表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【災厄】と呼ばれた悪女の軌跡  作者: 冬李
第一幕 帰還
6/15

第五話

 巧みな馬術によって馬はリュシアンたちの既でのところで蹄を天に掲げて止まり、甲高い鳴き声を上げる。その馬上に乗っていた人物に門に集っていた公国の騎士たちがざわめきながらも敬礼した。リュシアンたちに偉そうにしていた騎士は驚いて身体が動かなかったのか、周囲がすでに礼をしているところを見て慌てて揃える。


「騒がしいですね、一体何事ですか。ここは戦場ではございません。聖女様がいらっしゃる宮廷の前ですよ」

 凛とした声に、水を打ったように辺りが静まり返る。

 茶色がかったブロンズの髪に、感情の読めない銀の瞳。リュシアンにとっては待望の人の登場だったが、まさかここで再会するとは思ってもみなかったのでわずかに礼が遅れてしまった。


「アリシア卿にご挨拶申し上げます。神聖な場所にての無礼をどうかお許しください」


 部下たちもリュシアンを見習ってぎこちなく頭を下げる。馬から降りたアリシアもそれを受けて丁寧な礼を返す。やはり彼女は、ソレイユ帝国とノルフェン王国の国境付近の戦地にて審問官として任務にあたっていた時と変わらず礼儀を尽くす。審問官の務めを全うしていた彼女と多くを語ったことはないが、この窮地を救ってくれるのは彼女しかいないとリュシアンは確信していた。


「ジラード侯爵はなぜここに?」


 視線を一周させて周囲の様子を確認したアリシアの問いかけに、リュシアンは端的に答えた。


「はい、我々はこの度の停戦調停の場に参加するべく皇帝代理として馳せ参じたのですが、公国から発行された通行証がないと宮廷には入れないと門前払いを受けておりまして。そのような旨を存じ上げておりませんでしたので、どうしたものかと困っていたところだったのです」


 端的に状況を伝えると、アリシアが顔をしかめて独り言のように呟く。


「今日が停戦調停が行われる日……。通行証……」


 何か思うところがあったのか、しばらく瞑目して考えごとを巡らせている様子だったが、やがて「そういうことね」と言葉をつき、その鋭い目つきが警備の騎士に向けられる。


「私は審問官としてソレイユ帝国とノルフェン王国の停戦調停を先導してきましたが、そんなものは報告されておりません。誰の指示ですか?」


 言い争いをしていた騎士の目に明らかな焦りの色が浮かんでいた。


「い、いえ…指示とかではなく、ノルフェン王国の方たちが通行証をお持ちだったので…今回の調停にはそういうものは発行されているのだと…」


 かしこまった物言いの騎士を冷視しながら、アリシアは頷く仕草をみせる。


「なるほど、あなたの言い分はわかりました。しかし、それは本当に公国が発行したものだったのですか?公国の正式な書簡であることを示す初代聖女を模した印章は?もちろん確認したんですよね」


「そ…そこまでは」


 ぴくりとアリシアの眉が跳ね、口調が強くなった。


「あなたは通行証が正式なものかどうかも確認せずにここを通したのですか!?もしそれが偽造されたものでもあなたは相手の言葉だけを鵜呑みにして誰彼構わずここを通すということですよ!」


 畳み掛けるようにアリシアの正論を並べた追求に言い訳の隙など微塵もなく、血の気の引いた騎士が謝罪の礼を見せる。


「大変申し訳ございません……!」


 先程の高圧的な態度が嘘のようで、リュシアンたちはその変貌ぶりに開いた口が塞がらなかった。しかしあの騎士が及び腰になるのも分かる気がした。それほどまでアリシアの気迫が満ちており、見ているこちらまで思わず鳥肌が立つ。


「確か宮廷の警備は第二騎士団の務め。あなたもその所属でしょう?」


 騎士は俯いたまま微動だにしない。しかしアリシアは確信があるのか返答を待つことなくそのまま続けた。


「第二騎士団の者は礼儀もなっていないわ。上司が目の前にいるというのに、あなたは最後まで呆然としていた。そうね…まるで来ないはずの人間が来た時のような反応だったわ」


 ぎくりと騎士の肩が跳ね上がる。

 アリシアの洞察力にリュシアンは感心していた。確かに、目の前で小さくなっている騎士はアリシアの姿を見て動揺していた。わずかな異変も見逃さないのは若くして騎士団長を務めているだけはある。


 肩を震わせる騎士の隣を通り過ぎ、アリシアは他の騎士たちに門を開けるように誘導する。


「あなたたちも第二騎士団に所属の者たちよね?」


 門を開ける途中での行われた意図の読めない質問に、騎士たちは各々首を縦に振って肯定した。


「それじゃあ、この騎士が誰か分かるんじゃない?門の警護ってことは同じ第二騎士団の仲間でしょう?」


 騎士たちは気まずそうに顔を見合わせた。そして一人の騎士がアリシアの前に進み出る。


「団長…この者は第二騎士団の所属ではございません。実は本来警備にあたる予定だった者が私だったのですが、今朝、第三騎士団の副団長からこの者に門の警備の任務を任せよとお達しがありまして。ノルフェン王国の使者たちは気難しい者が多いゆえ、外交の経験が豊富な第三騎士団の者を遣わせると」


