ふせつ
「何かいいネタはないか...」
そんな独り言をつぶやきながら、
平日の昼間に公園で呆けていた。
夏の日差しから避けるように日陰に置かれたベンチで、
目と口を半開きにした状態はまさに職を失って絶望している人間のそれだった。
だが、職を失っているわけではない。
俺は心霊や都市伝説に関するルポライターをやっている。
夏にかけて心霊ネタを仕入れたいのだがどうもピンとくるものが無い。
『通ると出口を見失うトンネル』
『謎のおばさんが車と同じ速度で付いてくる道』
なんだか古臭い雰囲気がして面白みを感じない。
というのを言い訳にして本当は現地に行く等が面倒なだけだ。
交通費も馬鹿にならない。ウケなかったら大赤字だ。
近くにお手軽都市伝説はないものか、
なんて都合の良いことを考えてるといつの間にか小学生らしき男児が立っていた。
いや、小学生だ。ランドセルを背負っている。
「おじさん何してるの?」
「ん?あー、おじさんはな...まぁ都市伝説とかを調べる仕事をしてるんだ。何かそういう話は聞いたことあるかい?」
現地の話は一通り調査したが数年経てば新しい都市伝説が若者内で流行ってるかもしれない。
そんな淡い期待を込めて聞いてみた。
正直くだらなくても良いから何かネタが欲しかったのだ。
何ならちょっとぐらい盛ってしまえば良い、ウケればいいのだから。
「あるよ。放課後に振り向いちゃいけないところがあるの」
「ほぉ、おじさんにもうちょっと詳しく教えてくれない?」
「みんながね?あそこで振り返ると死んじゃうって言われてるの」
そう言って指さしたのは公園を出てすぐの道だった。
あんな変哲もない道がいわくつきなのか?
「おじさん行ってみない?」
「そうだな、行ってみるか」
数時間ぶりに重い腰を上げて日陰から出る。
長時間座っていたせいか、水分を取っていなかったせいか眩暈がする。
日陰から出たことにより久々に夏の日差しが痛さを思い知った。
「ここでね?振り向いたら死んじゃうんだって!」
「へ~」
妙に元気な様子がなぜか不気味に見えた。
そういえばこの子ってどの辺の子なんだろう?
俺とその子は並列に歩いていたのだが、
突然距離を置いてその子は目の前に立った。
そして振り向きながらこう言った。
「あ、振り向いちゃった!」
何を言ってるんだこの子は。
ニヤニヤと笑った表情を見せつけるようにして振り向いた様子に、
俺はある仮説が思い浮かんだ。
この子は生きていない?
俺は今幽霊と話しているのか?
そんなことを考えてると背中にいやな汗が通った。
こんな真夏なのに背筋が凍る。
「おじさん?」
その声で我に返った。
俺は、勇気を振り絞ってある問いを投げかけた。
「君は、幽霊か何かか?」
その子はきょとんとした表情でこちらを見る。
さっきまで笑っていた顔から笑顔が消え、長い沈黙が流れる。
「おじさんは、どっちだと嬉しい?」
予想外の返答に俺は動揺した。
俺は何を試されているんだ?
「え~っと、おじさんは生きててほしいかな~」
そう言いながら目をそらした。
一体コイツは何者なんだ?俺に何を求めているんだ?
その疑問は次の瞬間に解決した。
「おーい優斗ー!お前先に帰んなよ!」
誰かを呼ぶ声が後ろから聞こえる。
俺は思わず振り向いた。
しまった、振り向いてしまった。
視界に入ったのは、こちらに走ってくるランドセルを背負った男児だった。
「あーごめん。知らないおじさんと話してた」
「は?どういう事?お前マジで意味わかんねーなw」
俺のことを無視して優斗と呼ばれる子の方へと向かった。
どうやら今まで話してたコイツは優斗というらしい。
この歳にもなって俺は小学生にからかわれていたようだ。
が、一応優斗の友達の子にも聞いてみた。
「ねぇ君、ここで振り向いたら死ぬっていう噂聞いたことある?」
「は?ちょっと何言ってるんですか?」
「いや、そこの優斗君にそういう噂があるって聞いたんだけど...」
「あーじゃあ嘘なんじゃないですか?優斗はいつも変なこと言うんですよ」
えへへと言いながら優斗は頭を掻いた。
只々最初から最後まで俺はコケにされていたようだ。
完敗だ。こんな子供にすら騙されるなんて。
その後は特に話もせず軽い挨拶後に分かれ、自宅へと向かった。
ネタ探しに夢中になりすぎるとこういう簡単な嘘も信じてしまうというのが分かっただけでも良いだろう。
いや、違う。
心霊というのも結局全部作り話なのだ。
都市伝説も字に入っている通りただの伝説なのだ。
こういう嘘が広まっていくからみんなが信じるようになる。
だから我々も若干のぼかしという体で嘘を加えて話を面白く書く。
つまり優斗君の話を上手いことやればそれで良い記事が書けるんじゃないか?。
そんな悪い考えが俺の中に生まれていた。
そして俺はここ周辺で過去に死亡したデータを集めた。
が、そんなに世の中上手くはなく点でダメだった。
調べ始めて二日目で気付くべきだった。
「何をやってんだ俺は...」
そんなことを言いながらコンビニで昼飯を買って帰っている最中、
あの公園に行きついていた。
「あれ、どっかで曲がり損ねたかな」
俺は引き返そうとした時、何かがこちらに飛んでくるのが見えた。
そして地面に叩きつけられ、ゴロゴロと転がり俺の目の前で止まった。
優斗君だった。
奥で女の人や男の人の叫び声が聞こえる。
救急車がどうとか、助けを呼ぶ声だとか。なんだか必死に叫んでいる。
どうやら交通事故のようだ。
急な出来事に把握できずにいた俺は今理解した。
優斗君は車にはねられたらしい。
そして目の前に瀕死の優斗君がいる。苦しそうな表情で過呼吸気味だ。
そんな中俺と目が合うと、一度見たことのあるニヤニヤとした顔で、
ゆっくりと俺に語り掛けた。
「やっぱり、振り向いたら死んじゃうらしいです」
特に何かあった道ではないらしいですよ。