第二章 聖天の霹靂 5
連れて来られた従者たちは皆、魂が抜け落ちたかのように朦朧とした様子で、騎士に誘導されて王女の傍らに座らされた。
「……お前たち、一体どうしたの?」
ずいぶんと大人しくなった王女が不安げに声をかけたが、従者たちはぼうっとしたまま誰も何も答えない。
「異端審問とやらは怖ろしいな……まるで廃人だ」
ミカエルがぼそりと呟く。そう言いながらも、全く顔色一つ変えていない。そんなミカエルも十分に怖いと内心で思いながら、ロザリアは従者たちから二名の異端審問官に目を向けた。
見た目はさほど恐ろしげではない。二人は神官と言うよりも、皇宮の外宮でよく見かける、実務には長けているのだろうがあまり覇気のない中級官僚のようだ。
だが、その目は驚くほど無機質だった。座らされているシャングリラの一行を眺める目は、まるでゴミでも見ているようで、人間に対するものではない。
『異端者は、彼らにとって人ではないのかも……』
背筋に冷たいものが走るような気がして身を強張らせていたロザリアに、ふいっと審問官の一人が目を向けて来た。
捕らえられている者以外で、いかにも高位貴族令嬢といったなりをしていれば、このような場所で目を引いてもおかしくはなかった。
思わずレオンの背に隠れたくなるのを必死で堪えていると、審問官の顔に急に人間らしい感情が浮かんだ。もう一人も同様の反応を示し、次いで二人は慌てた様子で近づいてくるや、勢いよく目の前で跪いた。
「聖女様でございますね。お初にお目にかかります。審問官をしておりますロベールでございます」
「同じく審問官のクレマンでございます。聖地へご到着された際には、所用でお迎えに加わることが出来ず、とても残念でございました」
見上げてくる目は、教皇のそれに近い。ロザリアは後ずさりたい気持ちを抑え、淑女の微笑を浮かべて仕方なく頷く。
それを受けて嬉しそうに最敬礼した二人は、次いでレオンに目を向けて深々と首を垂れる。
「皇子殿下、我らは職務の関係上、貴方様が英雄であられることを存じておりましたが、厳重な箝口令が敷かれておりましたために、今までご無礼をして参りました。申し訳ございませんでした」
「問題ない、気にする必要はない」
「はっ、ありがとうございます」
レオンが短く答えると、二人は最敬礼して立ち上がる。
「それで、進捗は?」
ミカエルの問いに、クレマンが頷きながら言った。
「殿下付きの近衛騎士を統率されている方ですね。話は伺っております」
「ああ、神聖帝国騎士団近衛隊副隊長のミカエル・ルージュだ。殿下の聖地ご滞在に伴い、我らも逗留するのでよろしく頼む」
「今後は、私どもとの連携も必要になるかと思われますので、こちらこそよろしくお願い致します」
続くロベールに頷き返して、ミカエルは更に問うた。
「差支えなければ、審問の結果をこの場で聞かせてもらいたいが」
「詳細については後ほど詳しく。まずは概要を。王女と侍女三名を除き、ここにいる侍従全てが神敵です。物見遊山を兼ねた王女の巡礼を隠れ蓑として聖地へ侵入し、皇子殿下を篭絡し洗脳するのが目的だったとのこと。ただ、殿下が第一皇子であられることも、英雄であられることも昨日の時点までは知らず、奴らにとって長く最大の障害と目されてきた帝国宰相殿を攻略するため、その足掛かりとしての目標設定だったようです」
なるほどとロザリアは内心頷く。先帝とランファを皇宮から追い出し、遠い離宮へ幽閉する指揮を取ったのは、爵位を引き継いで政権を掌握してすぐの父レナートだった。
ランファがどれほど父を恨んでいるか想像に難くない。
聖地へ王女の一行を送る前ならば、父を最大の障害と目していたのも当然だった。その時点では、英雄が存在していることを知らなかったのだから。
知っていたら、こんな甘い手段は取らなかっただろう。英雄を攻略するには杜撰すぎる計画な上、派遣された使徒たちは明らかに覚悟も力量も足りていない。あわよくば程度の計画だったのではないだろうか。
『……ランファが本調子ならば、英雄の存在を知った時点でもっとましな攻略を考えて、早急に連絡を寄越していたはず。遠隔地へ即時に連絡を取る手段なんて、あの呪術師ならいくらでもあるはずだもの。つまり今は、全体に目を配って、指揮を取れる状態にはないということね』
おそらく今はまだ、身動きできないほどに弱体化しているのだろうと思われた。その回復までの間に潜伏場所を特定し、逃がさないよう密かに包囲網を敷き、一網打尽にしなければならない。
