疑心暗鬼!異世界同窓会!
『おーい!アルメロ!こっち来て手伝ってくれ!』
初老に差し掛かったくらいの男の声がする。
ったく…めんどくさいな…と思いつつも
おれは木陰から腰を上げる
晴天の青空の下には、一面黄金色の稲で覆いつくされている。
爽やかな風と、草木のいい香りが心地よい。
季節は収穫時、実った稲穂を刈り取る作業は結構な労力だ。
…といってもこの世界に季節という概念はない。
おれが勝手にそんな季節だと思い込んでるわけだ。
『アルメロ、ほんとお前は頼りになるやつだな…1を教えたら10こなしてくれる。』
『ほんと、うちの子にしては出来すぎだわ。全く誰に似たのかしら。』
『そんなの私に決まってるだろ?なぁアルメロ!』
刈り取った稲をまとめているおれに年老いた両親はそう語りかけてくる。
『何言ってんだよ、あんたらの子だぜ、出来がいいのは当然だろ!』
『はははははは!こいつもなかなか言うようになったな!』
ここはヴァルヴァンデッタ王国。
詳しくは知らないが、いくつかある大陸の小さな島にある王都。
そこの城下町のさらに端っこにある田舎の農村の子としておれは生まれた。
名前は…『アルメロ』年齢は…えーっと、確か17歳だ。
この国では王家の一族しか名字を持つことは許されない。
だからおれの名前はシンプルにアルメロ。
別に不満はないし、分かりやすい名前なので結構気に入っている。
おれは、父のナイフォードと母のルディーナの間に生まれた。
両親共に40近い歳で初めての子らしく、もう子供は諦めていた中授かったのがおれという命だ。
それはもう、小さいころから可愛がって育ててもらった。
裕福ではないが、自由があり、のどかな空気と広い自然の中でのびのびと育ってきた。
明日、城下町へ出荷する分の稲をまとめ終えると、あたりはもう夕暮れ時だった。
『よし、アルメロもお疲れさん。今日はもう休んで飯にしよう。』
『今日はアルメロの大好きな羊肉のシチューよ』
片づけを進めながら、両親はおれに話しかける。
『まじか!よっしゃ~!腹減ってんだ!』
おれは無邪気に喜んだ。しかし、どこか「わざとらしさ」のようなものを自分の中に感じる。
両親のおれに対する愛は本物だ。だからこそ、おれも本物の愛で返すべきだと思っている。
…そうするべきだと…思っているからこそ……
頭の片隅に見え隠れするわざとらしさを、おれは必死にかき消した。
食卓を囲みながら、家族でシチューをほおばる。
『さて、じゃあアルメロには…明日、城下町までお使いを頼もうかな!』
父がにやりと笑いながらおれにそう語りかける。
『おれの好物を出したってのはそういうことか?なあ母さん!』
『ふふ。道中で倒れられちゃせっかく育てた稲も台無しだからねぇ!』
『しゃーねえな、父さん母さんだと城下町まで運ぶのに1週間かかっちまうもんな!』
悪態をつきながらも、みんな楽しそうだ。
『そういうことだ。ほれ、父さんの元気も持っていけ!』
父は自分のシチューの中から羊の肉をスプーンに取り、おれのシチューへ放り込む。
こういうのを、温かい家庭って言うんだろうな。
おれは、この家族が好きだ。
……本当に好きなんだ。…だけど…
夜が明け、うっすらと太陽の光が山の向こうから顔を出している。
朝方はかなり冷え込む。白い息を吐きながら、稲を束にしたものをいくつも荷車に乗せる。
馬やロバはもう少し裕福な家庭じゃないと飼えない。
うちは人力で荷車を引いて、城下町まで稲を運ぶ。
城下町まで片道2時間半くらい。大変だが、まあいい運動になる。
ちゅんちゅんと鳥の鳴き声がする中、静かに家を出発した。
道中は、車輪のゴロゴロという音と、風が積んでいる稲を揺らすサラサラという音がひたすら流れる。
おれはただひたすら荷車を引っ張る。この単純な作業は、思考を巡らせるのにちょうどいい。
両親には…いや、誰にも言えないことがある。
というか、言っても信じてもらえないだろうと思って、誰にも言ってない。
『おれには、前世の記憶がある。』
…前世のおれは、日本という国の熊本県というところの高校生だった。
その時の名前もしっかり憶えている。
おれの本当の名前は『九重 兄貴』
名前のせいで、みんなからは『アニキ』と呼ばれていた。
友達も結構いたし、クラスメイトの名前もみんなちゃんと覚えている。
その日も、いつも通り変わらない一日だった。
朝は、母も仕事の準備でバタバタと忙しく
おれは昨日の残り物を朝食として軽く食べて学校へ向かった。
教室についてからも、特に変わりなく