「そう…第三騎士団の副団長が直々にね」


 アリシアは冷徹な瞳で頭を下げ続けたままの騎士を見据える。


「でも第三騎士団に扮した不届き者という可能性も否めないわ」


「それは違います!」


 アリシアが剣の柄に手をかけたところでようやく顔を上げた騎士は、汗で髪を濡らしながらすがりつくようにアリシアの前にひれ伏す。


「私は決して怪しい者ではございません。せ…聖第三騎士団所属のニコラ・フェイトと申します!れ…レヴァン副団長に命じられた職務を全うしただけでございます!」


 ぶるぶると情けなく震えているニコラと名乗った騎士を見下ろし、アリシアは鞘から抜いた剣の先を音もたてずに突きつける。


「なぜ、第三騎士団の副団長はあなたにそのような命を下したの?ノルフェン王国の使者だけが通行証を持っていたことも気がかりだわ。あなたは事前に聞かされていたのではなくて?そうね…例えば、通行証はノルフェン王国のみが所持している。それを理由にソレイユ帝国の使者を宮殿に通すな―とか」


「そ…それは…」


 やり取りを見ていたリュシアンは唖然としていた。本当にそのような事実があったとするならば、中立国としてのエイレーネ公国の立場と信頼が崩れるからだ。


 いつまでも言い淀む騎士に時間が惜しかったのか、アリシアが早々に剣を収めると、手を振りかざし、周りの騎士にニコラ卿を捕らえるように指示を出した。


「あなたの言っていることが正しいかどうか、確認をするだけよ。調査が済み次第、解放するわ」


 聖騎士団という仲間を捕縛することに戸惑っていた第二騎士団の面々もそれを聞いて納得したのか、地面に伏したままのニコラ卿を脇に抱えて、罪人を監視する塔へ連行したのであった。

 一難去った宮廷の門には第二騎士団の者が二人残ることになり、アリシアが謝罪の意味も込め、改めてリュシアンにお辞儀をした。


「この度は公国の騎士が大変な無礼と、お見苦しいところをお見せし気分を害されたことを心からお詫びいたします」


 リュシアンも胸に手を当てて頭を下げる。


「こちらこそお手数をおかけしたしました」


 顔を合わせるとアリシアの表情が緊張感で引き締まっており、謝罪の姿勢を崩していなかった。


「ジラード侯爵、そしてその騎士の皆様。公正なる停戦調停を前にしてこのようなことがあり、さぞ我々公国に対し不信感が募っていることでしょう」


 アリシアの言葉に、リュシアンたちは苦い表情で頷いた。


「正直に申し上げれば。しかし我々は…アリシア卿の努力をこの目で見ておりますので。あなたを信じています」


 アリシアという者の正義感の強さは人一倍だった。それをリュシアンたちは身をもって知っていた。

 



 

 リュシアンが率いていた軍は、ソレイユ帝国に侵攻していたノルフェン王国の軍を国境まで追い返し、そこからは不毛な睨み合いが続いていた。だがいつ襲撃を受けるか分からない状況から、切迫した空気が絶えず続くこととなり、軍の者たちの精神は疲れ切っていた。

 そこにエイレーネ公国から停戦調停を行う旨の親書がそれぞれの国の王に送られ、戦地は差し込んだ光に歓喜していた。だが狡猾なノルフェン王国の軍の指揮官はその隙を突いて、突然軍の侵攻を進めたのだ。

 憔悴した軍を守り、迎撃の備えをする準備の時間を稼ぐためにも、軍の指揮官であり、将であるリュシアン自らが先陣を切った時だった。

 エイレーネ公国の聖騎士団、正義の使徒(アストレア)であることを示す初代聖女を模した乙女が描かれた白い旗を掲げた軍が現れた。


『我々は正義の使徒(アストレア)、聖第一騎士団である!停戦調停について明記された親書はすでに各国の王に渡っている。両軍、即刻軍を引かれよ!』


 聖騎士団の一人がそう言うとノルフェン王国の軍の動きがピタリと止まった。そして聖騎士団の軍から一頭の馬が駆けてきて、ノルフェン国軍の陣営に向かっていった。

 リュシアンも陣営の天幕に戻って程なくして、衝撃の事実を聞かされた。

 ノルフェン国軍の指揮官が公国の休戦の命に背いたとして、公国の軍法会議にて裁かれることとなったのだ。そしてそれを断行したのが、第一騎士団の団長、アリシアだった。

 彼女は不意をつくような卑怯な作戦を行ったノルフェン国側の指揮官を厳しく非難したのだ。


『彼がいては公平な停戦調停が行えないと判断しました』


 リュシアンたちのもとに報告に来たアリシアの口調は淡白なものだった。しかし、リュシアンたちの信頼を得るには充分といえる行動だった。




 アリシアもその当時を思い出していたのか、ふっと表情が和らいだ気がした。


「ではその信頼に応えられるように、最善を尽くします」


 そう言うとアリシアが馬に乗って門を進み、宮廷の敷地内へ入るようにリュシアンたちを促した。


「私が責任をもってご案内いたします。参りましょう」


 こうして無事にリュシアンたちは停戦調停が行われる場にたどり着いたのである。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