェン王国の使者たちを、燃えるような目でソレイユ帝国の使者たちが睨み付けていた。

 馬鹿馬鹿しいと、根拠のない報告内容に興醒めしていたとはいえ、アリシアは冷静に構えていた。視線を右往左往させているレヴァンの顔色をよく観察しながら。


「ソレイユ帝国の行いは非道で残虐的であるため、よってこの停戦において貴国には国家予算の半分の支払いと国境一体の領地の明渡し、魔力を扱える者数十名を人質として送ることを要求します」


「そんな不当な要求、のめるわけがないだろう!」


 バンッと机を叩いて怒鳴ったのはソレイユ帝国の使者の一人、エクトルという青年だった。

 審問官として戦地のソレイユ帝国側の陣地に行った時、彼になぜかきらきらと期待を込めた眼差しで迎えられたことをよく覚えている。しかしどこか自分に対して恐怖心を抱いているのも、一定の距離を保っている行動から察することができた。

 良くも悪くもまだ若く、素直すぎる性格だ。ジラード侯爵が必死になだめようとしているが、興奮冷めやらぬようで息を荒げている。


「静粛に!」


 パトス大公が空気の流れを変えるように木づちを打ち、その視線が自若として座して待っているアリシアに向けられる。


「ではアリシア卿、そちらの見解を」


 五大公たちと視線を交わし合い、アリシアがすっと席から立つと、雰囲気に流されるように、不服そうな顔のままエクトルがジラード侯爵に押さえつけられるように席に着く。


「申し上げます。先程、貴国が主張していたソレイユ帝国の行いですが、全て事実に反することでございます」


 飛んでくる野次は全て無視をして、アリシアは何度も読んで頭に内容を叩き込んだ報告書を机に上に置いた。そして深く息を吸う。


「まず毒の件ですが、これは疫病の一種であると、すでに現地にて調査にあたった医師たちによって証明されております。さらにユニコーンの血は二日と保存が持ちません。私がこの公国にいる限り、ユニコーンの血による毒殺は不可能です」


 鼓動が早くなるのを感じながら、アリシアは矢継ぎ早に次の言葉を語りだす。


「ソレイユ帝国は十三年前に起きたプルエミの悲劇以降、著しく国力が低下しました。その混乱に乗じて不当に戦を仕掛けてきたのはノルフェン王国だとこちらでは認識しています。しかし貴国にもやまれぬ事情があったのだと理解しています。食糧不足ですよね?」


 アリシアの問いかけにノルフェン王国の者たちが驚愕に口を閉じた。

 無理もないだろう。そのような重要な帳簿は各国がそれぞれ厳重に管理しているし、アリシアもノルフェン王国に対して、直接帳簿の提出を求めてはいなかったのだから。

 ノルフェン王国が不作による食糧不足に陥っているかもしれないという結果を導き出すことができたのは、他でもない第一騎士団が各国を巡察するときにつける記録からだった。


「我々第一騎士団はご存知の通り、大陸の平和のため、争いの火種を消すために各国を巡り、その国の現状を記録に細かく残すのです。過去の報告書によると、実はちょうどプルエミの悲劇と同時期にノルフェン王国は大雪に見舞われ、一年の大半が雪に覆われることとなり、大地が枯れ、不作が続いていたようです」


 過去の辛さを思い出して感情を必死に噛み殺しているのか、使者たちの顔が暗くなる。


「しかしここまで不毛な争いが続いたのは、ひいては我がエイレーネ公国が中立国として大陸の平和を守るというその役目を放棄したに他なりません。そして」


 まさかの言及に五大公たちが顔を見合わせてささやき声を交わすが、アリシアは臆することなく毅然とした態度で望んだ。本題はここからである。


「あろうことか、この停戦調停にて不正が行われようとしていました。第一騎士団の副団長が共に参上できなかったのもそれが理由なのです。長い話になります。どうか私に、このまま発言の権利を与えてくださらないでしょうか」




 思い沈黙が、室内をおおった。

 席を立ち上がった大公たちが一箇所に集まって意見を交換し、しばらく議論をしていたが、やがてそれぞれの席に戻る。


(何を言い出すつもりなんだ…)