仲のいい友達と、昨日見た動画配信サイトの話をしたり
好きなゲームのプロの試合の話をしたり。
今でも鮮明に覚えている。
それは、2限目の途中で起きた。
ぼーっと黒板を眺めていると、突然目の前が真っ白になった。
その白は多分、光の白さだったんだと思う。
徐々に世界が輪郭を失っていくと同時に
おれの意識も徐々に消えていった。
そして、その記憶に気づいたのが、この世界に生まれてから2歳くらいになった時だった。
おそらく前世の記憶はずっと覚えてはいたんだろうけど、
それが前世の記憶だと認識できるまでに脳が成長するのに、2年ほど時間がかかったのだろう…
何度も、自分の記憶を疑ったが、あまりに鮮明に覚えていることと
当時の状況があまりにリアルに記憶に残っているため
おれは、どうやらこの世界に転生してしまったんだと。今なら断言できる。
とはいえ、それを誰かに言ったところで何がどうなるわけでもない。
両親に打ち明けたところで、誰も幸せにならない。
おれは現状に満足している。
前世の人生を含めて、人より15年ほど人生経験が多いってのは
結構得する場面はあるけどな。
なんてことをぼーっと考えながら進んでいると
いつの間にか城下町の入り口に着いていた。
門番の検問が済むと、城下町へと入れるようになる。
石畳の道を荷車を引きながらガラガラと進んでいく。
おれの住んでいる場所とは違ってとても栄えている。
店の数も、人の数も、比較にならないくらいだ。
そりゃ城下町だからな…当然っちゃ当然か。
門を通り抜けて、しばらく歩いたあと
左の細道に入る。
ちょっと薄暗くて、人通りも少なめな路地だが
稲など、保存食になるようなものの店は
こういう環境が適しているらしい。
『ドルスタ』という看板が掲げてある小さな店の前に荷車を停める
うちが収穫した稲を売るところはおれが生まれたときから変わらない。
ここ、ドルスタは父の小さいころからの友人がやっている店らしい。
おれの小さいころから何度も父に連れられて来たため
店主とももうかなりの顔なじみだ。
コンコン
『おやっさーん!いつもの!!おーい!』
ドアを叩いて声をかけるが、反応はない。
もう一度、ノックしようとしたところ、ドアの向こうから声が聞こえた。
『アル坊かー?わりぃ!今ちょっと手が離せねえんだ!ティティアぁぁぁ!代わりに対応してくれ!』
『なんでだよぉ~…客対応苦手なんだよ…知ってるだろ親父…』
『うるせええええ!!四の五の言わずに出ろ!アルメロだからお前でも大丈夫だろ!!』
…
しばらくすると静かにギギギとドアがゆっくり開いた…
『よう…アルメロ…お疲れ様』
『よう、ティティア、相変わらずだな。』
ティティアはおやっさんの息子。おれと同い年の17歳だ。
背丈は結構大きめ、170センチのおれより一回りくらいでかい。
父に連れられて来た時に何度も顔を合わせたことはあるから
俗に言う、幼馴染みたいなものなんだろうけど…
引っ込み思案な子で、あまりしっかり会話したことはない。
『アルメロ…きみはすごいね…僕と同い年なのにしっかり働いてる…』
珍しくティティアのほうから話しかけてきた。
『僕なんか、ほら…見ての通り叱られてばっかりさ、でも本当の僕はこんな人間じゃないんだ』
『…お前今、僕なんかって言ったか?』
顔色を変えたおれを見て、ティティアは冷や汗をかく。
『僕なんかって言っていいのは本当にダメなやつだけだ!!』
『だからこそ言っていいやつなど、この世にはいない!!分かるか!?』
『ダメなやつなんかいないんだよ!何事もやってみなきゃな!!』
ティティアは目をぱちぱちとさせる。
『お…怒られるかと思った…』
…
……くすっ
『あはははははは!!!!』
ティティアが突然笑い出した。
『おいおい、どうした?おれ変なこと言ったか?』
『いや…昔同じこと言ってきた友達がいてさ…』
『なんていうか…その、暑苦しさが…そっくりで…くくく…』
(友達…確かティティアって引っ込み思案で友達なんかいないって聞いたが…)
『もういない友達なんだけどね…』
(そんな昔の友達なのか…?)
『名字…なんて言ったっけな。ずっとあだ名で呼んでたから…』
(名字があるってことは王家の人間…?どういうことだ…?)
『まあ、言ってもわかんないよね…大事な友達がいたんだ。』
この時点で、おれは何かを薄々勘付いてしまっていた。
それと同時に、鼓動が高まっていった。
『僕はその友達のことをずっと「アニキ」って呼んでたんだ。』