ただの人間ではないのだから、正攻法で行っても逃げる手段はいくらでも講じられてしまいそうだ。
最悪、自身の肉体を捨てて別の憑代に憑依すれば、ランファ的には問題はないだろう。もしかしたら、既に肉体は乗り換えているのかも知れない。
若さを保つ呪法があると教皇は言っていたが、どのくらい保てるものなのか。
普通に年を重ねていれば五十歳くらいのはずだが、内宮の騒ぎの時には、取り憑いた霊体は三十歳くらいにしか見えなかった。
皇宮を追放された頃が、そのくらいの年齢だったと記憶している。皇宮では多くの目につくため、怪しまれぬよう普通に年を重ねていたのかも知れない。
「なぁ、リア。奴らに浄化をかけてみてくれないかな」
考え込んでいたロザリアに、ミカエルが気軽な調子で言った。
「構いませんが……何か、ありましたか?」
「うん、ちょっと気になることがあってさ」
「わかりました」
一歩前に進み出たところをレオンに抑えられる。
「ああ、待って。ロゼの場合、範囲指定しておかないと、無駄に力を使いそうだ」
思わず苦笑いが漏れる。その通りだった。このままならば、おそらくは聖地全体を浄化してしまうだろう。別に浄化しても問題はないだろうが、力の無駄使いではあることは間違いない。
意味もなく、また倒れる可能性もありそうだった。
「……お願い致します」
「了解」
レオンがにっと笑って剣を抜き、刀身に力を纏わせて結界を張る。その狭い範囲内で浄化をかけた。確かに、このくらいなら体調に影響はなさそうだった。
結界内に迸っていた白銀の閃光が収まるや、囚われていた侍従たちの髪色は一部だけが変わっていた。
王女と侍女は全く変わっていない。他は全て黒髪になると思ったが、意外にも黒髪に戻ったのは侍従のうち七人だけだった。
「やっぱり、全員が闇の民というわけではないんだな」
ミカエルが興味深そうに呟く。その赤茶の髪のままの侍従たちは、急に目に見えて落ち着きが無くなった。
「なんだ? ここは……?」
「どこだ、ここ……なんで拘束されて……」
「え……姫様まで?」
若い侍従たちは、まるで夢から覚めたかのように狼狽し、周囲を見回して口々に疑問を発し始めている。
「ほとんどは、薬で洗脳されていただけの者のようですわね」
「ああ。洗脳の経緯や詳細を知りたいから、後で俺たちが尋問するとしよう。まとめて牢に入れといてもらうよ」
そう言ってミカエルは、聖騎士副団長にもそう告げた。すぐさま、侍女三名と洗脳されていたらしい侍従たちは、聖騎士たちによって連行されて行く。
残った若い黒髪の侍従七人は、あまり得られる情報に期待は持てないものの、異端審問官の手に委ねられることになった。
そして──既に審問を受けて虚脱している者たちは全員、髪が白くなっている。抜け落ちたのか大分髪が薄くなっていたり、明らかに脱毛してしまっている者もいる。
彼らの外見上は、髪以外に特に変わった様子はない。異常に憔悴し、頭髪に著しい影響を受けているところを見ると、相当に酷く精神的に追い詰められた様子だが、衣服が破損しているとか血痕が付いているとか、身体的に損傷を受けた形跡は見うけられなかった。
『一体、どんな審問なのかしら……』
改めて身震いしそうになりながら、ロザリアはちらりと異端審問官の二人に目を走らせた。特殊な職務であるとはいえ、神官には違いない。
ならば、精霊の加護を受けているはずだが、一体どんな加護なのだろうと気になって確認してみた。
『え……光の精霊なの?』
意外だった。格の違いがあるものの、ロベールもクレマンも、二人揃ってグレースと同じ光の精霊に加護を受けているとは。
『異端審問官には、光の精霊の加護が必要なのかしら……』
そんなことを思いながら、ロザリアは、何か考え込んでいるミカエルに目を戻した。
「兄様、気にされていたことは分かりましたか?」
「うん……いや。どのくらい闇の民がこの国に入り込んでるのかと思ってさ。英雄の存在を知る前に送り込まれた奴らだし、優先度の低い計画だったと思うが、それでもシンの出身者だろう者が十二人だ。相当数が紛れこんでるな、こりゃあ……地域どころじゃない。丸ごと王国が加担してる可能性もありそうだ」
一人残された王女は、随行して来た侍従の中に黒髪の者がいたことに驚いたらしい。目を大きく見開いて蒼褪めた顔で、異端審問官の指示で聖騎士が連行していく十二名を見送っている。
その王女にもまた、当然ながら尋問が待ち受けている。聖騎士副団長とミカエルが相談し、近衛騎士と合同で取り調べが行われることになった。