 リュシアンでさえ、宮廷の門前で起こった一連の出来事から、なんとなくノルフェン王国とエイレーネ公国の誰かが通じていることは感じていたが、まさか彼女は全てをこの場で、白日の下に晒そうと言うのだろうか。相手は北の大国と、身内である公国の聖騎士団だ。確たる証拠がないと、糾弾は極めて難しいことだが。

 しげしげとアリシアを見つめながら、リュシアンは彼女を信じて成り行きを見守ることにした。


「発言を、許可する」


 モルブス大公の言葉にアリシアは会釈で感謝の意を表した。そして懐からいくつかの封書を取り出した。それを見たレヴァン卿がついに言葉を発する。


「あ…アリシア卿!それは今この場では関係のないころだろう!」


 追い詰められた鼠はなんと愚かなのだろうか。こうして自ら罠に突っ込んでくるのだから、アリシアは憐れみさえ感じていた。


「まだ何も申し上げておりませんが」


 ピシャリと突き放し、何事もなかったように続ける。


「これは三日ほど前に公国から第一騎士団へと送られてきた手紙でございます。その手紙には“明日”の朝に宮廷へ参上するようにと書かれているのですが、パトス大公邸に届いた私宛の手紙には“今日”の朝に宮廷に来るようにと書かれてあります」


 アリシアが大公たちの前に二つの手紙を置くと、厳しい面持ちで大公たちが手紙をじっと見比べる。


「私も最初の手紙を受け取った時に印章が押されていたので、内容を鵜呑みにしてしまいましたが……。ご覧の通り、二つの手紙は公国の正式な封書であることを示す印章が押されていますが、明らかに筆跡が違います」


 アリシアの指摘に大公たちが頷く。


「つまり前者の手紙を書いた者がわざと私がこの停戦調停の場に来られないように謀った…そういう風に捉えても相違ないですよね」


 大公たちが深刻な事態に気付いたようで、唸りながら頭を抱える。


「犯人の目星は?」


「はい。ついております」


「証拠はあるのかね」


「あります」


 アリシアは次の切り札を出す。それはトトが体毛を凍らせてまで見つけてくれた証拠だった。

 皆の目の前に晒されたのは誓約書と膨大な金額が記載された小切手。

 誓約書の中身に五大公とリュシアンたちはぞっとする。誓約書の末端にはとある者の直筆のサインもあった。小切手にもしっかりと発行者の名が記されている。


「“我が国、ノルフェン王国は下記事項にて停戦調停が結ばれたあかつきにはエイレーネ公国聖第三騎士団副団長、レヴァン・シリルに対価としては三百万ゴールドを支払うことをここに約束す”と。小切手は言わずもがなノルフェン王国が発行したもの。そして誓約書には貴国が先程提示した条件に同意するといった旨のサインが―」


 アリシアの視線はレヴァンを逃さなかった。椅子をひっくり返す勢いで議会場から逃げ出そうとするレヴァンにトトを放つ。合図を受けたトトはレヴァンの正面の周り込むと、視界を遮った。

 足が止まっている間にアリシアはすかさず彼の腕を掴んで後ろ手に縛り上げた。


 ただならぬ物音に、外に控えていた侍従や騎士たちが会議場に入ってきて、大公たちの指示もありレヴァンは呆気なく捕縛された。

 レヴァンを手早く縄で縛り終えると、アリシアはパンパンと手を叩いて発言していた位置に戻った。とんずらしようと試みたレヴァンと違ってノルフェン王国の使者たちは胆が据わっていた。明るみになりつつある悪事に向き合う覚悟があるのだろう。


「レヴァン・シリル……誠に遺憾ですが、書類にあなたのサインがあります。そして先程の偽装の手紙と、筆跡がよく似ていますね?鑑定に出しましょうか?」


「なんということを……」


 大公たちの嘆きが会議場に重く響く。

ノルフェン国の使者たちは口を固く結び、顔を俯かせたままだった。

 ソレイユ帝国側はじっと状況を見ているジラード侯爵以外の者が軽蔑の目をしてレヴァンと相手国の使者を見やっている。

 重苦しい空気を振り払うように、アリシアは、にこりと不敵な笑みを浮かべた。


「それでは、公正で、平等な、停戦調停を始めましょうか」


 そう言うとアリシアは扉のそばに寄って、外に控えていた騎士に合図を送った。




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